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ひまわりが咲いた、随分背が高い所に咲いたので台に上って写した新聞で広島大学名誉教授の横藤田 誠(よこふじた まこと)さんの寄稿文を目にして深い感銘を受けたので紹介させて頂く。横藤田さんは生後7か月で小児麻痺(ポリオ)に罹り、両足と右腕に障害を受け、5歳から肢体不自由児施設や特別支援学校の寄宿舎で10年間を過ごした。施設では健常者のことを普通の人と呼び、自分達の生活は普通ではないと自覚していた。いつか普通の社会に出て行かなければならずとても怖くて強い劣等感を抱いていた。高校に進学して初めて周囲が健常者ばかりという環境に入り、友達は出来ず、松葉杖で街を歩けばジロジロ見られ、辛かった。そんな横藤田さんを変えたのは高校の授業で出会った「基本的人権」の理念だったとのことである。フランスの人権宣言の言葉「人は自由かつ権利において平等なものとして出生し、かつ生存する」、日本国憲法第13条「全て国民は個人として尊重される」が強く心に響き、希望と未来を手に入れたように感じた。そして法学を学ぼうと決意して広島大学に入り、人権を守る法学者として努力してきたとのことである。特に、精神障害者やホームレス、子ども、高齢者など社会的弱者の権利問題に長年取り組んできた人物として知られている先生である。自身の体験で、30年前選挙で投票に行った時、投票所が2階にあり、エレベーターがなく、階段は上がれず、投票を諦めなければならないことがあった。憲法上誰にも参政権が与えられているのにその権利を行使できない。投票所を準備した人たちの中に障害者が来るかもしれないと考えた人が一人もいなかったことを深く悲しんだとのことである。理念としては平等なのに現実には平等でない。誰もが生まれてきてよかったと実感できる社会にするためには社会や組織がそのように整えられていかなければならないが、私達自身の内にある差別意識を乗り越えることが必要だとも述べていた。令和8年版障害者白書によれば、身体障害者423万人、知的障害者126万人、精神障害者が603万人で合わせると1,152万人で日本の人口の1割近くに相当する。昔と違って今は街中で障害のある人を当たり前のように見かけるようになったのは大きな変化だが、まだ十分とは言えない。国や市町村で平等社会への施策と各個人の中の差別意識を克服してもらいたいと述べていた。自らが障害者で差別意識の中で育ってきたが、その自らの体験を土台に、差別亡き社会実現のために戦ってきた横藤田さんは立派だと思う。心からの声援を送りたい。
2026.09.07
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春咲くシバザクラが今の時期にも咲いていた今NHK大河ドラマで「豊臣兄弟」を放映しており、百姓出身の秀吉が本能寺の変の後、当に天下人になる場面が描かれているが、秀吉が死ぬまでの豊臣時代は16年に過ぎなかったことを知った。世界史的な権力者ナポレオンや始皇帝もそれぞれ16年、11年と短く、権力者が治めた時代は意外と短かったのだなと思った。彼らは国を治めるという大変な仕事を16年とか11年かけて行ってきたが、自分の16年とか11年はあっという間に過ぎ去ってきた。時代が違うし、社会に対する関与の仕方が全く違うが、彼らの16年とか11年間の生き方で世界史や日本史が変って来たのかと思うと、自分達の10年、20年の生き方も凄く大事だったのだなと思った。漫然とあっという間に今の年齢まで生きてきたが、歴史上の人物は我々よりずっと短い期間なのに、激戦を勝ち抜き、国を治めてきたので、自分も時間的には一旗上げようと思えば上げられたのだなとも思った。秀吉:16年(1582〜1598)ナポレオン:16年(1799〜1815)始皇帝:11年(前221〜前210)
2026.09.06
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ツルバキア、春先に一度咲いたが今二度目の花を咲かせている。我が家は2年以上前に看護師さんから孵化したばかりの3mmくらいのメダカの赤ちゃん5匹を頂いた。次々に死んでしまい一匹だけ生き残ってくれて餌をやったり水を替えたりして育ててきた。一般のメダカは3-4センチ位に成長するが生き残った一匹は2センチくらいで小さかったが餌を与えると泳ぎながらパクパク食べて水を替えてやろうとすると、すばしっこく逃げまわって凄く可愛かった。私の生きがいにもなっていた。通常は水曜、土曜と家にいるので水、土曜に餌をやったり水を替えたりしていたが、論文のことで水曜日忙しくて餌をやれず、随分汚れていたのに水も替えてやれなかったので、木曜日の朝餌をやろうとしたら死んでいた。ショックで打ちひしがれてしまった。いつも餌をやっていた水曜日に餌をやらず、汚れた水を替えてやらなかったからだと自責の念にかられた。病院でメダカの稚魚を下さった看護師さんにメダカが死んでしまったことを涙ながらに報告した。看護師さんは「2年半も経つのですから寿命、寿命ですよ」と慰めてくれた。自分が死なせてしまったのではないかと苦しんでいたが、少し心が軽くなった。何十年と病院に勤めていると何人もの患者さんの死に遭遇してきた。中には私のおかげで死を早めたり、苦しめてしまったのではないかと思える症例もある。寿命なら諦めもつくが、そう思えない症例ではずっと覚えていて「すみませんでした」とお詫びしている。メダカの死も寿命なのかどうか分からない。私の手抜きが原因だったのかも知れない。また忘れられない事例が一つ増えてしまった。
2026.09.04
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今も咲きつづいている松葉牡丹先に提出した医学論文の査読が終了して赤ペン入りの原稿が返送されてきて、それに沿って3日掛かりで直して、その修正原稿を提出した後で、表3に大事なことが抜けていて一行追加して差し替えてもらおうと思った。ところがその追加法が分からず表全部を書き換えなければいけないと思い、時間がかかることは覚悟していた。でももしかしたらと思ってAIに聞いてみた。AIは挿入したい部にカーソルを当てて右クリックすれば挿入のボタンが出てくるのでそれをクリックすれば簡単に一行追加できると教えてくれた。その通りにしたら簡単に一行追加することが出来て、十分の一の労力で済ますことができて助かった。何でも困った時にはAIに助けてもらっているが、凄い時代になったものだと思っている。
2026.09.02
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一昨日病院4階の窓から撮影した富士庭のニラの花熊本や千葉、能登地方その他の地震や豪雨による被害状況が毎日のように報道されている。石破前首相が防災省を公約に掲げ、本年3月に法案が通り、11月には国内2か所に災害拠点を設置して本格的な活動に入るという。防災には災害の予知予防や救助、復興など様々な活動があり、実際の業務は消防隊や自衛隊が行うことになるようだ。政治の力で災害を最小限で食い止め、人命が失われないように機能して貰いたいと願う。本年早々の衆議院選で平和勢力の立憲民主党と公明党が結集して新党、中道改革連合が発足した。私は平和新党などの名前をつけて、防災を含めて世界や日本の平和や安全を担う精鋭集団になるのではないかと大いに期待したが、準備不足と党名が中途半端でよくわからないなどの理由で中道は既存勢力を大きく割り込み惨敗を喫してしまった。今月末をめどに参議院と地方組織も中道に合流する予定だったが合流しても勝ち目がないとの見通しで参議院、地方組織は立憲民主党と公明党に分かれたままで行くことにほぼ決まった。衆議院の中道のみが孤立して少数野党として戦っていくことになり、先が見えないことから元通りに立憲民主党と公明党に分かれるかもしれないという現状である。政治は数の力である。有権者を巻き込んで大きな力となって初めて国内はもとより世界的にもリーダシップを取っていく政治が出来るのだと思う。現状は絶対多数の自民党と維新の思うがままで、日本を戦争に巻き込もうとする政策を次々に行っている。平和の党が打ちひしがれて役立たずになってしまったら日本は危ない。この際中道は解体して、各自党勢拡大して世界平和のために協力しながら奮戦ていくのが良いように思う。
2026.08.29
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再度庭で咲き出したアメリカフヨウ今度9月に年に一回の出身医局の同窓会がある。その医局に所属したことがある医師の同窓会なので年齢はまちまちである。新設された国立医大なのでその歴史は新しく、初代教授から現在の教授まででまだ4代目である。私はその教室の初代医局長として任務させて頂いたが、既に初代、2代目教授は亡く、その同窓会の最高齢者になってしまった。今度の同窓会で私は初代教授が宴会などで良く歌っていた昴を歌おうと思う。今までの同窓会は経過報告や酒を飲んでの懇談が主だったがたまには歌もいいかも知れないと思ったからである。昴は谷村新司が31歳の時引っ越しで荷物を段ボールに詰めて一段落して寝転んで目を閉じた時に浮かんできた曲とのことである。その当時は谷村と堀内で組むアリスの人気は絶頂で1週間武道館を満員にした人気ぶりで普通なら有頂天になっているところだと思われるが、谷村はこの絶頂期もいつかは終焉を迎えるだろうと感じ、「砕け散る定めの星たちよ♪」と歌っている。最後は「さらば昴よぉぉ♪♪」で結んでいる。栄光も人の命もいつかは終焉を迎える。それを星団である昴との別離に例え、何度も強い決意をもって「さらば昴よぉぉ♪♪」と歌っている。谷村は30年後も歌われる曲にしたいと願ったそうだが、もう30年をゆうに超えており、願いが叶ったと言ってよい。私は生来音痴で歌は下手である。でも20年位前から歌の先生の所に通い、何とか歌えるようになり、今までに白い制服、横浜物語、海の祈り、北国の春、無法松の一生、ああ上野駅などを人前で歌わせてもらってきた。昴を人前で歌うのは10年前に一度あり、今度で2度目だが、その心境は全然違う。今度は老境を迎えあの世に旅立つ「さらば昴」の心境が強いが、宴会を盛り上げる一助になればと思って歌ってくる。
