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ヨハネの福音書14:21-24 わたしの戒めを保ち、それを守る人は、わたしを愛する人です。わたしを愛する人はわたしの父に愛され、わたしもその人を愛し、わたし自身を彼に現わします。イスカリオテでないユダがイエスに言った。「主よ。あなたは、私たちにはご自分を現わそうとしながら、世には現わそうとなさらないのは、どういうわけですか。」
イエスは彼に答えられた。「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます。
わたしを愛さない人は、わたしのことばを守りません。あなたがたが聞いていることばは、わたしのものではなく、わたしを遣わした父のことばなのです。」
神は愛です。
神が愛なら、その愛を見せてくれと言われることもあります。
神の愛はいつもあります。大自然は神の愛のしるしです。天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです。
自然の不思議さは、神の愛の恵みです。闇を破って昇る太陽に、元旦は多くの人が新しい年に幸多かれと手を合わせます。その太陽の創造者を礼拝するように、2016年の元旦から生き方を変えてください。
神の愛は、イエス・キリストの十字架に現されています。 3:15 それは、信じる者がみな、永遠のいのちを持ち、天国へ行くためです。神は、実に、そのひとり子イエス・キリストを十字架に身代わりにするほどに、この世を愛されました。それは、その救いをアーメンと信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためです。
神の愛は、聖書のことばに告白されています。聖書は、神の人類への愛の手紙。
25年間、洗礼を受けないで、自分の信仰こそ第一級だと思い込んでいた学者がいました。論議を挑まれましたが、イエス様を信じることにかけては人後に落ちないと胸を張ります。イエス様を愛しますか?というと、さらに胸を張ります。
そこで静かに聖書を開き、 。「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます。」を示しました。
イエス・キリストの最後のことば、信じてバプテスマを受ける者は、救われます。と宣言されました。
理由は様々るでしょうが、屁理屈を言わずに素直に、聖書のことばにアーメンと信じる時、愛が豊かに注がれます。愛の言葉にアーメン信じます。愛しますと告白し、愛するイエス様の復活を喜び祝う礼拝です。
ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2017年元旦が日曜日礼拝=午前11時より生駒聖書学院チャペル。年頭に聖餐式をし、一年の祝福を個人的に、また家族ごとに牧師が祈ります。富雄キリスト教会は、午前10時です。大阪エリムは生駒聖書学院教会と合同で午前11時。大阪エリムは1月8日(日)午後2時よりスタート。