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《石破茂首相は戦後 80 年となる全国戦没者追悼式の式辞で、戦争への「反省」に言及する一方、アジア諸国への加害責任に触れなかった。
2013年に安倍晋三首相が反省と加害責任への言及をやめて以降、最近の首相も避けてきた。石破首相は「戦争の反省と教訓を今改めて深く胸に刻まねばならない」と述べ、反省を13年ぶりに復活させた。
ただ、反省が加害に向けられているかは読み取れない。節目の年に不戦の誓いを明確にするためにも、加害の歴史を直視した言葉が必要ではなかったか》(8月16日付北海道新聞社説)
自虐史観論者は、戦前の日本を罵(ののし)ることに酔い痴れてしまっている。日本は悪い国だったと言う自分の「正義」に酩酊(めいてい)しているのだ。悪いものを悪いと言うのは正しいことではないか、自分は正義を貫いているだけだと思っているのであろう。が、それには戦前の日本が悪かったという判断がまず必要だ。そのためには、自虐史観ではない意見がどのようなことを言っているのかにも一定の理解が必要となる。でなければ、ただ自虐史観の尻馬に乗って騒いでいるだけになってしまうかもしれないからだ。
例えば、大東亜戦争は、自衛戦争だったという意見がある。が、それは自己弁護だろうと言うなかれ、そのように述べているのは、かのマッカーサーである。マッカーサーは、朝鮮戦争を経て日本への見方を変え、米上院軍事外交合同委員会で次のように述べた。
There is practically nothing indigenous to Japan except the silkworm. They lack cotton, they lack wool, they lack petroleum products, they lack tin, they lack rubber, they lack great many other things, all of which was in the Asiatic basin.
They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12 million people unoccupied in Japan. Their purpose, therefore in going to war was largely dictated by security.
(蚕以外日本には原産のものはほとんどない。綿花も、羊毛も、石油製品も、錫も、ゴムも、その他多くのものも不足している。
それらの供給が途絶えれば、日本には1千万から1千2百万の人々が職を失うことになるだろうと彼らは恐れた。従って、彼らが戦争に踏み切った目的は、安全保障によるところが大きかった)
勿論、このようなことになったのは、ABCD包囲網で米英支蘭が日本を締め上げたからである。かの戦争は日本の侵略戦争であるというのとは随分違う話である。
もう1つ戦中に開かれた「大東亜会議」についても見ておこう。大東亜会議とは、1943(昭和18)年11月5日から6日にかけて東京で開催されたアジアの首脳会議のことで、これには中華民国(汪兆銘政権)、満洲国、フィリピン、ビルマ、タイ、インドといった国や地域が参加した。日本が亜細亜を侵略しようとしているのであれば、このような会議が開かれるはずもない。
勿論、私は、このような事実をごり押ししたいわけではない。が、大東亜戦争は侵略戦争であったなどと単純に言えないということを確認したかっただけである。かの戦争を思い込みだけで反省する前に、もう一度いろいろな意見に触れられることをお勧めしたい。【了】