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昨日は昼2時から、途中少しの中断があったが夜の9時半まで話し合いの時だった。どうにもならない展開になたったりこじれたり、理解しあえなかったり誤解が生じたりでした。どうにもならなくなり途中で二人で祈ったとき、天が開けるかのようにサーともやもやが解決しました。
いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさいは、建前ではなく神様の本音であり、それを正面から受け止めて心を開くとき、解決できない問題はないばかりか、物事がすばらしく急展開することを体験しました。
話の終わりに手を握って感謝の祈りをささげ、栄光を神にお返しし、夕食をともにしてさらに歓談し、気持ちの良い別れと共に帰宅しました。珍しくブログの書き込みが深夜になり明日の備えと共にこれから熟眠です。ありがとう!感謝します。
コリント人への第一の手紙
2:2 なぜなら、イエス・キリストと、その十字架上の死以外は語るまい、と決心したからです。
2:3 私は弱々しく、おずおずと、震えおののきながら、あなたがたのところへ行きました。
2:4 また私の説教も、雄弁な説得力あることばや、人間的な知恵にはほど遠く、全く単純そのものでした。 しかし、そのことばには神様の力がこもっていて、聞く人々は、それが神様からのことばだとわかったのです。
2:5 私がそうしたのは、あなたがたの信仰が、人間のすぐれた思想にではなく、神様に根ざしてほしかったからです。
2:6 とはいえ、成長したクリスチャンの間では、私はすぐれた知恵のことばを語ります。 しかしそれは、この地上の知恵ではなく、また、滅ぶべき運命にある、この世のお偉方の気に入る知恵でもありません。
2:7 私たちのことばに知恵があるのは、それが神様から出た教えで、天の栄光に導く、神様の知恵に満ちた計画を告げるものだからです。 この特別の計画は、以前は隠されていましたが、世界の始まる前から、私たちのために備えられていたものです。
2:8 しかし、この世の偉い人々は、このことを理解しませんでした。 もし理解していたら、まさか栄光の主を十字架につけるようなまねは、しなかったでしょう。
2:9 まさに、旧約聖書の次のことばどおりです。
「普通の人が、これまで見聞きしたことも、
想像したこともないほどすばらしいことを、
神様は、ご自分を愛する人々のために
用意してくださった。」