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阿王(あおう)さんという超珍しい名字の方に出会いました。日本姓氏語源辞典の「阿王」を見ると、埼玉県、宮城県、秋田県にわずかにあるだけで、同姓の人は全国で20人ほどしかいないという。秋田県湯沢市在住のその人は、もと佐藤さんという至極平凡な名字だったが、結婚して阿王さんになったという。会う人ごとに珍しがられるので、多少迷惑気味らしい。しかし、調べてみると、阿王氏は佐竹南家の家臣で、佐竹公に従って水戸から移って現在に至るらしい。立派なお侍さんの家柄なのでした。写真はわが家の庭のお茶の花です。
2018/10/11
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_wikipediaで「ハケ」を調べると、『はけは、「まま」、「はば」、「のげ」等と共に、崖地形、丘陵、山地の片岸を指す日本の地形名。地名や道路名などに見ることができ、北海道・東北地方、関東地方にみられるが、特に武蔵野地域に多い。地名・町丁名としては、「羽毛」「岾」「坫」「𡋽」「額」「端気」「端下」等を当てる。』などとある。 ハケ類には「ハゲ」、「ハッケ」、「ハッケイ」、「バケ」もあり、前記の地名のほか、兀、禿、波介、峡、八景、八卦、?、半家、端家、八計、八境など種々の字が当てられている。ただし、禿については文字通りハゲて樹木のない地にも用いられているようだ。 「ハッケ・ハッケイ」地名をmapionで探すと、秋田県内だけでも多くの地名が見つかった。 次はその一例である。 秋田県横手市雄物川町沼館八卦(はっけ) 秋田県横手市下境八気(はっけ) 秋田県秋田市河辺岩見八慶(はっけい) 秋田県大仙市藤木西八圭(はっけい) 秋田県横手市大森町八沢木八景田(はっけいだ) 秋田県山本郡藤里町粕毛端家(はっけ) 秋田県秋田市河辺岩見八慶(はっけい) 横手市内の「ハッケ」地名を見ると、起伏が少なく、傾斜もなだらかで崖地名とはいいがたい所もある。 横手市に、なかなか読めない崖地名の「兀山(はげやま)」がある。 秋田県横手市前郷兀山 ここは傾斜地なので、崖地名としてはよく理解できる。 他に、秋田県内の「ハゲ」地名を幾つか拾ってみた。 秋田県横手市大森町八沢木兀ノ下(はげのした) 秋田県山本郡三種町森岳兀ノ台(はげのだい) 秋田県鹿角市十和田毛馬内赤冗(あかはげ) 秋田県湯沢市龍ケハケ山(はげやま) 秋田県雄勝郡羽後町払体八ケ代(はげしろ) 山形県には、山形県酒田市赤剥(あかはげ)など、「剥」の字を当てた地が多い。 こうしてみると、実に千差万別だ。 先に「ハケ」、「ハゲ」と呼ぶ地名があって、後の時代に漢字を当てはめたからであろう。 崖を意味する地名には、さらに「クラ」、「カケ」、「ママ」、「クエ」、「ツエ」、「ホキ」、「ハバ」、「ガレ」、「ザレ」など豊富にある。 その中には、秋田県で誕生した国字「掵(はば)」が付いた特異な地名もある。 それらについても、いずれ触れたいと思っている。
2017/02/08
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女と男の難読漢字_なぶり殺すに通じて怖い気もする「嬲沢(なぶりざわ)」は、秋田県横手市大屋寺内にある。 国道13号線と愛称「雄平フルーツライン」の雄平東部広域農道とに大屋沼と隣り合って挟まれた地である。 「嬲」は「なぶる」と読む。"なぶる"はもてあそぶの意だから、1人の女を2人の男が一緒にもてあそぶ姿を想像してしまう。 なんで「嬲沢(なぶりざわ)」なのか、気になって仕方がない。 「嫐」という字もあり、これは「たわむれる」と読む。こちらは2人の女が1人の男を間にして"いちゃいちゃ"している様子に思える。 もっとも、「なぶる」とも読むので、嬲と同様、もっと突っ込んだ関係も表わしている。 「嬲」を大字典(講談社)で引くと『たわぶる、なぶる。相戯れてみだるること。男女合わせてその義を示す。嫐と書くも同じ。』とあり、同様に「嫐」は『たわむる、なぶる。男女がなれ戯るること。又嬲に書くも同じ。』とある。 井原西鶴作の浮世草子「男色大鑑(なんしょくおほかがみ)」巻三に「嬲(なぶ)りころする袖の雪」がある。 そのあらすじは『伊賀の国守の小姓山脇笹之介は、すこぶる機転のきく美少年だったが、追鳥狩(おいとりがり)の折に、伴葉右衛門が庭籠鳥(にわこどり)を下男に放させて笹之介に獲らせようとしたことを縁に、男色関係を結んだ。西念寺の返り咲きの花見の時、葉右衛門が別の美少年の盃を受けたことを知って嫉妬した笹之介は、次に葉右衛門が訪れて来た時、厳冬の庭に立たせて入れなかったばかりか、雪の降る中で裸になるのを命じたりしてなぶり続けたので、葉右衛門は衰弱して死んでしまい、それを見た笹之介も切腹した。実は、寝間には床に二つ枕、酒盛りの準備までしてあったのだが・・・・・・。』とある。 いわゆる男色関係物語である。 一方、歌舞伎では「嫐」は「うわなり」となる。 wikipedia「嫐」は『うわなり うはなり 【嫐】。歌舞伎十八番の一。1699年初世市川団十郎が初演。一人の男に二人の女が嫉妬(しつと)でからむ所作で、後妻(うわなり)打ちの風習を劇化したもの。』とある。 後妻打ち(うわなりうち)は『日本の中世における夫が後妻と結婚するとき、先妻が予告のうえで後妻の家を襲う風習である。 かつては妻がいる上にさらに迎えた女性(妾など)を「うはなり」といったが、のちに先妻と離婚して新たにむかえた女性を「うはなり」といった。この「うはなり」を先妻が打擲することを古くは「うはなりうち」と云い、「御堂関白記」や「宝物集」などに「うはなりうち」のことが記されている。』とある。 浮世絵検索から広重の「うはなり」を描いたハーバード美術館所蔵の浮世絵を見つけた。 浮世絵を見てよく分かるが、なんとも勇ましい風習があったものである。 嬲と嫐、どちらも常識を超えた乱れた男女関係を示す用例が多いようだ。 「奻」という字もあるが、大字典(講談社)には載っていない。中国語サイト新華字典「女女」では「愚」とある。 男と女の漢字というサイトがあるので、以下はそれを参考にする。 同サイトで「奻」は「いいあらそう」となっている。 では「𤲶」はどうか。「嬲」と同じというから、なぶるの意となろう。 「姦」は、女3人寄ったら姦(かしましい)で、これはよくよく理解できる。 もっとも、姦計、姦通、という語があるように、よこしまな意や不義の意にも使われる。 姦の女を男に変えた字もある。 女3人でかしましいなら、男3人ではむさくるしいという人もいるようだが、国字で「たばかる」の意という。 「娚」は「喃、かたるこえ」とある。 一方、Yahoo!知恵袋:「娚」の漢字はなんと読むのでしょうか?の回答を見ると、娚は訓読みで「めおと」とある。 男と女の漢字サイトには𡣡、𡣠、𡢹の漢字も載っているが、いずれも字義は不詳となっている。 男と女に関する漢字については、まだまだ検証を深める余地がありそうだ。
