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「ご指摘」を 「叱責」と 受け 止める「お願い」を 「命令」と 受け 止める「ご意見」を 「注意」と 受け 止める「ご苦情」を 「喧嘩」と 受け 止める「ご指導」を 「束縛」と 受け 止める「笑顔」を 「嘲(あざけ)り」と 受け 止める不幸 には 癖が ある よね 「叱責」を 「ご指摘」に 変換する「命令」を 「お願い」に 変換する「注意」を 「ご意見」に 変換する「喧嘩」を 「ご苦情」に 変換する「束縛」を 「ご指導」に 変換する「嘲り」を 「笑顔」に 変換する幸福 には 骨(コツ)が ある よね 見方。聞き方。受け止め方。考え方。思い方。を、勝手に、自分の中で、良い風に、変換して行けば、良いんだよ。癖は、直ぐには、治せないから、毎日少しづつ、練習を続けて、行けば良いんだよ。 ご自分で、特に治したい、「変換語?」を、作って置いたら、良いよね。 喜文治
2007年07月31日
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伴 侶 互 学 ( はんりょ ごがく ) 二人が 出会い 二人で 結婚を 決めたと思い 上がって いる から 我儘が 出る其々の 性質に 最も 勉強に なる 相手を 神仏が 出会わせた のだ 厭なら 別れても 良いよ 良く 似た性質の 相手の 準備は 出来て いる のだ 喜文治 夫婦は互いが、専属の家庭教師の、様なものである。日常の顕在(はっきりと形に表れる)意識では、愛おしく思ったり、疎(うと)ましく感じたり、刻々と変るが、潜在(隠れた状態で存在する)意識では、互いの魂を磨く為の、最良の砥石同士である。磨くとは、多少の痛みと等を、伴うから、徐々に、好きな気持ちが、薄れて行く。しかし、確実に魂は磨き合っている。独身であろうが、そんな相手は、必ずいるし、必要なのである。人は、その専属家庭教師に遭遇した時、電気が走るらしい?あるいは、赤い糸が見えるらしい?この爺様なんぞは、未だに電気でしびれ、色は分からないが、蜘蛛の巣に絡められている。それでも、色んな所に、自分から赤い糸を、飛ばすが、誰も受け取ろうとしない。仕方が無いので、赤い糸で一人、ヨーヨーをしている振りで、いじけている。いじけている。いじけている。
2007年07月30日
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江戸時代に 士農工商と言う 身分制度が 有った明治維新で 天皇の下で 国民は 全て 平等と 言う 事に なった職業の 選択も 結婚の 相手も 身分制度に縛られる 事は 建前では 無くなった学校で そう 教わり 現代に 産まれて 来て 良かったと 思ったしかし 政治家や 官僚や 大企業の 言動を 見聞して いると理解に 苦しむ 事が 余にも 多いどう 理解すれば 良いのかを 探ると 士農工商と 言う嘗ての 身分制度に 辿り着く 政治家や官僚は「士」。大企業の 経営者達は 「工」と 「商」で あるそれ以外の 者達は 「農」と 言う 労働者であり 国民と 言う 家畜で ある勿論 現代は 四段階所では 無いし 外国も 絡み 事態は 複雑に 成っている国民の 大半に 中流意識を 持たせる など 絶妙な 国家経営で あったしかし 長くは 続かなかった 家畜達は 気付き 出した 飼い主と 羊達の 関係に 徐々に 気付き 出したかと言って 現代には 水戸黄門様も 桃太郎侍も いないし ましてや 仕事人や 仕置人などは 現れないあくまでも 越後屋と 悪代官様の やりたい 放題で ある越後屋に憧れ 悪代官希望者が 後を絶たない今日は 投票日で ある 羊達は どの越後屋に どの悪代官様に 清き 一票を 投じて 何を 望むのか この家畜達は 柵の中で 餌を 与えられ ミルクも 肉も提供している そんな 現状に いつまで 甘んじているつもりなんだろうか? 喜文治
2007年07月29日
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一 切 仏 観 ( いっさい ぶっかん ) 人目が 無い からと 怠け 努力が 評価 されない からと 腐ったり するが神仏は 全てを 観て くれて いる怠けた 自分も 腐った 自分も嫌いで しょう自分の 神仏と 会話して 行こう 喜文治 貴方の真の評価なんて、人間じゃ出来ないの。評価を求める、相手が違うよ。会社や友人関係で、色んな評価があるけど、それらの評価って、会社や友人関係の、都合や好みで決めているの。社会で生きている以上、無視は出来ないけど、良い評価も、悪い評価も、鵜呑みにしちゃ、いけないよ。会社を替わったり、上司が替ったり、別の友人だったら、評価が変わるもん。そんな都合や好みで、変る評価なんかを、当てにして、毎日、一喜一憂して、振り回されていると、自分が壊れるよ。神仏に真の評価を、任せておこう。自分の心の中に、いつも居る、神仏に任せておこう。サボれないよ。誤魔化せないよ。腐れないよ。自分の中から、見られているんだもん。でもね!疲れたら、休んで良いんだよ。腹が立ったら怒って良いんだよ。貴方の為に、貴方の中で、貴方を応援している、神仏だもん。貴方の味方だよ。 所で、この爺様の神仏様を、誰か、見掛けませんでしたか?先日、ちょっと、出掛けて来ると、言って、それっきり、携帯も繋がらないんですよ。見掛けられましたら、戻る様に、仰って貰えませんか?心がすーうすーうして、しょうがないんですわ。
2007年07月28日
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常 識 翻 弄 ( じょうしき ほんろう ) 個人 より 村 村が どう 思う かを考えて 上で 個人の 言動を 決める村が 町に 町が 市に なりその 市を 出ても 村は 着いて 来る周りが どう 思うか を 恐れるそれを 常識と 呼ぶ この国 には奇人 変人を 目指さない 限り 個人は ない ( 奇人 変人を 通せば 偉人に 変わる ) 喜文治 常識に欠けると、言うのも困るが、縛られているのも困る。最近は常識も、かなり破壊されつつある。良い事である。但し、新たな常識や、新たな秩序が、出来上がる事が、条件である。何故働くのか?分からず働いている。何故学ぶのか?分からず学校に通っている。何故生きるのか?分からず生きている。何故働くかは会社。何故学ぶかは学校。何故生きるかはお寺。に、任せて、当てが外れれば、文句を言っている。誰の人生ですか?会社や学校やお寺に、人生の設計を、させて置いて、良いのですか?で、自分は何をするのですか?ビール?スポーツ?読書?映画鑑賞?趣味色々?ボランティア?何の為に?自分の人生を豊かにする為に!何故生きるかも、曖昧にして置いて、どう豊かにするのですか?それが一般常識だから。皆がそうしているから。自分はどう思うんですか?・・・・・・・・・・・・・暑いから、その話しは、涼しくなってからじゃ、駄目?・・・・・・・・・・・・・それもそうだね。・・・・・・・・・・・・・・・じゃ、そう言う事で。
