わたしの金光教の信心道

わたしの金光教の信心道

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

カメ信心

カメ信心

Calendar

Comments

くーる31 @ 相互リンク 突然のコメント、失礼いたします。 私は…
カメ信心 @ Re:読ませて頂きました!(11/29) 金光さま一心さん >私の感ずるところな…
金光さま一心 @ ↑ お詫びいたします。 >カメ信心の書かれておられるところ・・…
金光さま一心 @ 読ませて頂きました! 「うん、うん」とうなずけるところもあり…
カメ信心 @ Re:Re[1]:縦横無尽・融通無碍・変化(へんげ)・・・(09/10) 金光様一心さん >十人十色で、十人十色…

Freepage List

2010.09.07
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
皆さん、今日は。金光教の信心について、思うところを話してみたいと思います。

最近になって、先生から信心について何か書くように言われまして、またこうしてテープに吹き込むようにいわれまして、
これも信心の稽古をさせて頂くと言う事で、初めての挑戦でどうなりますか分かりませんが、お聞きください。

子供のころから母に連れられて金光教の教会へ参っていましたので、ご縁があったと思いますが、信心については
ただ有難いものとして、神信心をしていましたが、金光様の教えを頂いて信心の道の稽古を積み重ねて行くうちに
自己確立というお陰を頂けるようになりました。

誰でも信心すれば神になれると言う金光様の教えがどういう事であるのか訳が分からないのですが、自己を確立して
その訳を悟らせて頂く事が出来たように思います。



自己確立とは、自分とは何であるか、その答えが確立される話であります。
何事もなく平穏無事に生きていられる間は、自分とは何かを問うようなことは無くて、欲望のままに生きていますが、
人生いろいろ山あり谷あり、難儀になって氏子が苦しんで、教会へお参りしてお結界で先生に御取次頂いて難儀な
氏子が親神様に救われ幸せに暮らせるようになります。

何事も御取次頂いて神様に救われるのが信心の道なんだと聞きます。
一心に願え、お陰は我が心にあり。
日参すればそれだけお徳が積まれる。
神様に生かされているのであるから、一生信心の稽古を重ねて信心を広めていく働きが求められています。

そう言う事で有難い信心、神様に感謝する生き方を実践して来ますが、なかなか一心になる事が出来なくて、救われても
救われても、また難儀になり御取次を頂いて迷い心が改まる信心であります。
また宗教についても、いろいろ問題があり、人間にとっては精神的な問題は厄介なもので、世界の人間の生きる姿も


地球環境破壊、人口問題、自然の生き物たちの共存、そして人生の真の目的が分からない。
信心についても、訳が分からないまま、信心の道を進ませて頂いていると言う事かと思います。

そこで一体何がどうなっているのだろうかと思うようになり、四苦八苦している自分とは何であるかを求めて見ました。
自分は人間なんだと思って生きています。
その人間が信心して神になれると金光様が説かれています。


しかし信じない人にとっては、教えは絵に描いた餅でしかない。
この有難い信心の教えが自分にとっては大切な思いでありますが、人間の世界では問題を投げかけているものもあります。
宗派が違って神仏に対する理解のあり方が人それぞれ違います。
金光教の信者が仏教を信じる理由はありません。
難儀を救って頂く御取次の信心の道は、他の宗派にはありません。

反対に他の宗派の信者さんたちが金光教の信心をする理由が無いと言えます。
しかし世界の人間が平和になるには、世界の人間の心が一つにならなければその願いは達成される事はない。
思想的な宗教団体が一つにまとまる筋道は多分無いと思います。
では宗教って一体何でしょうかと言う疑問が生まれてきます。

自分にとって有難い宗教の教えが、人間の世界では難儀な厄介な問題を投げかけています。
沢山の問題が蓄積して、人間の頭では分からない事ばかり、そこで金光様の教えを信じて信心の道の稽古をする事で
この世の道理に適う信心を求めて見ました。
信心とは日に日に生きるが信心だと説かれています。

毎日生きて生活する事全てが信心の対象なんだ。
神と人とはあいよかけよの関係なんだ、人間は神に生かされて生きている。
神様を否定して信心は成り立たない。
神様の存在を信じると言う事が信心であり、何事も神様に御取次頂いて分からない事を教えてもらう、そう言う御取次の
信心をさせて頂いて、毎日朝晩我が家の神前でご祈念を重ねて、我が心の中で金光様に御取次を願って信心をさせ
て頂きました。

御取次は、教会のお結界で成されるものでありますが、日に日に生きるが信心だと言う事でありますから、毎日の生活の
筋道の中に御取次を頂く事を考えて、教会へは日参できる環境では無いので、月一の御礼参りをさせて頂いて、我が家
で我が心の神に御取次を願い、一心となれる信心を求め続けてきました。

