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椰子の実がそびえ、ブーゲンビリアが咲き、緑にあふれ、南国。

タイサンボクも大きく、ゴムの木も巨大化。

先のサンタ・クルス広場。
サンタ・クルス地区はユダヤ人街で、1248年にキリスト教徒がセビリアを取り戻した後、1391年頃のユダヤ人追放まで住んでいた。
白い壁は日差し対策。
なんか、白人ツアー団体が集まっている。

建物の中のパティオがあって、暑いセビリアでも涼しい空間になっている。
広場には、17世紀中期~後期にかけて活躍したセビーリャ派の巨匠のムリーリョの墓がある。優しい聖母で有名。
狭いアクア通りを奥へ。
城壁に穴が開いていて、水道管が通っていた。
通りには、アルハンブラ物語や伝記で有名なワシントン・アーヴィングが住んでいた家。

さらに進む。
ブドウのアーチも。

オペラ「カルメン」の舞台で、この通りにある飲み屋でカルメンはドン・ホセやエスカミーリョと出会ったらしい。
覗くとパティオにレストラン。

12:20、昼食で、ラ・オステリア・デル・ラウレル。
ホテル兼レストラン。
白壁に黄枠でユダヤ人街らしい。
中は、歴史とかわいらしさがある。

パンは、みしもっちり。オリーブいっぱい。
連れは白のみやすい、オレ赤しぶめ。あわせて7EUR.

バルの名物のタパス、小皿料理が、いろいろでてきた。
みんなで取り合う。
オリーブ、アボガド、トルティーリャ、ムール貝、イカのフリット。
さらに熱々で、クロケット。
一皿で4人分だったので多い。
いろいろ取って。
オリーブ漬けはスペインはどこでもうまい、トルティーリャふんわりどっしり、イカのフリットさくさくやわらかあったか、アボガドこってり、ムール貝新鮮。どれもおいしい。ワインに合う。

まだまだ。
タラフライはほくほく、ししとうみたいなピミエントス・デ・パドロンはピリ辛でからっと癖になる。
マンゴームース甘い。
タパスを満喫した。
スタッフもフレンドリーでよかった。夜ならいっぱい食べれたんだけどなあ。
http://www.tripadvisor.jp/Hotel_Review-g187443-d271758-Reviews-Hosteria_del_Laurel-Seville_Province_of_Seville_Andalucia.html
ラ・オステリア・デル・ラウレル

通りを戻る。
アンダルシアでもセビリアはフラメンコと闘牛の本場。
昼のツアーなので無理だが、時間があれば見てみたかった。
陽気なスペイン、明るく楽しい。
取っ手。

キス通り。
狭くて、バルコニーから顔を出してキスができるとか。
さらにサンタ・クルス地区のユダヤ人街。
ムリーリョ公園に戻ってきた。
広い公園には、コロンブスのモニュメントもあった。
サンタ・マリア号の銅像はアメリカ大陸を向いていて、上にライオン。
セビリアは、1492年のコロンブスの新大陸発見とアメリカ大陸との貿易で栄え、16世紀から17世紀にはスペインで第一の都市だった。
バスで移動。次は、
広い通りと公園の中に、尖塔がみえてきた。

緑と日差しの中を歩いて行く。
巨大なレンガの建物。
通り抜けると、
スペイン広場。
1929年にセビリアで開催された万国博覧会「イベロ・アメリカ博覧会」の主会場。
直径300mちょっとの半円形と広大で、建築家アニバル・ゴンサレス作。
スペインらしい明るい赤煉瓦の伝統の建物が取り囲み、しゃれた石畳の広場には運河と噴水、周囲は緑が広がる。
イベロ・アメリカとは、新大陸の南北アメリカ大陸のうち、スペインとポルトガルの旧植民地だった地域のこと。
14世紀、ヨーロッパでは食肉の習慣がはやり、保存のために胡椒などの香料を必要としたが、ヨーロッパではとれずインドからイスラム商人・イタリア商人を介して高く買っていた。
1488年、バルトロメオ・ディアスは、アフリカの西岸を南下し南端に達し喜望峰と名付けた。1498年、ヴァスコ・ ダ・ガマは喜望峰を回ってインドのカリカットに到着し、インド航路 を発見した。以後、ポルトガ ルは東洋の香料貿易で莫大な利益を上げた。
一方、イタリアのジェノヴァ出身のコロンブスは地球が球形であると信じ、大 西洋を西に進めばより早くインドに到達すると考えた。ポルトガル王に資金援助を求めたが拒否され、スペイン女王イサベルの援助を得て、1492年にセビリアの海側のパロス港から航海に出た。
そして10月11日に、西インド諸島、現バハマのサン・サルバドル島を発見。
その後、1504年まで3度航海を行ない、1498年の航海で南アメリカのベネズエラに達する。着いた先では、原住民のインディアンらを殺戮、奴隷化し、金など宝を持ち帰ったが、期待される大量の金は見つからず、コロンブスもそこがインドと信じていた。
1497~1504年にかけイタリア人のアメ リゴ・ヴェスプッチが航海し、新大陸であると発見、アメリカの名が付く。
1513年、スペインのバルボアはパナマ海峡を横断し太平洋を発見。
1519年から3年かけ、スペイン王と契約したポルトガル人のマゼランが、西周りで世界一周に成功。
大航海時代である。
その後は、スペインは新大陸を植民地化し、1519年にはメキシコのアステカ帝国を滅ぼし、1531~1533年にはペルーのインカ帝国を滅ぼし、拡大し、スペイン帝国といわれるようになる。そして、各地で金山銀山がみつかり、インディアンを強制労働させ、アフリカから黒人奴隷も運んで働かせ、スペインは莫大な富を得て、太陽の沈まぬ国といわれた。1588年のイギリスとのアルマダ海戦に敗れるまで、無敵艦隊ともいわれた。
その栄えた中心が、セビリアなのだ。
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