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だしてくれーえ。ゴールデンカムイの皆さんも網走監獄で、とらえられていました。脱獄王の白石様も興奮気味です。
2018/12/19
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漆黒のステージが準備されました。可愛いだけでは芸がありません。
2018/12/19
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素敵なケースに入れてもらったハスラ―とカピバラさん。団扇ももち手が邪魔しました。
2018/12/19
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こんなに冷えた夜はあたたかい温泉でも。男ばっかし。素敵な夜になるかもね。よし、決めた。こいつらとダブルマグナム瓶を開けましょう。ちょっと大人な感じ。(@^^)/~~~byマグナム勢ぞろい
2018/12/18
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真ん丸なお顔のカピバラさん。今日はプリティなお尻は見せてくれないの。ご希望があれば。 こちらで、よろしいでしょうか? 四葉のクローバーですか??それじゃあ―またね!!(@^^)/~~~byカピバラさん
2018/12/18
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昨晩はこの2本を飲みました。そして写したのが、ハスラ―とカピバラさん。本日は、落ちをご用意しておりません。あしからず。
2018/12/18
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箱入り娘です。大切に扱ってください。フランス ボルドー サンテミリオン地区 グランクリュ―(特級)コート・ローシャス 2011年 アルコール13.5%赤ワイン。ミディアムボディ。ブドウ品種:メルロー、カベルネフラン。飲用推奨温度16~18℃内容量:3000ml輸入社・取引先:株式会社セイコーフレッシュフーズ4コマ漫画でした。起承転結。問題はいつ飲むかです。3000mlは750mlの4本分。誰と飲むかです。のん兵衛さんを探さなければ!!サンタさんと飲もうかな!!ゴールデンカムイのメンバーを忘れていませんか??
2018/12/18
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他の企業で実績があっても、さまざまな事情で新しい職場にチャレンジする方がいます。今回、設備に詳しい方が一緒に働くことになりました。今の在り方や、今までの流れは教えることができます。しかし、これからのことを考えた場合、お互いに、対等でなければいけないと思います。お互いに背負うものは違う事を前提に、新たなものに向けて協力するとき、対等でなければ。今まで交流のあった方とはそのようにお付き合いしてきました。男女にかかわらずです。ですから、会社が変わっても、いまだにお付き合いが続いている方がいます。相手のことも考慮して、意見を、思いをぶつけあう。そして新しいものを構築してゆく。今までにない新しい関係ができると思うのです。お日様のもとで、新しい時代の中で、新しい世界観を作ってみたいですね。そのような模索をしてもいいのじゃないかな。中途の方との交流の際に特に注意していることです。
2018/12/16
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いつもと変りなく過ごすカピバラさん。いつものチェアーに座り、ラジオを聴いて小さな画面から世界を見ています。仕事はしっかり、コツコツと。一昨日若い従業員が風邪でお休み、年寄りがそのカバーに回りました。「仕事に穴をあけるな」これは父の遺言のようなものです。みんなで協力して仕事は完遂すればよいのです。しかし、自分の組織の中でのボリューム(存在感)がどのようなものかを知り、そこから健康管理に充分配慮できる社会人になってもらいと感じた一昨日です。昨日は、もう一人の新人さんに声を掛けました。朝一で「なれましたか」次に顔を見たときはBPM(1分間当たりの製造数)について、気楽な、まじめな立ち話を。その次に顔を見たときは少し忙しそうなので、作業を少しだけサポートしました。いつもと変りない気持ちで、同じスタンスです。今日は少し時間があるので「お気に入りのブログ」の皆さんの最近の投稿を眺めています。それじゃ―またね!!(@^^)/~~~!byカピバラさん
