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惜しみなく 笑顔漏らさず 感謝 でも 完璧を 目指しちゃ 駄目だよ自分を 責める 道具に するから完璧に 出来ない から 神仏から 見ると 可愛いの応援して やりたく なるの 時々 忘れて 「 また やちゃった!」 で良いの心から 楽しんで やらないと本当の 修行に ならない もん 喜文治 笑顔引力。笑顔って、災いを弾き、幸せを引き寄せる、魔法の力が有るの。感謝裾分。感謝を独り占めにしちゃ駄目なの、周りにお裾分けしなきゃ、次のが来ないの。いつも笑顔で、いつも感謝を、お裾分けしている様な、人の所には、災いは近づけないの。何かを差し上げても、いつも喜んでくれる人の所に、また、差し上げるよね。神仏も同じなの。何を差し上げても、どうのこうのって、文句ばっかり言っている人には、上げないよね。神仏も同じなの。 いつも、惜しみない笑顔。いつも、感謝をお裾分け。神仏も喜んで、幸せを運んで来るの。完璧になんか出来ない事は、神仏は最初っから承知しているの。でも、一回でも少しでも、増やして行こうとするその努力が、大好きなの。応援してやりたくなるの。常に見守られ、応援を頂いているの。だから、独りじゃないの。いつも、神仏が、一緒なの。常仏相伴。(じょうぶつ・しょうばん)なのね。 5月10日に、人生って一人旅。だって、言ってたじゃん?でも、神仏と一緒なんだ?「 そうだ。」神仏は身体の何処に住んでいるの?「 良心って言うから、心だろうなぁ~?」心って何処よ?また坊さんの真似をして、俺を煙に巻こうと、しているでしょう?巻かれないよ。今日の俺は。トコトン食い下がるよ。さぁ言ってみなっ!「 5月29日にピントを書いている。」ピント?本当か?それでも納得が行かなければ?どうする?「 5月9日まで、遡って欲しい。」面倒な事を言うなぁ~? たださぁ、その神仏は、何にも教えないし、何にも言わないぜ?俺のは意地悪な奴か?「 いつも言っているそうじゃ?ただ、欲得にまみれている心には、聞えないそうじゃ?」爺様は聞いた事あるのかぁ~?「 ない!」欲得にまみれているからだろうが?「 そうかもしれない?」そうかもしれないって?おい、おい。他人事の様に、厚かましくも、よく言えたね?「 ・・・・・・?」まるで覚えが無いかの様に、しゃしゃと、よく言えるね?「 ・・・・・・?」覚えがあるだろう?心当りがあるだろうが?「 あります。」やっと認めたね。俺には素直万能。だとか、素直引力。って、言っている癖に?「 ご免なさい。」・・・・・・・・!俺も許すよ。「 かたじけない。」・・・・・? 誠に勝手なんですが、10月1日から3日まで、京都へ納骨の為、日記は休ませて頂きます。旅先でも書こうかと思いましたが、連れがおりますので、断念いたしました。ご免なさい。10月4日から、再スタートさせて頂きます。
2007年09月30日
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外面を 飾れば蝿(ハエ)が 集まり 内面を 磨けば蝿は 近寄れない 喜文治 外面を飾る、商品や方法は、後を絶たない。毎日、マスメデアを通して、雪崩れ込んで来る。化粧品ならまだしも、女性の生理用品のCMが、流れでした時、この国は変った。この国の女性達が変った。と思った。よく女性達から、CMに対するクレームが出ないのが、不思議だった。 雨の日に傘を差して、狭い歩道を歩く、向かいから、綺麗な傘を差した、女性が来る。二人が傘を差しては、すれ違えない。僕は傘を斜めにして、歩道際に立ち止まる事がある。頭をペッこりと、下げて通る方もいるが、大抵はそのまま通り過ぎる。この国は変ったと思った。この国の女性達が変わった。と思った。和服を脱ぎ捨て、権利を纏った。と思った。 勿論、一般に告知するCMは必要である。また、男女同権であるから、男が道を譲っても悪くはない。しかし、恥じらい。慎み。謙譲。等から醸し出される、可愛さや美しさが、感じ難く成って来たと思う。庇(かば)って上げたい。護って上げたい。譲って上げたい。気持ちが、自分の中から、失せて行くのが、実に寂しいなぁ~。と、感じている。外見は別人の如く飾れるが、内面の恥じらい、慎み、謙譲等を、身に付け、磨く事は、外見に気を取られている分、疎かに成っている様な、気がしてならない。 確かに、第一印象は、外見かもしれない。しかし、物腰。言い回し。話題の内容。仕草。等を総合して、評価が定まるものである。インパクトのある外見は、注目を浴びるかもしれない。その注目を、話して見たり、暫くお付き合いしてみると、外見だけでは、続かない。外見にインパクトはないが、その物腰、話し方や内容、仕草に、滲み出るお人柄は、いつまでも、殿方の心を、引き付けて、止まない。 自分の意見は持っていないといけない。しかし、黙って微笑んでいる、心の美人が、少なくなった様な気がする。この世に対する、未練が薄くなったのも、そんな事が、影響している様に思う。庇いたい。護りたい。譲りたい。そう思わせる大和撫子は、絶滅危惧種に、なったのか?金を掛けて、蝿を集めて、どうするの?心を磨き、殿方の心に刻み込ませ、生涯憧れられて、終わりなさいな。 爺様は、大和撫子を、探していたのか?「・・・・・・?」確かに、絶滅危惧種だなぁ~。「 でも、絶滅した訳じゃないだろう?」うん。しかし、その絶滅危惧種と、出逢うのは、爺様。至難の業なんだろうなぁ~?「 だから、もう良いんだ!いつお迎えが来ても!」寂しい事を言うなよ。俺が探してやるよ。ツチノコじゃないんだから、いるよ。「 間に合うかなぁ?」間に合わないかも知れねなぁ~?「・・・・・・?」
2007年09月29日
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片付けてから 動こうとするといつまで 経っても 動けないよ 動いたら 必要な ものだけが着いて 来るよ必要な ものが 揃って 来るよ 先ず 動こう 動いて みよう動きながら 考えよう動きながら 学ぼう動きながら 感謝しよう動きながら 背中で語ろう動きながら 役に立とう 動いて 見て 楽しく なかったら戻ろう 道を 改めよう動くから 様々な 事が 始まるの 喜文治 先ず、此処を片付けてから、進もう。立派な事だけど、動けないよ。此処って、切りがないの。次から次と、物事が押し寄せて来るの。居なくなれば、物事が止まるか?代わりの人が引き継ぐの。だから、片付けてからじゃなくって、行くよって言って、動かなきゃ駄目なの。 動き出すと、あれを持って来れば良かったとか?あの人を連れて来るべきだったとか?色々思うのだけれど、それで良いの。そんなに、必要なものなら、忘れないし、そんなに必要な人なら、先に声を掛けているよ。動き出す時は、そこで一度、縁を手放し、最小限のものだけで良いの。動き出せば、不思議と、必要なものが手に入り、必要な人と出会うの。新しい縁の始まりなの。 その新しいステージで、また学びが始まるの。考え。学び合い。感謝をし。背中で語り。周りに協力し。助けて貰いながら、旅は続くの。 例えば、 小学生は時期が来れば、どれだけ小学校が好きでも、良い先生と居たくっても、卒業するの。中学に行けば、そこで新たな出会いが有り、中学生の学びが始まるの。そして、やがて高校へと、ステージが替るの。替らなければならないの。そうやって、ステージを替えながら、学ぶ内容や深みも、広く、濃くなって行くの。恋もそうなの。相手を替えながら、どんどん学んで行くの。人生って、ステージを替えて、学びを続けて行く、旅なの。 そうそう。ステージを替えて、学んで行くの。俺を卒業して行った、女達は幸せにしているだろうか?爺様どう思う?「 そりゃ、幸せに決まちょる!」爺様もそう思うか?久し振りに意見が合ったじゃん!「 お前と居る時と比べりゃ、幸せに決まちょる!」おい。爺様。それって、どういう意味なんだ?・・・・・・?おい。爺様。俺って、そんなに・・・・・・嫌われ者?「・・・・聞かんと、分からんのか?」・・・・・・・?
