そぞろある記

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2004.06.22
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今日は母の3回目の命日である。

その内訳話を母にメールしてあげたのだが、それを読んでいるときに突然倒れた。

父から母の様子が変だと電話をもらい、あわてて父の家に行ったときには、テーブルに広げた新聞の上にお辞儀をするように倒れていた。
すぐに救急車を呼んで病院に運んだが、脳幹部分の脳溢血であった。
手のほどこしようはなく、ただ死ぬのを待つしかなかった。

脳細胞が壊死して膨れ、血管を圧迫するので顔が膨れますと言われたが、膨張でこれが母かと思うくらい顔が変わってしまった。
倒れて4日目で息を引き取った。
兄弟3人が一晩ずつ付き添い、その翌日の明け方だった。


夜中の2時頃病院から呼ばれ 、私たちを待つように医師に臨終を告げられた。
病室から霊安室に移されるときには、嘘のように顔の腫れが引いていた。

恥じらいもなく自慢するが、大正12年生まれの母は、当時としては大柄な方で身長が163センチあり、美人で評判の、私の自慢の母だった。
私が小学生の頃は、父兄会というと着物を着てくる母親がかなりいて、その中でも私の母はひときわ目立っていた。
私はみんなにきれいとうらやましがられるのが嬉しくて、父兄会には必ず着物で来てとねだったものだった。
霊安室に寝かされた母の顔は、すっかりもとのきれいな顔に戻っていた。
葬儀屋からの迎えの車を待つ間、きれいだねーと言いながら家内と顔を見続けたことを思い出す。

母の死後父は家を売って、市内のケア付きマンションを買った。
子供に迷惑をかけたくないと言って決断した。
痴呆になってもすべて面倒を見てくれるし、食事も和、洋、中から好きなものを選んで自動演奏付きのグランドピアノが置いてあるレストランで食べられる、すばらしい施設だ。

でも父はうちに来て、孫や私たちと他愛ない話をしながらのごく普通の食事が一番だという。

しかも用事が済むと夕飯をすすめる母の声を振り切ってすぐに帰ってきてしまう、どうしようもない息子だった。
でも父の喜ぶ姿を見ていると、母もきっとこういう食事をもっとしたかったのだろうと痛切に思う。
私も最近、無事に大きくなった娘達が楽しそうに会話する、普通の食卓を囲めることが大変幸せなのだと実感することがある。

何でもっと頻繁に子供達を連れて遊びに行かなかったのか、そして夕飯を作ってもらい一緒に食べてこなかったのか、悔やんでも悔やみきれない思いがある。
親の面倒を見るなんて大仰なことでなく、子に徹して時には甘えるのも親孝行だと、今にして思う。





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Last updated  2004.06.22 14:49:27


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