2017/02/11
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樽口峠から望む飯豊連峰の白い峰々と、峠の一本桜です。 樽口峠は山形県小国町の小玉川にあり、ツヅラ折の急峻な山道を上って行くと展望台に辿り着きます。 眼前に広がる飯豊連峰の眺めは雄大で見飽きることはなく、そこにいるだけで開放感に浸ることができます。 この峠に一本の大山桜があります。 さほど大木ではないのですが、開けた傾斜地に屹立して咲く姿は華麗で、雄大な山岳風景に紅一点の花を添えたかのようです。 風景写真家の鈴木一雄氏が写真集で紹介してから有名になりました。 昨日、数日振りに晴天が見込まれたので、友人と2人で樽口峠に向かいました。 桜はすでに散りかけていましたが、30人ほどのカメラマンが押しかけていました。 われわれも1時間半ほどの間、この大らかな山岳風景にどっぷりと浸りながら、写真を撮ってきたのでした。壁紙をDLするカレンダー入りの壁紙をDLする壁紙をDLするカレンダー入りの壁紙をDLする撮影地地図←もっと写真を見たいなら
2009/04/29
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秋を謳う黄葉の銀杏並木です。 大戸川端の下水処理場前の道路両側に、数百メートルにわたって銀杏が植えられています。 若木だった銀杏もだいぶ生長して、枝振りがよくなり、見応えがあるようになりました。 一斉には色づかず、いつ全部が黄色に染まるのか、気をもんでいましたが、ここへきてやっと黄葉盛りとなりました。 しかし、もう、半分以上落葉した木もあります。 道路は落ち葉で埋まり、路面が見えないほどです。 昨日は未明まで降雨がありましたが、日中、時折晴れ間が覗くようになりました。 最後のチャンスと思い、用事のあったついでに寄り道し、スナップしました。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ↑携帯の待受用にどうぞ。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ撮影地地図←もっと壁紙を探すなら
2011/11/08
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成瀬川と真人山 カレンダー入りの壁紙をDLする掵の古文書1.「掵」地名は秋田県南に特化 掵(はば)という珍しい字が付く地名が秋田県内に点在している。 そのすべてが横手盆地に存在するもので、それも南部に集中している。 マピオンで住所検索すると、次の32件が見つかった。そのいずれもが秋田県内である。 秋田県湯沢市二井田二ノ掵 秋田県湯沢市二井田掵上 秋田県横手市増田町亀田掵 秋田県湯沢市三梨町犬掵 秋田県横手市十文字町腕越上掵 秋田県横手市十文字町上鍋倉上掵 秋田県横手市平鹿町下鍋倉上掵 秋田県横手市平鹿町下鍋倉下掵 秋田県横手市平鹿町下鍋倉中掵 秋田県横手市増田町亀田上掵 秋田県湯沢市駒形町大門掵 秋田県湯沢市駒形町東福寺掵 秋田県仙北市角館町白岩下掵 秋田県雄勝郡東成瀬村田子内上掵 秋田県仙北市角館町白岩新下掵 秋田県横手市十文字町上鍋倉掵大道西 秋田県横手市平鹿町醍醐掵下 秋田県横手市増田町荻袋掵上 秋田県横手市増田町荻袋掵下 秋田県横手市増田町熊渕掵上 秋田県横手市増田町熊渕掵下 秋田県湯沢市川連町掵下 秋田県横手市増田町荻袋菅生掵下 秋田県湯沢市三梨町飯田掵下 秋田県湯沢市川連町大掵下 秋田県湯沢市川連町高掵下 秋田県湯沢市駒形町大門掵下 秋田県雄勝郡羽後町貝沢掵ノ上 秋田県横手市増田町熊渕掵堂ノ下 秋田県横手市十文字町上鍋倉掵下清水田 秋田県横手市十文字町上鍋倉掵下中道添 秋田県横手市十文字町上鍋倉掵下屋布後 町村別に見ると、横手市(18件)と湯沢市(10件)で大半を占め、それに隣接する東成瀬村と羽後町に各1件ずつで、他は仙北市角館町に2件存在するのみである。それらを地図上で見ると、仙北市を除いてはみな、雄物川とその支流である皆瀬川や成瀬川に沿った地域にある。つまり、河川の両域に広がる河岸段丘に位置しているのである。 このことから、河岸段丘に開かれた地を掵と呼ぶのであろうと類推できる。2.「掵」は秋田県南で誕生した国字 漢字辞典オンラインで「掵」の意味を調べると『人名や地名に用いられる字。「掵上(はばうえ)」は秋田県の地名。』とあり、さらに種別は国字となっている。 秋田県以外に掵の字が地名に存在する可能性はゼロではないが、秋田県南特有の文字といって差し支えないだろう。 この地域限定の国字はJIS第2水準の漢字に収録されている。そのため幸いなことに、この字はほとんど知られていないにも関わらず、パソコンなどの電子機器で苦労なく表示することが可能になっているのだ。3.「ハバ」という地名は他にもある 掵のほかに、羽場(はば)という地名もたくさん存在する。再びマピオンで住所検索すると、74件が見つかった。県別では岩手県 (22件)、宮城県 (19件)、秋田県 (18件)、長野県 (7件)、福島県 (3件)、石川県 (3件)である。 秋田県の詳細は次の通りである。 秋田県湯沢市皆瀬羽場 秋田県大仙市下鴬野羽場 秋田県湯沢市皆瀬下羽場 秋田県湯沢市皆瀬中羽場 秋田県湯沢市森熊ノ堂上羽場 秋田県横手市十文字町植田羽場 秋田県横手市増田町戸波羽場 秋田県横手市増田町三又羽場 秋田県仙北郡美郷町浪花羽場 秋田県横手市増田町三又羽場下 秋田県横手市十文字町植田上羽場 秋田県横手市十文字町植田下羽場 秋田県横手市十文字町鼎下羽場 秋田県横手市増田町戸波下羽場 秋田県横手市増田町三又五輪羽場 秋田県湯沢市駒形町戸波上羽場山 秋田県湯沢市駒形町三又上羽場 秋田県横手市十文字町梨木羽場下 羽場もやはりすべてが横手盆地に存在し、大半がやはり南部に集中していて、河岸段丘領域に属しているのは掵と変わりない。 横方向の広がりの度合を指すのが幅であるが、大字典(講談社)によるとフチやヘリという意味もあるので、地名では傾斜地に使われていると類推できる。 幅と巾も地名に存在する。 マピオンで調べると、幅地名は全国に64件存在する。そのうち秋田県は次の6件である。 秋田県湯沢市小野幅 秋田県大仙市太田町川口幅 秋田県由利本荘市西目町西目上幅 秋田県湯沢市秋ノ宮幅ノ上 秋田県湯沢市秋ノ宮下幅 秋田県由利本荘市東由利宿幅野 秋田県にはないが、幅と同義で使われる巾も地名に使われており、マピオンで検索すると全国に19件見つかった。4.「掵」には横方向の広がりの意味もある 資料として掲げた古文書を見ていただきたい。 この中に「堰口掵壱尺」の記述があり、掵は横方向の広がりを示す幅と同義に扱われている。 