2018/12/15
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雪かきをおえて、高校3年生を駅まで。コーヒーを入れて、ロールパンです。昨日の夜間診療はJOYさんではなくREO(玲央)さんでした。今日もキリマンブレンド。信頼のおける商品を楽しんでいます。スタンス。いつも同じとは限りませんが、普通にしていたいです。お休みの日も、いつまでも寝ていないで、同じリズムで暮らしたいものです。さすがに睡眠不足の時はちょっと元気になるまで寝ていたいですが!丘の上の二人は昨日、雪かきをしていました。手を振ってくれました。うれしいです。元気だなと確認できました。それでは本日も、いつもの様にコツコツ、お仕事です。二杯目のコーヒーになります。それじゃ―またね!!(@^^)/~~~byコーヒーのカップテイスター
2018/12/14
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本日は、夜間診療で血圧の薬をひと月分頂いてきます。35歳で神戸震災復興の最中に発病。うさぎのようにデリケートなものですから(笑ところです)。さて、なぞなぞの答えはオーロラソースです。勝敗はドレッシングやソースを作った、調理人さんでしょうか。しばらく謎解きに取り組んでいました。で、二つくらいは正解したですが、3つ目は間違えたようで、叱られました。というわけです。残念。ごめんなさい。2,3日ウイルス除去ソフトの調子がおかしく、昨日やっとパソコンのウイルス除去ソフトを入れなおしていました。それで、しばらくお留守でした。さて、今夜の受診はジョイさんならいいな!!じゃあーまたね!!(@^^)/~~~by老婆心。
2018/12/13
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東京大学の学生が謎解きでよくTVで見かけます。こんな問題はいかがでしょうか。外食産業の方は分かるかもしれませんね。問題です。ケチャップさんとマヨネーズさんがボールの中で取っ組み合いのケンカをしました。さて勝負の結果はどうなったでしょうか?こたえがわからない。みなさんは分かりますか。それじゃあ―またね!!(@^^)/~~~
2018/12/10
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雪が積もると、食事に困る方々がいます。どなたでしょうか?本日は足跡だけです。いつかきっと姿を取られてみたいものです。二本足で歩く生き物の様です。
2018/12/10
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『新時代の経済学入門』経済学教育学会教科書編集委員会 編 教実出版株式会社 1998年4月 第Ⅰ部 日本経済 第3章 高度成長の条件と結果 第1節 日本の高度成長の姿 1-2 産業統計からみた高度成長 次に、基本的な産業変化を示す(表3-2)。大戦前の日本のさんぎょうは、第一次世界大戦のじきに重工業化が進んだといっても、まだ軽工業との大きな差はなかったし農家の比重も大きかった。大戦後の日本の産業は、欧米の技術革新を積極的に導入して重化学工業化を進め、特に機械工業部門の力量を急速に高めていった。専業農家数が急減した以上に農家の農業依存は急減し、農家の大半は第二種兼業農家となり、休日等を利用して米作は続けるものの、所得を農業以外の産業に頼ることになった。 この表から、次のようなことがわかる。a)第一次産業の衰退、第二次・第三次産業の発展。関連して、雇用者数とその比率の急増。b)製鉄産業の急発展と、繊維産業の停滞(工業全体での比率は1920年44%だったのが1970年8%となった)。c)機械工業の急発展。特に、家庭用電器生産と自働車生産の急成長。