2026.08.26
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この猛暑の中でまた白いバラが咲いた、ブライダルホワイトと思われる。昨夜山下泰裕さん(69歳)についてのテレビを観た。山下さんは知る人ぞ知る全日本選手権9連覇、1984年のロスアンゼルスオリンピックで金メダル、JOC会長としても活躍していた。ところが2023年10月箱根の露天風呂から2メートル下に転落し、頸の骨を折ってしまった。通常では即死が最も多いが、首から下は麻痺で動かなくても命が助かることがある。当院にもリハビリ依頼で偶に入院してくることがあるが経過中にお亡くなりになることが多く、車椅子で退院できる人は少ない。山下さんは何度かの手術の末、左手がわずかに動くが他は全く動かない状態で車椅子で退院し、2025年11月には東海大学で柔道学の講義をするまでになった。昨夜は松岡修造氏とのインタビューで事故後の心境を話して下さった。九死に一生を得て障害者として生き残ったが、一般の方が想像するほど参ってはいないとのことだった。病気や事故に遭遇するのも人生で、こうなったからにはこうゆう体で何が出来るか考えることにした。同じような障害者は沢山いる。その人達と共に障碍者が暮らしやすい社会にするよう努力しているとのことだった。柔道については自分は向かう所敵なしで常に勝者で高みから勝負の世界を見ていたが、このような体になり、敗者の立場や気持ちがわかるようになり、社会での敗者に対して自分が出来ることを探して貢献して行きたいと述べていた。柔道学では勝つためだけでなく、負けることも含め人生を如何に生きるかを追求していきたいと述べており、自分は障害者で駄目だという暗さは微塵もなく、たくましく生きていきますという気迫が溢れており感銘を受けた。
2026.08.22
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トマトの花トマトの実この頃ほぼ毎日勤めから帰ってきたら暗くなりかけた畑に出て果実を収穫しその後水やりを行っている。昨日はキュウリはほぼ終わりに近づいており、2本しか採れなかったがトマトはまだ成っており花も咲かせていたので写真を撮った。ミニトマトはまだ毎日手の平いっぱいに収穫している。日々の仕事で感じていることを書かせていただく。この頃退院が多く入院患者さんが減っているがそれでもまだ21人受け持っている。その内一人は全く意識がなく、2人はかすかに意識があり、3人はわずかに意識がある。わずかに意識があるグループの86歳の女性は脳梗塞と心臓病で脈拍が130以上になったりして重症の患者さんだが、回診の時笑顔を見せてくれることがある。えもいわれぬ美しい笑顔で、心が洗われるようで引き込まれてしまう。時々リハビリの人に体位を変えて貰ったりしているが1日の内24時間ほとんどが寝たきりで楽しいこと等何もないと思われるのでどこからその笑顔が出てくるのか不思議に思っている。リハビリ病院なので機能を失った様々な患者さんが入院しているが、機能を以前の状態まで回復できる人はいいが、多くは元の機能の半分くらいまでしか改善できない。その笑顔の患者さんの頭部CT写真では、脳梗塞範囲が広く、回復の見込みは少ないが、そうして時々笑顔で医療者達を元気づけ、励ましてくれている。中には「痛いから湿布貼れ」としかめっ面して同じことしか言えない患者さんもおり、病気になる前のその人の生活態度が病気になってからも引き継がれているのかなと思う。外来に通っている86歳の男性患者さんがいる。脳梗塞を3回もして膝関節症や脊椎管狭窄症の手術を何度もしているがゴルフやピアノ、エレクトーンへの夢は捨てていない。私もゴルフをするがハンディキャップは最低の36だがその方は3ということでプロ級の腕前だったとのことでそれへの復帰を目指してリハビリを続けている。ピアノやエレクトーンも独学で修学してプロ級の腕前だったとのことで、もう少しリハビリが進んだらピアノも弾き始めようと思っているとのことだった。スポーツや音楽はどんなに腕を磨いても病気になってしまえば終わりという通念があるが、笑顔の人やゴルフ、ピアノの達人は病気になってもそれを気持ちの中で維持しており、病気になる前に磨けるものは磨いておけば、病気になってもそれが財産になることがあるのではないかと感じている。
2026.08.21
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モンステラこれは室内のものだが玄関にも同じものがある。この樹は茎の途中から根が出て地中に刺さっていく性質があり、玄関のそれは根がしだれ柳のように何本も垂れ下がり中にはタイルの地面を這っているものもあった。見苦しいと思い、日曜日に段ボール片付けの前に、その垂れ下がっている根を端からきれいさっぱり切って見栄えを良くした。妻に「よくやってくれた、ありがとう」と言われると思いきや「何と言うことをしてくれたのですか!悲しくて、悔しくてどうすることもできない気持ちだった」と夕食の時に言われた。「どうして切っていいいか聞いてくれなかったのですか?!」「その根を沢山伸ばして株分けして増やす予定だったのに!!」と悔しがった。そう言えば株分けして育てたモンステラを息子の所に分けてやって気分良さそうにしていたのを見たことはあるが、どのようにして株分けしたのかは見たことがなかったので大失敗してしまった。妻に喜んでもらおうとしたことが反対に悲しませ、怒らせる結果になってしまった。観葉植物に関する知識がなく、いわゆる教養がなかったことがこのような無惨な結果をもたらしたと思われ、謝ったが元に戻るわけでなく、わだかまりが残った。広い知識や教養がないと大失敗することがある教訓になった。高い支持率を誇ってきた高市内閣の支持率が最近下がってきた。「3時間しか眠らないで国民や世界の民のために尽くす政策を実行している」と言っているが、国民の思っていることと反対のことをしていることに気づいているのであろうか?私は妻から言われて誤りに気付いたが、高市総理は気づいていないことが多いように思う。真に教養のある人は、睡眠時間を削って勉強、勉強で詰め込むだけではなく、常に相手のことを思い、他者を尊重し、配慮していくことが重要だと思う。
2026.08.19
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ポトス県医師会報に教養について書いていた医師がいた。人は日々様々な情報や考え方に接しながら生きているがその中で何を信じ、何を大切にするかを考え、自分の考えを形成していかなければならない。教養とはそのための自分の軸を育てる営みであり、世界を多面的に理解し、知識の蓄積そのものではなく、知識や経験を活用して自分なりの価値観や判断力を養い、他者への理解と敬意を持ちながら学び続ける姿勢であり、教養のある人とは自分の考えを持ちながら、知的謙虚さを持ち続けて、より良い答えを探し続ける人と述べていた。中々素晴らしい考察だと思った。これを読んで真っ先に浮かんだのはトランプ大統領であり、ネタニエフ首相であり、プーチン大統領だった。彼らは教養のある人の反対の極にあり、他者への理解や敬意を持っておらず、教養が全くない。教養のない人たちが大統領や首相になって世界を混乱と争いの場にしている。世界教育憲章をつくり、地球上に生まれた全ての人は教養人になるための教育を受けなければならないと定めるべきだと思った。
2026.08.18
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ゼフィランサス少しの空き時間があったので、県医師会報に目を通したり、私が研修した大学病院の後輩が教授になって定年になり、数年前に退官記念誌を送ってくれたが一度も眼を通したことがなかったが、その本にも初めて目を通した。「忙しい」「忙しい」と言って送られれてくる雑誌にも記念誌にも目を通さず本棚にしまっていた。よっぽど忙しく心に余裕のない生活を送っていたのだなと思った。それらを読んでみたら結構面白かった。県医師会報では緑陰随想が面白かった。ある人は旅行が大好きで胃カメラ検査をしながらでも次はどこに行こうかと考えたりしているとのことで、色々な外国を旅して様々な感動を頂いているとのことだった。様々な美味しいものの食べ歩きの随想もあった。マラソンに挑戦しているスポーツ好きの人の随想もあった。それぞれ皆さん診療をやりながら人生をエンジョイしている姿が浮かび上がってきた。教授退官記念誌ではその教授は私が退職するころに入局してきた人でまさか教授になるとは思っていなかった研修医だったが、色々勉強して英文論文を沢山書いてそれで教授になれたのだろうなと思った。教授になってからは釣りが好きで釣ってきた魚を内視鏡読影室で焼いて食べていたとのことでその翌日内視鏡検査をすると魚を焼いた匂いが残っていたとのことである。皆さん結構楽しみながら医療活動を行ってきたのだなと思った。私はと言えば余裕のないギシギシの生活だったと思う。ピアノをしているとのことで楽しんでしているのかと思いきや発表会でコチコチになって殆ど全く弾けなくて辛い思いをしている。もっと心に余裕を持って生きていかなくてはいけないなと思った。
2026.08.17
