経堂界隈

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April 9, 2010
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カテゴリ: 歳時記
ソウル発31日聯合ニュースはいかのように伝えた

日本の文部科学省が30日までに、独島(日本名:竹島)を日本領土と表記・記述した小学5年生の社会科教科書5種の検定を通過させたことを受け、インターネット上で外交活動を行う民間団体「VANK」が積極的な対応に乗り出す方針を固めた。
朴起台(パク・キテ)代表は31日、これ以上無対応で通すより、日本の小学生を対象に大々的な国際交流と独島PR活動を進めると明らかにした。
VANKはまず、韓国では韓国史が選択科目となっており、韓国の子どもが国際社会での独島広報能力を身につける場所が不足しているとの判断から、独島を守る1万人の「子どもサイバー外交官」養成に取り組む。
朴代表によると、VANKは「子どもサイバー外交官」を養成するウェブサイトの構築と冊子の発行を通じ、これまで2000人の会員に独島や韓国を広報する方法を教えてきたという。20年後には国際社会で独島に関する外交と広報を堂々と行えるよう、子ども外交官の養成に尽力する考えだ。
また、独島が正しく表記された北東アジアの地図を製作し、日本の全小学校に寄贈する運動と併せ、韓日小学校間のオンライン姉妹縁組仲介サイトを5月までに構築する計画も立てた。日本の小学校教師と世界の教師に向けた学習サイトの開発にも取り組む。
このほか、スマートフォン(高機能携帯電話)が絶対的な影響力を発揮する20年後をにらみ、スマートフォンに表示される韓国の正しい情報を効果的にアピールする努力も続ける。

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朝鮮半島を日本の植民地であったと言い放つことは、当事者であるところの日本、韓国、北朝鮮それぞれに、複雑な感触があるやに感じる。

しかし、世界史の大きな流れからすれば、1910年から1945年にかけての朝鮮半島は、日本の植民地として把握することが自然である。

植民地が支配から脱するに、独立運動、独立戦争を伴うこと稀ではない。
少なくとも、長短の違いはあれど、
被支配側が独立を模索する過程で、支配側と被支配側に、ある程度の期間、対立乃至は緊張が存在し、その中から独立が果たされていくことが通常。それが独立運動である。
「支配側の権益が次第に失われ、やがてそれが消滅、独立に至る」独立運動の過程で、被支配側の支配側に対するressentimentは、次第に変質、被支配からの脱却というkatharsisに昇華し、それが独立の実現において最高潮に達するのであろう。

ところが、日韓(北朝鮮も同じところからスタートしてはいるが、日韓という表現はあっても日鮮という言葉を聞かないことからも、少なくとも日本において、北朝鮮との相互関係という意識は成立していない)についていえば、このことはあてはまらない。

韓の側からすれば、
こぶしを振り上げるもなにも、ファイティングポーズをとる前に、憎むべき相手が、文字通りある日突然消え去ってしまった。
国家、民族の分断の悲劇を、憎むべき?不当支配「日帝」のしわざと言いたいところだが、そこに日本国の意思が介在しなかったことは明らか。「解放者」たる米ソ(中)が、分断を作り出したのであるから、いたたまれない。
日本のいわば、再独立であるサンフランシスコ平和条約において、韓国は条約締結の当事国ではない。これも日本でなく、米英の意思による。
米英においては、韓国は日本と戦争状態になかったとして、第二次世界大戦における対日勝利者の資格たる条約への署名を、韓国には与えなかったのである。

国家、民族分断の悲哀の極致、朝鮮戦争が停戦となり、その後に登場した日本は、既に、かつての憎むべき「日帝」の後継ではなく、米国と並ぶ(米国に次ぐ)かけがえのない同盟国、欠くことのできない貿易相手国となっていた。
あまつことさえ、その日本における親韓勢力のみが、かろうじてかつての「日帝」後継者残滓勢力であった。
唯一かろうじて、韓国側が「日帝」の実態として捉え得たであろう天皇陛下も、既に代がお移りになられ20年以上が経過、もはや韓国としてもいまさらの感じが前面に出てくる。

独立を象徴する人物、事件、建物もほぼ皆無。
伊藤博文をハルビン駅頭に暗殺した安重根にしても、暗殺の場所ハルビンは日韓国内でなく、伊藤その人も韓国初代統監であれども、併合慎重派であって、彼の暗殺により、むしろ併合が早まり、日本の併合推進勢力に利を与えたとなると、意識高揚の意味はともかく、少なくとも日本側から見る限りは、お門違いの感を免れない。


日帝韓国支配の実態が、果たして、それほど稚拙なものであったのか?
それゆえ、韓国国民の感情に、抜き難い反日、日本不信が植わったものか?
僕は、韓国の対日感情源流に、秀吉による朝鮮出兵(壬申倭乱)以来の反日、対日恐怖があり、それが、征韓論、日清日露戦役を経て、韓国併合から「日帝」による植民地支配の過程で、熟成乃至増幅されつつあるところ、突如1945年8月15日をもって、その感情の行き場が失われたと観る。
独立の達成感がないのである。
ナショナリズムの形成が未成熟な中で、突如として不当な?支配者による枠組みが失われたことにより、本来、その支配者に向かうべき感情も、本来あり得たはずの方向が失われ、そのはけ口として、わずかに支配の残滓を感じるところの、独島(竹島)、教科書の記述、従軍慰安婦といった、ある意味、旧支配側の日本国および日本国民一般として、当惑を禁じ得ない事柄に、感情が奔流のように流れ込み、時として、驚くほどの反応に拡大する。
反日意識を濃厚に表面に出してきた北朝鮮はともかく
韓国における、熟成と達成感なき反日感情、独立は、
竹島、教科書といった、むしろ末節、かつ、日本側を当惑させるだけ、至って健全な両国関係に刺さる棘のような部分に集中しているのである。
僕は、これらのことに、竹島は日本固有の領土、日本の教科書表記に韓国が指摘する如き不当性は存在せず、従軍慰安婦強制拉致への軍組織の関与はなかったと声高に主張する勢力があることが、唯一かのお国にとってこぶしの持って行きようとなる皮肉な情景をそこに見る。

これらのことを声高に主張する勢力の間違いは、日本国政府の寛容な姿勢が、さらにかの国におけるそのような感情を助長し、さらなる禍を将来にもたらすと危惧するところにある。
かのお国の国民感情は、論理的な成立過程を経て出てきたものでない以上、それに論理をもって反駁するは、意味をもたない。もし論理をもって感情を論破し得たとして、感情は納得するものではあり得ず、さらに私たちを当惑させる事態に至る可能性のほうが大きいのである。

ましてや、かのお国は1993年まで軍事政権の支配下にあり、日韓関係について自由な研究、議論の積み重ねは、僅か17年の歴史しかない。
かの国は、過去多くの文物、文化、技術を我が国にもたらした恩人である。
恩人が高ぶる感情にあるとき、私たちは、恩人の感情が平静を取り戻していくことに信頼し、辛抱強く、地道にお待ちすることに徹するべきであろう。
秀吉以来400年かけて作られてきた反日感情を解きほぐすには、それなりの時間をかけねばなるまい。
日韓両国の健全な関係は、時間をかけて熟成させていくことのみにより未来へとつながっていくのである。





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Last updated  April 9, 2010 03:45:23 PM
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