この文書は、横手市のある村々が水を取り込むための水路口の幅を取り決めした文書の一部である。明和元年(1764年)、水路の幅を巡って4か村にいざこざが発生したため、宝永2年(1705年)に取り決めした文書を探し出して再確認し、藩の役人に差し出した内容となっている。 稲作中心のこの地域では、田圃へ引く水を確保することは死活問題であった。掵に命が含まれていることに、ある重要な意味が隠されているような気がする。5.木偏の「椧」もある 掵ではなく、「椧」の字の付く地名が唯一秋田県にある。 秋田県大仙市四ツ屋字椧田 「椧田」は「ばばだ」と読む。 ただしgoogleの地図検索では「椧田」を「ばば田」と表示している。椧はJIS第1、第2水準漢字に登載されていないからである。 掵で代用している地図も見受けられる。 中国サイト新華字典で椧を検索すると、韓国漢字で寺名として表示され、意味はガーターつまり溝となっている。 実際、韓国サイトで、椧は地名として多数出てくる。 椧谷里(명곡리 ミョンゴッリ)・大邱広域市 椧溪(명계 ミョンギェ)・慶尚北道慶州市 椧洞(명동 ミョンドン)・慶尚南道梁山市 こうして見ると、韓国では椧が南部の地名に多い。 慶尚南道は倭が支配したとされる任那日本府と重なり、日本との交流が深かった地でもある。 稲作の歴史は中国長江流域から始まり、朝鮮半島を通じて日本にもたらされという説が有力である。6.木偏と手偏の紛らわしさ 結論から先にすると、韓国で作られた「椧」の字が、朝鮮半島の渡来人から日本の秋田に持ち込まれて同様の意味を持つ崖地名のハバに充てられ、その多くが「掵」に変化したのではないかと私は考えている。 それを示すために木偏と手偏の関係を調べてみる。 実は、木偏と手偏は古くから混用されてきた歴史がある。 実際、掲載した古文書の掵を見ても、偏は扌(てへん)にも、木(きへん)にも読み取れる。 『西方指南抄』、『三帖和讃』における親鸞聖人の漢字字体の特徴について(鎌倉時代語研究第17巻 藤田夏紀著)によると、書写体においては木偏の字が手偏に書かれることはよくあることしている。また『干禄字書』には、正字が木偏、異体字が手偏の漢字(枉、横、様)が3組記され、その逆の正字が手偏、異体字が木偏の漢字が(札、杞、栓、枉、桓、棒、棧、櫛、構、檢、櫓、椳、楓、樻、梯、横、極、様など)24組記されているとある。 さらに、木偏に関してみれば、『打聞集』では71%、『法華百座聞書抄』では26%、『三宝絵詞』で43%に、『宝物集』では84%の字が手偏で書かれているのに対し、『三帖和讃』は手偏で書かれるものは一例もなく、すべて木偏で統一されているとしている。 一方、手偏に関しては、「權、極、樣、構、模」は全用例が手偏で統一されている資料が多いが、『三帖和讃』、『西方指南抄』はこれに反し木偏で書かれる用例が多いとしている。 さがみ【相模/相摸】やもほう【模倣/摸倣】のように木偏、手偏双方が使われている例もある。 このように考えると、椧が掵に、つまり木偏が手偏に変化したのは自然の成り行きと考えることができる。崩し字では「オ」の形状が木偏とも手偏とも紛らわしいからである。 写真は成瀬川橋(横手市増田町)から望む景色である。この周辺には「掵」や「羽場」の付く地名がたくさんある。【追記 2017/03/12】 難語地名辞典(東京出版)に「掵」の例として、『「掵上(はばうえ) 秋田県湯沢市二井田」。「掵田(ばばだ) 秋田県大曲市(現大仙市)四ツ屋」』とあるが、「掵田(ばばだ)」は「椧田(ばばだ)」が正しいので、これは誤記である。
2017/02/12
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八幡平の峡谷に落ちる曽利滝・雪国ならではの「轌(そり)」と「雪舟(そり)」 かつて、「橇(そり)」は雪国にはなくてはならない冬場の運搬用具だった。 その橇が地名に登場している。 秋田県男鹿市北浦西水口橇坂(そりざか) 宮城県岩沼市南長谷橇(そり) 岩手県奥州市水沢区佐倉河橇町(そりまち) 「そり」は雪の上を滑らせて人や物を運ぶ乗り物だから、「轌(そり)」という国字が誕生した。 「雪車」を「そり」と読ませる地もある。 代表例として秋田県由利本荘市雪車町(そりまち)があるが、昔、街道を「馬ぞり」が行き来して、このあたりで一服していたことが地名の由来といわれる。(参考・地名の由来) 秋田県仙北郡美郷町飯詰轌町(そりまち) 秋田県由利本荘市葛法轌田(そりた) 秋田県能代市機織轌ノ目(そりのめ) 秋田県由利本荘市雪車町(そりまち) 福島県伊達市雪車町(そりまち) 「そり」を実際に道具として使ったと思われる地名があった。 岩手県胆沢郡金ケ崎町西根橇曳沢(そりひきざわ) 秋田県北秋田市七日市字轌引沢(そりひきざわ) 雪舟といえば、室町時代に活躍した著名な墨画家を連想してしまうが、雪の舟に見立てた「雪舟(そり)」地名もある。 福島県福島市飯坂町雪舟町(そりまち) 福島県福島市立子山雪舟田(そりだ) 福島県須賀川市今泉雪舟田(そりだ) 福島県須賀川市梅田雪舟田(そりだ) 山形県西置賜郡白鷹町高玉雪舟町(そりまつ)・「ソリ」には別の意味があった 「ソリ地名」の「橇」「轌」「雪舟」は果たして運搬用具なのだろうか。 轌田、雪舟田、橇町、雪車町に見られるように、ソリの語尾に田や町の字が付く地名が多い。 田や町が、直ちに運搬用具と結びつくとは思えない。 本来田は、穀物を栽培するために区画された農地をいうが、それが次第に稲田に限定して使用されるようになった経緯がある。(参考・「田」) 漢字・漢和辞典によると、「田」という漢字は「区画された狩猟地・耕地」の象形文字であるという。 このことから、「田」には区画の意味が込められている。 では「町」はどうか。 和語としての「まち」は、宮中や邸宅などの区画を意味する古語で、漢字としての「町」は、本来は、農地などの境界を意味していた。市街の意味の「まち」は国訓とされる。(参考・「町 - Wikipedia」) 「町」もやはり、区画の意味合いを有する。 これらのことから、「ソリ田」、「ソリ町」は「ソリ区画」と置き換えると理解しやすい。 次は肝心の「ソリ」について考察を深めてみたい。 運搬用具には結びつかず、「ソリ」の当て字と思われる「曽利(そり)」地名がある。 秋田県湯沢市小野曽利田(そりた) 兵庫県宝塚市下佐曽利谷(さそりたに) 福島県いわき市遠野町滝曾利田(そりだ) 宮城県宮城郡利府町春日曽利町(そりまち) 日本地名ルーツ辞典(池田光則著)によると『ソリはゾリ、ソレ、ゾレで、当て字は曽利・雪車・橇・轌・鼠入(そいり)・草里(そり)・反(そり)などがある。これから焼畑や切替畑をウソリ、山地や急傾斜地をいうソレ、ゾレがある。』とある。 また、「焼き畑」の地名には、『「そり」とは「焼き畑」を意味した。