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高砂百合、毎年生えてくるが年々背丈が高くなり、今年は私の頭上で咲いていた。年をとると筋力、神経が衰えて歩くのもやっとの状況で疲れやすくなる。スーパー等に買い物に行くと皆さん軽々とサッサと歩いている。こちらはやっとの思いで歩いているので皆さんに敵わないと思い自信を無くす。体力をつけようと思って健康食品などを試してみても状況は変わらない。世の中には私だけでなく自信を無くしている人が多いのではないかと思う。体力で自信を無くしたり、営業成績で自信を無くしたり、容貌や能力で自信を無くしている人もいるかもしれない。「自信の探求」(櫻井健古著)という本を読んだことがある。「自信が湧いてきた」と口にできる時には心は充実して楽しい。反対に「自信を失った」と呟かなければならない時には人生はわびしく心はみじめである。だから誰しも自信を持って生きたいと思うがそう簡単ではない。著者は結論として生かされている自分に絶対の価値を置き、本気で生きることを考え、仕事であれ、何であれ(家庭生活、恋愛、趣味等)全て今のことに気を入れて打ち込んでさえいれば自信が湧いてくるものだと述べている。若者にはそれでよいかも知れないが、老人の場合どうしたらいいのかとフッと思った。でもよく考えてみたら若者でも老人でも自信の持ち方は同じだと思う。買い物でヨタヨタして自信を無くしても、勤務先での仕事や家庭生活などに今まで以上の気をいれて取り組んでいくことが自信につながるのではないかと思った。
2026.08.16
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タマスダレが咲き始めた今全国高校野球大会の真っ最中である。勝ったチームは意気軒昂だが負けたチームの選手は肩を落として涙を流して打ちひしがれている。人生にはこれと同じ現象があらゆるところにばらまかれている。勝負の世界で負けたとか、試験の点数が低かったとか、高齢で体力や認知力があまりに低くて絶望した等絶望する機会は沢山ある。その絶望の中で涙を流して諦めている人が多いのではないかと思う。甲子園の高校野球では自分がエラーしたおかげで負けたと一生悔やんで人生を終わる人もいるかもしれない。そんなことはないのである。智力アップしてもらいたい。同じことでも考え方によって180度違うのである。点数が低い高いで一喜一憂する必要はない。野球でいえば甲子園でエラーしたことを悔やむのか誇りにするのかで人生は全く違ってくる。毎日の猛訓練で甲子園までこれたのである。大切な所でエラーしたがそれは大きな問題ではない。練習して甲子園までこれたこと、実力がついてきていること、エラーがなんだ、プロ野球に進んでやる!と一念発起することによって道が開けてくることが多い。エラーに打ちのめされるのでなく、それを踏み台に挑戦して行くことが大事なのだ。高齢で体力も知力も落ちたと打ちひしがれていてもいいことは何もなく落ち込んでいくだけである。高齢になれば体力知力が落ちるのは当たり前、でも自分にはまだこれだけのことが出来ると挑戦することによって光明は見えてくるものである。失望落胆状態の人がいたら何でもいいから前を向いて突き進もうではないか。
2026.08.15
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ウズラバタンポポ:本来春咲く花だが、朝早く庭に出てみたら異常気候で咲いていたので撮影した。5時半頃は咲いていたが8時頃だとしぼんでしまっていた。私が令和2年7月に当院に勤めだしてから本日までに506人の患者さんを受け持たせて頂いた。今は殆どの方が退院しているが、色々と懐かしく思い出される。病気の種類や状態によって入院期間は異なるがリハビリ病院だと数週間で退院の方もいるが多くは3か月間(骨折患者)、もしくは6か月間(脳血管障害)の長期に渡って入院しているので結構長いお付き合いをしている。しかし今入院整理帳をめくってみたらそんなに長いお付き合いなのに忘れてしまっている人もいた。皆さん早く退院しようと一生懸命頑張っておられたが、退院が3か月先、6か月先と聞くとげんなりしてしまっていたのではないかと思う。でも月日の経つのは早いものであっという間にその日が来てしまうことが多い。私も長くお付き合いしていてまだまだと思っていたら突然退院の日が来てしまい心にぽっかり穴が開いてしまうこともある。患者さんは年齢その他の生理的要因や家庭環境などで様々なバックグランドを持っている。その中でリハビリを辛いと思ったり、本当に良くなるのだろうかと悩んだり、家族のことや入院費用のことを心配したりして、辛いことが多かったのではないかと思う。その中で私達は病気一般の体調管理と励まし役として仕事させてもらってきて、辛いと思えば辛い事も多いが、患者さん達の辛さを思えば比べ物にならないと思う。患者さんのリハビリが順調に行えるのに少しでもお役に立てるよう頑張ろうと思う。
2026.08.14
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盆飾りお盆が明日13日から始まり16日まで続く。滋賀県の孫姉妹が家で採れたキュウリとナスに苧殻を刺して足にし、精霊馬と精霊牛を作ってくれた。キュウリの精霊馬は精霊達を背中に載せて運んできてくれるので仏壇の方を向き、お盆が終わった後精霊は茄子の精霊牛に乘って去っていくので仏壇とは反対側を向いている。孫姉妹の内、姉は工学部を出て東京のデザイン関係の会社に勤めており、妹は薬科大学の5年生である。お盆には毎年来甲し、馬や牛を作ってくれてきた。私が作ると4本の足のバランスがうまくいかずに前足とか後ろ足などが浮いた状態になり、不格好になっていたが彼女達は一回でバランスよく恰好の良い馬や牛を作ってくれてありがたい。明日ご先祖様などの精霊を迎え火を焚いてお迎えし、16日には送り火でお見送りすることになる。両親やご先祖さんの精霊にお会いする年に一回の機会なので、心してお迎えしようと思う。しかし、これは仏教の儀式なので、キリスト教などではお盆という概念はない。宗教の違いによって精霊との出会いの意義や様式は異なるので、各宗教の様式によって、ご先祖様に感謝していくことが大切だと思う。
2026.08.12
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アカマツ家の庭の一角に何処からともなく飛んできた松の種が昨年位に発芽し20㎝位に育っている。妻から「松は大きくなると育てるのが大変で厄介だから抜いてくれ」と頼まれた。私は抜くのが惜しくてAIに写真を送って松の種類を訪ねたら赤松とのことだった。妻は大きく茂らせる松は大変だから抜けと言ったのだと思うが盆栽ならどうだろうと思ってAIに尋ねたら赤松は盆栽に適しており、買えば2000円位するという。抜いてしまったら勿体ないとのことだった。私も折角我が家の庭を選んで生えてきた松を簡単に抜いてしまえという妻は残酷だと思っていたので盆栽として育てることにした。盆栽を育てた経験はないが、AIが来年3月直径20センチ、深さ7センチの黒色系浅鉢に植え変えたらよいと教えてくれたので妻に了解をとってその通りにしようと思う。
2026.08.11
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玄関のラベンダー、既に咲き終わっていたが他の花と一緒に水をやっていたらまた咲き始めた。昨日疲労感について書いたが、今日新たな気づきがあったので、書かせて頂く。私は朝起きた時とか休日などに脱力感や疲労感を強く感じて健康食品を試したことがあったが、効果は感じられなかった。加齢が進んでくると何をしても治すのは無理なのかなと思い始めていた。昨日は日曜日で休日、妻の買い物の運転、部屋の整理や野菜畑脇の草取りなどをしたが、いつも休日の時はそうだが、疲れやすく、だらけた気分になってしまった。今日の月曜日、その日曜日のだらけ気分を引きずってはいけないと思い、出会う人たちに気力を込めて挨拶した。病棟回診でも患者さん達を心を込めて激励した。レントゲンや心電図の指示を出した患者さんの撮影終了したとの連絡が来たら、何か別の仕事をしていても即座に階段を上がってその病棟に行って検査結果を確認した。即座がポイントだと思う。連絡が来るのは別の患者さんを診察していたり、食事中のことが多い。診察中の時は早めに切り替え、食事中は食事を中断して呼ばれた病棟に行くことにした。今までは階段を昇るのはかなりハードだったが、今日はかなりスムーズに階段が昇れたし、適切な指示も出せた。気づいた事というのは仕事の能率や疲労度は心によって決まると確信できたことである。この確信で休日の疲労感は解決できたように思う。朝のけだるさ、脱力感もその心の働きで解決できそうに思えてきた。全てのカギは心が握っているのだなと実感した。
2026.08.10
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ラムズイヤー健康食品会社から疲労感に関するアンケートが送られてきた。どんな時に疲労を感ずるか、齢のせいで疲労感は仕方ないものと諦めていないか等の質問があった。私の場合は朝起きた時とか休日などに疲労を感ずることが多い。また整理整頓しなければいけない自宅の机の上を中々整理できない時等にも疲労感を感ずる。疲労感は治るか治らないかについてどのように考えているかについては、齢のせいで仕方のないことで治らないかなと思い始めている状態だと思う。疲労感は何処から来るのか調べてみた。大雑把にいうと脳と体の両方で起きるエネルギー不足のサインで、5つの要素に分けられるとのことだった。①中枢性疲労(脳の疲労)、②筋肉の疲労、③自律神経性疲労、④免疫や炎症による疲労、⑤心理的、認知的疲労があるとのことだが、各項目についての説明は字数の関係で省略させて頂くので、各自、想像したりご自分で考えて頂きたい。要するに頭や体を使いすぎたり自律神経が乱れたり、ストレスで神経が圧迫されたりしたときに疲労感が起こると考えて頂いて良いと思う。それならその対策はどうしたらよいか。健康食品会社はアンケートを送ってくれた人の内1万人限定で疲労感を取る健康食品1か月分(約4,000円)を無料で送ってくれるという。それで効果があったら次回からは有料で購入して下さいと言うことらしいが、そのようなものに頼らない疲労感の治療法はないものだろうか?酸素を多く取り入れる深呼吸や適切な睡眠、ストレスをさらりと受け流す生活法、ヨガや健康体操、精神統一法などが考えられるが、最終的にはご自分の心の問題だと思う。これと思う方法を採用して、必ず良くなると信じて真面目に努力することが自分を救う道になるのではないかと考える。