2007年07月27日
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幸せな人。って、どんな人なんですか? 感謝が出来る人のことだよ! 喜文治 幸せ。人其々、考え方があって良い。幸せの条件を、何時間も、何日も、話し合って、貰っても、良いけど、答えが纏まらないの。お金だ。健康だ。家族だ。友達だ。愛だ。ず~っと、言っていても良いけど、答えが出ないの。実は、感謝なの。余りにも、簡単過ぎて、信じられないかも、しれないけど、感謝。なの。 お金があっても、幸せとは限らない。健康であっても、幸せ地は限らない。家族がいても、幸せとは限らない。友達がいても、幸せとは限らない。愛があっても、それだけじゃ、幸せとは限らない。確かに、この爺様の様に、お金が無く。友達がいないと、お金があれば、友達がいれば、さぞかし、幸せだろうと、思うけど、駄目なの。お金持ちで。健康で。家族がいて。友達もいる。皆から愛されてもいる。揃っていない人から見ると、羨ましい程に、幸せに見えるの。でも、本人が、幸せと思っているとは、限らないの。何故ならば、そこには、幸せの種が無いからなの。良い土壌。肥料。水。空気。気温。虫。全てが揃っていても、肝心な種が無いの。幸せな人になるには、感謝と言う種が必要なの。お金が少なくても、健康を害していても、家族が離れ離れでも、友達がいなくても、愛が薄くても、感謝が出来る人ならば、幸せなの。そんな人は、必要なお金はどうにかなるの。そんな人は、家族が離れないの。そんな人は、友達がいるの。そんな人は、愛が集まってくるの。逆様だよ。初めに、感謝だよ。どんな境遇に置かれていても、感謝の出来る人は、やがて徐々に、備わってゆくの。不思議なんだけど、感謝をしていると、そうなるの。それを、逆に、条件を揃え様と、人を押し退けるから、感謝が後回しになって、いつまでも、幸せを、追い掛けて、人生が終るの。 幸せってなんですか?感謝の出来る人の事。なの。
2007年07月26日
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夫 婦 戦 友 ( ふうふ せんゆう ) 結婚は決してゴールではない。子育てに教育。更に、親戚や近所付き合い。仕事に家事に住宅ローンに、親の世話等。戦争の様な日々が続く。やがて、ホッとして、振り返れば、共に乗越えて来た、連れ合いが、そこにいる。取り合えず、乾杯。 喜文治 生き抜く。って、やっぱり大事業だね。なんら、大した事も出来ないけれど、生き抜くだけでも、大事業だね。大波小波。横波縦波。暴風や凪。小さな笹舟の様なものが、境遇に翻弄され、どうにか岸に辿り着く。行きたかった場所じゃ、ないかもしれない。どっさりとお土産、持って着く筈だったかもしれない。しかし、どうにか、岸に辿り着けた。仲間も、いつの間にか、少なくなっていた。相棒もすかっり、老け込んで、自分もかなり、くたびれている。よく、辿り着けたものだ。二人の、ささやかな歴史でも、なぞって見ようか?互いを労わりながら。
2007年07月25日
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外から 叩いても開かない人の 心は内鍵だから 喜文治 一体どうしたの? 黙っていちゃ分からないでしょ? 聞いているの?何か小さな事件があった。よく聞く保護者の言葉だよね。これは聞いていると言いながら、問い詰めています。取調べだよね。大変な事になった。どうし様。何から手を付けたらいいの?動転が全身から、溢れ出しています。喋れません。この人に何から話せば良いのか、分かりません。動転の感染です。一呼吸置きたいですね。椅子に掛けて、お茶でも飲んで、外を眺め、落ち着こうよ。先ず、貴方が。黙って聞く姿勢になろうよ。何か、していたんだったら、続きをやろうよ。「ごめんなさい」と、言い易い雰囲気を、作ろうよ。その時は、言い出さないかもしれません。待とうよ。言い出せるまで。言い出したくなるまで。待とうよ。この待つ時間こそが、互いが学んでいる時間なの。物事の顛末を、ゆっくりなぞって、何がどうしたのか?何故そうなったのか?どうしたら防げるのか? ここを、慌てて片付けると、学ばずに終わってしまう事になるの。物事の善悪ぐらいは、分かっているの。保護者としての、器量が試されているの。ただ感情に任せて、叱り飛ばしたり、信じていたのに等と、畳み掛けると、次は隠蔽するか、責任転嫁するか、開き直るしかないの。何で家の子が?そんな育て方をした覚えはないのに?アンタが覚えていないだけで、アンタが時間を掛けてそう導いたの。高い所から、水が流れて来る様に、下で待ちなさいな。待てないもんだから、高い所まで、駆け上がって行って、水をかき出すの。どんなもんだと、鼻の穴を膨らませていても、あきれて見てるだけだよ。待とうよ。身構えずに、待とうよ。待っていたら、内鍵が「ごめんなさい」と、開きますよ。『うん。ちょっと、ビックリしちゃった。』『で、何があったの?』流れ出した水を、静かに受け止めようよ。零さないようにね。 この爺様も、何度も何度も、感情をぶつけてしまった、駄目親父。駄目上司でした。そして、今も本質的には、変っていないのかもしれません。ごめんなさい。と、謝りたいけど、相手はもう近くに居ない。もう、閻魔様の、お裁きを、仰ぐしかない様だ。
2007年07月24日