2007年09月28日
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自分の 後ろに 過去が あり自分の 歴史が あるそれはこんにちの 自分を 創る為の練習であり 肥やし だったのだから練習が どうの こうの肥やしが どうの こうのもう そんな事は どうでも 良いの 一番 大切 なのは今 この 瞬間から 自分がどう 生きるかが 全てなの残された 人生と 言うキャンバスに何を どう 描くかが 全てなの 遠慮 ばかり していたり過去に こだわり 過ぎて いたら誰の 絵か 分からなく なるよ 喜文治 「 人は毎朝、生まれ変わっているとか?」 と聞きました。「 昨日までがリハーサル。今日から本番。」 って、大好きな言葉なんです。ご先祖様が、繋がっているから、今の自分がある。 今日まで、頑張って来たから、今の自分がある。 気に入っている部分も有れば、気に入らない部分も、あるでしょう?でも、それが自分なの。気に入った部分は、より伸ばして、気に入らない部分は、改善をして行けば良いの。気に入らない部分だけに、焦点を合わせて、落ち込んでいても、楽しくないもん。気に入った部分を、どんどん伸ばして、気に入らない部分を、忘れても良いの。色々有って、今の自分なの。だから、自分をもっと、好きにならなきゃ、駄目なの。自分を嫌いな人を、誰が好きに成って、くれますか?自分を愛せたら、他の人も愛せるの。愛おしい自分に、好きな様に、絵を描かせるの。青空を飛ぶ鳥の様に、自由に飛んで良いの。自由に飛べる時間って、そんなに長くはないの。昔こうだったから、周りがこうだからって、思っていたら、飛べないよ。描けないよ。人は前を向いて生きているの。この瞬間は、もう過去なの。その過去に捕われず、自分らしく羽ばたいて、良いの。描いて良いの。自分らしい絵を一枚、残せれば良いの。この世に、生きた、証しだもん。 賞味期限の切れた爺様は、何か証しを残せたの?・・・・・・・?自由に羽ばたいている様だけど、爺さまらしいものを、残せたの?「 この日記が、そのつもりなんじゃ!」この日記が、爺様の生きた証しのつもりなの?・・・・・・?ちっせっ!小ちゃくねぇ?・・・?それだけ?「 これだけ!」寂しいなぁ?もっとさぁ。なんかでぇ~んとした。おおおっ!てなもんないの?「 ない。」・・・・・・・・・・・?じゃあさ。カタカナで、書きな!カタカナが良いよ!・・・・・?ミヤザワケンジ。みたいにさぁ!・・・・・?頑固だねぇ?青年の意見もたまには聞きな!・・・・・?
2007年09月27日
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楽しく 生きたいなら 楽しく 生きている 人達を周りに 集めれば 良いよ 集め られない のなら 周りの人を 一人づつ楽しい 人に 変えて 行ったら 良いよ 楽しい 人達は 楽しい 人が 大好き だから楽しい 人達が 集まって 来るよ 楽しい 人達と 一緒に 居るとどうしても 楽しく なるよ 楽しいと 何でも 学べるの楽しいと 何でも 感謝 出来るの楽しいと 不思議と 病気に ならないの 周りを 楽しい 人達に して行こう 喜文治 顔の構造が整っていても、無表情な人をブスって言うそうなの。無表情って、自分の勝手だと、思っているかもしれないけど、本当は罪なんだよ。だって、一人で生きているわけじゃ、ないもん。普段、必ず、何人かの人と、接しているもん。街で、すれ違う人も入れると、とんでもない人数の方々と、接しているのね。自分が何等かの事情で、ブスッっとしていると、接した人の殆どに、不愉快な感じを、与え、うつしたの。貰った方も、うつされた方も、不愉快な上に、またそれを周りに、伝えてしまうの。まるで、不愉快と言う、伝染病を、撒き散らした事になるから、無表情は罪なの。自分の勝手じゃ、済まされないの。逮捕はされないけど、間違いなく、罪なの。閻魔様は見逃さないのね。 徒歩通勤の爺様は、駅の地下道を歩いているの。時折、女子高校生達が、大きな声で話しながら行くのと、すれ違うの。確かに喧しいのだけれど、楽しそうに笑いながら、遠ざかって行くの。学校が楽しくないから、友達とわざとTVの話でもして、憂さ晴らしをしている、のかもしれないけど、笑顔で、元気で、少なくとも、その瞬間は、楽しそうなの。 この社会に生きている以上、自分では考えもしない所まで、何等かの影響を、互いにし合っているの。だから、笑顔が消えてるって、ブスッって、しているって罪なのね。自分の笑顔で、笑顔の人を、集めて行こうって、話なの。先ず、家庭から、改めなきゃいけないんだけどね?家庭って、楽屋だから、結構難しいの。 そうか?爺様がそうだよね!その顔でブスッてされたら、みんな近付かないよね。かと言って、その顔で、微笑まれても、キモイしねぇ~!・・・・・・?まぁ~。しゃないけどね!そんな顔で、出て来ちゃったんだもんね?親達の顔を、一度見てみたいよねぇ?・・・・・・?同じ生まれても、俺の様に美しく生まれるのと、爺様みたいにハンディーで来るのとじゃ、その後が大きく違うよなぁ~?・・・・・・?同情するよ。よく頑張って此処まで生きて来たよ。表彰もんだよなぁ~?・・・・・・?おい。お~い。何処さ行くんだ?また泣くんだろう?その顔で泣いていてもなぁ、汚いだけだぜっ!・・・・・・?
2007年09月26日
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人生って 本当は 真っ直ぐな 一本道其々の 課題を 背負って 感謝 しながら 歩く真っ直ぐな 一本道 それを 左右に 道を 外し 上下に 迷い何倍もの 道程を 煩悩と 道連れに 成って 歩むそんな 旅を している のは 自分の 心 人生って 本当は 真っ直ぐな 一本道 喜文治 爺様。知ってた?人生って、真っ直ぐな一本道なんだって。俺には複雑で、曲がりくねっていて、時には消えている事もあると、思っていたけどなぁ?上っては落ち、落ちては上り、右にやらされたり、左に転がったり、大変なんだけどなぁ?爺様だって、そう思っていたでしょう?「 お前、昨日は居なかったのに、また帰って来たのか?」爺様が寂しがっていると、思うからさ。帰って来たさ。・・・・・・?話をはぐらかすなよ?・・・・・・?人生って真っ直ぐな一本道だって!どう思う?「 何にも、思わねぇよ!」えっ?どうして?真っ直ぐだと思っていたのか?一本道だと思っていたのか?それって、後出しジャンケン、じゃん。ずるう~。「 例えば、株で儲けた人が居る。その人は今度は、株で大損する。」それで?「 株をやらなければ、僅かな蓄えが、手元にあった。」やっぱり株は駄目か?「 そうじゃねぇよ。上がるから落ちる。元の位置より、深く落ちる。」それで?「 生きて行くだけなら、淡々と感謝の修行を、続けるだけで良い。って事かな?」それじゃ、詰まんない人生じゃないの?「 そういう意味じゃ、人生って面白可笑しいものじゃ、ないんだろうなぁ?」株で儲けたり、商売で稼いだり、旅行したりするから、人生楽しいんじゃないの?「 それを、真から楽しいと感じる人には、詰んないだろうなぁ?」おい。爺様。その真から。って、どう言う意味なんだ?「 微力でも、自分の出来る事で、他人様が喜んでくれる。その嬉しさや楽しさが、真だ。」自分が頑張って、自分を喜ばすのは、真じゃないのか?「 真じゃ、ねぇー!」言い切った。久し振りに、言い切った。・・・・・・?爺様。俺ちょっと、また、出掛けて来るわ。「 真似すんじゃねぇ~。」・・・・・・・?
2007年09月25日
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この世での 滞在時間は短い 『何故産まれて来たのか?』 を考えている内に終る 難しい言い方やややこしい説明では 生きている間に間に合わない 『 それを考える為に 産まれて来たんだ。』 と 有名寺の教授がTVで言っていた 『山を下りて 汗かいて働けば?あなた方こそ地獄だよ。』 と言ったが 僕の所には何処からも 取材は来ない教授自身が 富士の樹海で迷子に成っているのに 道を尋ねられて『 尻を西に向ければ 顔は自(おの)ずと東を向く。』 と 嘯(うそぶ)いているお天道様が昇る所が東で 沈む所が西と 子供でも知っている『 何故産まれて来たのか?』 ・『 どう生きれば良いのか?』生きている間に使えるから 有り難いのであって 死んでから幾ら有り難いお経だと言われても 手遅れである我々凡夫(ぼんぷ)の 艱難辛苦の現場に 降りて来てこそ 宗教でしょう?山奥の高い塀の中に居て 救いたいと言う凡夫の迷いを どう諭し導くおつもりですか? 喜文治 お釈迦様は死後の世界の事は、如何様にでも言えるからと、一切話されなかったそうです。親鸞さんは、死ねば骨を鴨川に流してくれと、言われたとか?でも、現代に死後の世界の話は尽きないし、通夜・葬儀・法事が衰えてはいない。宗教や宗派によって、その作法は事細かに、決められている。 江戸時代に寺の経営が厳しくなり、幕府に相談をしたそうである。幕府は、市町村役場の住民課の様な、役割をしていた寺を、無視できず、では、一人亡くなれば、何度も葬儀をして、稼いだらどうだ?それが法事・法要になったとか?本で読んだ事がある。 死んだら、お墓にお骨が納められるが、最近はそこには居ないそうである。風に成って吹き渡っているそうである。そんな歌が持て囃されている。この日記も10月1日2日3日お休みをさせて頂きます。京都に納骨をする為に休みます。ご免なさい。仏教も嫌いではない。どんな物にも神が宿る。そんな考えも嫌いではない。しかし、現代の宗教は、国政の与党と同じで、民の心を捉えていないと思う。民を振り返らずして、誰の為の宗教であり、国政なのか?首を傾げたくなるのは、この爺様だけなんだろうか?早く気付いて、民を導いて欲しいと、願わずにはおれない。それとも諦めて、自分で切り開いて行くしか、ないのだろうか?・・・・・・・・・・?