2026.08.09
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ナスの花今 猛暑のなかで雷がなり、急激に大雨が降ってきた。土砂降りである。妻は大声で「洗濯物お願い!助けて!」と叫んだとのことだが部屋のドアが閉まっており、全然聞こえず、老人性難聴もあり、雨の音も聞こえず、妻が腰痛を抱えながら一人で階段をあがり、びしょ濡れになりながら、洗濯物を取り入れたとのことである。面目なく、恥ずかしく、役立たず人間で自分が嫌になった。どうしても防げないこともあるが、今回は雷の音は聞こえていたし、洗濯物を干していたことは分かっていたのだから心の準備がなさ過ぎたと思った。心とは揺れ動くものである。喜ぶこともあれば、颯爽と進軍することもあり、今度のように打ちひしがれることもある。妻に悲しい思いをさせ、一人で苦労をさせてしまった。普段から周囲に関心を持ち、とっさの時に駆けつけられるようでないといけないなと思った。健康に関して色々考えを巡らせたりすることもいいが、そこに耽溺しないで他人に対する思いやりを持ち、いつでも助っ人出来るような余裕を持ちたいと思った。落ち込んだままでなく、反省して、また明日に向かって挑戦していく気概を持とうと思う。
2026.08.08
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朝顔:今年は蔓は伸びても花が少なかったですが朝早く庭に出て撮影しました。アメリカなどに比べて日本の健康食品摂取率は低いがそれでもかなりの人が摂取しており、ダイレクトメールや新聞広告などでもその紹介で溢れている。宣伝文句の多くは、「膝の痛みが健康食品でケロリと良くなり、階段の上り下りがヘッチャラになった」とか、「疲れやすくて1日暮らすのが大変だったが、健康食品のおかげで毎日元気溌溂で楽しい」などの文言が多いが、服用して即座に効果が実感できる人は少ないと思う。しばらく服用してから効果が実感できる場合もあるかもしれないので、一概に効果はないと決めつけるつもりはないが、少なくとも即座に効果があるものではないと思う。私も疲れやすくなったので色々試してみたが、効果が感じられるものはなかった。それを飲むと即座に元気になれると思ったのにそのようにならないので打ちひしがれている人も多い。有効な成分が体に働いて元気溌溂となるように設計されているのかも知れないがそれを服用する人の個人差もあり、全ての人が宣伝通りに元気になるとは限らない。そこで心がけたいのは心の力である。健康食品や薬、ヨガなどの健康によいと思うことをすれば自然に健康になれるということはないと思う。それらを活用して健康になったかどうかどうかは自分の心で判断されるのである。心こそ健康の司令塔だと思う。「日々つよりたまえ」という教えがあるが、毎日毎日、一日一日、「自分は健康だ、溌溂としている」と心で思い、念ずるのである。その際、少しも効果は感じられなくても、便宜上「溌溂となる健康食品を飲んでいるのだから」と思ってもよい。いずれにしても「自分は溌溂として元気だ」と思わない限り、元気さを得ることはできない。健康食品や薬を否定するわけではないが、何といっても心こそ肝心であることを自分に言い聞かせることが最重要と考える。
2026.08.07
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キュウリの雌花キュウリの雄花今年はキュウリが豊作である。毎日毎日沢山のキュウリが実り、近所に配ったり、職場に配ったりしても食べきれない。上の写真が雌花で下が雄花である。昆虫などが受粉してくれるのだと思うが、自然の摂理は凄いものだと改めて思う。上図雌花の写真で花の根元に既にキュウリの赤ちゃんが準備されていて受精したら生育していくのだと思う。キュウリの赤ちゃんは上は真っすぐだが下は曲がっている。花の段階から真っすぐ成長するものと曲がって成長するものが決まっているのだと思った。人間にとっては真っすぐが良くて曲がったものは捨てられてしまうこともあるが、キュウリそのものにとっては曲がっていても真っすぐでも子孫を残すためのものには変わらず同じように栄養分を送っているのだと思った。曲がっているのは花の段階で摘果した方が良いのかもしれないがそのままにしておいた。プロの農業人なら真っすぐのキュウリをそろえるために花の段階で曲がったものは摘花しているのかもしれないと思った。曲がったものも味は変わらない。プロの生産者ならともかく、私達一般人は曲がったものも真っすぐのものも同じ気持ちで感謝して頂くべきではなかろうかと思った。
2026.08.05
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春咲いていたが一部まだ咲き残っていたサルビア(メドーセージ)「来年のことを言うと鬼が笑う」という諺がある。来年は社会も自分もどうなるか分からない状況の中で、あれこれ構想したり、大きな計画を立てたりすることに対して、そんな計画を立てたって将来の運命を知っている鬼からみたらちゃんちゃら可笑しくて笑ってしまうよ。もっと地道に身近な所から着実な計画を立てて行った方が良いと思うよと言う諺だろう。くそ真面目で神経質な人はこの諺を思い出して計画に慎重になり、あまり大きな夢や構想を描かないかもしれない。楽天的でダイナミックな人は「明日は明日の風が吹く」と近い将来とか来年に対して鬼が笑おうが渋い顔をしようが知ったことがないと思い切った構想を描くかもしれない。私の場合は前者に近い性格で、歳も高齢だし、体力も急激に落ちてきたので来年まで生きているか分からない。そのような現状認識の中で鬼に笑われないように、ささやかな夢や希望を描くタイプである。高齢になると急激に体力が落ちてくるものである。それでも楽天的でダイナミックな人は老人になったらそのようなことは当たり前、人生楽しむために生まれてきたのだ、老人になったからと言って縮みこんでいたらつまらない。鬼がなんだ。笑いたかったら笑わせておけばいい。来年まで生きられなくて途中で死ぬかも知れない。「それが何だ!!人間だから早かれ遅かれ死ぬに決まっている。それまで明るく楽しく人を愛して生きようではないか」と思っているに違いない。鬼が笑うを真面目に受け止めて、こじんまり生きるよりも、鬼なんかクソくらえだとざっくばらんに生きる人とどちらがいいか考えてみた。「鬼なんていないかもしれない」と思って、気楽に明るく精一杯努力していくのがいいのではないかと思えてきた。大きな夢が描ける現状ではないが、その状況の中で掴みえる最大の夢を描いて生きて行こうと思う。
2026.08.03
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小玉スイカ千日紅の白色の品種昨年3月、我が家の庭の片隅にある小さな畑に野菜を作って下さっていた義兄が亡くなって以来、自分達で野菜作りを始めて本年5月もキュウリ、ナス、トマト、ピーマン、スイカの苗を植えた。義兄に教わった知識を基に、にわか百姓になって育ててきたが、義兄のように上手には出来なかった。それでも今年は茄子とピーマンはやや不作だったがキュウリとトマトは豊作で私の職場に持って行って同僚などにおすそわけした。スイカは毎朝見に出て、雌花が咲いていたら人工授粉しようとしたが今年は気候の関係か咲いている花が少なく、最終的には小玉2個、大玉一個が実り、小玉は既に収穫して1個は味わってみたが美味しかった。一個しか実らなかった大玉の完熟を楽しみに待っていたが、一昨日ぱっかり割れてしまった。バレーボール位大きくなっていただけにがっかりしてしまった。毎日、毎日、勤務から帰ってきたらせっせと水やりをしてきたがそれが悪かったらしい。それと日光によく当てた方が美味しくなると聞いてスイカを包むように広がっていた葉を切り落として日光が直接スイカに当たっていたことも関係していたらしい。水分のやりすぎでスイカに水分が運ばれて膨張しているところに直射日光を受けてさらに膨張して割れてしまったのだと思われ、大いに期待していただけにがっかりしてしまった。割れたスイカを食べて見たら美味しかったので少し救われたが、もう数日割れないでいたらもっと美味しくなっていただろうと思うと悲しかった。でも人生なんて思い通りにいかないことが一杯あるので、スイカ作りも人生と同じだなと思って我が身を慰めた。
2026.08.02