d)農業所得の伸び悩みと、農業の兼業化の進展。他方、コメの土地生産性の向上。高度成長のなかで、大戦直後には花形産業であった石炭産業が衰退し、石炭から石油へとえねるぎーの転換が急展開し、石油に深く依存した生産体制が成立した。これに合わせて、石油化学産業も発展して産業の重化学工業化が進んだ。これは、同時に公害問題を引き起こすことになった。こうして、高度成長以降の発展を踏まえると、この時期の工業の特長は次の4つにあらわれている. 第一に、製鉄産業の発展である。 鉄は「生産のコメ」といわれる。製鉄産業の積極的な設備投資の結果、粗鋼生産量は急増して世界一となった。また、鉄鋼の一貫生産等の新生産方式を全世界から積極的に導入して、技術水準をも世界一に引き上げた。鉄鋼の限らず素材産業の技術水準の高さが、自動車等の機械工業の発展を支えることになる。 第二に、家庭電器製品の普及である。 先に示した「三種の神器」の普及等、家庭電化という国民の消費意欲の急拡大が成長を支えた。またこれは、国民の要求にこたえるだけでなく、国民の新たな需要を生みだすよな、優れた製品(トランジスタラジオ等)を積極的に創造した家庭電器メーカーの製品開発力による部便も大きい。この民生重視の技術という側面は、軍事技術の開発で力をつけてきたアメリカ産業との決定的な違いとなっている。 第三に、機械産業の発展である。 大戦前の日本では、一部の機械に優れた技術があったものの、全体としては、機械工業の技術水準はとりわけ低かった。日米の自動車産業は、生産力で100倍の較差があり、日米の軍事力の絶対的ともいえる較差を生み出していた。 鉄鋼等の素材産業と、トランジスタ等の部品産業の技術向上を基礎にして、さらに日本独特の生産管理技術(生産過程で不良品を少なくする)を加えることで、組み立て産業である機械産業は戦後日本の工業技術の中核を担うまでに変貌したのである。これは、多くの部品生産を大企業の下請け企業として支えた、専門の中小企業の技術力・生産管理力の高さが大企業の競争力を支えたといえるだろう。 第四に石油化学産業の形成である。 戦前には存在していなかった石油化学産業が成長し、プラスチックその他の製品があらゆる生産物の材料・部品として用いられるようになった。表3-2 高度成長期の産業統計第一次産業の人口減少ではこんな経験をしました。1968年に小学校に入学し、そのあと3年ほどで集落の人口が、がたりと減りました。卒業式が終わると、少し広いところに家財道具が並びセリが始まりました。鉄瓶や食器棚等なんでもあった記憶があります。田や畑を人に譲り、札幌や本州方面に出ていく人が激増しました。3年ほどで春先のセリの風景はなくなりました。出ていく人がもういない状態です。1965年から75年にかけて第一次産業就業者数が1,173万人から735万人に激減した時期と記憶が一致します。1973末から75にかけて世界経済は、経済恐慌に襲われます。トイレットペーパーが店頭から無くなるというニュースは今でも時々TV番組で見受けられます。 世界経済の中で日本経済が世界に先駆けて回復する過程は、また別のところで触れてみたいです。 この春先の3年ほどのセリに記憶は、私が経済学を学ぶきっかけであり、分析対象の時期でした。農村の疲弊する状況を分析しました。今だに経済学から離れられないのはそのようなことに帰着するのでしょうか。 いまだに故郷が恋しく、いつか戻りたいという気持ちは、変わりません。故郷には、いかんせん食うための職というものが少ないのです。 高度成長の時期は農村部の人口を都市に移動させて、必要な人口を確保しましたが、現在はそれができない状況です。 人が18歳で働けるようになるとして、新しい労働力を18年待てない状況をどうすればよいでしょうか。 昨今ニュースであるように海外の人を労働力としてのみ入れようとする、不可思議な論議が起きています。 労働力は労働者の能力であり、労働者には家族があり、心の満足を家族に求めたり、働く動機のひとつが家族への愛情でもあります。 人間というものを根本から考え直さなければ、手遅れになります。そんなことを理解しない国会議員は、いかほどのものだろうと、素朴な疑問が起きます。少し批判的になってしまいましたが、冷静に考えていきましょう。お昼にします。それじゃあーまたね!!(@^^)/~~~byゴールデンカピバラさん
