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2014.01.17
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カテゴリ: カテゴリ未分類
戦後30年近くフイリピンのルパング島で上官からの命令を守りゲリラ活動をして


享年91歳でした。

小野田さんが投降する1年前グアム島で元日本兵生き残り横井庄一さんが「恥ずかしながら・・」
と云って投降した事件がありました。
日本兵として絶対降伏する様な屈辱はをするなと叩き込まれ其れを生真面目に守りグアムの
ジャングルの中で戦後28年生き延びてきました。

小野田氏は諜報教育機関である陸軍中野学校の分校で野戦を叩き込まれた陸軍少尉でした。
さしずめ日本版「ランボー」と云う処です。


終戦となって上官はあっさり日本に引き揚げたが小野田氏には終戦の通知がありませんでした。

小野田氏は命令を忠実に守り僅かばかりの部下とゲリラ戦を30年近く続けフイリッピン警官
や在比米兵等30名余を犠牲にしています。

相当大胆にゲリラ戦を続けたものと感心しますね。

その内部下の一人が捉まり3人の日本兵がゲリラ戦を行っている事がわかり地元の民兵等から
攻撃が激しくなってとうとう29年目で投降し捉まりました。

この事は世界中にオドロキの衝撃を与えました。

帰国後半年で若い新妻とブラジル移住を行い、ブラジルで牧場経営を行った。
成功し財をなしたとか。

その後小野田氏はその後の日本を心配しブラジルと日本を往復し講演活動を続けて来た。

大変波乱万丈の人生でしたが、それもとうとう終わりました。









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Last updated  2014.01.17 16:45:45


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