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ヨハネパウロ2世バラ(妻がどなたかから頂いてきたバラで毎年咲いてくれる)私は今リハビリ病院に勤務している。どちらが病人か分からない位の老人だが毎朝の回診を楽しみにしている。今26人の患者さんを受け持っているが、一人は転落事故後で頭を打っており全く意識がなく、もう10年経過しているが途中から私が受け持たせてもらって6年になる。他に最近入院してきた脳梗塞後で全く意識のない一人と殆ど認識力のない人6人を受け持っており、残りの19人が何とか会話が出来る患者さん達である。今日の話は殆ど認識力のない患者さんについてである。6人中5人は脳卒中後で残りの一人は認知症後である。回診に行くと3人は殆ど反応がないが、残りの3人は何らかの反応をしてくれる。認知症後の88歳女性は寝ていることが多いが声をかけると目を開けて笑顔で右手を出してくることが多い。その手を握ってやるとかなり強い力で握ってくれて左手を出してその握っている手をいとうしそうに撫でてくれる。脳出血後の82歳女性はめったに口を利かないが、昨日は「ご心配かけてすみませんでした」とはっきり聞き取れる声で話してくれた。10年前相模原の障害者施設で「口もきけないで他者との交流もできない障害者は社会に不要で、障害者達も死にたいと思っているのではないか」とそのような障害者を何人も殺傷した事件があった。犯人もかってその施設で働いていたことがり、障害のある人を気の毒に思い、死なせてやれば心が平安になるのではないかと思ったと供述していた。障害のある人はこの世に存在しない方が障害のある人にもない人にも幸せなのではなかろうかと思ったことのある人はこの犯人だけでなく、他にもいたかもしれない。私は、障害者には障害者の、健常者には健常者の命があり、心があると思っている。病気で障害を受けた方々の命に触れながら、自分もやがていつ障害者になるか、命尽きるか分からないが、少しでも命を通じさせてお役に立ちたいと思っている。
2026.07.31
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モリアオガエルの卵に似ているがこの実には枝からの茎もついており、コノテガシワの実です。熊本に10年前と同様の震度7の大地震が発生し、多くの犠牲者が生じてその惨状には胸が痛む。熊本城は前回地震の復興途中だったが、復興した石垣の何か所かは再度崩れてしまった。自衛隊が出動して被災者の救援に当たっているが、このような時のための訓練を生かして頑張って頂きたいと思う。働き方改革で医者の仕事も変わった。今までは残業、残業で夜の12時前後にやっと帰れた医師も多かったが、今では、残業は何時間までと決められ、土日以外の好きな曜日に研究日として休日を頂いている医師も増えてきた。私は水曜日を研究日として頂いているが、名前は研究日だが、実際には歯医者さんに行ったり、買い物の運転手をさせられたり、畑仕事をしたりしていわゆる普通の休日と同じように生活している。通常勤務日は冷房の効いた院内で朝8時出勤、夕方6時50分頃帰宅で働いており、その間快適生活である。ところが休日は猛暑の中での自宅生活で勤務日よりも厳しい生活環境になる。日頃忙しくて読めなかった新聞や本を読んだりするが、家事の手伝いに呼ばれたりして病院にいる時より自分が好きに使える時間は少ない。それでも自分を見つめたり、世の中のことを考えたり、休息したり出来るのは休日だと思う。相棒のスケジュールでこき使われることがあったり、外気の熱気に脅かされたりしての生活だが、休みは気分解放の日であり、楽しく有意義に使っていこうと思っている。
2026.07.29
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蝶豆(チョウマメ)昨日の大相撲名古屋場所の千秋楽でそれまで12勝2敗でトップに立っていた安青錦は本割相撲で熱海富士に敗れて12勝3敗になり、同じ12勝3敗力士の熱海富士、霧島と安青錦の3力士の巴戦で優勝を争うことになった。最も体重があり、気力も充実して波に乗っている熱海富士は、本割で安青錦を破って、決定戦でも霧島を破り、後は安青錦を破れば優勝というところまでこぎつけた。勢いのある熱海富士がそのまま一気に安青錦を破って初優勝を飾るのではないかと思った人が多かったと思う。安青錦は数日前から左足首を痛めており前日の試合でさらに右足首を痛めており、熱海富士の馬力に一気に押し出されてしまうのではないかと思われたが、下から潜って熱海富士に勝ってしまったのである。そして続く霧島にも勝って自身3度目の優勝を飾ったのである。本割で熱海富士に負けた試合後も足が痛そうでその後の優勝決定戦に出れるかどうかも難しいと思っていたが、本割で敗れた熱海富士を破り、霧島にも勝った根性には呆れてしまった。痛みはあっても、絶対に勝つとの一念で決定戦に臨み、死に物狂いで戦って優勝してしまったのである。出身国はウクライナでロシアと戦争している最中である。そのような中で遠く離れた日本で、その国の国技、大相撲で最高賞を取ったのだから凄い。国民栄誉賞があるならそれを貰う価値がある。本物の力士で、双葉山にも匹敵する近年で最高の力士だと思う。
2026.07.27
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金魚草昨日は滋賀県に住む息子が関東方面への出張があり、東京に勤めている孫と新宿駅で合流して一泊二日で山梨の我が家に来てくれる予定だった。妻は布団を干したり買い物したりその準備におおわらわだった。昨夜8時11分に甲府駅に着くとのことで私が迎えに行って来たが、客人を乗せて自宅に着いたら妻はご馳走を並べ始めてくれていた。ビールを飲んだり手作り料理を食べながら談笑した。「おとうさんピアノ発表会どうだったの」と聞かれたので、「リポビタンDを飲んで記憶が飛んだり指が動かなかったりして散々だった」と答えたら「ただ下手だっただけではないの?リポビタンDのせいだなんて聞いたことがないよ」と笑われた。信じてもらえるか否かは別としてその時の状況と心の動きを書いて置こうと思う。今年運転免許を返納することにしたので、それに伴い発表会出場も最後と決めていた。曲目は「美しき青きドナウ」の易しく編曲されたものだ。今年最後だからと、特別な思いで1年間、寸暇を見つけて練習してきた。7月12日の発表会に向けて、6月に入ってからは楽譜を見ないで何百、何千回と練習してきた。繰り返しの個所が2か所あり、1回目か2回目かが分からなくなることがあり、その2か所の繰り返しの所は特に念入りに練習した。先生からも褒められてまあまあの自信はついてきた。そして会場への出発直前に、少しでも頭がシャープになって上手に弾けるようにとリポビタンDを飲んで出かけた。そしてリハーサルに臨んだ。少し弾いたら何百回も弾いてきた曲なのにつかえてしまい前に進めない。すごく焦ったが、本番になればなんとかなるだろうと思った。しかし本番ではリハーサルの時よりさらにひどくて、いっぱい練習してきた繰り返しの所など一回も弾けない状態で、茫然自失してすごすごと舞台を降りた。有終の美を飾ろうと必死で練習してきた結果がこの結末で、落ち込みの極だった。「あれだけ練習してきたのにこの結果とは」と完全に自信を無くしてしまった。「家ではあれだけ弾けていたのに何てこと!」と家族も呆れてしまい、二の句がなかった。あんな状態になってしまった原因を色々な方面から調べてみたら、結構よくあることのようだった。緊張状態にある人が、カフェインを摂取すると相乗効果で交感神経が過緊張の状態になり、腕や指の筋肉がガチガチにロックされてしまい、脳では記憶が飛んで覚えていたことがが出てこない時があるとのことだった。リポビタンDには無水カフェインが50mg含まれており、その症状を引き起こすには十分な量と思われた。感受性の問題があり、必ずしもすべての人にこのような症状が起こるとは限らないが、発表会前のような極度の緊張状態にある人は、カフェインは避けた方が良いとは以前から注意喚起されていたとのことだった。1年間の集大成である発表会が終わった今、すこし心が落ち着いてきた。緊張しすぎの原因が分かってほっとしている。緊張を取ろうとコーヒーを飲んだりリポビタンD(カフェイン含有)を飲んで失敗た事例として今後の教訓になればいいと思う。本番では失敗したが、家では「美しき青きドナウ」もそれなりに弾ける。落ち込みから立ち直り、今はユモレスクを練習している。老人の最後の大きな夢は粉々に打ち砕かれたが、時間が経てばそれ程のことでもなかったと思えてきた。発表会の為でなく、楽しみとして気楽にピアノを弾いていこうと思っている。息子とその娘はその後寝室の天井の壊れた蛍光灯の取り換えや浴室の天井の掃除など大活躍してくれて本日の午後7時45分の電車で滋賀に帰る予定である。私は高い所の作業は殆ど無理になってきているので2人に心から感謝している。
2026.07.26
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ツルバギア安青錦が昨日の相撲で勝って10勝を挙げ、規約により大関復帰を一発で決めた。大関になるころは強くても大関になってから勝ち越し基準の8勝を挙げられないと、次の場所はカド番大関と言われ、その場所でも勝ち越せない時は関脇に陥落する。今場所では大関琴桜がカド番大関で今6勝しているのであと2勝すると大関に残れるが、難しそうだ。一旦大関から陥落すると大関に返り咲くのは極めて難しい。最近では返り咲いた力士は貴景勝と霧島の二人しかいない。朝乃山、御嶽海、正代、高安は大関陥落組だが長年経っても大関には復帰できていない。安青錦が10勝して大関に復帰できることは大変なことで今後の活躍が期待される。昨日の試合では反則の髷を掴んだように見えた場面もあったが物言い付かず勝利になって幸運だった。試合後のインタビューで「自分を信じてきた結果だと思います」と述べていた。自分を信じるとは自信を持つことだと思うが、上記朝乃山以下4名の力士は自分を信ずる力が弱いのかも知れない。相撲に限らず野球やサッカーそれに私達の日常生活にも言えるのではないかと思う。この頃の世の中を見ると、私を含めて自信を無くしている人が多いと思う。自分を信じて突き進んでいくことが大切だと思うので、強い力で自分を信じて仕事や家庭生活をしていこうと思う。
2026.07.23
