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靖国神社のA級戦犯合祀について、昭和天皇が不快感を示しておられたことが
明らかになりました。
「だから私はあれ以来、参拝していない」
「それが私の心だ」
戦後8回にわたって靖国神社に参拝された昭和天皇。
それが1975年以降参拝されなくなった。
A級戦犯を巡っては、78年に靖国神社に合祀されて以降、
それまで参拝していた昭和天皇の参拝が行われず、
中止の理由を巡って様々な憶測がなされていました。
明確に、そしてはっきりと不快感を示す発言。
これは1988年、当時の宮内庁長官で、
3年前に亡くなった富田朝彦氏がメモに記した昭和天皇の発言です。
「(靖国神社の宮司)筑波は慎重に対処してくれたと聞いた」。戦後33年経った78年に何故、A級戦犯は突然、合祀されたのか・・・。皇族出身で終戦直後から靖国神社の宮司を32年にわたって務めた筑波藤麿氏の長男の証言です。
「私が父親から聞いたのでは同じ戦犯で処刑されたと言っても、いわゆるBC級は完全な犠牲者だと言うんです。それに対してA級の人たちというのはやっぱり責任者であると言うんですね。だから責任者と犠牲者を同時に一緒にまつったら、やっぱり犠牲者の方で納得いかない人も出るだろうと」(筑波藤麿・元宮司の長男、常治氏)
こう考えた筑波宮司の時代、A級戦犯の合祀は行われませんでした。これが昭和天皇の「慎重に対処してくれた」という発言と思われます。
しかし、次の松平宮司の時代、合祀がなされ、富田メモによりますと、昭和天皇は宮内大臣を務めた父親に言及し、「松平の子の今の宮司がどう考えたのか。易々と―」と合祀を決断した松平宮司を強く批判、「だから私はあれ以来、参拝していない」「それが私の心だ」と不快感を示されました。
(静岡福祉大学 高橋 紘 教授)
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