経堂界隈

経堂界隈

January 31, 2012
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カテゴリ: 歳時記
日曜日に経堂の「生活クラブ」で映画「夏休みの宿題は終わらない」の上映会
そのせいか、今週は風邪。寝込んでしまった。

上映会に出かけたのは、知人が脱原発運動をやっていて、その関係なのだが、困惑させられたのは、原発推進もそうなのだが、脱原発を唱える人たちも全く同じく日本人そのものだと、改めて実感させられたこと。
これでは、原発推進(継続)、脱原発、いづれを選んでも、大変なことになる。
片方に原発村が、他方には反原発村があり
原発安全神話に対しては、脱原発安全神話がある。
どちらも安全ということはない。

映画上映のあと、製作者の倉岡さんの挨拶があり、そのあと、原子力資料情報室の伴さんの講演があった。
講演の中で、伴さんは、「政府が(原発について)良いことばかり言うので、我々は悪いことを中心に取り上げている」ということをおっしゃっていて、そのことからは、脱原発にも問題はあるのだという認識はおありと信じたいのだが...


「原発が全部止まれば、電気代は一家庭あたり1000円あがるという人も居ますけれど、そんなことはありませんよ」との発言。
それは違う。脱原発を言うならば、
せめて「一家庭あたり1000円上がったとしても、脱原発のためには当面耐えなければならない」
であって、本来は、
「脱原発を達成していくためには、我々の生活を変えて行かねばならない」のはずと思う。

原発推進に際して、僕らは、核燃料廃棄物処理その他の諸問題をどうにかなるだろうと見切り発車し、そのことを、脱原発を主張する人々は厳しく指摘してきた。
そして、その問題は、いまだに解決したとは言えない。
しかし、一方で、脱原発を言う人たちが、どこまで、脱原発に伴う諸問題を真剣に捉え、考えているか、は、今ひとつ判然としなかったが、「一家庭あたり1000円上がるなどいうことはありませんよ」には愕然とさせられた。
確かに、今年は、そうかもしれない。
だが、脱原発することは、原発の無い状態が、今年だけでなく、これからずっと続くということである。

脱原発に伴う代替エネルギーをいづれに求めるか?


脱原発とは、「代替エネルギーが長期かつ安定的に調達できなくとも、脱原発を不退転に実施する」という意味だと理解してきた。
それが、「1000円もあがりませんよ」では困る。

昨2011年日本の貿易収支は31年ぶりに2兆5千億円の赤字となったことが発表された。
輸出不振と、代替エネルギー調達コストの増加がおもな原因という。
貿易収支が赤字でも、基礎収支が黒字ならば、国内から資金が流出はしていないが、昨年はどうも基礎収支も赤字に転じたのではないか。

エネルギーコストは、今後明らかに上昇傾向であろう。
当面にはイラン問題があるが、それが一過性だっとして、国内需要の増加により中長期的にインドネシアが石油輸出を停止するなど、資源確保は難しさを増す。

太陽光、風力発電に期待するところ大であるが、それらは未知数である。
誰かが、やるだろうと思っているのだろうが、
それは、なんとかなると思って、真珠湾攻撃を敢行した太平洋戦争と一緒ではなかろうか。
不確実なものに期待するのであるから、いざとなったときのことを想定しておくのは、必須である。
原発に、賛成、反対ということとは無関係に、
そういうことをとことん突き詰めずに気分で物事を進める危ない風潮が我々の中にあることを、我々は肝に銘じておかねばならない。
これが、我々が昭和の戦争、平成の原発事故という惨禍に至った根底にあることを忘れてはならない。
原発にいったん事故あらば、いかなる事態に立ち至るか、それを、昨年3月のとき、責任ある立場にあった人たちがどれほど、自覚していたか。そのことに鑑みて、脱原発が次の災厄につながらないためには、我々が脱原発に伴って何が起こるかをどれだけ覚悟できるかにかかっている。
脱原発=安全ではない
脱原発しても、我々は使用済み(使用前、使用中も)核燃料をいかに貯蔵するか、からは逃れ得ない。
そのコストはどれほどにのぼるのか。
どれほどの時間がかかるのか。
人材は確保できるのか。
安全は確保できるのか。
誰がコストを負担するのか。
代替エネルギーはいづれに求めるのか
安定確保できない場合は、どうなるのか。

原発推進(継続)に求められると同様に、脱原発にも説明責任が伴う。

原発やむなしと思う自分の気持ちとは別に、
脱原発、原発推進、いづれも苦渋の道であり、正解は無い。
いづれか選んだ道を正解にしていくのは、我々の覚悟と不断の努力である。
想像力なくして覚悟もない。
我々は真剣に、それぞれの道の先になにがあるか、調べ、想像し、考えねばならぬ。
1941年12月8日の戦果に熱狂した私たち。その同じ私たちが1945年8月15日を境に、かつての自分たち自身の身代わりに軍を罵倒した。
今日原発を蛇蝎のごとく嫌悪し脱原発に奔走する人々が、エネルギー危機に直面し、脱原発を罵倒するようになってはいけない。

脱原発か否か
結論は、あまり先伸ばしできまい

早く旗幟鮮明にせねば、どっちつかずで、成り行きで、選択の余地のないところに追い込まれる。
これが一番危険なのだ。
そういう思いで、東京原発都民投票に署名した。
大阪は既に住民投票実施に必要な投票数を達成したが、
東京は昨日現在で21万の必要数に対し、あと5万必要。

「どうにかなる」が一番危険だ。
やるなら真剣に。





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Last updated  February 3, 2012 08:16:27 AM
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