2018/12/09
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カワイイうさぎさんが付いたカップです。いつものコーヒーポットと。先週中ほどより、トップバリュー キリマンジャロブレンド 粉400gを頂いております。ここ3回はキリマンブレンド。製品後面の背張り下部分に尻尾のようなバルブが付いています。
2018/12/09
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赤いママさんダンプ。昔からある除雪用具です。女性でも扱えるからでしょうか?この名前。緑のパパさんラッセル(勝手に呼んでいます)。13年前に北海道に戻った時にはありましたね。少ない積雪の時やダンプで除雪して残った部分の雪を押して使います。ママさんダンプが活躍した景色です。ハスラ―のライトに照らされて。今朝は15cmほど積もっていました。AM5:45頃です。新聞配達の方が来たりしました。6:05 高校3年生を最寄り駅まで。そして、コーヒーを頂いているところです。今日も一日おだやかね天気でありますように。
2018/12/09
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お仕事に、読書に。今日はお休みの方も、そうでない方もコーヒーブレイクにしませんか?お好きなケーキを召し上がれ!紅茶のお供にもどうぞ。
2018/12/08
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『新時代の経済学入門』経済学教育学会教科書編集委員会 編 教実出版株式会社 1998年4月 第Ⅰ部 日本経済 第3章 高度成長の条件と結果 第1節 日本の高度成長の姿1-1社会統計からみた高度成長 まず、基本的な社会変化を1955年から5年きざみでします(表3-1)。 この表から気づくことを挙げてみよう。 a) 1世帯当たりの人員の減少。 b) 寿命(平均余命)の急速な伸び。「人生50年」から「人生70年」へ。 c) 世帯収入の爆発的増加。20年間で8倍(物価指数を考慮して収入は2.3倍になった)。 d) 高校進学が当たり前になり、大学進学率も徐々に高まる。 e) 電話やテレビ、自動車の急速な普及。 f) 交通事故の急増、しかし事故率は急減。 ℊ)凶悪犯の減少から治安の向上がうかがえる。次に、この統計にない変化も上げよう(「社会の世相の動きでつづる年表 昭和の歴史」『昭和の歴史』(1982)小学館「くらし」欄等から)。 1950年代後半:三種の神器(白黒テレビ、電気冷蔵庫、電気洗濯機)の普及。トランジスタラジオ、即席ラーメン発売、後楽園遊園地会場。ロックンロール、フラフープ、整形美容流行。モーテル、スーパーマーケット登場。映画館入場11億人で史上最高。週刊誌ブーム。 1960年代前半:インスタントコーヒー発売。レジャー、百科事典、ボウリング、ワッペン、切手ブーム。シームレスストッキング、ツイスト流行。東京都人口1,000万人を超える。 1960年代後半:3C(カー、クーラー、カラーテレビ)時代。スキー、怪獣、マンションブーム。テレビのニュースショー、民宿登場。ミニスカート流行。全国110の大学で学園紛争。高校紛争70校。 1970年代前半:カップヌードル発売。ジーンズ、長髪、ホットパンツ流行。カラーテレビ受信契約が約1、000万台。自動販売機100万台突破。歩け歩け運動広がる。 上に示した資料から、日本社会の変化は次の三つにまとめられよう。 第一に、生活の安定(余裕の拡大、個別化)である。 寿命や収入等あらゆる面で生活の余裕が増えた。「消貧」を基本的な特徴としていた古い日本の姿は急速に失われた。 第二に、消費生活の変容(都市化、消費・活動範囲の拡大)である。 家庭電化や食生活の洋風化、インスタント食品の登場等によってかtり生活が激変し、消費が美徳となり新しいものを求めるようになった。さらに、電話や自動車の普及によって活動範囲が拡大した。伝統的な生活様式は地方に残ったものの、大都市を中心にしてアメリカ的な生活様式が大きく広がった。大量消費の体制が消費生活を変えたのである。 