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幸 福 迷 子 ( しあわせ まいご )備わっている 素晴しい 能力を 自分の 幸福の 為に使っても 悪くは 無いが その 能力は 実は 神仏から預かった ものと 考え 直すと 独り 占めには 出来ない周りに 役立てて 感謝を 頂いた時 独り 占めの 時とは喜びの 大きさも 質も 違う 感動が 得られ これこそが生甲斐だと 知る誰もが 必ず 泉の 様な 固有の 能力を 預かって 来ている が安易に 代用品で 間に合わせ 敷かれた レールを 走っている からまるで 借り物の 様な 人生を 義務で 生きて しまう自分の 泉を 掘ろう 使おう 泉は 今も 自分の 中で 湧き 続けて いるこの 泉を 見失って いる から 迷子 なので ある 喜文治 幸福迷子?多いですよね。以前(5月1日)書いた。チューリップも、フリージアも、シクラメンも、薔薇になろう。薔薇になりたい。薔薇でないと駄目なんだ。と、思い込んで、悩んでいる様な、ものである。それは、一部の人間が勝手に、そう思っているに、過ぎないのに、それを聞いた、薔薇以外の花達が、自分を責めている様な、ものである。薔薇の好きな人は、他の花も大好きである。チューリップはチューリップだけの、良さが有り、フリージアはフリージアならではの、良さが有る。シクラメンはシクラメンにしか出せない、良さを持つ。人間の勝手な好みに、無理やり合わせる必要など、何処にも無い。自分は自分なんだ。と、比べる事も無く。他の花々を、羨む事も無く。咲いているから、花は花なんだ。どの花も必要だから、存在しているのである。自信を持って、自分らしく、咲くべきです。僕も頑張ろう!と、・・・・・・・・・・・・・えっ?どうして?・・・・・・・・・・・・・ドライフラワーは、頑張らなくて、いいの?分かった。
2007年07月23日
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仏 鬼 道 連 ( ぶっき みちづれ ) 人が 一生を 終える まで 自分の 心の 内に誰でも 仏様と 鬼様を 連れて 生きて 行くんだよ 鬼様は 見るもの 聞くもの 触るもの 全部 思い通りに したいの 思い通りに ならなければ 暴れ出し思い通りに なれば なったで 気に入らないの勿論 反省と 謝罪等と 言う 文字は 鬼様の 辞書には 無いのその 瞬間 気が 済めば それで いいのその 鬼様を なだめ あやして いるのが 心の 内の 仏様なの 鬼に 様を 付けて いるのは この 鬼様 こそが 魂を 磨く 為の 大事な 役割を引き 受けて くれて いるの自分の 弱点を さらけ出し 強制的に 改善を 要請して 来るの改善 する まで 何度でも 人前で 恥を かかせ 謝罪を させるのそして 産まれて 来た 時よりも 少しでも マシな 魂に しょうと鬼なりに 頑張って くれて いるのだから 鬼ではなく 鬼様なの 喜文治
2007年07月22日
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ここは 大きな ゲームセンター だった誰でもが コインを 集める 事に 血眼に なっていた何故ならば コインの 所有量が 進学 就職 結婚 友人 までも制約し 子供の 将来へも 大きく 影響を 及ぼして いたからだ親の 躾も 学校の 教育も その コインを 如何に 獲得するかについて 私達は 競わされて いた ゲームに 向いて いない 者もいたが 落ち零れと 称して場外に 出された 「こんなの 変だ!」と 言った 声は熱くなった ゲーム機の 音に 掻き 消されて いったここは 日本と 言う ゲームセンター だったある日 ヨーロッパや アメリカの 巨大な ゲームセンターが日本の ゲームセンターを 飲み 込んだしかし 日本の ゲームセンターは 辛うじて 営業を 続け人々は コイン 獲得の 惰性の 中で 方向を 見失い再び ゲームを やるしか なかった 一人 ひとりの 顔 形が 違う 様に其々の 生き方や 目的が ある筈 なのにまるで 難破船が 潮に 身を 任せ 漂流して いるのに 似ていた何故 ならば 私達は コインの 集め 方は 教わって 来たが海図や 羅針盤は 持たされて いなかった 喜文治 (自分のあやし方 2 を離れた) 政治家・官僚・大企業等を見ていると、この国は、幾重にも重なった、多重構造であると、感じてしまう。政治家は、主権者である国民に、真摯に説明をしようとはしない。家畜かペットに、家庭の事情を、言わないのに、似ている。官僚は国を護るとは、大企業を守る事であると、何処までも隠蔽する。多少のモルモットは、犠牲になっても、しょうがないのであろう。大企業もそうである。天下りと言う保険を使い、利益優先をあくまでも追及してゆく。時々、家畜やペットの中から、一気に登り詰める者が出ると、泳がせておいて、頃合を見て、理屈をこじつけ、捕獲する。与党も野党も無い。家畜やペットと、飼い主である。更に、その間にも、階層が複雑に、絡み合っている。天皇の下に、国民は平等である。そんな看板は、錆びた釘一本で、辛うじて、ぶら下がっている。この国は、「大和の国」であった。しかし、「大和の魂」は埋没して、久しい。一人ひとりが、その場で、今から、立ち上がれ、大和の魂を、持つのならば。大和の魂の下に。
2007年07月21日
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姿や 声が 白鳥 でも鴉の 真似を している と白鳥の 群れ には戻れ ない よ 喜文治 素晴しい能力を持っていようが、高い志を持っていようが、そこいら辺の鴉と、言動を共にしていると、例え上空を白鳥の群れが、飛んで行こうが、白鳥達は、器用な鴉がいるもんだ。と、見過ごして行くよ。って、事かな?この爺様は『醜いアヒルの子』のお話しが大好きです。アヒル達には、その価値が理解出来ず、からかわれています。しかし、実は、白鳥だった。そんな現実って、結構あるのでは、ないでしょうか?肩書き。ブランド。血統。等で、人物の評価をしてしまう。それは、真価を見抜く、力が無いから、効能書きの様なものを信じて、何かあれば、その効能書きを責める。一見、正しい様だが、自己責任の転嫁であり、無能で無責任な態度である。みすぼらしい格好でも、言っている事は正しいと思う。と、どれくらいの方が、「正しい」と、発言するだろうか?そのお方が、お釈迦様の、化身だったとしても、真実を聞くまでは、口をつぐんでいるでしょう。聞くと、「やっぱりそうでしょう!」「そんな感じがしてたのよ。」卑怯者ですよ。この国の民は、高い教育を受けてはいるが、上に。強い者に。従う教育だったんです。「NO」と言わない事を、擦り込まれてしまった。自分の意見を、言わない。考えない。躾を受けてしまった。従順な羊を、育ててしまった。今日も貴方は、お釈迦様やイエス様の、化身と遭遇しますが、やっぱり、屁理屈を捏ねて、素直に成れない。ご自身の心眼を、信じ切れないから。・・・・・・・・・・・・・・・・・。怒っているの?そうではない。でも、そう聞えるよ。守護霊さんが・・・・。また、その話し?いつも、そう言って、誤魔化す。卑怯だよ。もぞもぞ。もぞもぞ。 す