柳田邦男の「地名の研究」によると、「そり」「そうり」は焼き畑を林に戻した所の意味。』とある。 「ソリ」は焼畑に深い関わりがある訳である。・「ソリ」のルーツは焼き畑休耕地にあり 地名の社会学(今尾恵介)に「ソリ」地名の由来が詳しいので、概略を次に記す。 『ソレ、ソリの付く地名は焼き畑にちなむ地名とされている。 熊本地名研究会の高浜幸敏氏は、日本「歴史地名」総覧(新人物往来社)で開拓地名のひとつとしてソリ・アラシの地名を挙げ、「ソリ・アラシは焼畑をいうとともに焼畑後地ならびに山の急斜面または崩壊地をも意味する。」と解説している。 ソレ・ソリには、他にも次のようなさまざまな漢字を当てられた例がある。 【ソレ】林添(はやしぞれ・愛知県豊田市)、大ケ蔵連(おおがぞれ・愛知県豊田市)、無双連山(むそれやま・静岡県大井川上流部の山名)、柿其(かきぞれ・長野県南木曽町) 【ソリ】木野反(きのそり・福島県塙町)、下反田(しもそりだ・山形市)、曲畑(そりはた・栃木県那須烏山市)、雪車町(そりまち・秋田県由利本荘市)、反町(そりまち) 「角川日本地名大辞典」にある反町という地名のうち、「たんまち」と読むのは横浜だけで、他の栃木県二宮町・群馬県太田市・長野県松本市、そして明治まで存在した旧地名の山形県庄内町の反町もすべて「そりまち」と読む。 そもそも、反という漢字は「元へ戻す」といった意味があるから、何十年という焼き畑のローテーションの中で休耕して森に戻すべき所を指すにはぴったりの字といえるのではないだろうか。 ここで注意すべきは、「ソリ」だけでなく「ソリマチ」が焼き畑を意味するということである。』 このことから、「ソリ」は焼き畑や焼畑後地を指すと共に、傾斜地でもあることが分かった。 八幡平の曽利滝は、国道341号線から急斜面をロープを使いながら降りる深い谷にあり、傾斜地名そのものである。(写真) 古沢典夫氏が、社団法人・東北地域環境計画研究会の第44回研究懇話会で述べた「壮大!働き盛り三代で一巡する焼畑輪」は、焼き畑と「ソリ」をよく理解できて興味深い。 以下はその懇話会の記録要旨である。 『かつて北上山系で行われていた資源循環に基づく焼畑は次のようなものだった。 この焼畑は「ソリ」と呼ばれ、県内各地に残る、草里、曽利田、橇、鼠入などの地名は、焼畑放棄地「草荒(そうり)」と考えられる。 軽米町周辺では80年という長いサイクルの中で焼畑が行われていた。 初めに雑木林を炭焼きのために利用し、伐り取った跡地を焼畑に起こして利用した。 1年目は大豆、2年目はアワを作り、これを3回輪作した後、ソバを3年ほど連作。この後は「ソリ」と呼ばれる耕作放棄地となり、植生は自然状態を回復していく。 初期はススキからアカマツ林の時代(45年)、アカマツの伐採後は、雑木林の時代(25年)へ戻っていく。 焼き畑とその跡地からは飼料、草肥、資材などが供給され、それらの有機物は馬などの家畜と共に有機的に循環していった。 有機物は焼き畑をしない常畑に投入され、多くの作物を育てる役目を担った。 こうした超長期の輪作体型は非常に効率的な土地資源の活用ばかりでなく、病害虫や連作障害にも強く、地力維持に効率的な仕組みであることが、現代の科学から明らかになっている。』・傾斜地に多い「反(そり)」地名 弓なりに反るの「反」を含む「ソリ地名」も多い。「反(そり)」は傾斜地をよく反映している。 運搬用具としての「橇」は、スキー板のように先端部が反り返っているので、「反り」が語源となったのであろうか。 「反町(そりまち)」が訛ったのか、「反松(そりまつ)」地名もある。いや、耕作放棄中に自然が復活して松が育った可能性もある。 秋田県横手市平鹿町浅舞反見(そりみ) 山形県山形市反町(そりまち) 群馬県太田市新田反町町(そりまちちょう) 栃木県真岡市反町(そりまち) 宮城県気仙沼市反松(そりまつ) 兵庫県宝塚市上佐曽利松田(そりまつだ) 宮城県大崎市古川沢田反田(そりた) 福島県二本松市反田(そりた)・数々の「ソリ地名」 「ソリ地名」漢字はまだまだある。 宮城県大崎市岩出山南沢曲田(そりた) 宮城県白石市斎川楚利田(そりだ) 宮城県栗原市高清水新剃田(そりだ) 愛知県豊田市阿蔵町曽理(そり) 石川県輪島市尊利地町(そりぢまち) 石川県白山市河内町下折(そそり) 次も「ソリ地名」と考えられる。 岩手県下閉伊郡岩泉町鼠入(そいり) 福島県伊達市保原町富沢鼠入(ねずみいり) 山梨県南巨摩郡身延町椿草里(ぞうり) 宮城県宮城郡松島町幡谷惣利田(そうりだ) 群馬県みどり市東町沢入(そうり) 福岡県春日市惣利(そうり) 静岡県賀茂郡西伊豆町大沢里(おおそうり) 地名の由来ネットに珍しいと思われる「鼠入(そいり)」の由来が載っていた。 『鼠入(そいり) 岩手県下閉伊郡岩泉町鼠入。「南部方言集」によれば、荒地のことを「ソランバタケ」という。「ソラス」は休田の意味で「ソリ」は休んでいる土地のことをいう。安家(あつか)地方では、焼畑の休耕地を「ソウリ」といい、翌春これを焼くことを「ソウリヤク」という。 地名の由来は、このことから、谷深い渓流の鼠入川中流域の当地で焼畑を荒れ地にしていたことから、「ソウリ」が変化して「ソイリ」になったと考えられている。【角川日本地名大辞典】』(参考・地名の由来ネット-「鼠」の地名) 鼠入を「ねずみいり」と本来の読みの地名もあるが、その由来が「鼠入(そいり)」と同じかは不明である。 横手のかまくらの右下に置かれた箱ぞりは子どもの乗り物だった
2017/03/15
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中田町の名桜・紅枝垂れ地蔵桜中田町に古くから伝わる「おしどり伝説」 福島県郡山市中田町赤沼に「おしどりの碑」がある。 傍らに、おしどり物語に関する説明板も立てられている。 説明版には、"小泉八雲の怪談「おしどり」のルーツは郡山の民話"と題した新聞記事と思われる資料が掲げられている。 記事によると、小泉八雲が代表作「怪談」に書いた「おしどり」のルーツとなった物語は、郡山市中田町に伝わる民話「赤沼のおしどり」だった、と記している。国学院大学の大島広志氏が、郡山市の勉強会で「八雲の『おしどり』は『赤沼のおしどり』がもとになっている。」と話し、太鼓判を押したというのである。 また、八雲の「おしどり」では、話の舞台を「むつ(陸奥)の国」としていることから、青森、岩手が舞台とする解釈があるものの、県内(福島県)の小高町、長沼町、小野町、隣県の宇都宮市などにも似た伝説があると、中田町ルーツ説を強調している。中田町赤沼のおしどり物語(おしどりの碑の説明版から)田村氏がみちのくの田村郡を支配 「陸奥国」は、当初は「道奥」(みちのおく)と呼ばれ、平安時代まで「陸奥」(みちのく)、その後は「陸奥」(むつ)と呼ばれた。 「陸奥」は時代によって範囲が多少異なるが、福島県から青森県までの沿岸部の地域を指す。 