2007年09月24日
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絡(から)まった 糸は 水の 中で ほぐれ 固まった 心は 笑顔の 中で 緩(ゆる)む 喜文治 悩んでいる。困っている。悲しんでいる。掛ける言葉が、見付からない。ただ、傍(そば)にいれば、良いんだよ。その人が、気が済むまで、傍(かたわ)らに、いて上げるだけで、良いんだよ。その人が、自分の答えに、辿り着くまで、傍らにいるだけで、良いんだよ。 言葉を掛ければ、言葉に拘り、心が波立つ。何かを言い出せば、頷いているだけで、いいんだよ。貴方は一人じゃないよ。気に掛けている者が、此処に居るよ。そのことが、伝わってたら、良いんだよ。大変な時って、お友達を、見失っている時なの、だから、一人じゃないよ。此処に居るよって、伝えたら良いの。泣くだけ泣いて、悩むだけ悩んだら、自分を取戻せるの。それを優しく、微笑んでいる気持ちで、静かに待って上げれば良いの。 絡まった気持ちは、本人の意志で、解かなきゃいけないの。それも修行なの。そしてそれを、静かに見守っているのも、修行なの。ピンチな時に、傍を離れないから、お友達なの。一緒に、修行するから、お友達なの。 爺様。良い話だね。俺は爺様から、離れないよ!・・・・・?何だよ?その厭そうな顔は?・・・・・?俺はさぁ。爺様の唯一の友達だからさぁ。心配で離れられないんだ!・・・・・?他に友達いないだろ?・・・・・?有り難く、思はなきゃなぁ~。「 ちょっと、出掛けて来る。」おい。おい。見栄張って、何処へ行くの?友達も居ないのに。「 一人に、なりたい時って、大人には有るの。」暗くなる前に、帰って来るんだぞ!「 ・・・・子供かよ?・・・・ 」
2007年09月23日
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褒める 認める 許す 教える 見守る 甘える 愛が ないと 出来ない ね 喜文治 褒める。簡単そうだけど、心の余裕がないと、出来ないね。認める。似た様な自分に経験がないと、出来ないね。許す。相手より大きくないと、出来ないね。教える。相手から求められないと、出来ないね。見守る。相手の責任を取る気でないと、出来ないね。甘える。相手に甘えさせるつもりがないと、出来ないね。褒める。認める。許す。教える。見守る。甘える。相手に対する愛情がないと、形だけだったり、条件付きだったり、その場しのぎに成ってしまうの。愛情がないと、相手に伝わらないよ。愛情が篭っていない事は、相手に悟られてしまうよ。 褒める。認める。許す。教える。見守る。甘える。一見、相手の為の様だけど、実は自分の為なの。褒めたくなる人や認められる人、許せる人や教えたくなる人、見守れる人や甘えられる人に、囲まれていると、自分が楽しいから、幸せが満ちてくるの。だから、褒めて。認めて。許して。教えて。見守って。甘えていると、自分が楽しいよ。相手の為にじゃなくって、自分の為に、どんどんそうして上げようよ。自慢できる友達を、沢山作って行こうよ。 爺様は、俺を褒めた事ってないよな?俺を認め、俺を許し、俺に教えた事って、ないよな?俺を見守り、俺に甘えた事ってないよな?・・・・・・・?爺様。俺に甘えてご覧よ。・・・・・?誰も見てないからさ。甘えてご覧?遠慮しないで!「 気持ち悪う~?」何か言ったか?・・・・・・?爺様。早く~、甘えてご覧よ?俺は愛が溢れているよ。「 ちぃっと、出掛けるわ。」いい年をして、照れ屋さんなんだから・・・・・!・・・・・・・?
2007年09月22日
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自分 以外は 皆 師で ある年齢の 上下に 拘(かかわ)らず 性別の 違いに 拘らず動物も 植物も周りの 全ての 事象・ 現象が 師で ある学び 力が 有る ならば自分 以外は 皆 師で ある 喜文治 5月17日に書いた。『 来る日も、来る日も、様々な姿をされた、何人もの、お釈迦様や、イエス様に、出会っているのに、不平不満に、捉(とら)えられている、私には、分からないんだ。 』 友達って、お釈迦様の化身?子供って、イエス様の化身?良い事、言っているよ。忠告してくれてるよ。教えてくれたるんだよ。でも聞えない。聞く気がない。自分の方がよっぽど、知っていると思っている。素直じゃないもん。人に指示されたくないもん。分かっているもん。 もし、お釈迦様やイエス様の化身に、本当に出会ったら、素直に信じられるだろうか?おそらく誰も、信じ様とはしないだろう?あのお釈迦様だよ?あのイエス様だよ?おそらく証拠を見せろ!とか、失礼な事を言うんだろうね?それは、自分も大人に成って、久しい。いっぱしの人間として、自惚れているからだよね。和尚さんや牧師さんも、取り合わないだろうね?本物が分からない。傲慢に成り過ぎて、情報に翻弄されて、学校の勉強をやり過ぎて、本物が分からない。学ぶ力が失せてしまっている。本物の化身である、お釈迦様に背を向けて、木でこさえた仏像に手を合わせているだろうね。本物の化身である、イエス様に尻を向けて、十字架に跪(ひざまず)いているだろうね。何を聞き?何を見詰め?何を信じているのだろうか?お釈迦様で有る。イエス様である。と言う、印籠でも出さないと、駄目なのか?印籠も信じないだろう。 素直に成ってものを見ようよ。素直に成って聞こうよ。素直に成って本物を見抜く力を養おうよ。素直になったら、全てのものが、お釈迦様であり、イエス様で、自分に取っては師だよね。今朝、すれ違ったあの人が?今日、軽く挨拶していたあの人が?今、目の前にいるその人が、化身かもしれない?いつもの様な、偉そうな態度は、慎まなければならないよね。その位、謙虚に生きようよ。その位、畏(おそ)れて生きようよ。いつからそんなに、偉く成ったんだ?どんな根拠を持っていて、そんな生意気な人間に成ったんだ?でも、「 幸せには、なりたい。」 神仏も呆れているよ。絶対させないよ。その心の構え方を、改めない限り、意地でもしないよ。 爺様。神仏も、意地ってあるの?・・・・?だから、いつも幸せが俺の前を、通り過ぎるの?・・・・・・?今度、近付いて来たら、足を掛けて、転ばせて、幸せ少し、置いてけっ~。二人で言って見ようか?「 一人で、やってなっ。」冷てぇなぁ~!一人でかよ?爺様は転んだ拍子に、零れた幸せ拾おうと、考えてじゃないの?・・・・・・?やっぱりそうか!俺だけ悪者かよ?それで良いのか?・・・・・・?あぁ~。幸せって、どっちから来るんだろう?足を鍛えておこう、っと。・・・・・・?
2007年09月21日
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幸福 には コツが あり 不幸 には 癖が ある 喜文治 不幸な人って、一生懸命、不幸に向かって、行ってるの。こうしたら良いよ。こんな考え方があるよ。って言っても、弾き飛ばして、不幸へ一直線なの。そして、誰かをとらまえて、どの位不幸か、いつまでも喋っているの。絶対、幸福にならない様に、厳重に自分を守っているの。あんな人は良いよねって愚痴。あの人は駄目よって批判。自分の境遇を呪う溜息。全部、人様との比較によって、自分の現在位置を、確認しているの。直そうとしない方が良いよ。うつるか?具合が悪くなるから。本人が気付くしかないの。気付いて、何処が悪いんだろう?どうしたら良いんだろう?と、考え出しても、まだ駄目。話に巻き込む、手段だったりする場合が、多いからね。笑って居れないの。本人が気付いてないだけで、圧倒的にそっちが多いんだからね。 比較はしても良いの。でもね。自分との比較なの。昨日より今日。去年より今年の、自分が少しでも、良く成っていたら、凄い事なの。傍から見れば、そんな僅かな事で、自画自賛して、馬鹿みたい。でもそれで良いの。進歩だもん。魂を磨いたんだもん。感謝が沢山、出来る様に、なったんだもん。色んな人がいるから、最初っから、かなり出来る人も、確かにいるの。でも、この世と言う、修行の場は、自分との比較だから、関係ないの。産まれて来た時よりも、どの位マシな魂にして、戻るかなの。 元々、かなり磨き込んだ魂が、周りを馬鹿にしていると、この世で反って、汚しているの。閻魔様が、調べるのは、魂の before vs after なのね。この差が大きいと、素敵な所へ行きの、チケットが貰えるの。その差が本物になったかどうか?を、この世でも、試されたりするの。どんな時でも、笑顔で感謝していると、守護霊さんがどんどん応援してくれるの。愚痴や批判や溜息ばかりついていると、守護霊さんは楽しそうな人の所に遊びに行くの。守護霊さんは、いつも頑張ってくれているのに、文句ばっかり言っていると、やっぱり腐るの。笑顔とか感謝が好きなの。だからもっと頑張ってくれるの。 爺様。俺の守護れさん、まだ居てくれてるかなぁ~?・・・・・?この間から、文句ばっか、言ってたからなぁ~?・・・・・・?守護霊さんが居なくなったら、変な背後霊さんが来るって、本当?・・・・・?何とか行ってよ!爺様?「 背後霊とは、口をきかん事にしとるんや!」やっぱしっ!やっぱしなぁ~。どうしたら、背後霊さんが、消えてくれるう~?「 守護霊さんに、戻って来て貰わんと駄目じゃ!」どうしたら、戻ってくれるかのう~?「 さっきの話の中に、答えがあったじゃろう?」・・・・・・・?
