全4件 (4件中 1-4件目)
1
今日で6月は最後ですね^^ 明日からは7月。 1日。。。 いつも心新たな気持ちになります。 我が家は一軒家なのですが、 1日になると、土地の四隅に塩とお酒をまきます。 浄化うんぬんもあるのですが、 それだけでなくて、 塩と酒をまきながら、 清めていると、 この家を護ろう、 家族を護ろう、 という気持ちになれるんですよね。 普段の生活をしているとそんなことめったに考えたりしないんですけど、 月に一度は気持ちを改めて 家族と私たちの家との絆を確かめています。
2010.06.30
コメント(2)
今年の6月は自分の癖や、習慣を見つめて手放す最適な時期と聞きます。 そして、来月からは始動の月だとも。 私はすべてを出し切る事ができるのかな、と毎日出てくる放棄したい事柄を見つめています。 一番いいのは、ホオポノポノの作者もいうように、 毎日、毎時間、毎分、毎秒、自分の記憶を消しさること、 なんでしょうね。 例え5秒前であったとしても、それはすでに過去。 その過去の記憶に翻弄されて、 彼女には以前裏切られた事がある 次も同じことをされるのではないか。 彼はいつも人の話を聞かない、 だから今日もまた忘れてしまうのではないか。 こういった判断も積み重なった過去からはじき出される予測になると思うので、 目の前にいる人を勝手に判断してしまうことになりかねないかなと考える今日この頃。 こういった過去から引きだされる記憶すらすべて消し去りましょう。 私が考えることでその人自身も過去から抜け出せない。 この悪循環を断ち切りましょうというのがホオポノポノなのかな、なんて思うんだけど、 解釈が違っていたらすんまそん。 毎日、新鮮な気持ちで慣れた顔と向き合い、 毎日、私の記憶を消しさる。 過度な情報は私の判断を鈍らせる、そう感じます。 必要なモノは無意識化で感じて学んでいるはず。 なので、情報の源となる過去を消すことに対する怖れを手放します。 これが一番かな。 私には。
2010.06.28
コメント(0)
なんでこう、小さな事で不安になったり、 焦ってしまったり。 みんなと足先を揃えたいと思うんだろう。 みんな自由なのに、なんでその自由な行動が気になるんだろう。 私だって自由に生きているのに。 ちょっと一緒じゃなかったからって、心配になったり、 焦ったり。 心のどこかで計算していないか。 ラクな方を選びたいと思って、人を動かそうとしていないか。 そんなところからも出てくる不安だと思う。 きっと、その事自体が問題じゃなくて、 きっとどこかの遠い昔の古い思い出たちが そんな気分にさせているんだと思う。 どの思いがそうさせているのか、ずっと古い記憶までさかのぼるよりも このままこの思いを流そう。 今日は一日、 怒らない。。。 心配しない。。。 それだけでもやってみよう。
2010.06.24
コメント(0)
今、一番ハマって欠かさず見ているのはこの番組かなぁ~。 娘もはまって一緒に録画した番組を見ています^^ 水木しげる役の向井理さんもいいし、布枝役の松下奈緒さんもいいなぁと思ってみています。 貧乏でもお互いに尊重できる仲であれば、それが一番だななんて思ってみたり。 今の時代にぴったりかも。 そんな中でしげるの片腕を見るにつけ思いだされることがある。 私は小学3年まで京都の下町に住んでいました。その時の話。 大学の近くだったせいか、それとも下町だったのか、うちの近所では内湯ではなく、外湯・・・お風呂といえば銭湯だった。 小さい頃は姉や母に連れられて行っていたが、小学生になってからは友達を待ち合わせをして、お風呂の用意をして今日はどこの銭湯に行こうか~などとキャイキャイ(ん~~、私はネクラだったからはしゃいではなかったけど)言いながら、近所をうろうろしていた。 真っ暗な中、2,3人の子供だけで歩く夜の道はなかなかワクワクした。 小学生のころか、それとも母に連れられた頃だったのか。。。その辺りが曖昧なんだけど、 男湯と女湯がしきられているところがあって、子供は行き来自由だったんだけど、私が男湯に遊びに行くと。 短く刈り上げた白い頭のおじさんがマッサージチェアーに座っていたり、扇風機に当たりながらタオルで体を拭いたりしていた。 その中に、必ずと言っていいほど片腕のおじさんや、片足のないおじさんがいたものだ。 私が不思議そうな眼で見ていると親にひっぱられてこちらに連れて来られる。 そして小さな声で 「戦争で片腕になったんよ。あまりジロジロ見ないの。戦争の話をされたら長いんやから」 な~んて、ウチの母らしいw。。失礼な言葉を付けて私を引っ込ませるのであった。 (ということはやっぱり母と一緒の時の風呂屋?) でもね。 私がじっと見ていると、おじさんは笑顔で話しかけてくれたよ。 堂々ともしていたし。 おじさんというよりおじいさんかな。 