現在は「みちのく」といえば、ほぼ東北地方全体を指すようになった。 陸奥国の田村郡を支配していた戦国大名に田村氏がいる。 wikipedia-田村氏によると、 『田村郡(たむらぐん)は福島県(陸奥国・磐城国)の郡。 平安時代、桓武天皇より征夷大将軍に任命されて蝦夷討伐で活躍した坂上田村麻呂を祖とし、その子孫が代々田村郡を領してきたとされる。 鎌倉期以降、田村荘の領主は藤原仲能系と考えられている田村庄司家であった。』 古今著聞集のおしどり物語では、「田村の郷」を「ここは前形部太輔仲能朝臣の領土」と記している。 秋田県横手市大雄田村も「みちのくの田村の郷」で、「赤沼のおしどり物語」が伝わるが、古今著聞集の記述や歴史的背景から見て、郡山市中田町起源説に軍配が上がりそうである。中田町のおしどり碑と説明板猟師が殿様まで格上げ 中田町のおしどりの碑には次の碑文が刻まれている。 『1314年(正和三年)民話「赤沼のおしどり」 右馬允(うまのじょう)という武士が、赤沼のほとりでつがいのオシドリの雄を矢で射止めて帰ると、夢に美しい女が現れ、「日くるればさそいしものを赤沼の まこもがくれの一人寝ぞ憂き」と詠んで去った。 翌日、雄を射た場所を訪れてみると雌が自分のくちばしで腹を突き刺して死んでいた。武士は発狂したとも、出家したともいわれている。』 正和3年は鎌倉時代だが、古今著聞集編纂時の建長6年(1254年)から60年後である。出典に記された年と考えられるが、古今著聞集は成立後に増補がなされているので、その増補版かもしれない。 古今著聞集は猟師の馬ノ允だが、碑文は武士の右馬允で、説明版のイラストでは右馬允が殿様になっている。脚色された過程が面白い。 中田町は隣接の三春町とともに、枝垂れ桜の名桜がひしめく地である。 紅枝垂れ地蔵桜は郡山市の天然記念物に指定されている。(写真1枚目) 樹齢約400年を越し、三春の滝桜の娘といわれている。
2017/02/25
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サン・ピエトロ大聖堂を飾るミケランジェロのピエタです。 ミケランジェロの最高傑作のひとつとされている作品です。 大聖堂に入ってすぐ、右手の奥まった所に置かれていますが、ここだけは特別に防弾ガラスで囲われ、近づけないようになっています。 それだけ、大切な存在なのでしょう。 3年前にも撮影していますが、デジカメの性能が当時のものより向上しているので、クローズアップし、より優れた画質で提供できました。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ サン・ピエトロ大聖堂 インノケンティウス12世の祭壇彫刻です。 インノケンティウス12世は1691年から1700年までローマ教皇の地位にありましたが、清廉潔白で贅沢を嫌った人物として知られています。 カトリック教会の親族登用主義と聖職売買の根絶に尽力したといいます。 天秤を下げた女神像がいますが、これは「善と悪」の審判を指すもの。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ←もっと壁紙を探すなら
2011/04/03
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青森県黒石市・中野もみじ山の絢爛な夜のモミジです。 黄や赤のモミジがライトに照らされて、艶やかな色彩を放ち、幻想的な世界です。 来訪者はそれほど多くなく、画面から人を排して撮るのに、それほど苦労はいりませんでした。 ライトの数が少なく、少し暗い感じがしましたが、無料で観られるのですから無理は言えません。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ撮影地地図←もっと壁紙を探すなら
2010/11/13
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マザー牧場は房総半島きっての観光牧場です。 今、菜の花が見頃を迎えたようです。 でも桜はまだでしょうか。 この画像は昨年4月11日に撮影したものです。 その日の朝、湯河原から東京湾アクアラインを通って木更津に出て、マザー牧場に向かったのでした。 残念ながらスカッとした天気ではなく、撮影日和とはいえませんでした。 初めて訪れた牧場はあまりにも広く、どこからどう撮影したら絵になるのかポイントを見つけられないまま撮ってしまいました。 壁紙の画像としてはおそまつであることをご了承ください。 壁紙をDLするカレンダー入りの壁紙をDLする壁紙をDLするカレンダー入りの壁紙をDLする地図情報マザー牧場
2007/03/18
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八幡平御在所の紅葉です。 御在所は岩手県側で、八幡平スキー場周辺一帯を指します。 山腹は、冬には樹氷となるオオシラビソの樹林帯と笹に覆われ、その中に低木の紅葉樹林が混じる風景です。 秋田県側の山腹は落葉樹の中高木に囲まれ、山全体が紅葉するので、岩手県側とはまるで違った紅葉風景となります。 八幡平の紅葉を楽しむなら、アスピーテラインを通り、ぜひ秋田県側、岩手県側両方をご覧いただきたいものです。 天候はあまり良くないと分かっていて、岩手県側から八幡平の山頂を目指しました。 御在所は紅葉最盛期で、ナナカマドが真っ赤に色づいていて、そも間から岩手山が望めました。 この後、岩手山は厚い雲に隠れて山頂は最後まで姿を現さなかったので、運が良かったようです。 9日の撮影なので、10日近く経過した今は、御在所の紅葉樹は、もうすっかり葉を落として色を失ってしまったかもしれません。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ撮影地地図←もっと壁紙を探すなら
2010/10/18
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霧の中の草紅葉です。 霧の向こうに、落葉した大きな木があります。 木々がすっかり落葉したこの季節、野辺の草紅葉だけが鮮やかに目に入ります。 草紅葉の主役はチガヤです。 ベニチガヤといって、園芸種もあるほど。 野辺を歩いていると、真っ赤に色づいたチガヤの叢を目にすることがあります。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ←もっと壁紙を探すなら
2011/12/02
