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飛鳥時代になると良く見えない時代から、よく見える時代になってきます。ある
~飛鳥時代の年表~
552 年 欣明 13 百済から仏教が伝来し、崇仏論争が起きる (538 年説もあり
587 年 用明 2 蘇我馬子が物部守屋を滅ぼす(丁未の乱)
592 年 崇峻 5 蘇我馬子崇峻天皇を暗殺する
推古天皇が日本初の天皇として即位
593 年 推古元 厩戸皇子 ( ) が摂政に任じられる603 年 推古 11 冠位十二制定
604 年 推古 12 憲法十七条を制定
605 年 推古 13 聖徳太子が一家とともに斑鳩に移り住む
607 年 推古 15 第 2 回遣隋使で小野妹子を隋に派遣する
法隆寺 ( 斑鳩寺 ) が建立される
622 年 推古 30 聖徳太子が死去
630 年 舒明2 第 1 回遣唐使で犬上御田鍬を等に派遣する
643 年 皇極 2 蘇我入鹿が山背大兄王を滅ぼす
645 年 皇極 4 中大兄皇子や中臣鎌足らが飛鳥板蓋宮で蘇我入鹿を暗殺
大化元 (乙巳の変)。入鹿の父蝦夷が自害し蘇我氏宗家滅亡。
645 年 皇極 4 孝徳天皇が即位。中大兄皇子が皇太子につき、大化と呼ばれる 大化元 政 治改革が始まる 。
646 年 大化 2 改新の詔を発する
649 年 大化 5 蘇我倉山田石川麻呂が自害に追い込まれる
655 年 斉明元 斉明天皇が飛鳥板蓋宮で重祚して即位
658 年 斉明 4 有間皇子が謀反の疑いで処刑される
663 年 天智2 白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に大敗を喫する
667 年 天智 6 近江大津宮に遷る
668 年 天智 7 天智天皇即位
669 年 天智 8 中臣鎌足に大織冠と藤原姓さ授けられる(翌日死去)
671 年 天智 10 天智天皇崩御
672 年 天武元 壬申の乱が勃発、大海人皇子が大友皇子 ( 弘文天皇 ) を滅ぼす
673 年 天武 2 大海人皇子が天武天皇として即位
681 年 天武 10 律令や国史の編纂に着手する
686 年 朱鳥元 天武天皇崩御。大津皇子が謀反の疑いで処刑される
690 年 持統 4 持統天皇が即位
694 年 持統 8 藤原京に遷都する
701 年 大宝元 大宝律令が制定される
〇新説で塗り替えられた飛鳥時代の常識
〇聖徳太子の表記をめぐる教科書論争
聖徳太子か厩戸皇子か、聖徳太子は存在したのか?
〇聖徳太子が正史でカリスマ化した背景
日本書紀に功績が記されている。推古天皇、蘇我馬子とのトロイカ体制で国政改革を主導した
・橘寺 :
奈良県明日香村にある寺で、聖徳太子生誕の地とされる。本堂には室町時代の作とされる聖徳太子座像(重文)が安置されているほか、本堂前には太子の愛馬だった黒駒の像も立つ。新説で塗り替えられた飛鳥時代の常識

( 橘寺奈良県明日香村 )
・聖徳太子 2 王子像:厩戸皇子 ( 聖徳太子)を描いたとされる肖像画
・飛鳥寺の「聖徳太子孝養像」:室町時代作の聖徳太子像。16歳の太子が父用明天皇の病回復を祈願する姿を表した像と伝わる(飛鳥寺)
※わたしは、聖徳太子が 605 年から突然、政治の第一線から退いた(斑鳩宮に移り住む)理由がどこにあったのか興味があります。歴史上活躍していた年代はほんの数年ということになり、これほど優秀で人徳のあったと思われる方が、なぜその影響力を突然行使できなくなったのでしょうか。結局、蘇我馬子から政治的に遠ざけられたのではないかと推測しています。推古天皇はそのときにどのように判断したのでしょうか。ちょっとしたミステリーです。また、法隆寺が現在まで、代々の権力者と関り、庇護されてきた背景など興味が尽きません。
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トピックス ]
古代史最大の悪役だった“蘇我氏”にまつわる最新評価
~「蘇我氏の系図:蘇我氏は竹内宿禰を祖とする一族で、稲目以降、大王家と婚姻関係を結んで外戚として君臨するようになった。