第三に、大衆文化の変容(流行、階層分化、余暇の活用)である。 マスメディア(テレビと週刊誌等)の普及によってさまざまな流行やブームが起こるようになった。他方、若者文化が出現し、レジャーや海外旅行等余暇の活動が広がった。東京オリンピックは1964年、大阪万博が1970年開催ですから、高度経済成長の最中のイベントでありました。 このような統計資料で数値として押さえることによって、客観的に判断できる良さがあります。ただ、時系列的なイベントの羅列、出来事の網羅では主観が入り過ぎて、書いた人だけの歴史になりかねないというう不具合が発生する可能性が出てきます。 歴史を客観的に見つめる訓練ができるとおみます。 現在当たり前にあるカラーテレビは1970年代前半に受信契約数が1,000万台を超えました。我が家のテレビがカラーになったのは、わたしが小学高学年の札幌冬季オリンピックだったと記憶しています。 また学園紛争が高校にまで広がったのが60年代後半です。出身高校もそのような時代がありました。この時代を記したテキストに 『北海道深川西高「あゆみ会事件」真実と平和な世界を求めて』出版:文理閣 森谷長能(もりやながよし)著。深川西高『自由の学園』を記録する会編 2014年出版 があります。社会統計からみた高度経済成長です。
2018/12/08
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毎日積雪があります。5時に起床。ストーブ点火。積雪状況を確認。5cm以上あれば、除雪開始。車庫2台分と、玄関の合計3間をみどりの大型スコップでやっつけます。6:00過ぎに高校3年生を乗せて、最寄り駅まで。冬のルーティンです。一昨日(12月6日)の送別会は盛り上がりました。仕事が終わりPM9:00開始、2次会が終わったのが7日AM3:00。酷い客たちです。お店のご厚意で3:00まで閉めさせなかったのです。「出入り禁止」かなとひやひやものです。昨日7日は2時間睡眠でしたが、頑張ました。なるべく、体を動かすよう努め、眠くならないように、意識して。検査や、パートさんのサポートなど。カッコ悪いところは見せられません。休憩時間はさすがに目を閉じて休息。就職した頃(わたしの加古川・明石時代)は「呑み会の次の日は這ってでも出てこい」という風潮。今でも身に沁みついています。明石の時期は「1週間に8回飲みに出たと」と豪語する、先輩といつも同行していました。懐かしい。そして若かった。3:00まで遊んでいた中ではやはり年長さんの私。しかし。5:00に起きなければ、ならないのです。気持ちだけは20代のころと変わらないのですが、体はさすがに、ボロボロですよ!!という事で7日は帰宅後、食事をしたら、もう、おねむでした。この土日の二日間で一人ゼミナールを少し、進めようとおもいます。しかし、心許せる仲間とさわげる時間は貴重です。それじゃあ―またね!!(@^^)/~~~
2018/12/08
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ほとんど解けた雪ですが、今朝はとうとう積もりました。5cmほどの雪。息子を駅まで送るため10分ほど雪かき(除雪)しました。送り届けて、車庫にハスラ―を収めるとちょうど列車が我が家の横を通過。 丘の上の二人は最近、お目に掛かりません。昨日は玄関から一人が出てくるところ。手を振ってくれましたが、寒くなると、散歩はないのかな。 きょうは、夜に忘年会というか、4月から一緒にお仕事した方が仕事を離れるので、送別会です。9月末の期限付きの方でしたが、3か月延長していただきました。 それぞれライフスタイルがありますが、正社員になることにこだわらず、いろいろな地域を回り、人とのあたらしい出会いを楽しんでいるようです。付き合っていて、とても興味深い方です。 今夜は、青い山脈(春歌版)、めだかの学校(足し算)、数え歌(ヨサホイ節、)よかちん音頭、などで盛り上がりたいです。 お仕事、行ってまいります。それじゃあ―またね!!(@^^)/~~~
2018/12/06
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少し交流のある方の本です。今は、お年賀だけとなりましたが、涙を流すながら読みました。人間は素敵だな。そして現代はちょっと人に試練を与えているな、思うのです。
