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皆さんこんにちは!今日は1型糖尿病歴20年目になる私の健康管理≒血糖値コントロールについてお話します。前回のブログでもご紹介したバーンスタイン医師の糖尿病の解決によると健常者と糖尿病患者の違いは血糖値が正常か正常でないか「だけ」。ただし一時的に正常化するのではなく、24時間365日正常血糖値を維持し、かつそれを長期間続けることで、糖尿病であっても健常者と同じ、場合によっては一般的な健常者よりも健康になる可能性があるとされています。事実バーンスタイン医師は血糖値正常化により、進行しつつあった合併症から解放され、特にタンパク尿まで出ていた腎臓の合併症がすっかり消え、どんな鋭敏な検査でも腎臓の異常が検知されないまでになったということです。つまり合併症が進行していても血糖値正常化によって「可逆的」に治癒することがあるということ…この点には本当に驚くとともに大変勇気づけられました。幸運なことに1型糖尿病発症後、早い時点でこの本に出合うことができたので、退院後すぐに糖質制限を開始。糖尿病歴とともに糖質制限歴も20年目となっています。初めて糖質制限を試したのはご飯を枝豆に置き換えてみたこと。従来のカロリー制限食ではどうしても食後血糖値が200オーバーとなっていたんですが、この初回チャレンジの食後血糖値を測ってみたところ、100前後だったのにはびっくりするとともに感動すら覚えました。以降基本の食事は糖質制限ダイエット、たまに糖質解禁することもありますが、その時はインスリン増量で対応。おかげで今に至るまで合併症はなく、健康な生活を続けることが出来ています。66歳になった今も朝は4時起き、朝食はブラックコーヒーとゴーダチーズ(最近はヨーグルトも加えています)でトレーニングが日課。朝ラン10km、水泳1時間、上半身強化の筋トレ、これらを3日おきの日替わりで実施しています。またやりたいことは何でもやってみることにして、登山・旅行・バイク・ゴルフ・スキー(どれも下手)などにチャレンジ。糖尿病が原因で諦めたことは一度もありません。今の主治医は糖質制限推奨派で、私の血糖値コントロール法を完全に支持してくれています。2か月に1回の検診では血液検査家結果にコメントしてくれますが、だいたい「特に問題はありません」。診察時には以下のような血糖値管理表を持参して、毎朝の血糖値を報告しています。以前は一日複数回測っていたんですが、いつ測っても大体同じなので一番コントロールしにくい早朝血糖値を毎日記録しています。という訳でこれからも今の生活を続けて「欲張りシニアライフ」を実現したいと思っています。今後ともどうぞよろしくお願いします。【レビュー数600件over☆楽器店大賞2024】【CN201/Lomiy ロミィ】【延長5年保証がなんと1000円☆】【配送設置無料 & 不要ピアノ引取処分無料】【防音/防傷マット & ヘッドホンセット】KAWAI カワイ 電子ピアノ 88鍵盤 Bluetooth対応 CN201【A / LO / MW / R】
2025.05.24
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皆さんこんにちは今日はブログタイトルの一部になっているIDDM(1型糖尿病)のことをお話しします。1型糖尿病は英語でInsulin Dependent Diabetes Mellitus、その頭文字を取ってIDDMと言われています。ちなみに大部分の人がなる一般的な糖尿病は2型糖尿病であり英語ではNIDDM(Non-Insulin Dependent Diabetes Mellitus)と呼ばれており、概ね糖尿病の95%は2型ということです。2型糖尿病はよく知られている通り生活習慣病ですが、1型糖尿病は明確な原因が分かっていなくて、先天的に因子を持った人が何らかのきっかけで発症する病気です。先天的というと遺伝なの?と聞かれますが、実は2型糖尿病の方が遺伝要因(なりやすい体質)が強く、1型糖尿病の場合は遺伝は少ないようです。現に私も親兄弟はもちろん子供や孫にも誰一人1型糖尿病はおらず、親戚にさえいません。まぁ突然変異のようなものでしょうか前置きが長くなりましたが、私は2006年1月から体調に異変を感じ、4月に1型糖尿病と診断され(最初は単に糖尿病、後の精密検査で1型と判明)2か月近い入院を余儀なくされました。その時は47歳でしたが、それまでは健康診断で引っかかったことは一度もなく、ましてや人生で入院などしたこともなく…発症の1年前にはフルマラソンで3時間6分で走った健康優良児でした。という訳で糖尿病という思いもよらない病気になったことはショックでしたが、さらに入院中の検査で1型と診断されて一生インスリン注射が必要と言われたときは本当に落ち込みました。何故私が1型糖尿病になったのか?。今でもはっきりした原因は不明ですが、後に読んだこの本バーンスタイン医師の糖尿病の解決の中でメカニズムが解説されていて、それによると1型糖尿病は自己免疫疾患で外部から入ってきた異物を攻撃して体を守るはずの免疫が異常をきたし自分の細胞を攻撃して破壊してしまうという病気だそうです。