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2010.05.16
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 青雲寮のあった新琴似は、当時はまだ、住宅開発の途中で、道路も宅地も商店も、すべて中途半端だった。私も同じく中途半端だったが、予備校だけは真面目に通っていた。当時、地下鉄は24条までしか来ていなかったので、そこまでは、自転車かバス、地下鉄で札幌駅で降り歩いて予備校へ。途中で、憧れの北大構内を通ったりもした。北大通りに「青猫」とかいう喫茶店があり、そこで、COMの別冊の手塚作品「地球を呑む」なんかを読みふけった。24条では友人のバイトしている居酒屋へ行ったり、ATG(わかりますか?)映画の専門館に通ったりもした。大学生よりも大学生らしい生活だった。
 予備校の授業では、ためになったのは生物だけで、あとは大して身につかなかった。なにしろ、「一浪当然」という時代だったので、教室はあふれんばかりの学生。今はどうか知らないが、よっぽどの覚悟がないと、浪人は成功しないと、後から思った。
 寮生の大部分は、1年で晴れて大学生になろうと必死だったが、中にはすでに3浪目とか、5年計画で医者になろうと計画している者もいた。不安の中での集団生活で、喧嘩もあったが、それなりに楽しい寮生活だった。





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最終更新日  2010.05.16 22:04:27
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