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尾瀬中田代の草紅葉の秋です。 中田代は尾瀬ヶ原の中心地ですが、この辺りは東電小屋に近く、池塘はほとんどありません。 一面に草原が広がり、山の端には白樺などの灌木が茂っています。 白樺林の白い幹が目に鮮やかです。 その向こうに聳えるのは燧ヶ岳。 青空が山を浮かび上がらせています。 御池を発つときは雨具を着用していたのに、信じられないほどの晴天です。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ 尾瀬の草原の中で目立つのは、シダ植物のヤマドリゼンマイ。 9月中旬になると黄褐色に色づいて草原を彩るのですが、訪れたのは10月中旬だったので、もう縮れて茶褐色になっています。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ撮影地地図←もっと壁紙を探すなら
2010/10/18
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晩秋の桜の木の下で見つけた、小さな紅葉樹です。(11月28日撮影) 木々は落葉し、地面は褐色の世界と思っていたら、根元で盛秋のような色彩を保っていた小木があったのです。 どんぐりの生るコナラの幼木のようにも見えますが、成木はこんなに鮮やかに紅葉はしません。 幼木だけの特徴なのでしょうか。 苔むした桜の木の下の小さな世界に、驚きを覚えたひとときでした。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLする印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ←もっと壁紙を探すなら
2009/12/11
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池塘広がる尾瀬ヶ原中田代の草紅葉です。 カエデやナナカマドが見せる鮮紅色の紅葉とは違い、草紅葉は渋い色なのですが、それがなかなかに美しいのです。 日本人が持つ、わび、さびの境地にどこか共通するものがあります。 池塘の深い青が、草紅葉を一層引き立てているように思えます。(11日撮影)壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ 尾瀬中田代の池塘に白樺を配して撮りました。 12日の撮影です。 前日午後は晴天でしたが、翌日は曇天でした。 草紅葉も白樺林も輝きはありませんが、しっとりと落ち着いた湿原風景も味わい深いものあると思います。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ撮影地地図←もっと壁紙を探すなら
2010/10/21
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奥森吉桃洞の滝上部の錦秋風景です。 桃洞の滝に刻まれたステップを伝って滝の上に出ました。 ステップには落ち葉が詰まっているので、すべると危険。 手ではらいのけながら、四つん這いになって上りました。 滝のすぐ上は、スラブ状のナメ床です。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ 滝上部の渓流をさらに進むと、階段状の小滝が次々と現れます。 遡行もそんなに難しくはありません。 周囲の紅葉は滝下よりさらに鮮やかさが増したように見えます。 滝上りを克服した爽快感を味わいながらの沢歩きでした。 さらに遡ると男滝がありますが、別の渓谷へアプローチする計画があったので、深入りせずに、ここから少し進んだところで引き返すことにしました。 滝下りは、上りより危険です。 しかも私が滝を下りるのを、下で何人もの人が注目しているではありませんか。 上りと同じように四つん這いになり、さらに慎重に一歩一歩足下を確かめて下ったのでした。 私の行為を見ていたある一人が「よしっ」と声を発して、滝上りに挑戦していきました。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ撮影地地図←もっと壁紙を探すなら
2010/11/02
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遠野・福泉寺に紅葉を求めての撮影行です。 撮影一行は10人ほどでしたが、広い境内を紅葉樹を探して歩き回るうち、結局一人になってしまいました。 みな、それぞれ思い思いの場所で撮影に勤しんでいたのでしょう。 私は、寸景として建物の一部が入り込むような構図を中心に撮ってきました。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ撮影地地図←もっと壁紙を探すなら
2010/11/09
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草紅葉の千沼ヶ原です。 奥にちょっぴり頭を出している山は岩手山。 小さな池塘が点在していて、水鏡はどこまでも青い空の色を写し込んでいます。 その青い池塘と草紅葉が織りなす光景は、神が創造した天上の楽園といえるでしょう。 千沼ヶ原の私が一番好きな季節です。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ撮影地地図 千沼ヶ原の大きな池塘の秋です。 池塘の陰から覗いている山は笊森山です。 笊森山から入ると奥にある区域にあり、千沼ヶ原では最大級の池塘といえるでしょう。 私がここを通り過ぎ、再度戻って撮影している間、若者が一人ずーっと池塘の畔に座っていました。 この天上の楽園を、独り占めする気分を味わっていたのでしょうか。 だとすれば私は、少々お邪魔虫だったようです。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ撮影地地図←もっと壁紙を探すなら
2010/10/09
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日本の滝100選の難攻滝・茶釜の滝その2です。 大きな紅葉樹はありませんが、滝の周囲も色づいています。 陽が当たらないため、滝の水は青く染まりました。 それにしても、筒を半分にして直立させた中を流れる様は、見れば見るほど不思議です。 悠久の時を刻んで水が穿ったのでしょうが、自然の力には魔力が潜んでいるとしかいいようがありません。 展望台の狭い空間で緊張して撮り、さらに緊張の連続で梯子下り、沢登りも無事にクリアして山の斜面の登山路に達したときに、やっと安堵感が湧きました。 その後2、3日は、達成感でいっぱいでした。 茶釜の滝へのルートはもうひとつあります。 それは夜明け島渓谷を遡上するルートです。 沢登りと崖登りが連続する上級者向けルートですが、挑戦してみたいという夢を持っています。 茶釜の滝挑戦レポートは今回が最終稿です。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ撮影地地図←もっと壁紙を探すなら