[トピックス ]
古代史最大の悪役だった“蘇我氏”にまつわる最新評価
天智天皇と天武天皇の壮絶な血筋の秘密
日本最初の国難を招いた白村江での敗戦
元号が誕生した飛鳥時代は干支の使用が主流だった
『日本書紀』に記された悪役としての蘇我氏
~専横をきわめて皇位簒奪をすら狙う蝦夷・入鹿親子を大悪人、入鹿を暗殺した中大兄皇子を正義とする構図
~渡来氏族と結びついて繁栄を遂げた蘇我氏
蘇我馬子による崇峻天皇暗殺
入鹿による「山背大兄王」一族滅ぼすのも王権を含む政権全体の意向か
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トピックス ]
天智天皇と天武天皇の壮絶な血筋の秘密
~弟(大海人皇子)に 4 人の娘を嫁がせた天智天皇
2 人は同じ父、同じ母をもつ兄弟で、天智天皇が 4 歳年上。兄の天智天皇は「大化改新」と呼ばれる政治改革をけん引し、弟の天武天皇は鵜野讃良皇女 ( 持統天皇 ) とともに律令国家の足がかりを築いた。
~万葉の宮廷歌人をめぐる兄弟天皇の「三角関係」
万葉集を代表する女性宮廷歌人『額田王』、二人から寵愛を受けた

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トピックス ]
日本最初の国難を招いた白村江での敗戦
~百済再興を目指すも唐・新羅連合軍大敗
~各地に防人を置いて監視にあたらせる 唐からの侵攻に備える
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トピックス ]
元号が誕生した飛鳥時代は干支の使用が主流だった
~飛鳥時代は6つの元号が用いられ、奈良時代は 12 回、平安時代は 88 回の改元が行われている
~吉事を理由に改元した飛鳥・奈良時代の元号
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最新調査 ]
飛鳥時代
南側東西辺が 80 メートル超と判明
“飛鳥最大級”小山田古墳 ( 甘樫丘の最南端にある )
~明日香村に出現した方墳の被葬者は蘇我蝦夷だった?
石舞台古墳を超える巨大方墳の発掘調査
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最新調査 ]
飛鳥時代
「日本書紀」の記述を裏づける初期斎宮の建物跡が出土
~天皇に代わって伊勢神宮に奉祀する役割を担った斎王
心身を清めてから伊勢へ下向する
最初の斎王は『大来皇女』 ( 天武天皇の娘 )
最後の斎王は後醍醐天皇の皇女『祥子内親王』終焉
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最新調査 ]
飛鳥時代
日本初の本格的な宮都・藤原宮跡、唐の長安城とは微妙に異なる形状
~持統天皇によって完成された初めての本格的な宮都
藤原京 持統、文武、元明の 3 天皇 16 年間
小墾田宮 推古、京極の 2 天皇 25 年間
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遺跡めぐり ]
平成 30
年 (2018
年 )
秋、国の重要文化財に指定
キトラ古墳の円形星図 国宝としての壁画の保護強化をはかる
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遺跡めぐり ]
再建・復興事業が進む奈良の寺院
興福寺の中金堂と薬師寺の食堂
~白鳳・天平文化の威容が再び姿を見せる
[ 遺跡めぐり ] 沖ノ島と宗像大社
海の正倉院」と呼ばれる神の島
古代日本における国際的な祭祀の場
~あとがき~
飛鳥時代というのは、急に史実が現実的になった時代でもありました。歴史的な登場人物の聖徳太子、蘇我一族の盛衰、天智・天武天皇の人間関係、中国・朝鮮半島との関りなど興味も尽きず、もっともっと深堀したくなる時代です。糠田王と天武・天智天皇との複雑な関係はいったいどうだったのか、天武天皇と額田王との子どもがあり(「十市皇女」)で後に、天智天皇の息子の大友皇子に嫁いでいるなどは自分にとって新発見でもありました。また、この時代の天皇家の婚姻関係も現代から判断すると、なかなか信じられないことでもありますね。 以上
※ 次回は古代史としての末期ともいわれる「奈良・平安時代」の投稿の予定で、このシリーズの最終回となります。
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