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朝の混雑まだ少し。
丘陵へと上がっていく。
有料駐車場に停めて、首里城西側の芝生広場と首里杜館(すいむいかん)。

インフォメーションセンターで、情報展示、休憩所、レストラン、売店などある。
まずは、守礼門(しゅれいもん)。
首里城は琉球王朝(1429~1879年)の王城で14世紀末頃に那覇を見下ろす標高120~130mの丘の上、東西400m南北200mに築かれたが、太平洋戦争の沖縄戦で城壁や基礎の一部以外は全焼したため、戦後に周辺から復元しはじめ1989年から正殿などが本格再建中だ。
有名な守礼門は1958年に復元され、二千円札の絵柄になった。琉球らしい瓦と赤の門だが、首里城再建初期は門ぐらいしかなかったために日本三大がっかりといわれるゆえんとなった。
園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)。
1519年に琉球石灰岩で建てられ、国王が外出する際に安全祈願をしたところ。
首里城は世界遺産となっている。
最近の沖縄は中国人が増えてホントに動かないんで。

歓会門(かんかいもん)。
城郭内へ入る第一の正門で、創建1477~1500年頃、再建1974年。
両脇には魔除けのシーサー。
城郭内に入ると、右上に瑞泉門(ずいせんもん)、さらに奥へと続く。
左奥には女性用の通用門の
久慶門(きゅうけいもん)。

瑞泉門とその右の龍樋(りゅうひ)。
龍の口から湧き水が流れ出し、王宮の飲料水として使われた。
門は1992年復元。
漏刻門(ろうこくもん)。
櫓の上の水槽の漏れる量で時間を計ったとされている。
券売所で大人820円x2支払って、朱塗りの広福門(こうふくもん)から入る。1992年復元。

下之御庭(しちゃぬうなー)は、正殿のある御庭(うなー)の控え場。
奉神門(ほうしんもん)、1992年復元から中へ。

御庭(うなー)。
首里城の中心の広場で、様々な儀式が行われた。
正面に正殿、左に北殿、右に南殿。
南殿の番所(ばんどころ)から、靴を脱いで上がる。

書院(しょいん)は、国王が日常業務を行ったところ。
奥に立派な庭園がある。

奥書院は、国王が執務の合間に休息した場所。
こちらにも庭園がある。

そのまま正殿へ。
木造三階建て1992年復元で、三階は屋根裏部屋、まずは二階の大庫理(うふぐい)。王妃や身分の高い女官が使ったところ。
中央に御差床(うさすか)。
国王の玉座で、柱には龍と雲、豪華絢爛な椅子。
国王が儀式や祝宴を行った。
一番の見どころだけあって混んでた。

御差床を横から、その前の唐玻豊(からはふ)の間から御庭が見れる。
王冠も展示されてた。

一階は下庫理(しちゃぐい)で、国王が政治や儀式を執り行う場。
ここの中心にも御差床(うさすか)がある。
床の一部からは残っていた基礎も見えた。
一端、外に出て、北殿に。

元は王府の行政施設で役人等が働いていたが、今はミュージアム。
御涼傘(うりゃんさん)という装飾傘、正殿と御庭での朝拝御規式の模型など。
また、沖縄サミットの際、晩餐会にも利用された。
あとは、売店。

右掖門(うえきもん)を通り、外へ。
帰り道は石畳160m。
久慶門(きゅうけいもん)、1983年復元を出る。

城壁沿いを帰る。
夏の沖縄は日差しがきつくてやっぱり暑い。
ガジュマルの大木もあった。
守礼門まで戻ってきた。
ツレはバテてるので首里杜館で休憩。
オレは城の方に戻って、南西部分にある西のアザナへ。

なだらかな坂を上がっていき、資材搬入口の木曳門(こびきもん)から城壁内に入って、緑の中をさらに上がる。

庭があって、系図座・用物座(けいずざ・ようもつざ)という役所。2000年復元。
あれ、下之御庭と奉神門まで戻ってきちゃった。
沖縄、日が高いし、昔の建物は分かりづらいな。
生い茂った中の小径を南西へ。
少しして、目的の西のアザナに到着。
げげっ、中国人の大群ばかり。
どかないのは分かってるんで頑張って撮る。
標高130mの城郭の西側の物見台で、那覇の街並み、海まで一望できる。
下に見えるのが首里杜館なんで、ここまででも結構距離がある。

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