2007年09月20日
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人に 役立つ 事が 自分を 生かす 道で ある 喜文治 人様に、喜んで貰うのが、商い。人様の、お役に立つのが、生きる甲斐。ついつい、自分を、第一優先に考えて、言動を始めるが、反って、利益・恩恵は、限界があり、少ない。 周りを優先にしていると、遠回りの様だけど、利益・恩恵が続き、累計で勝る。更に、回りを優先していると、回りの人柄が、どんどん見えてくる。そう言う人には、それなりの付き合い方が、自ずと発生してくる。兎に角、この世は動物園だから、色んな動物が、思い思いで言動を起こすの。その諸行を拝見した上で、こちらの対処方法を、取れば良いのである。 こんな自分でも、人の役に立つ事が出来る。って、確信したら、世の中は楽しくなるの。自分の為に、出来る限り、周りを利用しようと決めたら、自分が辛くなるの。人の役に立つとは、その人の為の様であり、実は自分の為でもあるの。よって、お礼の有無は、二の次である。 自分を幸せにし様としたら、周りの人達を幸せに、しなければならない。幸せな人達に、囲まれていたら、不幸になりたくても、させてくれないよ。 周りを幸せな人達に、包囲されていると、不幸にはなれない。って。爺様分かった?・・・・・・・・。何処に行けば、その幸せな人達の塊(かたまり)に、会えるのかなぁ?・・・・・・・?ねぇ。爺様は長~く生きていて、その塊、見た事な~い?・・・・・・・?そうっか?ある分けないよね?あったら、ここで、俺と話してないよなぁ~。・・・・・・・。どんな、色しているんだろう?その塊?どんな、匂いがするんだろう?その塊?・・・・・・?しかし、本当に、役に立たない、年寄りだなぁ。爺様は。その塊を、見掛けたら、絶対教えてくれよ!爺様!・・・・・・・?
2007年09月19日
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頑張った 人だけの ご褒美 それは 感動と 言う 宝物 喜文治 色んなデーターや資料が、手に入る時代である。何を、いつまで、どう出来なければ、達成できる可能性が、20%を切る。そんな事まで、推測が出来る、時代である。だから、最初から、やらない。無駄な努力は、意味がない。頭が、言わせている、言葉である。一見、賢そうで、理論的である。果たしてそうだろうか? この世の中が、頭で考えた通りに成るのなら、何も言えない。しかし、この世は、頭が、考えが、支配している訳ではない。この世には、心、思い、気持ちと言う、もう一つ別の、強力な要素が、関わっている。不可能と思われていた事が、達成される。絶対無理と言われていた事が、完遂される。人々は驚嘆と賞賛で、向かい入れる。頭や、考えを、優先して来た人達は、何故達成出来たのか?どうして、完遂されたのか?したり顔で、説明を、始める。自分が関わった訳でもないのに。この世は、頭であり、考えの優れた者が、偉いと思い込んでいる輩である。 町工場で、コツコツと、積み上げて来た技術が、脚光を浴びる。将来性がある。儲かると解かれば、買収に血眼になる。上場を遂げ、株を売却し、次のターゲットを、探す。正に狩猟民族である。獲物を追い掛け、世界を渡り歩く。自分達こそ、賢い選民だと、嘯(うそぶ)いている。 そんな狩猟民達がいる一方で、冷害があろうが、干ばつがあろうが、台風が来ても、水害に合おうが、その土地を離れず、精一杯の労力を注ぎ込み、後はお天道様に任せる、農耕の民がいる。ある年はお天道様を恨み、ある年はお天道様に感謝をしながら、生きて行く。確かに、賢くはないかもしれない。でも懸命に生きている。そこにこそ、真の感動がある。私が神仏ならば、そんな愚鈍な農耕の民が、可愛くてならないが、近頃は、神仏の世界も、政権交代があったのだろうか?そうではあるまい。その基準が、普遍だから、神仏である。 爺様は賢くなさそうだから、農耕民族だな?・・・・・・・。俺は賢いから、狩猟民族だな!・・・・・・?まぁ、安心してな。爺様の食い扶持ぐらい、この俺様が確保してやるよ。・・・・・・・?で、ちょっと、腹減っているだけど、この焼けた餅、食って良いよなっ!「 断るだけ、進歩したじゃん?」まぁ、大船に乗ってつもりで、俺に任せとけっ!って。・・・・・・・?少し、餅持って行って良いかなぁ?「 はぁ~?」はぁ?じゃないだろう?返事は、はい。だろう?・・・・・・・。
2007年09月18日
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好きな 者 同士 迷惑を 掛け合い 大切な 者 同士 だから こそ 傷付け 合って 生きて 行く そして その度に 絆が 深まって 行く 喜文治 大好きな人と、一緒に居る。でも、お互い迷惑を掛け合う。大切な人だから、いつも傍に居たい。でも、時々喧嘩もする。我儘な自分が、好きな人、大切な人によって、どんどん大人へと、成長させてくれる。こんなに優しい、気持ちに成れたのも、好きな人のお陰。こんな学びを、させてくれたのも、大切な人のお陰。お互いが其々の先生。お互いが其々の師匠。この人で良かった。この人の傍に、居れて良かった。 そんな先生や師匠を、沢山持っていた方が、人生が豊かなの。色んな角度から、様々な見方があり、考え方がある事を、教えて貰った。それを直ぐに、自分の人生に置き換え、参考にして、味わえる。自分も先生。自分も師匠。そして大好きな人や、大切な人々に、囲まれて暮らして行きたい。そんな環境を、作り上げて行くのも、周りに支えられている、絆の知恵。 好きな人?大切な人?先生?師匠?絆?なんかさぁ。爺様とは、全然無縁な、言葉が並んだよなぁ?・・・・・・・・?爺様には、俺しか居ないもんなぁ~?・・・・・・・?唯一の友で、好きで、大切な人で、先生で、師匠で、絆って役を、俺がやっているんだもんな?・・・・・・?俺って、忙しいなぁ~!・・・・・・?爺様もさぁ。俺にばっか、頼っていないで、自分でも努力ってもんをさぁ、やってみなよ!・・・・・・?少しは、人の為に、喜ばれてみな。亡くなった時、線香の一本でも立ててくれるかもよ?・・・・・・?今のまんまだと、亡くなっても、誰も気にも留めないぜ。・・・・・・。俺っ?俺も解かんないなぁ?行こうとは思っているんだけどなぁ?・・・・・・。
2007年09月17日
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当然な事と 当たり前な事と 感謝すべき事は同じ 系統の 色だから 見分けが 付き 難いと思っているの 実は 当然の事も 当たり前の事もこの世には 無いの全てが 感謝すべき事なの 気付くべき事 感謝すべき事を自分の 都合で 勝手に「 当然 」 とか 「 当たり前 」 に変換して 済ませているの 変換しておいて『 なんで 幸せに 成れないのでしょうか?神様ぁ~。」神仏も 今更 聞かれても 困るの幸せの種を ず~っと 贈り続けて いるのを踏み付けて 私にも 幸せを くださいって 言われても渡しようが 無いの 喜文治 幸せの種?って何処にあるの?幸せの種?って何処に落ちてるの?幸せの種?ってお高いの?幸せの種?ってどんな袋の入っているの?幸せの種?ってどうやって手に入れるの?幸せの種?ってどうやって育てるの? 自分が今、息している事も、幸せの種なんだよね。蛇口を捻ると、水が出て、顔を洗える事も、凄い事じゃないの?何気無く、当たり前だと、思っているけど、幸せの種で一杯の所に居るの。色んな人が、みんなで育てて、便利にしてくれてるの。今度は、自分が、皆さんの為に、幸せの種を育てて、喜ばせて上げるの。皆さんが、喜んでいるのを見て、貴方が改めて、幸せに気が付くの。その喜を励みにして、また、幸せの種を、育てるの。どんどん育てて行くの。そして、どんどん幸せに、気付いて行くの。この世に来て、お客さんみたいな事を、いつまでもしていると、幸せに気付けないの。 息をしているって、幸せの種を、消費している様な、ものなんだって?消費ばかりしていても、幸せには気付けないんだって?幸せの種を、自分なりに育てて、周りにお裾分けして行くと、気付くんだって?爺様。育てた事ある?消費ばっかり?・・・・・・・。そこまで生きると、育てた分、以上に消費して、しまっているよね?・・・・・・・。俺が爺様の分まで育てて、皆さんを喜ばしてやるか?・・・・・・・。ところで爺様。幸せの種、買ってくるから、お金頂戴!「 はぁ~? 」はぁ~じゃねえよ。とぼけないで、ほら、早く、お金出しな!・・・・・・・?俺の分と爺様の分、早く出しな!・・・・・クシュン。
2007年09月16日
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普段 誰でも 生活を して行く 時の 意識や 仕事を して行く 時の 意識で(生活意識・日常意識とでも、言うべき、主に頭で考える社会的な意識(チャンネル)だね) 話し 聞き 行動をし 概(おおむ)ね 滞(とどこお)りなく 社会は 動いている その 生活意識や 日常意識と 言う 帽子を 脱ぐとそこに もう一つ 別の 意識が 現れて 来るそれは 個人と 言う 自己意識であり 人間としての 根本的な意識である 自分って何? 自分って誰? 人間って何?何をする為に産まれて来たの?何処へ行こうとしているの? 何故働くの? 何故学ぶの? 何がしたいの?親子って何? 夫婦って何? 愛って何? 等などと 言った 意識(チャンネル) である(それは 社会的意識である 頭の意識に対して 心の意識である) 自分に 想像を 絶する 事故や 事件が 降りかかって 来た時や今の様に 社会が 病んだ時 頭の意識を 幾ら 弄(いじ)くっても 徒(いたずら)に時間が 流れて 行くだけで あるそんな時は 一人ひとりが 根本的な 意識である 心の意識から 建て 直さ なければどうにも ならない 社会的 意識である 頭の意識で 乗越える 段階は 既に 過ぎている どれだけ 面倒で あろうが どれだけ 時間が 費やされ 様が 一人ひとりが 人間としての 根本的意識である 心の意識を 建て直さない 限り この病は 治せない一人ひとりがである 喜文治 爺様よ。何か?今日は、難しいものを、振り回しているね?・・・・・・・。いつもの、意識じゃ駄目だと、怒っているのかぁ~?・・・・・・。なんかさぁ~、俺達の、奥にある意識が、腐っているって、事なの?「 そうは言ってないだろう?」でも、言い方が、いつもと違うよ?怒っているんだ!腐ってしまったって。「 もっと、自分の心と対話をして下さい。って事だろう?」何だよ!爺様は、今日は、やけに、喜文治の肩を持つじゃねぇかよっ?回し者か?「 そうじゃないよ。心を疎(おろそ)かにするなって。言っているのだろう?」疎かって、対話の事?俺の心に誰かが居るのかよ?気持ち悪いっ!「 お前の様な者にも、良心と言う、神仏さんが、おられるの。」両親っ?ヤバ。もう帰って来るなっ!お前なんか感動だっ!って言われたんだぜ。「 自慢かよ?第一漢字が違うだろう?」感じ?もう、両親とはもう話せないよ。無理を言うなよ。「あのなぁ。その心の神仏さんと、お話しをしましょうって、事なんだろう。」いつから居るの?「 産まれた時からだよ。」黙って?「 そう、お前から話し掛けないと、駄目なの。」意地悪だなぁ~。「 そうじゃないよ。いつも話し掛けているけど、忙しいとかと言って、聞いてないの。」誰が~?「 お前自身が。」そうかなぁ。じゃ五月蝿くて、しょうがないだろう?「 ・・・・・・・・もういいよ。」だって、・・・・・?
2007年09月15日
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手が 届かないから 執着し 手が 届けば 飽きてくる 手が 届いたものこそ 大切なのに 喜文治 物事に執着すると、周りが見えなくなる。ましてや、誰かと奪い合いになれば、尚更である。何が何でも、欲しくなる。どうにか手に入った。ホッとする。改めて、手に取って見ると、やっぱり嬉しい。しかし、そこいら辺が、気持ちの頂点で、何であそこまで、執着出来たのか?自分でも不思議の思えて来る。毎日、目に触れる所に置き、眺めたり、触ったり、兎に角、独り占めである。お早う。行って来ます。ただいま。お休み。と、声まで掛けたりする。磨いたり、置き場所を替えたり、照明を当てたり、夢中である。しかし、誰も、良いねとか、自分も欲しいとか、高かったんでしょう?とは言わない。兎に角、独り占めしているのだから、誰も知らない。手に入れた事を、友達に話してみるが、今一、反応が鈍い。誰も見たいと言わない。仕舞に、変っているわねぇ?って、言われしまう。もう声を掛けるどころか、見ないし、触れない。その内、存在も忘れ、やがて疎(うと)ましくさえなる。周りが騒ぎ、憧れるから、自分もその気になったが、必需品や実用品ではなかった。もう誰も、騒がないし、憧れてもいないし、話題にもならない。従来から使っていた、何気無い物の方を、また使い出した。それで、自分には充分なのだ。執着って、瞬間的な、病気だね。執着して、また学んだんだよね。 爺様。今の話って、旦那の事?それとも恋人の事?「 品物だって、言ってたじゃないか! 」そうかなぁ~?俺には男と女の話の様な気がして、ならないのだけどなぁ~?「 お前にしちゃ、えらく深読みじゃねぇか? 」爺様。本当に、本当に品物の話なの?「 くどいねぇ!」あっ、そうか!旦那も品物なのか!そうか。そうか。えっ。・・・・・・・・?
2007年09月14日
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人は 悩みを 持って いないと 実は 寂しいの常に 敵を 持って いないと 寂しいの辛い 記憶を 持って いないと 寂しいの悲しい 思い出を 持って いないと 寂しいの他愛の無い 愚痴を 言って いないと 寂しいの友達の 愚痴を 聞いて いないと 寂しいの 誰かを 恨んで いないと 寂しいの 誰かに 叱られて いないと 寂しいの 誰かに 憧れて いないと 寂しいの 凄い 高僧が 現れて 全部 解決 されるとやっぱり 寂しいの寂しがって 居たい 動物なの人って 実に 厄介なの 喜文治 自分の心の中に、幾つかの席が、用意されているの。例えば、恩師の席。恋人の席。敵の席。親友の席。憎い人の席。等色々の席があるの。人、其々に、席の数や、種類は違うの。席は有るけど、今は空席って場合も、結構有るの。空席が目立って来ると、心が寂しいぞぉ~う。って、言い出すの。慌てて、周りから候補者を、無理やりでも、座らせるの。仮の人でもいいから、取り合えず座らせるの。そうすると、心が暫く、落ち着くの。でも仮は仮だから、長くは持たないの。だから、席に座ってくれる人を、いつも探しているの。本当は席を減らすか、無くせば良いんだけれど、やっぱり、寂しいの。余談だけれど、特別席ってあるの。奥の院って、言って、一席だけなの。恋人しか座れない席なの。既婚とか独身とか関係ないの。ベールの中で、誰も覗けないの。自分しか知らないの。 爺様。聞たかや~?一度は座って見たいもんだなや?その奥の院の席。勿論、爺様は座った事なんか無いわなぁ~?どうせ座るんだったら、あの娘の席が良いなぁ~!どう思う?爺様。・・・・・。「 勝手に、気が済むまで、言ってなっ!」なっ、何か言ったか?・・・・・・・。最近、爺様。独り言が、多いぞっ!老化の証拠か?・・・・・・・。
2007年09月13日
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我儘(わがまま)って いけませんか? なんで?我儘って 個性でしょう? いけませんか? 違いますか?我儘って 素の自分でしょう? いけませんか?装っていて 楽しいですか?我儘って 気持ちが 良いけど いけませんか?身体も 喜びませんか?我儘だから 人生でしょう いけませんか?誰の為の 日々ですか? 周りに 気を 使い 顔色を 伺い 息を 殺して兎に角 相手や 周りに 合わせる空気を 読む 流れに 乗る それって 一見 立派 だけど楽しい 人生って 言えますか? 誰にも 迷惑を 掛けずに 生きて 行けますか?誰に どの位 どんな 迷惑を 掛けるか でしょう?その 人が 迷惑と 感じるか どうかじゃ ないですか? 迷惑を 掛けられて 嬉しい 事って ないですか?いとおしい 相手に 迷惑を 掛けられても 平気ですむしろ 世話が 出来て 嬉しいし 幸福ですいとおしいと 思える 人を 持っているかって ことでしょう 喜文治 ある言動が、我儘か?どうか?迷惑か?どうか?それに関わる人が、判断すれば良いの。 傍の人が、聞かれてもいないのに、口を挟むべきじゃ、ないのかもしれないの。もし、気にするのなら、自分の事を、振り帰って見ましょうよ。どの位の迷惑を、誰に掛けているのか?どの位の迷惑を、誰から蒙(こうむ)っているのか?そして、それらが忍耐の許容範囲内なのか?危険区域に達しているのか?考えて見ましょうよ?自分は、迷惑を蒙っていても、掛けた事がない筈。「筈」は自分の思い込みでしょう? 無理を言って欲しい。我儘を言って欲しい。迷惑を掛けて欲しい。それが、愛おしい人ならば。じゃ、僕の無理を、我儘を、迷惑と言わずに、受入れてくれる人が、いるのか?喜んで、「分かったよ!」って、言ってくれる人が、いるのか?いません。僕が人様に、そうやって来なかったから、いる筈がありません。10人の方に、100人の方に、そうやって来て、お一人いるかいないかでしょう?いません。自分が誰かに真から愛おしいと、思われていない事が、今、この瞬間に分かっってしまったぁ~。断言できます。悲しいけれど、いません。そんな生き方をして来てしまった。 爺様もそうだよなぁ!見てりゃ分かるよ!・・・・・・。だから独りぼっち!可哀相!・・・・・・。俺はそうはならないぞ。爺様を見ているからな。反面教師って奴?・・・・・・。えっ!ってこたぁ~? 爺様が俺の師匠って事?・・・・・・。反面が付くけど、俺の先生?ヤダよ~!「 ざまあみろっ!」何か言った?・・・・・・。否?
