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あと、ふたつの物語があったんだけど、最後の話は寝てしまったので、もう一枚の写真にまつわる話を思い出しながら、紹介します。
ものすごいキレイな東洋人女性と、西洋人男性が寄り添っている微笑ましい一枚の写真。
その女性は、若き日の アウンサンスーチー さんでした。
オックスフォード大学留学中、見初められたスーチーさんでしたが、自分の背負っている運命の大きさで、そのイギリス人男性を拒否し続けていたのですが、熱心なその男性に心惹かれるようになり、結婚をして、二人の息子をもうけたのです。
当時二人を良く知る、日本人女性が、それはもう仲が良かったと証言していました。そして、何年かして、テレビでマイクを持って演説しているスーチーさんを見て、びっくりしたそうです。
慎ましいながら幸せな生活を送っていたある日、祖国ビルマ(現ミャンマー)から「母、危篤」の知らせを受け、帰れば二度と国外に出れないのを知りながら・・・ 単身 帰国。
帰国したスーチーさんは、 ビルマ建国の父 の一人娘ということで、民主化運動の先鋒となることに。そしてご存知のとおり、軟禁状態に至ったわけです。
その後、夫はがんに侵され、軍は特別にスーチーさんのイギリス出国を認めたが、スーチーさんが出国することはなく、再会は二度となかった・・・・。
その時出国すれば、二度と再入国が許されない為の悲しい選択。
その後、スーチーさんは髪飾りを バラ にして人前に出るようになったとのこと。バラは、お互いの誕生日に 一輪ずつ贈りあった花 だったそうです。
前出の日本人女性が、スーチーさんは、 あの二人で写った写真 を大事に持っているはず。と言っていました。

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