でも、体つきもがっちりしているし、動きも軽快だったし。 私はなぜだか大好きだった。 だから、いつも用事もないのに、男湯に行っては膝から下がないおじさんだったり、片腕のないおじさんだったり。。。を観察しに行っていた。 ないのに、ないことを普通と捉えて、それでも堂々とするおじさんたちが かっこよかったからだ。 普通に健康体で何も欠けることなく生きている人よりも、潔く生きているように思えた。 ・・・・・ 今から8年くらい前かなぁ~。 眠れなくなって夜中にテレビを見ていた。 普通の人の日常を映したドキュメンタリー。 その人は公務員の息子として生まれたんだけど、農村に興味を持ち両親の反対を押し切って古式農業を始めた。 電気もろくに通ってないような田舎にボロい家で一人で住んでる。 プロパンガスに電気は・・・もしかしたら通してなかったかも。お金がかかるとかで。 そんな彼にお嫁さんができた。 全盲の女性。 生まれた時は耳に障害があって聞こえない・・・だけだったんだけど、高校生くらいになって視力が弱まり、彼と知り合った頃は弱視程度だったんだけど、最近ひどくなって全盲になってしまった。 ということはどうやって会話をするんだって話なんだけど、 基本は手話で話をするんだけど、その手が見えないものだから、手話の形をしている指を全盲の女性が触り、解釈をする・・・という、方法。 そして、その返事を彼女が手話を使って表現する。 確か名前が「手手話」だったと思うんだけど。。。 そんな彼女と二人で行う生活は・・・私にはとても素敵に思えた。 家庭的な家具もなんにもないし、農業も古式を追及しているのですべてが手作業。 収入はそこで獲れた有機米を売ったお金・・・年収で30万のみ。 でも、あったかいの。 その女性は笑い上戸でね^^ 会話は手話で行うから、音もなく静かな家なんだけど、だけど、笑い声だけ聞こえてくるという。 主人公の男性の両親は全盲で耳の聞こえない女性と結婚した彼を、勘当したらしい。 その男性が言っていた。 彼女や障害を持つ人は、目に見えてはっきりと分かるところが欠けているだけで、本人たちは何の障害とも思っていないし、障害ではない。 「障害」という言葉は、そういった人たちを見る人の心が障害だと決めつけているだけの話しだ。 ・・・・この言葉を聞いてから。。。私はずっと考えている。 自分の心はどうなのか。 障害者の人を障害者と思ってみてはいないか。 普通に扱っているつもりでも、どこかで未だに思っている。 障害者だから優しくしなきゃとか、もっと自然にふるまわなくちゃとか。 そういう気持ちも含めて、すべてなくして付き合えたらいいのに。 ・・・・母の介護を見る中で、車いすに座っていた頃は私や私の娘(ポノポノ)が車いすを押して、クルクル回ったり、走ったり止まったりして、車いすライフを楽しんでいたんだよね。 でも、症状が悪化するに従って、車イスすら乗れなくなって☆ その時になって思ったのは、車イスに載せていた頃は、まだ病名も知らなかったし、時間はかかっても少しはよくなって、せめて車イスの状態でいれると思っていたのもあって、みんな元気だったよな。楽しんでいたよな。って思えて、懐かしくなった。 当時から考えると、その2,3カ月前の話しなのにね^^ そんな思いがある時に、私たち親子がエレベーターに載っていると、後から…ちょうど母よりも4,5歳若い女性が車イスに載って、それをその娘さんが押して入ってきたの。 私とポノポノは心が暖かくなってね。 二人で、おばあちゃんの車イス押してたよね。同じだね。なんて話して私たちがニッコリと相手にしたんだよね。 すると、めっちゃ嫌そうな顔をされたの ・・・人によって感じ方は違うんだなって。 勝手に推測してニッコリしちゃった私たちも失礼なんだけど、 「車イス」で幸せを感じる人と、「車イス」を不幸せと感じる人と。 人によって違うんだねぇ。 車イスでいる自分を不幸せと感じることができるなんて。。。。 なんて幸せな人なんだろう、と。 私は思わずにはいられませんでした。 不幸せを感じるのは幸せなんじゃないかな~。 だって、今まで幸せだったって言う証拠じゃない。 この先、今の状況が好転することを期待している証拠じゃない。 なんてね。 ・・・・・・・・ いつかは、すべての人にわだかまりや気兼ねがなく接することのできる人になれたらいいなぁ~。 障害者であるとかないとか、気持ちのいい人だ悪い人だとかそんな前情報なく、ただありのままのそこにいる個体として見れるように・・・なりたい。 けど、絶対に難しいよね!! 言ってるそばから無理っしょって思う自分がいるわ。 な~~~んか、まとまりない話しだけど、 ゲゲゲの女房を見ていると、こんな繋がりで話を広げたくなりました。 おしまい。
2010.06.23
コメント(0)
全4件 (4件中 1-4件目)
1