2018/12/05
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トップバリューのキリマンジャロブレンド400gが新登場。後ろに横向きのしっぽのようなバルブが付いています。新鮮さの目印だよーん。
2018/12/04
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500ml登場です。好評につき再入荷に続き増量500mlを発売。
2018/12/04
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見ない人は、リュウが「カッ」です。上のお二人の間にも注目かもしれません。アシりパさんの発言に注目ですが、まずは見てみましょう。ゴールデンカムイを応援しますそれじゃあ―またね!!(@^^)/~~~byゴールデンカピバラさん
2018/12/03
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『新時代の経済学入門』経済学教育学会教科書編集委員会 編 教実出版株式会社 1998年4月 第Ⅰ部 日本経済 第3章 高度成長の条件と結果 1950年代半ばから、70年代初めにかけての時期は、日本経済の高度成長期であった。この時期を通じて日本の貿易収支は黒字化し、国民経済が確立した。経済成長は日本の社会を大きく変貌させ、あらたな課題をもたらした。本章では高度成長の諸条件とそれがもたらした結果を考える。第1節 日本の高度成長の姿 1950年代半ばは、日本は第二次世界大戦後の混乱から抜け出した。大戦終了直後は、米軍の都市爆撃による破壊や、アジア各地から国民の帰国、米軍占領下での急激な制度改革等で、日本は多くの荒廃・混乱にみまわれた。その後、経済復興を経て生活レベルは大戦前とほぼ同じ状況になり、アメリカに押し付けられた制度改革の一部は拒否され残りの部分は受け入れられた。こうして、戦後10年を経てに日本は一応の落ち着きをみせた。 1954年の「神武景気」から第一次石油危機後の73年までの約20年間、日本は「高度経済成長」と呼ぶ新しい変革の時期をむかえる。この時期に、「軍事大国日本」が新しい「経済大国日本」に生まれ変わったといえる。政治的には民主主義と平和主義、経済的には大量生産と大量消費をベースにした「企業社会」と貧富の差に縮小、社会的には都市化・電化・個人主義等、戦前のそれとは大きく変わった骨格と肉体を持った日本社会が登場した。 世界一のスピードで経済成長をとげながら、この大変革を完成させたのが日本の高度成長である。どんな変化が起こったのか。できるだけ具体的イメージをもって見よう。 表3-1 高度成長期の社会統計 表3-2 高度成長期の産業統計 表3-3 高度成長期の経済統計などの統計データーを基礎に見ていきましょう。それではまたね!!
2018/12/03
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おはようございます。緑のハスラ―は、抑えてバックさせると勢いよく前進します。オレンジのハスラ―はハッチバックが開きます。カピバラさんはおしりがキュートです。
2018/12/03
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ハッチバックは開きます。中はこんな感じです。それじゃあ―またね!!(@^^)/~~~byゴールデンカピバラさん
2018/12/02
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マーチさんの格納庫です。全員が集結しています。最後に収まったのがパトカーのマーチさんでした。
2018/12/02
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カピバラさんがパトロールカーのマーチさんに出会いました。ハッチバックから乗り込もうとしますが、お顔が少し大きくて。残念ですね。パトカーのマーチさんは出動が頻繁の様です。結構汚れていますね。持ち主がたくさん遊んでくれた証拠ですね。それではまたね!!
