経堂界隈

経堂界隈

December 10, 2006
XML
カテゴリ: City - People - Living
暫く前に、大学で教えている知人の招きで、社会人対象の講座を聴講する学生諸君としゃべる機会を得た。少人数でゼミ形式の授業なのだが、「インターネットは街をどう変えてきたか」という設問に対する学生の答えに、昨今の経済動向が頭を過った。
曰く「街が個性化してきた。」
???!
自分は、ここ何十年間か、街は一貫して没個性化の途を歩み続けてきたと思っている。
別に古いものが良いとは思わぬが、跡継ぎの居ない商店街は、軒並み賃貸に走り、そこそこの街にはチェーンオペレーションの店ばかりが並ぶ、どこに行っても同じものの繰り返しばかりになってきたと思っていた。それが、「個性化」してきたとはどういうことか?

彼らがここで言う「街」とは、秋葉原、恵比寿、中目黒、六本木、吉祥寺、中華街、関内といった
”city in the city” =「東京、大阪、横浜、名古屋など、大都市の中に内包される、ターミナル駅その他の機能
のことであって、札幌、横浜、松本、金沢、京都というような行政単位的な都市のことではない。

東京の学校でのお話しであるから、これらはさしずめ、

東海でいえば、大津通、本山、おはらい町
といったイメージ

「インターネットの発達、携帯もそうですけど、同じテイストを持つ仲間の間の連絡がものすごくとりやすくなった。そうすると、連絡のスピードが速いから、こういう趣味の連中とはこの街へ、っていう棲み分けが出来やすくなる。
ある街の特定の店に、そういう連中が集まるってことが始まると、あっという間に周りもそうなっていく。気がついたら、街全体の色が決まっていた…みたいな。」

そういう形で、街は急速に「個性化」してきたわけだ。

「(インターネットでは)わざわざ会うために出かけなくとも、コスト安く、毎日コミュニケーションできる。だから、2年間会ってなくても、お互いのことを何でも知っている親友ということが成立する。
共通の友人がどうした、家族がどうだ、ペットがどうした、どこへ行って、何がどうだった…そういう連中が、久しぶりに、或いは、もしかしたら、初めて、さあ実際に会おうとなると、これは、***の2階で、とはならないわけですよ。特別の機会なんだから。」

「人と会うことは特別な機会」とは、自分にとって非常に新鮮に感じる表現だ。
団塊からポスト団塊、私たちの世代は街で過ごすとは、「なんとなく時間つぶしに友達とだべって」だと思い込んでいた。しかし、彼ら団塊ジュニア以下の世代はそれほど暇じゃない。友達とのコミュニケーションでも、お買い物でも、インターネットで手間・暇・コストをかけずにやれることは、さっさとそちらで終わらせて、本当に自分に大事なことのために時間を使う。

彼らにとって、「会うということ」は、そういう中で、
「わざわざ時間をとって」プラス

「店の飲食代までかけて」
という特別な行為なのだ。
会うために使う場所も、会う仲間の間に何か共通して趣味の合うところでなければならない。

自分は、都市とはコミュニケーションにかかるコスト(時間も含め)を最小にするべく人間が集まった機能であると理解し、信じてきた。
しかし、インターネットは、都市の概念を根底から変えようとしている。

しかし、E-mail、CHATそしてSNS...
単位時間内にやりとりできる情報量が圧倒的に違う。
自分の日常でも、実際に人と会うより、Displayの前に座ってやりとりする情報量のほうが多い。
その意味で、都市=街は、物理的な存在からコンピューターネットワークの中のヴァーチャルな世界に足場を移したといえるのかもしれぬ。

気がつくと、昔と異なり、会社社内の連中と飲み食いすることが少なくなった。
自分だけでなく、周りも、中よりは、外の人たちと飲む機会のほうが多そう。
日本の組織は、仕事とか技術を覚えるというより、その集団独自のプロトコルの習得に時間を要するところだったような気がする。集団独自のプロトコルを維持し継承していくために、人々は、就業時間の範囲を超えても、群れ、同じ臭いを共有し合っていることを毎日のように確認した。
インターネットは、そのような手続きを不要にして、自分の組織内はもちろん、電話交換も何も通さず、コミュニケーションしたい相手の目の前に、自分のメッセージを運んでくれる。
それぞれの組織の書式、コミュニケーション手法が、ストレートに相手の目に触れ、否応なしにプロトコルはすざまじい勢いで平準化されていった。

群れてプロトコルの共有を確認することが不要になり、人と会うことが特別な機会になった社会では、従来型コミュニケーションの場であった、喫茶店、酒場、飲み屋などの在り方は著しく変化してきている。
Starbucksとドトールコーヒーが喫茶店を駆逐したのではない。
コミュニケーションのあり方が変わったことによっても、店のあり方が変わってきているのだ。

***

「なんで、街の名前として秋葉原、恵比寿、中目黒あたりが挙がるのに、銀座、新宿とか六本木、渋谷とかとはならないの?」
「大きすぎて、特徴がないんですよ」

あと何年かすると、街のあり方も根本から変わることになりそうだ。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  December 10, 2006 10:44:03 PM
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Archives

May , 2026
April , 2026
March , 2026
February , 2026
January , 2026

Calendar

Keyword Search

▼キーワード検索

Favorite Blog

まだ登録されていません

Comments

背番号のないエースG @ Re:関東大震災(09/02) 「福田村事件」に、上記の内容について記…
桜上水二丁目現住人@ Re:東保園はどうなる?(01/23) 激しく同意します! この辺り、公園と呼べ…
坂東太郎9422 @ ノーベル賞(10/09) 「株式会社Caloria代表取締役社長 管理栄…
ドイツ@ Re:軍歌、労働歌、国歌の変遷に見る民衆扇動(02/25) 日本は戦前も戦後も「日本国」であって国…
正かな復興を!@ Re:日本国憲法雑感(05/03) 違ひます。日本國憲法は正漢字正假名遣を…

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: