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両側には細長い59個の窓があるが、入口からは見えないつくり。
外の俗世界は見ないようにという意味らしい。
階段を下りて、中間階へ。
途中、大天使ミカエルとオーベール司教のレリーフ。
708年のある夜、オーベール司教の枕元に聖ミカエルが現れ、「あの山の頂に私の礼拝堂を建てよ。」と命じたそうだ。夢と思ったが、翌夜も現れ、不思議に思っていたところ、3日目の夜、鬼の形相で現れ、「まだ分からないのか。」と、司教の頭に指を突っ込んだ。目が覚めたオーベールは、ついに礼拝堂を建てたという。
中間階は、先ほどの上階の下にある。
貴賓の間。
食堂の下にあたり、貴人を接待したところ。13~16世紀に、多くのフランス王がもてなしを受けた。
リブ・ヴォールトのゴシック様式の天井が美しい。

まばゆいばかりのステンドグラスの窓だが、よくみると、薄い色で模様ができている。
貴賓の間に入る前にお祈りする礼拝堂もあった。
太柱の礼拝堂。
ちょうど、ゴシック内陣の真下で、支えるためにとても太い柱でできている。
てことは、岩山の崖の部分に建っているのだ。
礼拝堂は暗く、あかりとりの近くには、黒マリア様。
白マリア様が光で照らし出す聖母なら、黒マリア様は悩みや罪を吸収する力を持つ。
続いて、上の聖堂のクロス部分から西は岩山の上にあるので、その周りを廻っていく。
サン・マルタン礼拝堂。
聖堂の南側の翼廊の土台で、1030年頃に作られた。ロマネスクの分厚い壁で天井とその上の聖堂を支えている。

納骨堂。
大車輪があり、19世紀の監獄時代は囚人6人が中に入って回して、外の貨車を上下させたという。

サン・テティエンヌ礼拝堂。
正面の絵は骸骨、右にピエタ(死んだキリストを抱くマリア像)、入り口には十字架に始まりのAから最後のΩ、死者を弔う礼拝堂だったところ。
それで隣が納骨堂だったのだ。
散策の間。西のテラスの下。
11世紀に作られ、後期ロマネスクから12世紀のゴシックに移りゆく建築様式。
北-南階段を通って、北側のメルヴェイユへ。
騎士の間。回廊の下。
天井も高く、巨大な部屋で、ゴシックの美しさと光にあふれている。
立派な柱には、アカンサス模様。

中間階を一周したので、狭い螺旋階段を下りて、下階へ。
下階は中の大半を岩山が占め、その端に這いつくばって建って上を支えている。
下階のメルヴェイユの司祭館は、今は見学最後のお土産屋さん。
昔は、貧しい巡礼者にパンとスープが施されたそうだ。
ここからは自由時間で、最初のレストランわきに各自集合。
売店の一角には、大天使ミカエルの石像。
右手には竜を倒すための剣、左手には死者の魂を計るための秤。
売店を出ると、修道院の裏の庭に出る。
見上げると、巨大な修道院がそびえたち、中央上に聖堂の鐘楼と尖塔、右に西のテラス、左半分は3層構造のメルヴェイユ。最上層の窓は、回廊の窓。
北側を廻っていく。
三層の下にも支える部分があり、崖に建つ、とてつもない高さと大きさの石の建築物、これが13世紀に造られたというのだから、まさにメルヴェイユ=驚異だ。
最上層は、食堂の窓。
ぐるりとまわって、表側に出て、最初の道を下っていく。

グランド・リュ。
あいかわらず、賑わっている。
いろいろお店をみて、飲み物など購入。
堤防道路。
少し歩くとバス乗り場。
モン・サン・ミッシェルの姿を。
高さ150mのてっぺんには、
長剣を振りかざすミカエル。
高さ4.2mの黄金に輝く大天使。1897年に設置された。
もう一度、モン・サン・ミッシェル。







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