2010/11/01
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雨に濡れたわが家のモミジの落ち葉です。 散ってなお、紅葉の美しさを保っています。 18日に撮影したものです。 この日は雪がうっすらと積もりましたが、すぐ融けてしまいました。 俳句の季語に散紅葉(ちりもみじ)というのがあります。 私には俳句の素養がないので、名の知れた人の句を探してみました。 散紅葉鳥獣絵巻かくれなし 水原秋櫻子 神橋は人も通らす散紅葉 正岡子規壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLする印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ←もっと壁紙を探すなら
2009/11/29
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尾瀬赤田代盛秋の黄葉風景です。 赤田代は尾瀬ヶ原の北玄関に当たるところ。 御池から燧裏林道を通り、三条の滝、平滑の滝を経由してここまで辿り着いたのですが、その間のほとんどは林間を通る見通しの利かない行程でした。 ここへ達すると、やっと開けた尾瀬らしい風景に出会えます。 元湯温泉小屋付近は、さながら秋が舞い踊るような紅葉風景が展開していました。 なかでも白樺の黄葉は特に目を惹きました。 白い幹、黄金色に染まった葉、それのどこまでも深い空の青、それらが織りなす絶景は、絵画の世界を思わせるものがありました。(11日撮影)壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ撮影地地図←もっと壁紙を探すなら
2010/10/17
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秋麗わしい奥鶴間池です。 鳥海山の山腹が目の前に迫り来るようで、鶴間池とはひと味違った趣がありました。 紅葉の進み具合にも差がありました。 鶴間池の隣にもう一つの池があり、それが奥鶴間池です。 鶴間池まで達しても、そこで引き返す人がほとんどです。 せっかく初めて来たのだからと、奥鶴間池まで足を延ばすことにしました。 途中までは明瞭な踏み跡やテープの目印があったのですが、池に辿り着く頃にはどこがルートなのか判然としなくなりました。 鶴間池からは近いので、迷うことはなさそうですが、あまり人の分け入らない場所であることは確かです。(22日撮影)壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ撮影地地図←もっと壁紙を探すなら
2010/10/28
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松島・観瀾亭の紅葉夜景です。 松島は天橋立、宮島と並ぶ日本三景のひとつ。 観瀾亭は、豊富秀吉から伊達政宗が伏見桃山城の1棟を拝領して江戸藩邸に移築し、さらに忠宗が現在地に移築したという歴史ある建物です。 ここから眺める松島は絶景です。 昼、ここで松島を眺めながらおしるこを頂き、夜、円通院の紅葉ライトアップを観た後、再度寄りました。 残念ながら、観瀾亭は門を閉ざしていましたが、周囲のモミジを愛でるだけでも充分満足できました。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ撮影地地図←もっと壁紙を探すなら
2010/11/17
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朝日に透けて深紅に輝く、わが家のモミジです。 車庫の横にあって、まだ若木です。 親父が生前、大杯を接ぎ木して仮植えしていたものです。 そのまま放って置いたら、生長して綺麗な紅葉を見せるようになりました。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ アメリカハナミズキの紅葉です。 わが家の庭では目立つところにある樹です。 普段目にしているときは、さほど綺麗な紅葉には見えないのですが、陽光が射したとき、逆光に透かして見ると、鮮紅色なのです。 もう、葉は三分の一ほどしか残っていません。 来春もいい花を見せて欲しいと願っています。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ←もっと壁紙を探すなら
2010/11/18
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八幡平ふけの湯温泉付近の紅葉風景です。 9日、八幡平の紅葉はこの辺りが最盛期でした。 今はもう葉は落ち、すっかりモノトーンの世界になっているでしょう。 一足早く葉を落として裸樹となったダケカンバの下で、カエデが深紅に染まり、白と紅の対比に絵心を誘われました。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ ふけの湯温泉は、至る所で蒸気が噴出しています。 その一角に粗末な囲いの露天風呂があります。 錦秋の山肌を眺めての露天風呂もさぞかしだろうと思うのですが、ここではまだ一度も体験したことがありません。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ撮影地地図←もっと壁紙を探すなら
2010/10/19
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新潟県十日町市の美人林は美しいブナの森八郎潟町の「一日市(ひといち)」は盆踊りの町 「四日市」、「七日町」、「十日町」など、かつて定期的に市が開かれていたことから興った地名は非常に多い。 旧暦のひと月のうち、市日に刻まれた地名は果たしていくらあるか探してみた。 1日から11日まではまんべんなくあるが、それを越すと見つからない日も出てくる。 とりあえず、見つけた範囲で紹介する。 青森県八戸市櫛引一日市(ひといち) 秋田県南秋田郡八郎潟町一日市(ひといち) 山形県天童市一日町(ひといちまち) 富山県南砺市一日市(していち) 青森県八戸市朔日町(ついたちまち) 愛媛県西条市朔日市(ついたち) 秋田県横手市十文字町植田一ト市(ひといち) 「一日市」は「ひといち」が一般的だが、「市」を省略して「一日(ひといち)」や、「日」を省略して「一ト市(ひといち)」もある。 富山県南砺市の「一日市」は、なまって「していち」だ。 「朔日市(ついたち)」は、「市」の読みを省いている。 秋田県八郎潟町の「一日市(ひといち)」は、500年以上も続く一日市の盆踊で知られる。 