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こぼれ種から庭のあちこちに咲いているペチュニア7月17日が医学論文の締め切りで当日の17日に直接医師会本部の受け取りポストに投函してきたことは当日のブログに書いたが、その後本部からメールがあり、原稿は受け取ったがこれから査読に入るに際し、原稿と図表をメールで送って欲しいとの要請だった。今時は原稿を一々読まずにパソコンの中で査読していくのだろうなと思い、本日は海の日で休日だったので野菜畑の中の草を取る予定だったが、急遽原稿送りを優先して取り組んだ。論文は直ぐ送れたが、写真を送るのは少し苦労したがこれも何とか遅れた。問題は表である。コピーしてヤフーの送信画面に貼り付けると表の線が消えてしまって文字だけがずらずら並ぶ形になってしまい表は3枚だけだったが3時間が過ぎ5時間が過ぎ7時間も過ぎてしまった。今日やる予定だった野菜畑の草取りは諦めることにした。AIに聞いたらヤフーメールは線が苦手で線なしでぐちゃぐちゃになることが多いとのことだった。それでもAIは熱心に色々教えてくれたが駄目だった。それなら添付ファイルで送ればいいのだと気づいて添付することにしたがワードやエクセルは添付ファイルとして選択できなくてマイドキュメントに保存されていなければダメだった。マイドキュメントに保存できるようになるまでに数時間かかってしまった。論文送信作業を始めたのが1時半位で無事全部遅れたのが8時半位で7時間位かかってしまった。本日は祝日休日で色々やりたいことが沢山あったがパソコンとにらめっこで惨めな悲しい午後から夜にかけての時間だった。明日は勤めである。今日の時間の無駄使いは忘れて頑張ろうと思う。
2026.07.20
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マーガレットコスモス大河ドラマの「豊臣兄弟」が前回と今回でクライマックスを迎え、信長が織田家の重鎮明智光秀に京都本能寺で討たれる場面が放映された。信長を慕っていた秀吉、小一郎兄弟の驚きと悲しみは想像を絶する状態だったが最終的には秀吉の主君を思う気持ちが光秀の正義心より勝って光秀は討たれてしまうが、光秀の果たした役割も大きかったと思われる。歴史の大きな転換機だったが、光秀がもう少し用意周到に計画していたなら簡単に秀吉に敗れなかったと思われ、信長の光秀への扱いにかっとなって起こした行動が自らを破滅に導いたともいえる。史実によると1582年(天正10年)5月上旬信長から中国攻め(毛利との戦い)の総司令官に任命されたが、5月中旬信長は家康を京都観光に招待してその供応役を光秀に命じた。家康の接待は大変なことで、強度のストレスにさらされたと思われる。そして5月下旬に家康が京都を離れた後には、再度中国攻めの軍事侵攻を命じられ、その準備のために亀山城に入った時に信長討伐を決断したと思われる。その原因は5月上旬に中国攻めの総司令官に任命され、その準備に悩殺されていた最中に家康の接待役を命じられ、最高度のストレスの中でその業務をこなしてほっとしたのもつかの間、再度中国攻めを命じられ、神経質で几帳面な性格の光秀が「やってられないよ」と爆発したのではないかとみられているが、それまでの信長への積もり積もった不満の鬱積も関係していたのではないかと思われる。
2026.07.19
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白のインパチェンス、6月中旬頃私も手伝って植えた花大きなストレスがかかった二つのイベントは昨日で終わった。今朝起きた時は何となく気が抜けたようだった。ストレスはあったが、到達しなければならない目標になり、それが生きがいになっていた。80歳を過ぎて半ばに差し掛かっている今、同じ年代の方々は認知症になったり、お亡くなりになられている方が多い。私のように常勤医師として雇って頂いて、毎日出勤している人間は少ないと思う。でも最近は体力の衰えからあちこちの不調が感じられ、退職の時期を考えるようになっている。でもその日までは元気で働いて勤めを全うしようと思っている。それには目標を持つことが必須だと思っている。ストレスは大きかったが次の論文を書くことを目標にかかげてもいいと思う。ピアノ発表会にはもう出ないことは決めているが、ユモレスクが弾けるようになることを目標に掲げたいと思う。朝と夜の体操は引き続いて必ず継続していこうと思っている。今日を境に新たな目標を掲げて、退職まで頑張ろうと思う。
2026.07.18
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かがやき。1970年に鈴木省三氏によって製作されたバラで季節に関係なく時々このような赤い花を咲かせている。恐らく妻がどなたかに頂いたバラだと思うが未だに細々と咲いてくれる。ストレスはいけない。ストレスを抱え込まないようにしよう。ストレスとの上手な付き合い方などと様々な方々がアドバイスを書いたり喋ったりしているがストレスの渦中にある人にはあまり参考にならないかもしれない。私の場合は7月12日がピアノ発表会、7月17日の今日が医学論文の締め切り、各々単独でもストレスが大きいのにそれが二つも重なってストレスは極度に達し食欲はなくなり体重は3Kg減った。おまけに最初の難関だった発表会で大失敗して終わってストレスが軽減するどころか倍加されてしまった。そして本日の論文締め切り、昨夜医師会の本部郵便箱まで直接投函に行く予定だったが間に合わなくて今朝6時50分頃直接本部の郵便受けに投函して、今勤務先の病院に到着したところである。これですべてが終了してストレスも終わるはずだがどうなるか分からない。勤務そのものがストレスの多い職場でストレスのない人生なんて夢物語かも知れない。もう回診の時間になってしまった。以前「心」が最も大事だと書いた。心が揺れていればストレスは襲い掛かってくる。心が平静ならばストレスは逃げていく。心を強くしたいと思う。
2026.07.17
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まだ咲き続けている松葉ハルシャギク昨日の発表会の翌日、成功ならニコニコ、まあまあの出来でもそれなりの達成感が得られたと思うが、大失敗だったので気持ちは暗かった。あれだけ努力したのにあの始末、リポビタンDの影響があったかもしれないが失敗感、屈辱感、絶望感をどうすることも出来なかった。でも日課の朝の回診を終えてきた今、患者さんに救われたと心から思った。患者さんは私の失敗を知らない。ニコニコしながら応答してくれる。私の絶望感を1枚1枚剥がしてくれた。有り難い方々だと思った。この仕事もやがて卒業することにしているのでその後はこういう機会はなくなる。その時は一人で絶望感を抱えて生きていかなければならないが今は患者さんがいて助かった。持ちつもたれずのこの世界である、患者さんに勇気づけられ、私も患者さんのためにいい医療を行い、激励してあげようと思った。
2026.07.13
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エキナセア7月12日のピアノ発表会のため課題曲「美しき青きドナウ」を何千回と練習してきた。そして楽譜を見ないで5分間でスラスラと演奏できるまでになった。昨日はかなりの自信があり、練習の合間に野菜に水やりなどもしてかなりの余裕であった。ところが本日のリハーサルでつまずき、本番ではなおさら弾けない状態で失意も失意、無惨な敗残者になってしまった。練習に練習を重ね、全力を注いだつもりだがリハーサルと本番で実力を発揮することが出来なかった。付いてきてくれた家族からは「家ではあんなに上手く弾いていたのに本番でのつかえつかえの弾き方には呆れた」と非難され、指導してくれた先生に申し訳ないと思い、どうしてよいか分からない状態になってしまった。緊張で上がってしまったからと思ったが、家に帰って真因を調べてみた。緊張状態で上がったことは確かだがそれを助長したものがあった。本番1時間30分前にリポビタンDを飲んで生命力をつけようと思った。リポビタンDはカフェイン50mgを含有しており普段コーヒーをほんの少ししか飲めない私がコーヒー一杯分の50mgを飲んだら過覚醒+記憶検索障害になるとのことだった。疲れがとれた感じになるかも知れないが、高度の緊張状態にある人には交感神経緊張の過覚醒状態になり、記憶検索障害も起こすとのことだった。ピアノ曲を思い出すことが出来なかったことと関係あるとのことだ。リポビタンDが悪いのでなくそれを超緊張状態の時に摂取したことが今回の惨めな結果の最大要因と思われた。病人に悪いタイミングで処方する悪処方の典型例と思われた。
2026.07.12
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クロコスミア(姫扇スイセン) 畑でやっと一個膨らんできたスイカ(毎朝見に行っています)21人の出演者は殆どが小学生か中学生で、老人は私一人。老人と言っても彼らからみたら大人である。大人の人があまり間違えては示しがつかないと思うので緊張している。これから最後の追い込みの練習をしようと思う。曲目は「美しき青きドナウ」のやさしい版である。
2026.07.11
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ベゴニアの寄せ植え昔の友人から電話があった。軽い脳梗塞後で家でのんびり暮らしている状態だという。もう63年前の話である。私は感ずることがあって静岡大学理学部を中退して東京に出て晴見港で沖仲仕をしていた。大きな貨物船は岸には直接接岸できないので遠洋に停泊して荷物を艀に移して陸揚げしていたが、その艀の荷揚げ人夫を沖仲仕といった。今では人夫も沖仲仕も差別用語とされ辞書を引いても出てこない。沖仲仕は下層階級の人間とされ、油で汚れたボロボロの服を着て、陸上の人間より一段下の人間だと自らを卑下していた。私もいつしか仲間と同化して陸上の人間とは違うという意識を持っていた。その時信州大学工学部学生だった彼が陸上の岸壁から手を振って何やら叫んでくれたのである。こちらは沖仲仕なので陸上の白いワイシャツを着た彼は輝いており眩しかった。本日の電話で、その時は身分の違う者同士だったので陸上の君を「崇めて見ていた」よと言ったら、彼は艀内の私を「決して蔑んではいなかったよ」と言った。その時は大学中退して仕送りもなく生活のために沖仲仕をしていたが、将来のことは全く分からなかった。陸上の人達とは違った生活をして社会の片隅で暮らしている人たちが多く、自分もそういう人たちに染まった状態で、ひ弱な青年だった。ただ中退した動機が医学部に行きたいだったので、沖仲仕をしながらもそのことは考えていた。しかし医学部は難関で行きたいと思えば誰でもすぐ行けるような所ではなく、その思いが叶えられるのはほんの一部の人間だけであるということは知っていた。そのような状態での彼との出会いだったが、その後私は医学部に合格して人生は一変した。彼との付き合いも60年以上になる。お互いの余生が今後どうなるか分からないが、この時点で元気な声で会話ができたことを喜んだ。