2007年09月12日
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恩に 着せたら 薄っぺらい 言い 訳したら 後ろ めたい 怒り 散らしたら 消え 入りたい 黙って 微笑んで 居れる 懐(ふところ)が 欲しい 喜文治 人間関係って、一番大事で、一番難しい。サービス業で店長をしていたが、閉店に伴い、製造業に転職した。しょっちゅう連絡をして来た。僕には向いていない。こんな事があった。あんな事があった。どう思う?明日、辞めるかもしれない。今度叱られたら、辞めるかもしれない。警告であるが、相手が違う。そう言わずには居れない、状況だったのだろう?3年が経ち、彼からの連絡は途絶えた。死んだ訳ではない。今年の年賀状の返事に、「どうやら落ちつたみたいだね?」と、書いたが、メールも来ない。それで良いんだ。職場に友達が出来たのだろう?愚痴はそこで相殺されているのだろう?仕事そのものは、本人が言う様に、向いているとは思わない。しかし、こんな時期に、自分に適正な仕事が、簡単に有るとも思えない。とってもお客様に、人気のある店長だった。そんな自負が転職で愚痴に変った。仲間が好きに成れなかった。黙々と機械的な流れ作業が、許せなかったのだろう。しかし、嫌々の飲み会等を通じて、周りと話してみると、同じ様な思いの人がいた。その人に心を許してみた。他にもいた。時々友達と話し込む様になった。もう僕は必要なくなった。否、むしろ邪魔になった。その職場を続けて行く上で、価値観の違う僕は、悪魔の囁きでしかなくなった。今も相変わらず、連絡は来ない。それで良いのだ。一生懸命自分を改造しているのだ。そっとして置くのが、一番だと思う。何か有れば、勿論、いつでも、相談に乗る、用意はある。会社や学校が、楽しくなくても、どうにか、心を開ける友達を、作れれば、どうにかなる。沢山じゃなくても良い。最初は一人で良い。その友達と、気持ちのキャッチボールが、出来れば、仕事や勉強が、好きでなくとも続く。しかし、仕事や勉強が、好きでない上に、友達とも上手く行かなければ、居たたまれなくなる。人は人間関係に救われ、人間関係に苦しむ。人間関係を築き、続けるには、コツがある。そのコツは、相手の話を、聞き続ける事である。否定しない。口を挟まない。相手の言い分を、いつも聞き切る事である。そんな訓練も、教えも、僕達は教えて貰っていない。長い間、学校には通ったのだが、人間として最も肝心な、コミュニケーションは、教わっていない。相手の話を、しっかり聞き切る事、大変な力が要る。深い懐である。職場でも、友達でも、家族でも、下位の者の、話を聞き切る事が、出来なくて、問題を醸し出している。自分の言い分を、後回しにして、相手の話を、聞き切る。正に、コミュニケーションの、達人である。 爺様。聞いたかや?相手の話を、聞けば良いんだと。・・・・・・・・。簡単なこった。ふん。ふん。成る程って、相槌を、打っていれば、達人に成れるんだと。・・・・・・・。爺様も、これからは、俺の話に、うん。うん、成る程。って相槌打ってくれよ。・・・・・・・。おいっ!爺様!お前は、いつも俺の話、聞いてないだろっ! そんな態度が、この国を駄目にして来たんだぞっ! 少しは、反省しろ!俺の様な、好青年がグレたら、爺様、お前の所為だからな!・・・・・・・?
2007年09月11日
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駄目。 無理。 甘い。失敗 したら どうする。 俺は 知らん。そんな 事を 言われ 続けて 大人に 成った。子供は その言葉を 覆(くつがえ)せ なかった。大人の 否定に 抵抗は 出来 なかった。本人の 為だと 言う。本当に それだけ だったのか? 『 やってみたい。』「よしっ、 思いっ切り、 やって見ろ!」そう 肯定すると 責任が 大人に 掛かる。失敗は 恥。 失敗は 取り返しが つかない。否定は 現状の 維持。 変化を 嫌う。自分を 変える 事は 誰でも 恐い。 肯定 するには 覚悟が いる。 責任が 付いて 回る。失敗も 経験であり 学びである。 と 言うには相当の 覚悟が 必要で ある。それは 積極的に 自分が 変化を 受入れて 行く事。その 結果に 責任を 持つ と言う事。一朝 一夕には 覚悟は 出来ない。 常 日頃 からの 覚悟の 準備が 必要で ある。 物事を 肯定的に 勧める 事は この国の 場合否定と 言う マイナス からの スタート である。たった 一度の 人生 肯定的に やって 行き ましょう よ。勿論 自分 成りに。 喜文治 駄目。無理。甘い。よく言われたなぁ~。そりゃぁそうさ。甘いに決まっている。経験がないのだから。失敗したらどうする?これは質問しているのじゃない。否定への誘導である。悪い様に取れば、大人は責任を取りたくない。悪い様に取れば、大人の管理しやすい所で、遊ばせて置きたい。悪い様に取れば、大人は振り回されたくない。良い様に取れば、失敗や怪我を、させたくない。 でも、自転車は、転んで、転んで、上手くなる。勿論、人生と自転車を、同等にするつもりはない。しかし、大人は何処かで、腹を括らなければ、ならない。いつかの時点で、覚悟を決めなければ、ならない。大人が、リカバリー(挽回)出来る内に、失敗をさせて、置かなければ、ならない。その覚悟の実践を持って、大人が大人に、親が親に育って行く、ものだと思う。 やりたいのなら、やらせて見ましょう。そんな積極的に、思っているんだもん。やらせて見ましょう。それの、陰、ひなたになって、バックアップを、してやりましょう。それが大人。それが親。意見を否定し、責任から逃げ回っていて、「 少しは尊敬しなさい?」って、言うと、「 尊敬させて欲しいよ。」って、言われそうですね。 爺様も、駄目。無理。甘い。って、育てられて来たのか?・・・・・・・・・。そして何も出来ないまま、爺様になったのか?・・・・・・・・・。可哀相になぁ~?・・・・・・・・・。一度ぐれぇー。根性出して、大人達に、立ち向かわなかったのか?・・・・・・・・・。「 死んでやるー。」今、根性出して、どうするの?まして、放っといても、もう少しで、死ねるんだからな。死にそうに成ってから、死ぬ気に成っても、手遅れなの。・・・・・・・・。そっと、生きてな。邪魔にならない様にな。世の中の隅の方で。・・・・・・・・。また来てやるよ。・・・・・。
2007年09月10日
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穏やかな 波動 とげとげしい 波動他人が 発する 波動 自分から 出ている 波動動物や 植物が 作り出す 波動その場 からの 波動も あればその時間が 持つ 波動もある 混ざり 合い ぶつかり 合い一つの 言葉や 仕草や 光や 香りや 音によって目まぐるしく 変化 して行く出来るだけ 自分を 良い 波動の 中に置く 努力をし自分から 出ている 波動には 気を 付けたい 波動と 言う ものが 本当に あるのなら 喜文治 確かに、落ち着く場所もあれば、イライラする場所もある。穏やかな気持ちになれる相手もいれば、何故かイライラさせる相手もいる。直接何かをされた訳ではないが、影響を受けている事を、感じる時がある。それが初対面であろうが、顔馴染であろうが、その時々で強弱も違う。落ち着いて、文章を纏め易い場所もあれば、何度書き直しても、纏まらない場所もある。目には見えないけれど、波動と言うものの存在は、否定出来ない。と、言う事は、自分もそんな波動を、出していると言う事になる。誰かを和ませるが、誰かをイラつかせている事になる。 いつも心に何を思っているか?いつも心で何を念じているか?心の匂いの様なものを、無意識に、漂わせている事になる。それが顔に表れ、声に表れ、表情や仕草から、漂わせている事になる。心の中を整理整頓をし、生ゴミはなるべく早く片付けて置かなければならない。心のお手入れ、見えないだけに、つい疎かにしているが、漂うとなれば、今までの様に、放って置く訳にはいかない。それが場所ならば、清めるか?離れるしかない。それが人ならば、距離を取るしかない。それが自分ならば、心を小まめに手入れをして行くしかない。波動と言うものが、本当に在るのならば。 おい!爺様。心のお手入れって、分かる?・・・・・・・・・。お肌じゃないよ。心のお手入れだよ?・・・・・・・・・。おい、おい。洗剤呑んでも駄目だよ。心だもん!効かねぇよ。何処まで、単純馬鹿なんだぁ~。・・・・・・・・・。爺様。いいよ。俺さ、いつも自分で、鼻をつまんで、いるからさ。気にしなくって良いよ。・・・・・・・・・。馬鹿っ!爺様は、鼻をつままなくても、いいんだよ。それじゃ、俺が臭せぇ見てぇじゃねぇかよ?本当に腹の立つ。爺様じゃ。・・・・・・・・・。