岩手県陸前高田市気仙町二日市(ふつかいち) 岩手県紫波郡紫波町二日町(ふつかまち) 京都府舞鶴市三日市(みっかいち) 青森県八戸市三日町(みっかまち) 山梨県甲州市塩山三日市場(みっかいちば) 三重県四日市市 秋田県横手市四日町(よっかまち) 秋田県湯沢市相川四日市(よっかいち) 新潟県三条市四日町(よっかまち) 三重県の「四日市」は、高度経済成長期に四日市ぜんそくの公害問題が発生した。 山形県新庄市五日町(いつかまち) 秋田県大館市比内町中野上五日市(いつかいち) 秋田県雄勝郡羽後町六日市(むいかいち) 秋田県横手市平鹿町浅舞六日町後(むいかまちうしろ) 新潟県長岡市六日市町(むいかいちまち)増田の「七日町」は蔵の街並み 秋田県横手市増田町増田七日町(なのかまち) 秋田県横手市睦成七日市(なのかいち) 山形県山形市七日町 京都府舞鶴市七日市(なぬかいち) 岡山県井原市七日市町(なぬかいちちょう) 「七日」は、辞書によると「なぬか」が本来なのだが、現在では言いやすい「なのか」の方が市民権を得ている。 秋田県横手市増田町の「七日町(なのかまち)」は、商人が築いた町並みや内蔵が今も残されていて、「蔵の町」として知られるようになった。(参考・増田町観光協会) 毎月2・5・9のつく日に、朝市通りで朝市が開かれる。 増田の朝市は300年以上の歴史があるが、七日町なので、かつては7の付く日に市があったのかも知れない。 秋田県横手市十文字町植田八日市(ようかいち) 千葉県香取市八日市場(ようかいちば) 秋田県大仙市長野九日町(ここのかまち) 愛知県一宮市丹陽町九日市場(ここのかいちば) 熊本県人吉市九日町(ここのかまち)歴史ある増田の朝市豪雪の町・新潟県十日町市 新潟県十日町市 秋田県横手市大森町十日町(とおかまち) 新潟県十日町市十日町(とおかまちしとおかまち) 広島県三次市十日市町(とおかいちまち) 山形県山形市十日町(とうかまち) 日本有数の豪雪地帯の新潟県十日町市は、棚田やブナ林で知られる。(写真1枚目) 青森県八戸市十一日町(じゅういちにちまち) 大分県日田市十二町(おおいたけんひたしじゅうにちょう) 富山県氷見市十二町(とやまけんひみしじゅうにちょう) ここに掲げた「十二町」の由来が、市日と関係しているかどうかは、確認できていない。 青森県八戸市十三日町(じゅうさんにちまち) 広島県尾道市十四日町(とよひちょう) 青森県八戸市十六日町(じゅうろくにちまち) 青森県八戸市十八日町(じゅうはちにちまち) 「十四日(とよひ)」は、読みやすさからの転化か。 「十五日」、「十七日」、「十九日」が見当たらない。 広島県廿日市市 青森県八戸市廿三日町(にじゅうさんにちまち) 青森県八戸市廿六日町(にじゅうろくにちまち) 岩手県久慈市二十八日町(にじゅうはちにちまち)「廿九日(ひづめ)」と「日詰(ひづめ)」 石川県鹿島郡中能登町廿九日(ひづめ) 角川日本地名大辞典によると、『廿九日(ひづめ) 晦日とも書く。地名の由来は樋詰の転化と見る説と、古代の越蘇郷院内住人の馬場の蹄跡多きによる説とがあるが不詳。』などとある。 旧暦では大の月で30日、小の月で29日が月末となり、それぞれ日が詰まった日である。 「日詰」の他、「比詰」、「樋詰」、「樋爪」、「飛詰」など様々あり、いずれも「ひづめ」と読む。 秋田県男鹿市船川港比詰(ひづめ) 秋田県大館市比内町独鈷日詰(ひづめ) 岩手県紫波郡紫波町日詰(ひづめ) 富山県氷見市日詰(ひづめ) 富山県高岡市樋詰(ひづめ) 京都府向日市上植野町樋爪(ひづめ) 兵庫県川辺郡猪名川町広根飛詰(ひづめ) 石川県金沢市に「蚊爪町(かがつめまち)」があり、石川県の地名集にその由来がある。 『蚊爪(かがつめ) 「かがつめ」とは「日々詰」で、「日詰」と同じく、月末に市がたつことを意味する。』 また「樋詰(ひづめ)」は、月末の29日を「ひづめ」と呼び、定期市などを開くのが語源との説がある。(参考・名字由来net)「四十日(しとか)」と「四十物(あいもの)」 新潟県南魚沼市に「四十日(しとか)」があり、その由来は、昔、毎月4と10の日に市が開かれたことにちなむ、という。(参考・角川日本地名大辞典) 新潟県佐渡市相川に「四十物町(あいものまち)」がある。慶長年間に四十物(あいもの)商人が集まって住んだことに由来する。(参考・角川日本地名大辞典) 四十物(あいもの)とは魚の塩漬けのことで、鮮魚と干物とのあいだのものなので、「あいもの」と呼称するようになった。それが四十種に及ぶことから「四十物」という表記になったと言われる。(参考・ニコニコ大百科-四十物)
2017/03/07
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わが家の梅の花が満開です。陽当たりが良くないので、毎年近所のソメイヨシノと一緒に見ごろを迎えます。 冬に剪定をしなかったので、枝が伸び放題です。その分、梅がたくさん収穫できるかも。
2020/04/20
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横手市大森公園の紅葉です。ねらいは竹林からの紅葉風景でしたが、竹林の手入れが悪く、いい写真は撮れませんでした。
2021/11/06
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1-2月のわが家オリジナルカレンダーに使用した画像をデスクトップ壁紙にしてみました。気に入ったらどうぞ、ご自由にDLしてお使いください。
2022/01/03
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花盛りのギボウシが、黄葉しています。 なかなかに綺麗なので、鉢を庭に出して撮影しました。 庭にはモミジの落ち葉が散り敷かれています。 それをバックにしようと思ったからです。 よじれた細い葉が直立する、変わりもののギボウシです。 コガラシという小型の品種です。 木枯らしの吹く季節に咲くから、その名が付いたのでしょう。 2年程前に通販で入手したものですが、今年、初めて花を見せてくれました。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ 紅葉の葉が一枚、はらりと舞い落ちて、なんと撮影中のギボウシに刺さりました。 それがまた、ほどよいアクセントになりました。 全くもって、予期しない出来事です。 誓っていいいますが、私の演出ではありません。 演出者はモミジなのです。壁紙をDLする カレンダー入りの壁紙をDLするこの写真入りで印刷用のカレンダーを作成する 2Lサイズ A4サイズ←もっと壁紙を探すなら
2011/11/30
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