2007年07月20日
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独 眼 円 満( どくがん えんまん ) 夫婦は 肝心な 所だけ 互いに 確認して後は 見なかった 振りをして 円満を勝ち取ろう相手が 完璧なら 貴方を 選ばないよ相手の 欠点は 親でも 直せなかった のだから合わせるしか ないよ友達も 同じだよ 喜文治 貴方が望む様な、相手だったら、貴方と友達にも、夫婦にも、ならないよ。相手も不完全だから、貴方と付き合って行けるの。自分はこのままで良いのだけれど、相手には、こうあって欲しい。あぁあって欲しい。言ってな!間違いなく。うっとおしいから。離れてゆくよ。見え過ぎ。聞え過ぎ。言い過ぎ。望み過ぎ。暇だから。耳も目も二つだけど、口は一つだよ。黙って合わせな。相手も我慢強い人なの。それなのに、相手の堪忍袋に、手を掛けちゃ、駄目だよ。こんな人なんだ!大体分かった!で、どうして行こうか?そこから、真の友達、真の夫婦が、始まるの。さて、これからどうして行くかが、大事なの。見ない振り。聞えない振り。充分満足している振り。そして、口は、感謝を言っていればいいの。それがルールなの。相手の欠点を探し当てる、ゲームじゃないの。見付けると、気になるから、片目は瞑っていた方が、自分が幸せなの。家の上さんなんか、時々、両目を瞑っているよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・友達はみんな言ってるよ。凄い上さんだって。僕はその度、謙遜するの。否あ,それ程でも~!・・・・・・・・・・・。そうやって、友達が去って行くの。何故か?
2007年07月19日
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肉体を 持つから 着る肉体を 持つから 食べる肉体を 持つから 飾る肉体を 持つから 痛む肉体を 持つから 老いる肉体を 持つから 悩む 魂 だけなら 着ない魂 だけなら 食べない魂 だけなら 飾らない魂 だけなら 痛まない魂 だけなら 老いない魂 だけなら 悩まない 肉体を 預けられた 魂がいつも 狭間 でもがいて いる 喜文治 人は元々、魂で存在している。実に穏やかな空間に、存在していた。しかし、未だ、真球に達していない、魂は、更なる磨きを掛け、神仏と同等の、真球を目指す旅に、出なければ、ならなかった。それが、この世である。この世に存在し、魂を磨く為には、肉体を携帯しなければ、ならなかった。この肉体には、煩悩と言う、魂を磨く為の、砥石(といし)が洩れなく付いている。よって、魂はこの煩悩に、振り回され、のたうちながら、磨いてゆく事になる。煩悩の赴くままに、任せ過ぎると、磨く筈の魂を反って、傷付ける事もある。但し、この世には、魂を磨く事を司る、神仏は存在しない。各自の自主性に、任されている。気付くもよし、教え合うのもよし、気付かずもよし、である。周到に準備された、各自の魂の道場で、学ぶもよし、教えあうもよし、学ばずもよし、である。これが、喜文治の娑婆世界に対する、仮説である。 どうしたの?今日は。否に神妙だね?そんな日もある。・・・・・・・・・・・・。憑いている守護霊さんの、ローテーションの都合だと思う。
2007年07月18日
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受 取 方 分 水 嶺( うけとりかた ぶんすいれい ) 雨滴が 着地した 位置で やがて 辿り着く 海が 違う物事も どんな 心で 受け 止めるか で 結果が 全く 違う山の 分水嶺は 動かせない が 心の 分水嶺は 動かせれる 筈明るく 楽しい 方で 受け 止めれる 様に したいね 喜文治 天から落ちて来た雨粒が、地面に着地して、やがて海に流れ込む。太平洋に行くのか?日本海に行くのか?着地した位置で決まる。毎日の出来事を、雨粒に例えるならば、その事を、どう受け止めるのか?で、心が太平洋になったり、日本海のなったり、する。毎日の雨粒を、楽しむのか?苦しむのか?自分の心の分水嶺が、決めている。この分水嶺は、自分でどれだけでも、動かすことが出来る。物事を、悪い様に、悪い様に、受け止める様な、心の分水嶺の位置に、成っていませんか?物事を、いい様に、いい様に、受け止めれる位置まで、心の分水嶺を、戻して下さい。この人ちょっと、有り難いんじゃない?おめでたいんじゃな~い?馬鹿じゃないの?って、言う位置ぐらいまで、戻して下さいな。その位な方が、自分が楽だから。わざと、苦しい方に、苦しい方に、流している人々に、言わせて置けばいいの。自分がそう出来ない、妬(ねた)みだから、言わせて置けばいいの。そんな人に関わったり、気にしていると、引きずり込まれるの。・・・・・・・・・・・・・・・・。だって、太平洋と日本海は、知らなかったと思うけど、繋がっているの。どっちかに偏って流しても、海は困らないからね!だったら、楽しい方にどんどん流しましょう。そして聞きに来た人に、教えて上げればいいの。
2007年07月17日
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失 敗 好 機( しっぱい こうき ) 幾ら 慎重に 取り組んでも 失敗は ある原因が 自分に 無くても 言い訳は しないその 場から 逃げない相手に 納得して 貰うまで やり直す改めて 詫びる失敗は 普段の 心構えや 人柄を知って 貰う 絶好の 機会でも ある 喜文治 見なくなったねぇ。居なくなったねぇ。ミスを指摘すると、詫びない。屁理屈を並べる。顔を出さない。連絡もしない。ほとぼりが冷めると、思っているのですかねぇ?どんどん信頼・信用を、失っていっているのに、事情説明もせず逃げる、隠れる。やっぱりこの国は、変った。若い者じゃない。大人達が、責任を取らなくなった。大人達が、この国を変えた。政治家や官僚や大企業の代表達の、真似をしているんですかねぇ?偉くなくていいよ。権力が無くていいよ。お金持ちじゃなくていいよ。この世に感謝を、学びに来ているのに、要らないよ。そんなことより、沢山の感謝をし、感謝を集めなきゃ、この世での目的が果たせない。失敗も感謝が出来るチャンスであり、感謝を頂けるチャンスでもある。それがその人の生き様である。と、思う。