そのきっかけはウイルス感染などが疑われており、1型糖尿病因子を持って生まれた人は大部分子供の頃(通常15歳まで)に発症するということです。つまりインフルエンザやはしか、水疱瘡などに罹った子供の発病因子にスイッチが入り発症するという訳です。また発病因子にスイッチが入ってから数年間は発症せず突然の高血糖に襲われるというのが特徴のようです。私の場合、発症する数年前にひどいインフルエンザに罹っており、多分それがトリガーになったんだと考えています。後に健康診断結果の推移を見直してみると、インフルに罹る前まではHbA1cは4.5%前後だったのが、翌年からは5.4%に跳ね上がってます。でも5.4は正常範囲なので引っかからず(ちなみに空腹時血糖値は80~90で変化なし)発症の年まで約5年間見過ごされてきたという次第です。そもそも当時は糖尿病に関する知識など皆無で正常血糖値がいくつなのか(例えば10なのか1,000なのか)すら知らず、ましてやHbA1cの言葉すら聞いたこともなく…もし今のような知識があったらすぐに糖尿病を疑っていたと思います。HbA1cが1%上がるということは平均血糖値が40mg/dl上がるのを意味してますからね。インフルに罹ってから私の膵臓の中では静かにベータ細胞(膵島にあるインスリン分泌細胞)の破壊が進行。残された細胞が一生懸命働いて血糖値を維持してきたと思うんですが、正常細胞の残量が一定以下(多分10%くらい)になった時点で耐え切れず一気に血糖値が上昇(正確には下がらなくなった)して、高血糖持続による諸症状が突然現れたんだと考えられます。その症状は、喉の渇き、頻尿、異常な食欲と体重減少の同時進行、排便異常、強い疲労感、肌の色つや喪失など。さすがにこうなると病院に行くことになり、血液検査の結果、空腹時血糖値は300mg/dl近く、HbA1cは13.8%。即入院でした。退院後は病院で指導された食事療法とインスリン注射で血糖値管理していたんですが、どうしても食後血糖値の上昇を抑えることができず、色んな情報をネットや本屋で探していたところ出会ったのが、前述のバーンスタイン医師の糖尿病の解決でした。この本の著者リチャード・バーンスタイン医師は12歳で発症した1型糖尿病患者で、40代まではエンジニアだったそうなんですが、長年のインスリン注射にもかかわらず糖尿病の合併症を発症しつつあり、自分の子供たちが大きくなる姿を見ることは出来ないだろうとさえ思ったそうです。しかし彼の妻が医師だったので、血糖測定器を彼女名義で購入。当時病院でしか測定できなかった血糖値を自分で測り、食事との調整で血糖値をコントロールするスキルを獲得。具体的には糖質制限と少量のインスリン注射による管理で血糖値を24時間365日正常範囲にすることに成功。進行しつつあった合併症も消えたということです。そしてその成果を広めようと医学誌などに投稿するも、旧体制の医者から受け入れられず、そうであるなら自分で医者になるしかないと決意して40代後半で医学部に入学、医師になったというすごい経歴の持ち主です。ちなみにバーンスタイン先生は今年4月に90歳で亡くなられたそうでとても残念です。でも1型糖尿病患者の平均寿命は男性74歳、女性77歳なので、患者としてはもちろんですが、平均寿命が80代の日本人の健常者と比較しても長生きされてますよね。私はこの本に出合ってバーンスタイン先生と同じように糖質制限することを決意。病院の栄養士と喧嘩しながらも19年間続けています。おかげで体調はすこぶる良好。66歳になっても、ますます好きなことにのめり込んでおりますちなみに現在の主治医は糖質制限推奨派なので、病院の治療方針と私の生活は完全にマッチしています。という訳で1型糖尿病とはこれからも長い付き合いになりますが「師匠」のバーンスタイン先生に負けないように、しっかりコントロールしていきたいと思っています。長文になってしまいました。最後まで読んでいただきありがとうございます。
2025.05.20
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皆さんこんにちは!5泊6日の車旅ブログもシリーズ第13回でいよいよ最終回。今日は車中泊した兵庫県たつの市の「道の駅みつ」を出発~岡山~広島~山口を経て福岡の自宅まで帰る下道ドライブです早朝出発して少し走るとほどなく岡山県へ。先は長いので朝食をとることにします。岡山市内に入ったところでこの旅2回目、おなじみのジョイフルへ。朝定食とコーヒーでゆっくり過ごした後、再び帰路の国道2号線へ。ルートは基本幹線道路をチョイスします前夜遅くに道の駅に到着して早朝出発。あまり寝てないので、朝食後早くも睡魔が(^^;お風呂にも入っていないので休憩を兼ねて沿線でみつけた日帰り温泉でゆっくり汗を流しました♨温泉でサッパリ・リフレッシュしたので再び国道2号線ドライブ再開。岡山県も行ってみたいスポットはあるんですが、またこの次ということで車は広島県へ。途中「道の駅みはら神明の里」で休憩。