2026.07.10
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千日紅が咲き始めたいよいよピアノ発表会の7月12日が迫ってきた。毎日練習しているが中々スムーズに弾けない。今日最後のレッスンに行って来た。美しき青きドナウはワルツの曲で3拍子だ、一拍目を強く打って2,3拍目と打つのが正しいが私の場合は3拍目が強くて長い、4拍子のように聞こえる所があるとのことで指導を受けた。家に帰ってきてその修正を試みて何度も練習したが難しい。当日までに修正できるかまた課題が増えた。ピアノに限らずスポーツや踊り、歌唱などの発表会に出演なさった経験のある方は如何にストレスがかかり緊張するかご存じだと思う。当日の出演者は21人で、小学生14人、中学生5人、高校生1人、老人が一人でその老人一人が私である。今頃皆さん緊張して大変だろうなと思った。緊張するのは小学生も中学生も老人も同じだと思う。苦しい状態だが何とか練習して当日を迎えたいと思う。
2026.07.08
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チェリーセージサンパラソル前回のブログで金や名誉や外観よりも心が大事と書いたらある人から「毎日毎日の積み重ねが大事」とのコメントを頂いた。その通りだなと思って1日を充実した気持ちで送ろうと思ったが、日によって体調の善し悪しはあるし、1日単位では生活の充実感が得られないと感じていた。そして今朝突然ひらめいた。瞬間瞬間が大切なのだということに気が付いたのである。朝出勤してすれ違うスタッフたちとの挨拶の声の調子から違ってきた。回診で患者さんを励ますエネルギーも違ってきたように感じられた。廊下を歩く時も今までは疲れてどうしょうもないように感じていたが、瞬間が勝負なので一足一足より先に心が元気だよとの指令をくれる。少しも疲れないで歩けるようになったのである。万能の杖を手に入れて怖いものなしの気持ちになったが、三日坊主で終わるいつものくせ、明日以後については分からないが、人生の極意であることには変わりないと思う。この世にはそのような極意で、三日坊主にならないで成功人生を歩んでいる人も多いと思うが、私もその仲間に入って心輝く人生を歩んで行こうと思う。
2026.07.07
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アメリカフヨウ松葉牡丹人生にはそれぞれの人が宝物と思っているものがある。ある人はお金と思っているかもしれない。ある人にとっては才能であり技術の高さかも知れない。ある人は外見や容貌が最も大事と思っているかもしれない。自分には地位も名誉も金もなく、才能もなくて顔も悪くて何もない。と悲観している人がいるかも知れない。しかしよく考えてもらいたい。地位や名誉,財宝、以下全てが揃っていても心が悪かったら幸せではない。心とは何か。幸福の根源である。貧乏でも才能がなくても外見が悪くても心さえ輝いていれば、誰よりも幸せなのである。幸せな心は誰でもが手にいれることが出来るものである。心は若くても年寄りでも経験がなくても磨くことが出来るものである。自分さえ得すればいい、自分さえ儲かればいい、という思いをすてて皆が楽しみ健康になれるように配慮することである。自分勝手な人もいる。相手の都合よりも自分の都合で弱い立場の人に接している人もいる。その場合心の中はくしゃくしゃしていて幸せではない。相手が幸せになるよう相手の立場で接することによってこちらの心は幸せになる。地位も学問も才能がなくても心が幸せになる道があるのだ。振る舞いとはそのような心を持てば自然に表れる行動であり、心と振る舞いは一体のもので、心は振る舞いをリードして、その振る舞いによってさらに心が磨かれるのである。
2026.07.05
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半夏生(ハンゲショウ)ブルースター廊下を忙しげに歩いているスタッフを見て自分も彼らと同じように歩きたいと思い、速足で歩こうとする。どんなに難しい症例に当たっても若い時の自分は時間に関係なく夢中で対応してきたし疲れることはなかった。それが今ではチョッとしたことでも疲れてしまう。他人に憧れ、自分に失望した状態で生きてきた。しかし誰にも使命はあるはずだ。命尽きるまでそのような状態で生きていたら使命も果たせないかもしれないし自分自身も不幸だと気が付いた。他人が軽々と歩いていてもいい。自分も若い時には軽々と歩けたのにと思ってもいい。でも今の自分と比べないことにした。他人は他人、過去の自分はもう今の自分とは違うのだ。今の自分のままで出来るだけのことをして明るく生きようと決意した。
2026.07.02
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バラ:新雪昨日テレビのクローズアップ現在で看護師が足りなくて病棟閉鎖や病床数減少を余儀なくされている問題が取り上げられていた。当院でも看護師数が足りなくて基準に達していないとして病棟のいくつかはベッド数だけ入院させられない状況になっている。近隣の病院のほとんどが同じ悩みを抱えている。看護学校で定員に満たない学校も増えているとのことだ。最大の要因は少子化でどこの分野も定員不足をきたしている状況の中にあるが、その中でも看護科は厳しい労働条件などがあり志望者の減少幅が大きいとのことである。今朝看護婦事務所でカルテにデーターを記入していたら耳元で「お世話になりました。今日が最後の勤めになります」と言われた。寝耳に水で冗談かと思った。最も信頼していた看護師の一人でその人がいなくなるショックははかり知れない。ご主人が神奈川県に転勤になってそのために当院を辞めるとのことだが悲しくてどうしてよいか分からなかった。ただでさえ定員不足で困っているのに優秀な看護師が止めていく。悲しくてもどうすることも出来なかった。残った人達とより一層団結して頑張っていくしかないと思った。
2026.06.30
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紫陽花(フエアリーアイブルー)サンパチェンス・ピンク昨夜晩酌をしようと清酒久保田の栓を抜いた。私は先日スーパーで久保田を買ってきたように思っていたのでその酒がそうだと思った。妻は娘が父の日に送ってくれた酒だという。娘が送ってくれたことは覚えていたが、自分も買ってきたことは確か(どこかに保存してあるのかも知れないが)で、これは娘が送ってくれたものだ、いや私が買ってきたものだと激しく言い争った。どちらかがどこかに保存してある可能性があり、それを探せば解決できたのかも知れないがそれもしないで各自の主張を言い合った。7月12日にピアノの発表会があり、7月17日が医学論文の締めきりで、そのことが頭にあって他のことは上の空でその間妻からも色々手伝ってくれの要請もあり、超多忙を極めており、日常生活の記憶がおろそかになり、言い争いになることが結構あった。今朝になってよく考えてみたら妻の言う方が正しかったと思い、詫びたら、「ああよかった認知症になってしまったのかと思った」と笑いながら応じてくれたので助かった。今後は自分の思い込みをあまり主張しないようにしようと思った。
2026.06.29
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今咲いている赤いアジサイ(ハイドランジア)右は昨年挿し木で育てたものグロリオサ、球根でも種子で増えて庭のあちこちで咲いている私は健康管理センターに20年勤めて定年になり、その後急性期病院に12年勤めて退職後、誘われて6年間リハビリ病院に勤めているが体力が衰え最終段階にきていることを自覚している。先日健康管理センターに勤めていた頃の常務さんの奥さんのお悔やみ記事を新聞で見て告別式に参加してきたが、当時の常務さんは椅子に座っておられて参列者の方もあまり見ておらず、私が参列したこともお気づきになられていないようだった。後で電話してみたが家電はもう使われておりませんとのことで、連絡のつけようがなく、ご高齢で認知力も衰えた状態なのだろうと思ったが、住所が昔のままかどうかわからないが、ハガキを書いてみた。連絡はつかないだろうと思ってその後は忘れていたが、なんと昨日その人が自分で運転してわが家を訪ねてきてくれたのである。股関節の手術は何度かしたが、多少フラフラしても立って歩くことが出来で元気ですとのことだった。もう寝たり起きたりで言葉さえ障害されていると思っていたので驚き、大喜びした。奥さんの告別式の時の印象では昨日の姿はとても想像できなかたので、お元気な姿をみて本当に良かったtと思った。知人等で長年消息が分からなかった人で80歳過ぎていると生死が分からず、生きていたとしても認知症で話も出来ない状態の人が多く、このように健康な姿でお会いできたことは稀で、喜びがあふれた。
2026.06.28
