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忘れた、という表現と、差別する、とは別物と思います。
意図的に忘れる、ということが、可能でしょうか。
忘れたふりをしたのでしょうか。
それとも、いまのわたしのように、時に思い出し、また、流されるのでしょうか。
日本が、戦争処理もできなかったことには、いいわけする。
他民族に対して行なった加害、道義的に許されないはずの加害が、「あの時は、そうしかできなかった」「みながそうだった」-で相対化される。
多くの日本人にそうしか出来なかったとしても、人を殺してはならない、略奪してはならない、といった、普遍的な倫理から見て正しくない。だから、罰せられるべきだ。という考えになぜ、後からでも、ならないのでしょうか。
幼少時から、天皇の赤子、侵略戦争を称える教育が、染み付いていたから、中国の、朝鮮の人を殺しても、なんとも感じなかったのでしょうか。
では、その後、民主主義、とか、平和とかを習った人々は、過去の加害をどう感じるように、または、感じ取れるように、変わったのでしょう。
そういうことは、なかったのではないか。
だって、支配層を罰しなかった。
人民の手でも、裁かなかった。
A級戦犯が戦後の首相になる。
これを、人々は、どう見たのでしょう。
平和がいい、と言いながら、沖縄にも、中国にも、朝鮮にも、補償をしてこなかった。
その平和、ってどんな平和なんでしょう。
この間、教育は、どのように、過去を教えたのでしょうか。
2000万人殺したことを許す平和?
植民地支配で、人民、財、文化、誇り、根こそぎ収奪したことを、償わない平和?
非戦闘員の無差別大量殺害を発案・実行した罪を、問わない平和?
今も残る被支配民蔑視を、包み込んだ平和?
教育の力が大きい、とても大きい、とするなら、これらの不正こそ、歴史を貫いて正されるべきである。それが、何よりの教育ではなかったか。
平和は、格闘し、糾弾し、自らも襟をただし、自らをも変える、ダイナミックなものではないか。