三原市街が一望出来るロケーションがGoodでした。この後、大都会の広島市街を抜けると宮島になります。宮島駅を過ぎたあたりでランチタイム。地元の食堂でちゃんぽんをいただきました食堂を出発してすぐに短いトンネルがあったんですが、何とその中、2台前で交通事故が発生。前の車も急停車したのであやうくぶつかるところでした。事故は3台の玉突き事故。多分最後尾の車が原因かと思われます。事故現場をソローリ通り過ぎてこの先も安全運転、安全運転広島県を通過すると山口県岩国市です。やっと福岡のお隣まで帰って来ました。それでも山口県は東西に長いのでゴールはまだまだ先。疲れたら早めにコンビニで休憩しながら国道2号をひたすら西へそして夕刻になりようやく下関市に入り「帰ってきた感」が出てきました。関門トンネルを抜けると北九州市門司区。あと一息ですすっかり暗くなった道を最後まで安全運転でドライブ。帰宅できたのは21時頃長い長ーい下道クルマ旅でしたが、高速道路では味わえない良さをたっぷり体験できた5泊6日の旅でした。今回使用したのは愛車アコード。2,000kmを超えるドライブでしたが途中の給油は2回。さすがハイブリッドですね。正確には計算していないんですが燃費は大体23km/ℓかと思います。このアコードは燃費以外にも良いところがたくさんあって、中でも静粛性抜群。おかげで一人で運転したんですが、激しく疲れるということはありませんでしたという訳で全13回にわたる旅ブログを読んでいただきありがとうございました。引き続き色々欲張りなエピソードをアップしていきたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願いします
2025.05.05
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皆さんこんにちは!山陰→近畿車旅シリーズ第12回、長かった紀伊半島を後に車は大阪に入ります。夕暮れが近づいてましたがこの日はできるだけ走り、大阪・神戸の大都会を抜けてどこかの道の駅で車中泊することにしました。大阪府に入ると阪南~泉南~泉佐野~岸和田~泉大津~堺などの都市を通過。夕食はすっかり日が暮れた7時頃、ロードサイドのマクドナルドで簡単に済ませました。ハンバーガー、チキンナゲットでエネルギーを、ホットコーヒーでカフェインを補給してドライブ再開。とにかく神戸の先まで走ると決めてました。途中、大阪湾に上がる花火が見えて、この時期に花火大会?と思ったんですが、よくよく考えるとこの日は大阪万博の開会式。その花火だったんですね。おかげで退屈なドライブにならずに済みました。この度では色々予定外なことが多かったんですが、これも嬉しい予定外ですね花火が終わる頃には大阪の中心街が近づいて渋滞。これは覚悟の上なので大阪の夜景を楽しみながらゆっくりドライブです。大阪を抜けると兵庫県、尼崎~西宮~芦屋、そして神戸と引き続き深夜のシティドライブ。神戸を抜ける頃には夜中になってしまいましたさすがに神戸では道の駅は見つからないので、頑張って姫路の先まで行って道の駅を探します。そして見つかったのが「道の駅みつ」。日付が変わって午前1時過ぎの到着でした。夜半過ぎから雨も強く降ってきたんですが、運よく屋根付きのスペースが空いていたのでそこに滑り込んでバタンキュー。翌朝起きるとバイク駐輪場でした。他に誰もいなかったのでまぁいいか(^^;という訳で走りに走った5日目の午後でした。次は兵庫→岡山→広島→山口、そして福岡まで下道ドライブが続きます。その模様は明日のブログで。どうぞお楽しみに
2025.05.03
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皆さんこんにちは!山陰→近畿車旅シリーズ第11回、那智の滝で今回の旅の主要目的地は完了。ここから国道42号線で紀伊半島を半周、関西~中国地方を経由して九州まで下道で帰ります。南国らしい海岸沿いの道を走っていくと太地町を通りました。ここ400年前から古式捕鯨が行われているくじらの町。港には引退した?大きな捕鯨船がモニュメントとして展示されています。またくじら博物館もあって時間があればゆっくり見ていきたかったんですが今回はパス。道の駅たいじに立ち寄って地元物産を購入しただけでした。(旅も5日目になるとちょっとお疲れ(^^;)太地町を後に再び紀伊半島海岸ルートを走ると潮岬(しおのみさき)があります。本州最南端の地で潮岬灯台があったのでお立ち寄り。今も現役の灯台で中にも入ることができます。灯台から望む太平洋潮岬灯台を後に再び国道42号へ。しばらく進むと海に並ぶ岩が見えてきました。これは橋杭岩(はしぐいいわ)と言うんだそうで、浸食によって出来上がった天然の造形です。事前知識が全然なかったので意外な景色の出現にちょっと感動しました。この後は和歌山県を抜けて大阪~神戸と大都会のど真ん中を走って帰ります。その模様は明日のブログにて。どうぞお楽しみに
2025.05.01
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