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サフィニアヤブカンゾウ昨日は東京勤めで一人暮らしの孫が来るとのことで駅まで迎えに行かなくてはと思って急いで家に帰ったが、日程間違いで来月になったとのことだった。妻は孫が来てくれるのが嬉しくていつもご馳走を作って待っているが、今回も痛い腰をかばいながら彼女が好きそうなものを作って待っていたが、残念だった。でも明るく、「私達二人で食べればいいんだから」と言いながら寸暇を惜しんで宿題の習字を書いていた。夜入浴しようとしたら山梨が震源地という大地震に見舞われた。震度6弱とのことで、家がミシミシいってどうなることかと思った。このまま家が潰れてしまったらどうしようと思ったが、その大きな揺れの後は静かになってくれてよかった。妻はその時も習字を書いていたので「呑気に習字を書いている場合ではない」と言ったら「そうですね」と言って声をたてて笑った。呑気な人だと思った。
2026.06.27
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エキナセア花ザクロ 亡き父が40年前息子夫婦と一緒に住むために田舎から甲府に引っ越してきた時に田舎から持参した花昨夜遅く60年程前に東京都中野区上高田の安下宿で一緒だった仲間から電話がかかってきた。元気にやっているのであの頃の下宿仲間でまた一度会おうではないかという電話だった。彼はパーキンソン病を患っており心臓も悪く、ペースメーカーを装着している。足腰も悪くなって車いすを常用しているのではないかと思うが、発病から20年くらい過ぎて、80歳を超えても今も元気である。数ヶ月前にマンションの自室周囲の廊下を掃除していたら、通りがかった50歳代と思われるご婦人が「ご不自由なお体なのに皆さんのために掃除をして下さってありがとうございます」とお礼を言われた。自分は大それた気持ちでなく当たり前のことをしていただけなので戸惑ったが嬉しかった。そのことをきっかけにその人との交流がはじまり、その人の人柄の良さに感動し、毎日が楽しいとのことだった。体の不自由な自分に気を使ってくれるだけでなく、誰に対しても全く隔てなく親切で、こんな人が世の中にいたのかと驚きの連続とのことだった。人の一生には様々な事象が起こるが何と言っても人との出会いが最大の出来事だと思う。卑怯な人やずるい人、自分勝手な人など様々な人がいて人間とはそういう者と思って暮らしている人が大半だと思うが、彼は自分の命が終わる前に素晴らしい人に出会い、人間に対する見方が変ってきたとのことである。長生きしてよかったとの喜びに溢れていた。その話を聞いて私まで嬉しくなり、生きがいが見つかったような気がした。
2026.06.24
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バラ:アルテシモ ポーチュラカ昨日はサッカーワールドカップのチュニジア戦で日本は4対ゼロで勝利した。監督や選手たちの意気込みや個人プレイでなく、チームの一員としての動きの中で見事な勝利をかざり、素晴らしい試合だった。次の6月26日のスエーデン戦でもチームワークをしっかり固めていい試合をしてもらいたいと願っている。妻が育てたバラのアルテシモやポーチュラカが咲いていたので写真を撮った。昨日の朝7時に多発性骨髄腫で様々な症状、特に心不全で苦しそうだった82歳の女性患者さんが亡くなった。最後には呼吸が苦しそうだったが家族に見守られながら静かに息を引き取った。心臓も肺も骨髄腫細胞に浸潤されて助かる見込みのない経過の中で逝かれたが、この世とのお別れは悲しく辛いものだったろうなと思った。多くの臨終の場に立ち会わせて頂いてきたが、若い時には自然の流れの中で死を迎える方々を自然に受け入れられてきたが、高齢になり自分もその時を迎えようとしている年齢になり、この世との別れの感情が患者さんと同じように感じられるようになり、そこまで年取ったのだなと感じている。
2026.06.22
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千鳥草ペンタス1984年酒店経営の女性(当時69歳)が殺害された事件で強盗殺人罪で無期懲役となり2011年に75歳で病死した阪原弘さんが再審公判に向けた3者協議で検察側が有罪を表明しないと表明して阪原さんの無罪が確定した。死刑や無期懲役が確定した事件で本人の死後再審が開かれるのは初めてとのことである。息子さん達ご遺族の熱意が実って本当に良かったと思う。冤罪事件の多くは激しい自白強要や証拠の捏造である。捜査官は事件の早期解決を図りたいためにそのような行為に走ると思われるが、無実の罪でそのような拷問や、証拠捏造されたら堪ったものではない。何人かの凶悪事件の犯人が冤罪だったとして無罪として釈放されたが問題は真犯人である。捜査官は早く犯人を挙げて問題解決したいと思っているかも知れないが、そのために無実の人が死刑になったり、何十年間も獄中につながれるのはたまらない。難しい事件の場合、即座に犯人が同定できないかもしれない。それでも安易に犯人を仕立て上げることだけは絶対しないでもらいたい。時間がかかってもいいので、じっくり犯人を捜してもらいたいと思う。
2026.06.20
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ムラサキゴテングロリオサトランプ大統領は自身の80歳の誕生日の今月14日にホワイトハウス南庭でアメリカ建国250年の記念格闘技大会を開催した。4000人の観客を招待し7つの試合が行なわれ、トランプ氏はリングサイドで勝者と握手したとのことである。トランプ氏は格闘技の大フアンで総合格闘技団体UFCのCEOとも昵懇で両者に利益があると判断して開催したと思われるが、由緒あるホワイトハウスで格闘技、普通では考えらえないが、自身を世界の帝王と思っている彼はそれを実現してしまったのである。関税政策やイラン戦争、国際的な平和条約からの脱退等、世界の民や相手国のことを考えての政策ではなく、自国の為、自分の利益のための行動である。反対する人たちもいるが、それらの人達は眼中にないのである。80歳と言えば高齢である。80歳を過ぎた前大統領バイデン氏に対しては老齢で認知症、何の役にも立たない大統領と批判していたが自身が80歳越えの老大統領になって何を考えているであろうか。年齢のみでその人を評価してはいけないと思うが、自身が高齢になったことを十分認識して、アメリカの繁栄だけでなく、その他の国の繁栄をも願って、人類のために余生を燃焼させて頂きたいと願う。
2026.06.19
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カサブランカチロリアンランプ今年のピアノ発表会の日程が7月12日の日曜日に決まった。曲目はオーケストラ曲をピアノ向けにアレンジした「美しき青きドナウ」を弾くことにした。ここ10年位毎年出場してきたがさすがに今回で最後になると思う。運転免許を返上して仕事もやめれば時間に余裕ができるのでピアノ位続けたいと思うが、免許がないので先生の所に通えないのでレッスンも辞めることにしている。ピアノや運動などの趣味は誰でもいつでも始めることができる。上手になるかならないかは別問題で何時でも止めることが出来る。問題は続けるかどうかだが、私の場合はピアノ何年続けても上手になれなかったが、懲りずに続けてきた。今回で一応区切りをつけようとしている時、発表会で緊張して様々な失敗をしてきたが、この「美しき青きドナウ」をお別れ曲として、下手でもいいから心を込めて、思い出の東京エレクトロン韮崎文化ホールで堂々と弾いて来ようと思っている。
2026.06.17
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百合の花、カサブランカが咲き始めたジャガイモを収穫した本日2本目のブログです。ヤクルトがソフトバンクに4対ゼロで勝ち奥川投手が完投勝利した。プロ入り7年目25歳、初めての完投、完封勝利である。ヤクルトは交流戦に入って不調で7連敗もあり、ズルズル負けて最下位まっしぐらになってしまうのではないかと心配したフアンが多いと思う。私が応援している小川投手や奥川投手も良く打たれて試合が作れずチームは負けるし本人は負け投手になることが多く、出だしは良かったが結局今年も最下位かと思い始めていた。昨日も8対1の大差で負けるし、今日もきっと負けているだろうと結果を見る気もなかったが、どんな負け具合かチラッと見て見ようとヤフーでみて見たら何と奥川完封でヤクルトが勝利していたではないか。驚いてしまった。ヤクルトフアンが歓喜して喜びの投稿で溢れていた。交流戦の成績は6勝11敗1引き分けで悪い成績だがもうそんなことはどうでもよくなったのだ。故障に泣いた奥川が立ち直ってくれたのだと喜びが爆発した状況だった。私も嬉しくなり心がウキウキした。庭に出てジャガイモを掘ってみた。菜園の師匠だった義理兄が亡くなってしまい、自己流で育てて見たが思いの外の出来で嬉しかった。3月に学会発表したウエルニッケ脳症について審査で論文掲載が決まったとのことで、締め切りは7月17日とのことだった。喜ばしいことだが論文を書くとなると大変なので、提出するかしないか迷っていた。でも本日は休日なので学会発表時の抄録を基に少し書き始めて見たら論文が書けそうな気がしてきた。夕方には妻の園芸の手伝いもすることが出来て、いつも落ち込み、打ちひしがれていた私も奥川投手の完封勝利に喜び、ジャガイモの豊作や論文書きの手がかりを得たことを喜び、腰痛があるのに花つくりをしている妻の手伝いをすることが出来て今日は良い日だったなと思った。いつも老化現象や体調不良で落ち込んで辛い思いをしていることが多かったが、今日ばかりは大いに喜び、明日以後頑張って行こうとの気力が湧いてきた。良い一日に感謝。
2026.06.14
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