経堂界隈

経堂界隈

May 24, 2010
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カテゴリ: 経堂町小史
考えてみると、自分は、日本人の反戦意識(そういうものがあるならばだが)に相当に不信感をもっている。
運動を記憶する中で、反戦=反米、反自民、反国家、反天皇制など立場の違いはともかく、語り継がれてきた戦争体験、反戦の意思表明など、ひとつひとつの殆どは、その通りと思う。
しかし、全体を眺望するに、名状し難いリアリティの欠如を感じるのだ。
これで、日本人が戦争をしない、戦争をしない国をつくれる、世界から戦争をなくすべく世界んの人たちの共感を得る、といったことができるとは思えないのだ。

その大きな理由は、語られてきた戦争の記憶のほぼすべてが、戦争に巻き込まれた偶発的立場、被害者的立場に自分を置くもので、戦争への積極参画、加担、尻馬に乗った、そういう立場からの反省に立脚、反省し、或いは、何故戦争が発生したかを突き詰めたものでないと感じるからである。

「そういった連中の発言がないのは、反省していないから」
「軍人は乱暴ばかりで、考えることをしない」
「戦争した連中に政治を任せれば、また戦争を起こす」
「だから、日本は二度と軍隊を持たない。持たなければ戦争は起こらない」


父を含めて、戦争に参画した人々の多くに反省、非戦の意思がないわけではない。
彼らの一部には、戦争を賛美し、その時代への回帰を目指すが如き連中も居る。
しかし、彼らの多くが反省の弁、非戦の言葉を、一切口にしないが如き、思いの複雑さこそが、従来語られてきた「被害者意識に立脚した反戦、非戦」には観ることのないリアリティが含まれている。

なぜ彼らが非戦を語らぬか、それは自分のためではない。
青春の時代に、信じて自分を捧げた戦争に国家が敗れ、戦場では思いを同じくする仲間、故郷では親族を失った。
信じるに足りぬ浅薄な勢いに乗り、自分を捧げた愚かさを嘆くは簡単
しかし、
仲間と自分たちが共有したものが、まったく無価値、無駄とは思わない
彼らの死を犬死と言うが如き、戦ったことも無い連中の尻馬に乗り、彼らを貶めることを潔しとはすまい
いろいろな思いが、彼らの口を閉ざし、反省の言葉を聞くことなく、私たちは過ごしてきた。
彼らを彼岸において、我々は当事者、加害者でないという論理は、日本国内のみにしか通用しない。


「物事の本質を冷静に考えないで、いちゃもんやいいがかりをつける。批評や批判精神を欠いている点である。ものごとを客観的に捉えて、きちんとした批評をするということができないという欠点がある。市民意識の欠如である。これが今でも巣くっている。この欠点を正さない限り、またわれわれは戦争を起こすに違いない。」
と指摘されていた。
その通りと思う。

25日未明は、東京山手空襲から65年。





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Last updated  May 24, 2010 08:02:05 PM
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