
今年も田植えが始まったと思ったら、去年観察していた田圃の田植えがもう済んでいた。田植え機でやるのでおそらく数時間もかからないのではないだろうか。その現場を見るまでもなく、あれもう終わったのか、という感じだ。この稲がまた青々と茂り出す頃、またあの脳天を焼く猛暑が来る。福岡市の降水量は少ないようだ。市内に大きな河川がないので、すぐに渇水になる。海水の淡水化計画が進められ、海の中道には大型の淡水化センターもできている。隣接した地方都市から、それこそ毎年他県の河川の水も分けてもらっている。
・田植えが始まると、何となく、ほっとするというか、また田圃に緑が戻ってくるという感慨があるのは私だけではあるまい。トンボやバッタやカエルや虫たちが見れないというのは何となく、寂しい気持にもなる。日本人は稲作を中心にして生きてきた農耕民族である。その民族が、自分で食べる食糧を作らなくなったというのはどういう神経だろうか。そも狂ってしまったのではないか。先進諸国で最低の自給率であるという。
・へ2・・・それこそ、ご先祖様に申し訳ないのではないだろうか。口では伝統の河野という癖に肝心のことを忘れている。プライドを無くしているのではないだろうか。百姓を莫迦にし出して、日本は堕落したのではないか。一粒のコメも無駄にしてはならない云われた。残さず食べろとも言われた。餅は歳の数を食べろと言われて、餅を喉の奥に押し込みながら食べもした。