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2019.06.24
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カテゴリ: 60歴史

大山古墳 ( 仁徳天皇陵 ) の内部調査など、日本古代史調査の中でももっとも大きな動きがみられたのが古墳時代です。倭の五王、有力豪族、渡来人など、古墳時代のカギを握る権力者にまつわる最新の見解とは?

~古墳時代年表~

全国各地で築かれた巨大古墳の謎

3世紀後半 前方後円墳が出現する

4世紀   ヤマト王権による統一が進む

391 年   倭国軍が朝鮮半島に渡り、百済・新羅に侵攻する

421 478 年倭の五王(讃、珍、済、興、武)が相次いで宋に遣使する。

5 世紀半ば 各地に大規模な古墳が登場する

512 年   大伴金村が任那 4 県を百済に割譲する

527 年   筑紫の国造磐井が反乱を起こす(磐井の乱)

538 年   仏教伝来( 552 年の説もあり)のちに、崇仏・廃仏論争起きる

587 年   蘇我馬子が物部守屋を滅ぼす

646年   薄葬令(大化2年)
6
世紀末  前方後円墳が築かれなくなり、古墳の規模が減少する。




畿内から全国に広まった巨大な前方後円墳

大王の権威が確立して古墳の規模が徐々に縮小




[トピックス]

平和的な手法で勢力を拡げたヤマト王権

・地方勢力がヤマト王権に帰順した狙いとは

ヤマト王権の“お墨付き”を得たことを示す前方後円墳築造

交易による利益のうまみがあった

埼玉県行田市さきたま古墳群の「稲荷山古墳」で出土した鉄剣 雄略天皇の獲加多支鹵(ワカタケルに名が刻まれている)→※ここには17年8月訪問


( 稲荷山古墳の出土状況 17年8月訪問・撮影)

・ヤマト王権の勢力拡大を物語る日本武尊の英雄譚(日本書紀)

[トピックス]

「倭の五王」が遣使で得たものとは

・朝鮮半島進出にため中国王朝に使者を遣わす







・鉄素材の供給ルートを掌握していたヤマト王権

朝鮮半島に進出して鉄を得る

国を富ませるために重宝した鉄

鉄製の武器や甲冑も著しい進化を遂げる

・越 ( 三国:現在の福井県坂井市 ) の国からやってきた継体天皇

応神天皇の五世孫という遠い血筋

約19年の歳月をかけて大和へ

即位から19年後に大和入りを果たす

各地に屯倉設置し地方支配を強化する

・激しい対立の原因は何か?有力豪族による権力争い

蘇我氏と物部氏が頂上決戦

大王家との婚姻政策で権勢を誇った葛城氏

蘇我氏と物部氏の対立が激化する




[ 最新調査 ]

陵墓の謎を探る第一歩!ついに始まった大山古墳の発掘調査

調査中の墳丘を囲む堤から石敷きの円筒埴輪が出土

宮内庁と外部機関が共同で調査を行う

大山古墳は本当に仁徳天皇陵なのか?

大山古墳が仁徳天皇陵に比定されたのは江戸時代なので、意見が分かれる

宮内庁は江戸時代の比定を全面的に支持している

[ 最新調査 ]

渡来人集団の倉庫だった?市尾カンデ遺跡の大壁建物跡

渡来人の定住開始時期は定説より100年早まる

東漢氏の本拠だった現在の奈良県高取町

大陸由来の先進的な技術や文化を伝える

平安遷都に影響を与えた秦氏(秦の始皇帝をルーツとする渡来系氏族)

[トピックス]

四隅突出型墳丘墓が示す古代出雲・大首長の存在

奇妙な形の墳墓丘から探る古代情勢

四隅突出型墳丘墓が出雲で拡大した背景

副葬品に含まれている吉備系の土器や特殊器台

海中で発見された「海底神殿」の痕跡

[最新調査]

存在を裏づける発見が続く古代出雲の高層神殿

境内から宇豆柱が発見されて高層建築の信ぴょう性が高まる

平安時代の時代の書物に記された神殿の規模

[最新調査]

海を見下ろす巨大古墳が示す丹後王国の絶大な勢力 ( 丹後地方京都府北部 )

海運と製鉄技術で栄えて独自性に富んだ文化が生まれる

日本海交易圏における重要拠点として栄えた王国

[遺跡めぐり] 
石上神宮 ( 奈良県天理市 )  古代史の謎を解く国宝「七支刀」

物部氏が奉祀した神社、古代朝廷の武器庫

「七支刀」 ( 百済が献上したといわれる ) に刻まれた4世紀の東アジア事情


~あとがき~

この古墳時代になると歴史上の登場人物の具体的姓名が明確になってきます。

とはいっても文字としては刀剣の銘文等に見られる程度で、文字がまだ確立されていないのですね。次の飛鳥時代になると文字に書かれた文献が残されてきます。一挙に見えてくる感じです。 以上
















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最終更新日  2019.06.24 04:13:26
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