2018/12/02
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おはようございます!小学2年の担任は体育の先生でした。集団行動を小学生の授業で習いました。教員の研修会で披露した記憶があります。先進的な授業のようでした。それではまたね!!(@^^)/~~~!byゴールデンカピバラさん
2018/12/02
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マーチさんが勢ぞろい。全員集合!!『回れ、右!』日本体育大学の集団行動は特に有名ですが、本日はマーチさんたちが集団行動を。一糸乱れぬ頑張りに、拍手をどうぞ!!おやすみなさい!!(@^^)/~~~byゴールデンカピバラさん
2018/12/02
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青いマーチさん こんいちわ! 知らんふり。ハッチバックが開きませんねえ。少し大きくなりました。青いマーチさんのお兄さんですか?そういえばトミカとは違う趣が。失礼しました。でもお尻はキュートなのです。
2018/12/01
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カピバラさんがマーチさんの後ろに回り込もうとしています。マーチさん見事なお尻です。このお尻には勝てそうにないので前に回り込みました。覆いかぶさるカピバラさん、優勢です。勝てるかな??残念、マーチさんに抑え込まれてしまいました。勝負がついたところで仲良く退場です。おつかれさまでした。
2018/12/01
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赤いマーチさんにお尻から乗り込もうとしているカピバラさん。しかし、無理みたいです。見晴らしの良い特等席に。よーく見えます見えます!!次は何色のマーチさんに出会えるかな?
2018/12/01
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こんにちわマーチさん! こんにちわカピバラさん!!よく似たお顔ですね!!マーチさんのお尻とカピバラさんのお尻どちらもプリティ!!
2018/12/01
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2018/12/01
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チャンと乗ることができたでしょうか?
2018/12/01
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昼食の後、コーヒーを頂いています。一人ゼミナール始めました。始まれば、何とか続くような気がしてきました。
2018/12/01
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『もういちど読む 山川政治経済』山崎広明=編 山川出版社 2010年4月 発行第2部 現代の経済第2章 日本経済の発展と国民福祉の向上1 戦後日本の経済成長そこでは、戦後復興期、高度経済成長期、安定成長期、最近の経済情勢と4つの項目で概観しています。その高度経済成長期を見てみましょう。高度経済成長期 1955年以降の時期は「高度経済成長」期といわれ、日本は年率10%前後の高水準の実質経済成長率の伸びを達成した。その要因には、(1)海外から技術革新の成果を積極的に導入、(2)国民の高い貯蓄率をもとにした銀行から企業への融資、郵便貯金などを原資とする政府の財政投融資、(3)「投資が投資をよぶ」といわれた積極的な企業の設備投資、(4)「消費革命」と呼ばれた耐久消費材ブーム、(5)安価で質の高い大量の労働力の存在、(6)輸出に有利な1ドル=360円という円安の固定為替相場、(7)「国民所得倍増計画」などの政府の積極的な産業育成政策、(8)企業グループ間の激しいシェア拡大競争、(9)アメリカを中心と世界経済の拡大、(10)平和憲法による軍事費の低い負担、などがあった。 高度経済成長により臨海コンビナートや高速道路・新幹線が建設され、産業構造の高度化や重化学工業化が進展した。この間、1955~57年の神武景気、59~61年の岩戸景気、63~64年のオリンピック景気という好景気が生じたが、好況により輸出が増えると国際収支が悪化し、金融を引き締めると景気が後退する、「国際収支の天井」による景気後退をくり返していた。また、「昭和40年不況」といわれた1964~65年の景気後退では、需要不足に対して、戦後初めて1965年度補正予算で赤字国債発行された。その後、1966~70年のいざなぎ景気は57ヵ月という戦後最長の好況となり、1968年には、日本はアメリカ合衆国につぐ資本主義国第2位のGNPを達成し、経済大国と呼ばれるようになった。 以上は高校の政治経済の授業で学んだ水準の内容です。読み返してみると、試験(中間や期末テスト)や入学試験(共通1次試験の一期の学生です)のために、どの単語を理解すればよいのかをマーカーでチェックしたことばかりが思い起こされます。 これらの内容と自分や自分を育ててくれた親とのかかわりは全く見えてきません。つまり、ほぼ問題なく社会が廻り、不平不満が少ない時代だといえます。そして時代は1970年の大阪万博につながります。今まさに2020年東京オリンピック・パラリンピック、2025年の大阪万博が、再度、高度経済成長を望む意識とリンクしているように見えます。それではまたね!!(@^^)/~~~byゴールデンカピバラさん
2018/12/01
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