2007年09月08日
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自分を 喜ばす 為に努力をして いませんか 他人に 喜んで 貰う事を優先して いると やがて笑顔が 集まって くるよ 喜文治 一生懸命に働き、学ぶ。出世したい。収入を増やしたい。成績を上げたい。一生懸命に成り過ぎて、周りが見えていない。一生懸命に成り過ぎて、その先が見えていない。出世してどうしたいのか?収入を増やしてどうしたいのか?成績を上げてどうしたいのか?どうしたいのか?が、抜け落ちている。努力は認めるよ。凄いよ。真似出来ないよ。で、どうしたいの?自分が良い格好したい。自分が贅沢をしたい。自分の第1希望の所に行きたい。全部、自分や自分の家族の為でしょう?自分を喜ばす為でしょう?そんなに優秀な能力を、自分の為にだけ使ったら、勿体無いよ。 他の方にも恩恵を、差し出したら、みんな喜ぶよ。みんな感謝するよ。自分が偉くなって、反り返っても、尊敬どころか、反発を頂くよ。みんなが喜ぶ様に、役立てようよ。反発に囲まれて居たいのか?笑顔に囲まれて居たいのか?だから、自分の得意な事で、みんなの役に立ち、いつも笑顔に囲まれて居たいから、今、一生懸命頑張るんだ。自分はどんな事で、みんなを喜ばせる事が、出来るのか?それを見付ける為に、今、勉強を頑張っているんだ。何か、自分にも、みんなを喜ばせる事、みんなの役に立てる事って、有るよね?一杯ある。何をして役に立つのか?この国は自由だよ。 みんなを喜ばせ。みんなの役に立っていると、心も体も、健康で気持ちが良いの。自分を喜ばせ様、喜ばせ様とするから、朝起きたら、休みたいなぁって、思うの。自分だけを喜ばせ様とすると疲れるの。みんなを喜ばせ様とすると元気が出るの。それは、神仏との約束に沿っているから、元気が貰えるの。それは、神仏の望んでいる事だから、いつも応援・支援が頂けるの。さて、どう生きますか? さて、爺様。どう生きますか?・・・・・・・・。あっ、そうっか。どう生きるもないよねぇ?・・・・・・・・。残された時間が、余にも短くて、どう生きるもないよねぇ。・・・・・・・。ご免。ご免。悪かった。爺様の場合は、どう生きるかじゃなくって、こうしか生きれなかった。こう生きてしまった。だよね!ご免。ご免。俺が悪かった!・・・・・・・・。 泣くなよ。謝って上げてるじゃん?・・・・・・・・。
2007年09月07日
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一日 一日を おろそかに 出来ないんだよね動物の 命や 植物の 命を 頂いて自分の 命を 繋(つな)いで いるのだからね 喜文治 食卓を飾る様々な料理。そこには、動物や植物の命が、並んでいる。その命を頂かないと、人は生きて行けない。自分が直接、命を奪う事は無いとしても、その命を頂かないと、生きて行けない。「 頂きます。」、「 ご馳走様。」そんな、形式的な言葉で、食べている。「 只今より、お命を、頂かせて、貰います。」「 確かに、お命を、頂かせて、貰いました。」「 決して、お命を無駄にする事無く、今日も一生懸命、生きる事を、お約束致します。」ちょっと、大げさだけど、食事って、その位の、ものだよね。 人間にも天敵がいて、自分がその天敵の食卓に、並ぶとしたら、簡単には食して欲しくないよね。こいつの人生は、どうだったんだろう?家族は、いたのだろうか?嫌われていたのか?慕われていたのか?どんな思いで、捕まって、どう感じたんだろう?心から感謝をし、涙を流しながら、美味しく、頂いて欲しいもんだ。そして、世の中の為に、そいつには、頑張って欲しいものだ。美味しくねぇ。今日もこれ?まずいから、食いたくねぇ。なんて言って欲しくない。許さないぞ。 飽食?何処まで、人間達は、思い上がっているのか。世の中、おかしいよ。そうだ。一人ひとりが、傲慢に成って、我儘の競演しているもん。世の中じゃなくって、一人ひとりが、おかしいから、世の中が、おかしいんだよ。狂った人間が集まると、狂った世の中になるのは、当然だよね。おかしい?狂っている。って、気付くのは、まだ救い様が、あるのかもしれない?まだ間に合うのかもしれない?人間にも、恐い天敵を、放とうか?って、神仏会議で議題として、取り上げられて、いるかもしれないね?おい、おい。誰だ?そこで手を上げているのは? 爺様。手を下げろよ。爺様はさぁ。目一杯、生きても、僅かだから、良いけどさぁ、俺達はこれからだぜっ!天敵なんか、登場されたら、一生逃げ惑って、いなきゃならないんだぜ?勘弁して欲しいよ。本当!それでなくとも、癌だとか?ウイルスだとか?なんとか菌とか?いるんだぜ。えっ?あいつらが神仏が放った、人間様達への天敵であり、刺客だって?本当かよ?爺様?何っ、落ち着いてんだよ?・・・・・・・・・・。「 かも知れない?」・・・・・・。
2007年09月06日
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当てに するから 腹が立つ当てに するから 裏切られる当てに するから 溜息が出る 本当は 一人 始めっから 独り 喜文治 そうなの。始めっから、独りなの。家族とか、夫婦とか、兄弟とか、仲間とか、いるけど、本当は独りなの。独りで、起承転結して行くのが、本来の姿なの。家族が励ましてくれる。夫婦が助けてくれる。兄弟が手伝ってくれる。仲間が応援してくれる。そうだね!良かったね!嬉しいね!楽しいね!励まして貰ったの。助けて貰ったの。手伝って貰ったの。応援して貰ったの。それって、全然、当たり前じゃないの。 励まされなくとも。助けてくれなくても。手伝ってくれなくとも。応援がなくとも。やらなきゃならない事は、やるしかないの。逆に、邪魔されようが、意地悪されようが、やるしかないの。人間って、単独で、完結しているの。だから、苦手であろうが、向いていなかろうが、やるしかないの。本来は、独りなの。 それを、励ましや、助けや、手伝いや、応援が頂けるって、奇跡なの。それは、有り得る事が難しい事なの。だから、「 有り難う。 」って、言うんだって聞いたよ。例え、家族でも、夫婦でも、兄弟でも、仲間でも、有り得る事が難しいの。当てにしちゃ駄目だよ。自分でやるの。もし、誰かが一緒にやってくれたら、奇跡なの。途中で投げ出されても、そこまで、「有り難う」なの。元々、一人でやる覚悟だったから、平気なの。当てにしちゃ駄目だよ。自分の為のだよ。 そう言えば、爺様はいつも一人で、遊んでいるね?「 遊んでいるわけじゃない!」爺様の場合は、お友達がいないから、しょうがないのか?・・・・・・・・・・・・・。辛い事を聞いたね。ご免ね!・・・・・・・・。また、泣くんじゃないよ。・・・・。
2007年09月05日
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成績が 悪いからって 落ち 込まなくて いい仕事が 出来ないからって 責めなくて いいモテない からって 俯(うつむ)かなくて いいきっと 貴方は いい人 なんだ 苦手な 事で 比べ られたり相手の 気持ちに なり 過ぎたり自分を 上手に 表現 出来なかったりそんな 上辺の 事でしか判断 出来ない 方が 悲しい のだからきっと 貴方は いい人 なんだ 勇気を 出して 話して ご覧周りにも いる筈 です貴方に 似た いい人が 喜文治 勉強は出来なかった。仕事は不器用だった。モテてる人に腹が立った。でも、自分が好きだった。誰も本当の自分を知らないから、しょうがないと思っっていた。自分を少し、表現できる様になった。周りは引いた。灰汁(あく)がきつかった。一方的で、しつっこかった。しかし、自分では、分からなかった。今も基本的には、変っていないのだろう?きっと、周りには、変わり者。奇人変人と、囁かれているのだろう? 大分、経ってから、周りに全然、期待されていないから、都合がいい事が分かった。だらしない。なまくらだ。いい加減だ。当てに出来ない。変わり者だ。そんな、イメージが定着すると、反って楽チンである。時々、気が向いて、平均的な事をやると、周りは驚嘆してくれる。意外な奴だ。やるときはやるんだ。平均的なのに、評価は一時的に急上昇する。しかし、期待には応えない。また、ぐうたらに戻る。何を言われても、一向に堪(こた)えない。顔色も変えない。何故ならば、駄目な奴であると言う事が、自分の定位置であると、しているから慌てない。しかし、本の稀(まれ)に、何かを平均的に、やって見せる。まったく、気紛れである。世間の評価に、自分を置かない。最初は少しだけ、勇気の様なものがいる。後は、いい格好をしようと、決して思わない。思ってもいいんだよ。その時だけ、やるんだから。色んな人がいて、色んな生き方が、あっていいの。その生き方が、自分に馴染むのであれば、信念を持って、続ければいい。その生き方に、共感できる友達が、何処からか、集まって来るの。それでいいの。自分の事が、大好きだったら、それでいいの。 爺様の考えがよ~く、分かった。 何故ぐうたらなのかも、今日よ~く理解できた。・・・・・・・・・。「 そうか? じゃ、 お別れだね? 」俺は絶対、爺様みたいには、成りたくねぇー!「 さようなら。 うつるからな? 」ねぇ。・・・・・・ また来ていい?・・・・・・・・・・・・。