その心にいろいろな思いが浮かんで来るようになり、自分とは肉体的なものではなくて、精神的なモノなんだと言う思いが浮
かんできました。
人間は見た目で判断しますから、自分とは人間の姿だと思っていますが、信心の稽古を重ねて行くと心眼が開くようになり、肉眼

では見えないモノが心で観えるようになります。
そこに見えてきたのが自分の存在でありました。

自分は人間だと思っていた事が、勘違いであったと思います。
自分の肉体は人間の両親から生まれてくるものです。
その肉体を親神様が授けて下さると説かれています。
神の氏子が肉体を授かって、この世へ人間として生まれて生きるようになる。

この世の道理を観てそれに合う信心をするように説かれています。
他のモノが生かされている姿を観て、その物の道理を悟り、自分もその物たちと同じように生きれば、道理は適えられる。
何年か前に、あいよかけよ誌に、自動車の例えを投稿して採用して頂いた事がありますが、車体の中に隠れて見えない
運転手のような存在が、肉体の中に隠れて見えない自分の存在なんだと言う事です。

自分の思いの中では、自分しかいません。
肉体が無くなっても、自分はいます。
つまり手足が大けがで無くなっても、自分は何も変わらず存在しています。
臓器移植で肉体が他の人の肉体と取り換えられる。
そこに物の道理があります。

機械の部品のように、壊れた部品が取り換えられて元の生き方が出来るようになる。
病気して怪我をして苦しんでいる自分がいます。
健康になって喜んでいる自分がいます。

車体が故障して運転できなくて困っている運転手、正常に走れるようになって喜んでいる運転手、車体と運転手は同一の
ものではなくて、人と車が一体となって走っているのが自動車の姿です。
自動車の世界では道が無いと運転する事が出来ません。
車体があっても道が観えていなければ正しく運転する事が出来ません。

その道で自動車は毎日走っています。
走らない自動車は、道のお役には立てない。
そして車体は運転手に生かされて生きています。

このように自動車の世界のモノの道理を悟らせて頂けば、人間の生き方が分かるようになります。

自分とは自動車の姿ではなくて、毎日走っているその姿の中の運転手なんだと言う事です。
今までは、人間だと思っていたので、生きる道理が分からなかった。
神に生かされて生きていると聞かされても、都合良く生きようとしてしまいます。
思うように生きたいと思っても、人間は自分勝手に思うように自由に生きる事が出来ません。

毎日自然の恵みを頂いて、他の生き物たちのように自然に生かされて生きれば道理が適う。
道理に適う信心をするように説かれています。
このように自己を確立した私の心にさまざまな思いが浮かんで来るようになり、金光様の道理に適う信心が有難くなり心から
感謝できるようになりました。

信心の話は、物や金ではない、心なんだと言われています。
子は親の愛情が無いとまともに育たないと言われます。
宗教も精神論に偏った教えが多く観られます。

そんな中で、金光様はこの世の道理に適う信心をするように説かれています。
そして信心すれば誰でも神になれると説かれています。
人一人助ければ一人の神となる。
神は我が心の親である。
私達は神の氏子なんだ。
神思う心に神は生まれる。
我思う心に我は在り。

信心に連れはいらない。
信心は自ら練りだす事も必要なんだ。

難儀な氏子が救われて、信心の有難い話を聞き、日に日に生きて生きる稽古を積み重ねて、信心を完成させていく事が
道理、つまり筋道の通る話と成ります。
信心すれば、心眼が開いて肉体の中に隠れて観えない心の世界が見えるようになり、そこに神も自分も存在している事を
知ります。

神は姿もなく声もないので、人間の頭では理解する事が難しくなります。
自分が人間なんだと思っていたら、心の目は開かないでしょう。
我情我欲を捨て、無我と成れ。
仏教では悟りを開いて仏になれと説かれています。

神になる、仏になるとはどういう事であるのか。
自己が確立されると、その訳が分かります。
自分は肉体の姿ではなくて、肉体の中に隠れて観えない精神的な存在なんだ。
物で無いものが精神であり、その精神的なモノが自分なんだ。

そう言う思いで、私は自分とは人間を生かしている精神、それは人間の運転手なんだと言う事を認識したのです。
私達は神の氏子だと説かれています。
神の氏子は姿が無い精神であります。
分け御霊の教えは、肉体に宿る運転手だと思います。

死んで御霊として祭られる話も、信心して神になればその訳が分かる。
自動車は寿命が尽きて死んでも、運転手は死にません。
新しい車体に乗って再び交通の世界へ蘇ります。

第二部へ続く






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2010.09.07 21:05:46
コメント(4) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: