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2019.02.23
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「東洋の魔女」が金メダルを取った1964年の東京オリンピックで、男子が銅メダルだったことを、私を含めほとんどの国民が知らないだろう。女房の叔父、つまりは私の義理の叔父は、そのメンバーだった。著書「バレーボールに明け暮れて」の中で、自分とバレーボールのかかわりについて語っている。叔父がバレーボールを始めたきっかけには、仲の良かった、すぐ上の姉がバレーボール部だったこともあったようだ。この姉というのが、女房の母、つまりは私の義母である。義母はその当時の女性としては、背が高かった。当然のように、その娘の女房も、その二人の子供もバレーボールをやることになったが、背は私の側のためか、高くはなかった。それでも、女房はともかく、二人の子供、つまり私の長男長女なのだが、親バカながら、なかなかいい選手だった。娘が、どうしても勝てなかった聖霊中学・高校のエース、一学年下の江畑幸子選手が叔父が総監督だった日立リヴァーレの所属だったのも、なんだか縁を感じてしまう。ちなみに、娘は、今も長男(私の孫)を連れでバレーボールを頑張っている。





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最終更新日  2019.02.23 22:36:34
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Re:不思議な縁 その2(02/23)  
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