2007年07月16日
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天使の 耳と 悪魔の 耳人には 二つの 耳が あるどちらの 囁(ささや)きに従うかで 人柄が 決まる 喜文治 生きて行くって、選択をして行く、ことなのね。その選択って、数え切れない波の様に来るの。大波小波が、毎日迫って来てるの。無意識に越えたり、よそ見している時に、越えたりもするけど、来るのが分かっていても、越えられず、波に押し戻されたり、巻き込まれたり、岩に打ち付けられたり、潮に流されたり、中々思う様に、行かないのね。好きか嫌いかは別として、毎日数え切れない、波が来ているのね。この選択と言う波を、乗り越える時に、囁きがあるの。低くて太い囁きが、悪魔の囁きで、波の音にも掻き消されないのね。優しくて聞き取り難い囁きが、天使の囁きなのね。悪魔の囁きは、自信有り気に、言い切るの。天使の囁きは、『こう思うよ』って、強く言ってくれないの。・・・・・・・・・・・・・・・・・・後になって、分かるの。でもその頃には、もう次の波が、迫って来ているの。 この爺様は、ずっ~と、悪魔様の囁きに、従って来たんだろうね?天使様の囁きの周波数を、知らないで来たんだろうね。でも、時々聞えた様な気がするの。『馬鹿ねぇ!まだ分からないの?もう、つける薬はないわ!』とか、後悔している時に、そんな気がするのね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・「えっ!本当ですか?」「それは、悪魔様の奥様の声で、天使様の囁きじゃないのぅ~?」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヤパッシ!
2007年07月15日
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これまで 何を やって 来たのか今を 見れば 分かるこれから 何が 出来るかも今を 見れば 想像が 付く人は 今が 全て 喜文治 例え、ブランドで身を飾っても、話し方や、身のこなしで、どんな生まれで、どんな生き方をして来たのか?大体、分かる。話している内容や、目線の動きで、どんな価値観で、どんな友達と過ごして来たのか?想像が付く。どんな夢を描こうが自由だが、夢で終るのか?達成するのか?周りは、分かっている。 どんな生き方をして来たのか?その履歴が、今の何気無い表情に出る。これからどう生きるのか?その決意や裏付けも、今の何気無い仕草に出る。普段の何気無い表情や仕草を、客観的に点検して置きたいね。例えばこの文章。どの位の学力で、どの位の知識で、どんな見識で書いているのか?一目瞭然である。この爺様の、頭の中と、心の内が、素っ裸に成っているのである。『見たくない!』「そりゃそうだ。」が、見せている。「恥ずかしい!」分かっている。しかし、こうしか書けないし、こう書いてしまう。これが喜文治なのである。この文章を見れば、この爺様の過去も、将来も想像が付くのである。「やっぱり、恥かしい。」開き直るしか、この爺様には、すべが無いのである。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「さあ。殺せ。」・・・・・・・・・・・『殺す価値も無い。』・・・・・・・・・・・・・・・・・「その通り!」「じゃ、帰ろう」
2007年07月14日
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笑 顔 引 力( えがお いんりょく ) 笑顔は 幸福を 呼び 寄せる 引力です相手の 悲しみや 怒りを 和らげ自分も 元気や 優しさを 取戻せる魔法ですお顔立ちが 整って いても無表情を ブスと 言う そうですどんどん 笑顔を 使って もっと 幸福を 呼び寄せ ましょう 喜文治 20歳ぐらい年下の、友人が店長をしていたコンビニが、リニュアルオプーンをした。早速、お祝いをしてくれと、当然の様に催促があった。お前は貧乏だから、言葉を書いて来い、との事だった。最近スタッフに、笑顔が消えてきているので、笑顔について書いてくれ、との事だった。簡単な事だと思い、軽く引き受けた。しかし、書いても、書いても、笑顔の部分的なものばかりで、笑顔の本質は、捉えられなかった。言葉を沢山並べても、やっぱり、笑顔の側面であった。思いのほか時間が掛かった。そして、スタッフルームに掲げられた。勿論、全スタッフは、喜文治の作ったものだと分かる。後日、買い物に行った。馴染のスタッフが、レジをしてくれたが、笑顔が無い。「○○ちゃん、笑顔忘れているよ!」って言った。そしたら、「喜文治には、見せないの。」と、ニコリともしない。がーん~。その頃は、「笑顔引力」はオーナーの指示で、出世して、レジの後方に出て来ていた。誤解をされない様に、言い訳をさせて貰うと、その娘とは、プライベートで、食事に行くくらいの、関係であった。更に、誤解をされない様に、言い訳をさせて貰うと、店長も容認している友達?関係であった。たかが四文字。されど四文字。爺様も大好きな言葉である。幾ら大好きで、覚えても、試験には出ない。
2007年07月13日
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学校でも 良い子の 役家庭でも 良い子の 役通学の 時も 良い子の 役を演じて いる けど良い子の 楽屋は何処なの? 喜文治 家でゴロゴロしている。立ちと所に、だらしが無いと、叱責が飛ぶ。主婦に取って家庭は舞台。しかし、子供や旦那には、楽屋である。人前で、恥をかかない様に、○○家の名誉に掛けて、頑張って来たのだ。ホッとしたら、だらしないわねぇ!と来る。舞台では、きちんとしていなさい。と言う事だ。しかし、いい芝居をする為にも、寛ぐ楽屋は大切である。主婦もこの舞台を、楽屋として寛いでいるのだが、子供や旦那が帰ってくる頃には、しっかり舞台に変っているのである。しっかり勉強をし、しっかり仕事をする為にも、楽屋は必要である。外に楽屋を求めると、また別の問題が起こる。実は、家族とは加害者同士である。実は、家庭とは第2の現場である。努々(ゆめゆめ)本気で、寛いじゃ粗大ゴミの汚名は返上出来ない。これは爺様家の現状であるが、皆様のお宅では、考えられない事でしょうね?・・・・・・・・・・・・有り得ない事ですよね?・・・・・・・・・・・ お返事が・・・・・・・聞えませんけど?
2007年07月12日
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机の 上は 自分の 頭の中引き出しの 中は 自分の 心の ままそんなにも他人様に 自分を晒(さら)して 良いのかなぁ 喜文治 某中古車販売会社が、不渡りを出し、銀行取引停止になる寸前に、義兄の所に泣き付いた。僕は義兄の小さな会社の社員だった。義兄に呼ばれた。計算機を持って来いとの事だった。月末の支払額をはじき出し、不足額を補填する為であった。しかし、一部手形・小切手の振り出し額の控えが無く、支払い総額は掴めなかった。翌日、僕は銀行の奥に陣取った。不足額をそこで即借入れ、支払いに当てる為だった。次の日、義兄(僕にとっては社長)と、早朝、その中古車販売会社に出掛けた。大体の事情を説明した後、昨日まで社長をしていた彼は店長。で、僕が当面の責任者となった。そこで、何故この様に成ったのか?原因の探求を始めた。そして、分かった事は、どの机の上もノートが開けないほど、書類が山積みに成っていた。徐々に、机の上の整理を、勧めた。暫くすると片付いて来た。書類を求めると、ええ~と、ええ~と、机の上の書類を捜す仕草が無くなった。しかし、相変わらず速やかに書類は出て来なかった。見ると、引き出しの中が、大混乱に陥っていた。そこで、今日の言葉をスタッフだけ見える所に、貼って貰った。頭の中の状況が、机の上に現れます。心の中の状況は、引き出しの中に、示されています。これは癖の様なものですから、数ヶ月掛かって両方が変り、態度や言葉も、変わって行きました。1年3ヶ月。そこに午前中だけ通っていました。粗利益が2倍になったので、義兄の会社に戻りました。そんな実体験から、出てきた言葉です。その中古車販売会社に、書いた言葉が 『人に役立つ事が 自分を活かす道である』でした。そんな、自分が、かなり、うっとおしく、思われていた頃の、お話でした。長くなりました。ご免なさい。
2007年07月11日
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『美味しい』 『面白い』『楽しい』 『儲かる』 をキーワードに 行動して いると人生の 浪費だよ 『面白くない』 『辛い』『楽しくない』 『苦しい』これが 大人 だと言い 聞かせて 生きて いるとディズニィーランドに 行って医務室で 寝ている 様なもんだよ 喜文治 身体も健康。仕事も順調。家庭も問題無し。友人もそこそこ居る。こんな期間って、人生にどのくらい、あるのだろうか?勿論、一人ひとり、違うのは分かる。戦争も無く。革命も無く。侵略も無い。人権だ。男女機会均等だ。個人情報保護だ。実は、ぼろ船の日本丸を、豪華客船と未だに信じて、歌舞音曲をしてるのでは、ないだろうか?「おい、浸水してんじゃねえか?」「気のせいだよ。担当者が直すよ。」「じゃ教えてやらなきゃ」「馬鹿か?それを見付けるのも、きゃつらの仕事だろっ!」「俺たちゃ、国民と言う、客だぞ!」「何かありゃ、アナウンスするさ!」「足元に水が?」「暑いから、気の利いた、アトラクションだろう?」「俺、救命胴衣探してくるよ」「俺のも頼む」一人ひとりが「まあ、いいか?」では、この国は、このままでは沈む。根拠もなく、「大丈夫!」では、日本丸は沈む。他人任せでは、このぼろ船は、沈む。一人ひとりが、目を覚まさし、行動を起こさない限り、この船は持たない。何か難しい話に、なって来たね?選挙が近いから?否、成り行きだ。えっ?成り行き?何度も言わせるな!明日は、戻る。
2007年07月10日
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躾とは 他人様の 中でどうにか生きて 行く 作法を身に 着け させる 事 喜文治 躾(しつけ)を厳しく、育てるのが、親の役目。間違ってはいない。じゃ、躾とはなんだろうか?礼儀?・作法?それでは分からない。箸の上げ下ろしから、頭の下げる角度まで、挙げ出したら切がない。今頃は、先ず、この爺様を含む、親が出来ない。そんな細かな事も大事だが、本来の趣旨は何だろうか?例えば、震災等で、両親を亡くした子供が、幼ければ、幼い成りに、周りの大人達の、役に立ち、人間として、可愛がられ、応援をして貰いながら、どうにか一人で、生きて行ける。そんな、素直さや感謝の心を、身に着けさせる事ではないだろうか?騙されない様にとか。利用されない様にとか。盗まれない様にとか。そんな技術の様な事は後でも徐々に身に着く。騙されて良いじゃない。利用されて良いじゃない。盗まれて良いじゃない。そこから学ぶんだよね。周りのいい人が助けてくれますよ。そんな事よりも、信じる事。感謝が出来る事。素直な事。これらは、その人の資質だから、親の役目でしょうね。こう書いている自分も親がいて、親になったが、疑わしい事を断っておきたい。
2007年07月09日
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忙しい 時 こそ夢中に なれる ものを一つ 増やしてリズムを 作ろう 喜文治 恋?忙しくって、それ所ではない。と、凄い剣幕である。 恋人が出来た。鼻歌で、同じ仕事を、こなし、デイトの時間を、捻出している。まだ、余裕さえ感じる。 大変だ!目が回りそう。じゃ、一つ減らそう。助かったよ。しかし、暫くすると、大変だ!目が回りそう。じゃ、もう一つ、手伝ってあげるよ。助かるよ。しかし、暫くすると、大変だ!ちっとも片付かない。誰か手伝ってよ?楽になるのは、本の暫くだけ、楽しんでいない時は、大変なんです。楽しくやれれば、リズムが生まれ、傍から見ていても、分かるし、手伝ってみたくなります。やり切らなければならない事は、変りません。どうやり切るか?どんな思いで、どう楽しむか?その人の、心の構え方では、ないでしょうか? 今日は落ちは無いの?無い。落ちてよ。しがみ付いているんだ!
2007年07月08日
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良い 人は 味方悪い 人は 敵耳障りで 決めて いないか? 喜文治 自分の敵と味方が、逆様になっている人が、多いと思います。利用しよう。儲けようとする人は、優しく近付いて来ます。正そう。教えておかなきゃと、考えた人は、厳しく接します。味方を遠ざけ、敵について行く。敵が牙をむき、散々な思いをして、逃れても、味方の所に帰る人と、格好悪くて帰らない人に、分かれます。砂上の楼閣の様な、プライドをくすぐられると、自分の真価が分かる人と、思い込むのでしょうね。思い込みたいし、思い込ませるし、なんだけれど嵌る。確かな技術や学びによって、積み上げて来た自信なら、揺らがないが、何しろ俄(にわか)仕立てのプライドだから、映画のセットの様なもので、横や裏に回れば、棒で支えているだけである。自分をいつまでも修行中であると、認識できるかどうかである。その為には、目標とする先輩や師匠が、いるかどうか?持てば、自分の至らなさが、一目瞭然になる。持たなければ、自分が頂点だと、思い込んでしまう。頂点だと、聞かない。学ばない。頭を下げない。裸の王様である。耳障りの、いい奴とだけ、つるんで、修行の時間を、浪費している。ずっ~と、浪費して、浪費して、浪費し過ぎて、頭が白くなり、その白も、どんどん抜け落ち、落ち武者の様になって、その頭を、今頃になって、やっと下げている愚か者がいる。極く近くに。えっ?また俺っ?この爺様かよ?・・・・・・・・・・・・・・確かに・・・・・・・・。
2007年07月07日
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今 ここから「老い」 「死に」 を 眺めて余裕 こいてんじゃ ねぇよ 「老い」 「死に」 から今を 見て どう 生きるか を考えるの が大事 ちゅうもん じゃよ 喜文治 誰でもが平均寿命まで、生きられるとは限らない。事故もあれば、病気もある。生きられたとしても、元気で痴呆でもないとは、限らない。ただ漠然と、まだある。まだまだだ。と思っているに過ぎない。その時ゃその時で、仕方が無い。諦めるしかない。じゃ、現在の元気さで、「後30日間の命です。」と、決められたら、どうしますか?「後20日の命」・「後10日の命」・「後3日の命」と、言われたら、どうしますか?温泉に行って、美味しい物を、たらふく、食う。お寺に篭って、地獄へ行かない様に、お経を読む。寝ないで飲む。ひたすら酒を飲む。恨みのある奴を殺す。銀行を襲う。女性を襲う。告白する。犯罪を犯すと、後の日数は、留置所だからね。留置所から、出棺と言う事になる。お墓をぴかぴかに、掃除をする。静かに本を読む。貴方なら、どうしますか? 『お世話になった人達に、お礼や感謝を伝える。』でも、現実は、明日の命はおろか、今日の命さえも、誰一人、保障されてはおりません。なのに何故?毎日、その時々に、お礼や感謝を、伝えないんですか? これは聞いた話の受け売りです。上部(喜文治の上)を、書いていたら、思い出しました。
2007年07月06日
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感動生源(かんどう しょうげん) 喜文治 人の心は湖。入水と出水で、水量と水質を保ち、魚介や水草を養い、四季を映し、人も癒されに来る。 感動が無い。とは、心に入水も出水も無く、藻に満ちた水面は、四季も映せず、沼に成っていると、言う事。心の藻を、取払い、いつも感動を与え、湖を、元気にしておこうね。 物事に感動できるかどうか?大切な事である。打算・損得・駆け引き・等の藻が蔓延っていたり、怒り・悩み・恨み・妬み等の濁りがあると、感動は出来ない。素直な心。真っ直ぐな心。曇りのない心。でないと、感動は出来ない。日常の煩雑な、大波小波を漣(さざなみ)に収めれる様に、「自分をあやし」ておかないと、感動は出来ない。物事に感動できるかどうか?大切な事である。何故ならば、感動する為に、人は生まれて来ているのである。 えっ?えっ?えっ?四苦八苦する為じゃないの?この世は、罪を犯した者達の、刑務所じゃないの?その事は、バックナンバー5月12日辺りに書いてあるよ。え~えっ!面倒だなぁ~。そう、貴方はいつも、そう言って来たね。どうして知ってんの?どうして分かったの? この爺様もそうだから・・・・・。
2007年07月05日
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常 仏 相 伴(じょうぶつ しょうばん) 喜文治 人は艱難辛苦(かんなんしんく)に、出会うと、「何で自分だけが?」と、思う。しかし、いつも自分の中に、神仏が宿っていて、その都度、艱難辛苦を、和らげてくれている。だから、奇跡的に、乗越えられて、今も、命が続いている。少しは、こっちの身にもなってみなと、神仏に言われそうである。 今日まで、何度も、恐い思いや、危ない目に、出会っているよ。でも、まだ、この世での、自分の宿題が、残っているから、逝けないよ。さて、さてその宿題とは? 自分を精一杯、喜ばす事ではない様だ。どれだけの、「感謝」を、集めたか?・・・・・・らしい。
2007年07月04日
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池の中で 波紋が 広がる遠く 離れて いた ので何が あったのか 分からない けど波紋が 届いたこちらでも 何かが 起これば波紋が 広がる考えて いない 所まで波紋が 伝わって 行く私達は 池の中に いる例えば家族と 言う 池 地域と 言う 池社会と 言う 池 日本と 言う 池世界と 言う 池 宇宙と 言う 池私達は 池の 中に いる直接 謝って 貰えない けどあらゆる 出来事 から大なり 小なり 影響を 受け直接 責められる 事は ないけれどあらゆる 出来事に 必ず何らかの 責任が ある私達は 同じ 池の 中に いるのだ から 喜文治 毎日の様に、この国で、殺人がある。外国で爆弾が爆発し、戦争が行われている。誰かがとんでもない発言をし、何処かの誰かが詐欺を働いている。富山の喜文治には関係はない。確かに、喜文治は日本人である。ならば、日本人として、怒り、留める、責任は、1億2千万分の1はある。爆弾テロや戦争に対し、富山の喜文治は関係ない。確かに、しかし、現在生きている、世界の人口の、一人である。ならば、世界人として、怒り、留める、責任は、60億分の1はある。しかし、パソコンの前から、離れようとしない。間違っている事に抗議をし、それを留める為の行動を、起こさなければならない。しかし、この爺様は、動こうとはしない。ただ池の中でじっ~としている。これでは、世の中、良くはならない。他人任せである。さんざん他人任せにしておいて、怒っている事がある。社保庁である。しかしそれもまだ動かない。仕事を替わり過ぎて、自分でも分からない、からである。行動を起こさないのは、年の所為ではない。おおちゃく者で、なまくらで、無責任である事が分かった。声を出し、具体的に、行動を起こさなければ、何も変らない。三文評論家気取りで、喋っていても、何も変えられない。池に住まわせて貰いながら、とんでもない卑怯者である事が分かった。ご免なさい。謝ってどうする。動けよ。動けっ~。
2007年07月03日
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喋らないでも 不機嫌では ない喋らないでも 怒っては いない喋らないでも 微笑んで いる お喋りの 殆どが無駄と 批判と 愚痴 品格の 無さと 教養の 浅さが丸見え だよ 喜文治 僕は喋って来ました。喋り捲(まく)り、喋り過ぎ、喋り倒し、品や教養は欠片(かけら)もありません。だから、喋れた。近所にとても素敵な、奥様がおられます。子供が同級生だった事もあって、家の上さんとは多少友達?僕も挨拶ぐらいは、頂ける。例えば、家の前で、雪掻き等していると、顔を覗き込んで、一言二言、お言葉を、頂ける。感激して、上さんに、報告をする。(まるで、幼稚園の、子供である。)何故、それ程までに素敵か?勿論、外見上も素敵であるが、喋らないからである。喋った事が無いから、勝手に想像と言うか?勝手にイメージを作っている。ゆえに、素敵なのである。町内の行事等でも、見掛けるが、佇(たたず)まいがまた良い。しかし、その人が、政治がどうの?株価がどうの?タレントがどうの?等と、凄くお喋りだったとしたら、僕は間違いなく、ドン引きすると思う。その内容が、正しかろうが、間違ってい様が、ドン引きである。喋らない。からって、何も伝えていない、訳じゃない。喋らなくても、様々なサインや空気を、発信しているのである。この見えない。オーラ?空気?雰囲気?こそ、意識したい。憧れていた人に、喋られて、ガッカリした例は、沢山あるが、喋られて、益々、憧れた例は、僕の場合は、殆ど無い。お喋りって、気を付けないと、心や頭を素っ裸にしてる。って事かな?僕は、その近所の奥様とは、話したい様な?話したく無い様な?微妙?な感じである。年齢はそろそろお孫さんが?と言ったくらいである。今後の自分も、喋らず、醸(かも)す、何かに期待したい。喋り過ぎたから?それもある。無言で素敵を醸したいから?そっ、そっ、その通り!無理じゃないの?醸すのは加齢臭ぐらいだよ。しっ、しっ、しかし。他に何か?いっ、いっ、いいえ。何もありましぇん。
2007年07月02日
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便 利 曲 者(べんり くせもの) 喜文治 便利だ。便利だ。と正規の手順を、省略したり、他人に任せていると、いざと言う時に、手順や、手続きが、分からず、手間取ったり、判断を誤る。物事の手順や、成り立ちは、見失わない様に、して置く事が、大切である。 日々色んな物が開発され、我々のなまくらさを、横着さを、我儘を、増長してくれている。その事は悪い事ではないが、それらを使う、我々の心の構え方が、問題である。例えば、携帯が離せない。友達は携帯の中にいる。24時間友達が、傍に居る気がする。突然、携帯から、消える。何も告げず消える。もう会う事も、話す事も、手掛かりは無い。実在していたのだろうか?それすら分からなくなる。携帯やパソコンが、主体であり、実体が、架空になりかねない。あくまでも道具である。物事の成り立ち。物事の真価。今一度。振り返って見たいものだ。誰が?・・・・・・・・・・・・・?俺がか?・・・・・・・・・・・・・・?そうか。俺の事か!
2007年07月01日
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