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2020.04.12
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カテゴリ: 30徒然草

昨日、夕方のウオーキングで、磐田原台地の南の端にある近くの宅地造成中の工事現場が土曜日で休みだったので、中に入って工事の様子を見てきました。地層が細かくは何層にも分かれており、土の色の違いや、丸い形状をした石が大きなものから小さなものまでいろいろとあることが分かりました。自宅の家の庭からも両こぶし以上の大きな丸い石が地面を掘るとたくさん出てきます。昔は、天竜川の河川敷だったのかとその原風景が感じられました

<近くの天竜川>

自分の住んでいる近くには全国 9 位の天竜川があり、その支流を含め本当に大きな川ですし、ちょっと上流の支流に入ると大変きれいな川がたくさんあり、アユ釣りのスポットもたくさんあります。上流には佐久間ダム、下流域には秋葉ダム、船明(ふなぎら)ダムがあり、また、全国的な秋葉神社の「秋葉山本宮神社」が春野町にあります。明治初年頃大火災の頻発により、東京市民の火災鎮護の祈願所として現在の秋葉原の地に建立された。後に鉄道駅の設置により現在地に遷座されたが、『秋葉原』の名も当社にその起源を発するものであるそうである。東京の「秋葉原」と関係があるとは初めて知りました。



<静岡県内の4つの一級河川>



静岡県には一級河川といわれる 大きな川が 4 あります。住んでいる磐田市から東へ河川の名前をいうと,天竜川、大井川、安倍川、富士川があります。



<天竜川の概要> (出典:wikipedia)(出典:weblio)

天竜川は、 長野県の諏訪湖にその源 を発し、南アルプスと中央アルプスから流れる支川を集めながら伊那谷を流れ、飯田市の天竜峡より山間部に入り、佐久間ダムなど発電ダム、天竜市鹿島地先を過ぎると浜松の広い平野を経て遠州灘に注いでいる。 長野県から愛知県、静岡県を経て太平洋へ注ぐ天竜川水系の本流で、一級河川のひとつ。流路延長は 213km (日本全国 9 位)、流域面積は 5,090km² (日本全国 12 位)です。

<天竜川の名称>

歴史書『続日本紀』が遠江国の「麁玉河」が霊亀元年( 715 年)に水害を起こしたことを記す。同書の別の箇所には「荒玉河」ともあり、どちらも「あらたまがわ」であろう。平安時代には「広瀬川」、鎌倉時代には「天の中川」、その後は「天竜川」と呼ばれるようになった。「天竜」はもともと、天から降った雨が諏訪湖へ流れ出て天竜川の流れとなることから、「あめのながれ」と読まれたが、のちに音読みとなったという説がある。

「竜」の字が使われたのについては 2 つの説がある。
・天竜川の水の流れが速く、竜が天に昇っていくかのように見える
・天竜川の流れ出る諏訪湖の近くにある諏訪大社に祭られている竜神から取った


<天竜川の歴史>

過去には土砂災害を大きな特徴とした大災害( 1715 未の満水、 1961 三六災害など)があり、大きな出水被害を被る場合は、河川周辺だけではなく流域全域に及ぶという特徴があります。というのも、天竜川の河川の勾配が急流 (200m 進むと 1m 下がる傾斜 ) であり、古期の花崗岩類や中央構造線などの複雑で脆弱な地質が斜面崩壊や土石流などの災害を引き起こす原因となっているのです。「暴れ天竜」というように、天竜川の出水の様子を如実に語る言葉として形容されることもあります。

遠州平野内に出た天竜川は、流路を変えながら流下していました。江戸時代になると築堤工事や改修工事で河道こそ固定されるようになりましたが、破堤による大災害を防ぐことはできませんでした。慶応 4 年( 1868 )の大洪水は、 3 ヶ月も家屋、田畑が浸水する大災害となり、遠江国(静岡県)浜名郡和田村安間(あんま)の 地主金原明善(きんばらめいぜん) は、不眠不休の救助活動を続けるとともに、復旧工事には堤防御用掛りの 1 人として大活躍し、多額の資金を寄付しました。また、金原の治水計画は明治 18 年からの国直轄による第一次改修に受け継がれ、現在に至っています。

<天竜川の地理>

諏訪湖の唯一の出口である長野県岡谷市の釜口水門を源流とする。長野県上伊那郡辰野町から始まる伊那谷を形成し、一部愛知県をかすめ、静岡県へ抜ける。浜松市天竜区二俣町鹿島で平野部に出、浜松市と磐田市との境を成しつつ遠州灘に注ぐ。

上流部の伊那谷は、幅約 30 キロメートル、南北約 70 キロメートルの盆地で、天竜川はその中央を北から南に流れる。開けた地形だが、河川勾配は 100 分の 1 から 250 分の 1 で、かなりきつい。東の赤石山脈と天竜川の間には、 1600 から 1800 メートル級の山が連なる伊那山地があり、これと赤石山脈の間を中央構造線が通っている。その険しい谷を南あるいは北に流れた支流が、伊那山地の切れ目から西に出て天竜川に合する。西の木曽山脈からは急勾配を下る短い川がいく本も流れこむ。

中流部の山地帯は直線で約 65 キロメートルだが、谷間を曲がりくねっていくため、流路の長さは約 100 キロメートルにもなる。深い峡谷が続く地形で、多くのダムが造られている。河川勾配は上流部とあまり変わらない。

平地に出てから海までは約 25 キロメートル、そのうち扇状地が南北約 23 キロメートルである。河口付近の河川勾配は 960 分の 1 である。


<主な災害>




~あとがき~

川は美しいし、古来より生活とはかかわり深いものでした。この前のブログで磐田原台地のお茶畑のことにふれましたが、この磐田原台地には水が乏しく水田に向かず、茶畑が盛んになった経緯があるようです。この台地には保存された「井戸」や「井戸」に関する記念碑があります。台地の住民にとっては、水を天竜川から運ぶのが日課だったようです。さぞかし大変なことだったでしょう。その後井戸水が掘られ、水が確保できときには、住民の喜びには大きなものがあったと思います。川は、恵みを与えてくれるものでもありますが、一方水害をもたらすものでもありました。川をどう制御するかが積年の課題であったことと思います。天竜川の周辺の地域には「中瀬」「中野町」「沼」・・・と水に関する地名が結構あります。はるか昔には「大天竜」といわれ川幅も現在の数倍あったかにも聞いていますが、本当に大きな立派な川で、私たちの住民の誇りでもあります。以上







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最終更新日  2020.04.13 03:55:58
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