2007年09月04日
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何故 人を 殺しては いけないのか? 喜文治の答え 『 全てが 自分に 還る 』 殺人にも 故意と 過失があり 状況は 千差万別で ある殺人犯は 今世と 来世で 精算を するもし 被害者が 殺される までに 加害者で あったならば来世で 精算が 待っている精算は 犯した 罪と 同等 以上の 罰が 本人 叉は本人が 最も 大切と する者に 対して 実施 される 更に 自殺にも 千差万別の 状況が ある魂を 磨いて 欲しい 神仏の 期待を 裏切る 事に 変わりは ない例え 来世で 再び 人間として 産まれられた としても障害や 難病を 持つとか 事故や 病気で 早死に するか されるかその人に 取って 最善の 魂の 磨き方 学び方を神仏が 決定する 自分の 来世を 今世の 自分の 所業が 決定して 行くので ある但し殆ど 磨く 必要の 無い 魂も 突然 早く 逝って 周りを 驚かす 喜文治 昨年だったか?少年(高校生)が写真館の経営者を、刃物で殺害した事件があった。その動機が、「人が死んで行くところを、見たかった。」 とか?と言った。更に、「何故、人を殺してはいけないのか?」とも、真顔で聞いた?と、耳にした。取調官は、答えられなかった。と、付け加えられていたと思う。貴方なら、どう答えますか?どう説明しますか?何処から、話を始めますか?どう結びますか?勿論、特殊なケースの一つである。 昨今の様々な事件の動機が理解出来ない。その位、この国は、病んでいると思う。暫定的な現象。地域的な現象だと言い切れない。むしろ、歯止めが掛かっていません。残念ですが、益々増加して行くと思われます。様々な評論家達が、理屈を捏ねていますが、その根本を捕らえているとは、思えません。人は、何をする為に、この世に、産まれて来たのか?この事を、一人ひとりが、腑に落とさない限り、永遠と不可解な事件が、後を絶たないと思う。人は、何をする為に、この世に、産まれて来たのか?千差万別?鴉の勝手?個人の自由?そう言っている内は、動機の分からない、不可解な事件は、増え続けるでしょう。何故ならば、遠い所で起きた、動機の分からない事件にも、この国の一人ひとりが、何等かの責任が有ると言う事を認めない。そんな無責任な民の集合体で、この国を構成しているからである。殺人事件に限らず、様々な事柄に、余にも無関心、無責任を、装っている民に成り下がった。と、自分を含め、そう思う。大和の民の心は、深く深く銭や権力に、覆い隠されてしまっている。深い深い深海から、一人ひとり、呼び覚ます時が来ている。深層水の様に。 爺様。今日?なんか?感じが?違わない?・・・・・・・・・・・・・・・・・・。何か悪い夢でも見た?何か変わった物でも食った?・・・・・・・・・・・・・・・・・・。「 分かんない。書いてる内に、こうなった。」超。無責任じゃん?「 そうかもしれない?」否に素直じゃん?・・・・・・・・・・・。
2007年09月03日
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人生を 楽しく 生きるって 実は 単純なの難しく したのが 宗教や 哲学や 心理学なのだって 釈迦も イエスも ソクラテスも プラトンも孔子も 老子も 学校を 出ていないのそれを 因(よ)って集(たか)って ややこしく 難しくして 棚の上に上げたの だから 一生 掛かっても 誰も 理解 出来ないの生きている 内に 間に 合わないの可笑しいでしょうこの世に 勉強しに 来たんじゃ ないもん 楽しく 生きるコツって もっと 違う 所に 有るの余にも 単純 過ぎて 信じ 切れない だけなの 喜文治 人は何をする為に、この世に産まれて来たのですか?と、宗教の方々に、聞いて回ったの、でも、誰も答えられないの。答えられないけど、皆さんが仰るのは、もっと勉強しなさい。って、事なの。勉強しないと分からないのは、学問でしょう?誰にでも、その人に合わせた、説明をするのが、宗教じゃないですか?しかも、何故生きる?って、宗教でも哲学でも心理学でも、いろはの「い」でしょう?って、言いたかったが、飲み込んだ。議論しに行った訳じゃないから、そうですか?と、退いたの。何千年、何百年、世界の学者さんが、研究していて、未だに解かんないの。色んな一部分を、取り上げて、ああだ。こうだ。と、言っているの。何故生きる?幸せとは?何をしに来た?そこだけでも、分かれば、人生考え様も有るの。枝葉は、色々言うの。でも、根っ子は、言えないの。根っ子を解明せず、枝葉で分裂し、宗教だ。哲学だ。心理学だ。思想学だと、言ってるの。要するに、生き方でしょう?どう考えたら、人は楽しく生きられるか?でしょう。感謝なの。魂を磨き、現状に感謝して生きると、幸せになれるの。たったそれだけなの。余にも単純で、簡単な言葉だから、嘘っ!ってなるの。もっと、尊くて、難しくて、近寄り難いものと、信じ込まされているだけなの。もし、そうなら、生きている内に、間に合わないの。少なくとも凡夫が生きて行く上での、悟りとするならば、感謝で充分足りるの。如何なる現状ででも、感謝の種を探すと、必ず有るの。その感謝の種を、育てて行くの、種を探し出した時点から、幸せに成っているの。それに気付くかどうかなの。 爺様。どう思う?・・・・・・・・・・?「 簡単やのう?」信じ切るか?信じ切れないか?だって、?「 普通は信じ切れんじゃろう?」・・・・・・・・・・なんで?「 誰が言っているって?」お前さんに良く似た。田舎の爺様じゃと!「それじゃ、信じれって、言う方が、ご無体じゃ~。」爺様は、何時代の生まれなんだ? ・・・・・・・・・・・・・・・。
2007年09月02日
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分け 合う こころ持ち 合わせの 多少に 拘(かかわ)らず 分け 合う こころ返礼の 有無に 拘らず 分け 合う こころ相手との 間柄に 拘らず 分ければ 分ける 程にこころが 豊かに なる 喜文治 不思議なのは、物が増えれば増える程に、もっと物が欲しくなる事。不思議なのは、分ければ分ける程に、何故かこころが暖かくなる事。 人が休んでいる時から働き、人が家路に着いても働いて、大きな収穫を得た。困った人が来ても、働かざる者くうべからず。とか、何とか言って、分けなかった。その収穫の蓄えを、盗まれはしないかと、心配で夜も寝れなくなった。来る日も、来る日も、気が気ではない。会う人、会う人、みんな泥棒に見えた。尚一層、その蓄えを、守る事に懸命になった。余の心労に、蓄えたまま、亡くなった。誰も、花一輪、手向ける人は、いなかった。或いは、火事や洪水で、蓄えを、一瞬にして、失った。誰一人、分け与える人は、いなかった。 余裕も無いのに、来る人、来る人に、分けているい、お人好しがいた。貰った人々は、次の機会に、何かを持って来た。お人好しは、いつもの様に、それも、どんどん、どんどん、差し上げていた。お人好しの所には、人と物が絶える事はなかった。そして、みんな、笑顔だった。 どうよ?爺様とは、えらい、違いじゃのう?・・・・・・・・・・・・。まぁ~。爺様には、人に分け様にも、何にも無いもんのう?・・・・・・・・・・・・・。今まで、どんな生き方をして、来たんじゃろうのう?・・・・・・・・・・・・・。聞かんでも良い。大体想像が付く。・・・・・・・・・・・・・。しかし、めちゃ、寂しかろうのう?「うん。」おおおおおっ!喋ったっ!喋りおった!・・・・・・・・・・・。
2007年09月01日
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