氣のワーク研究所

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2011.12.21
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  昨日12月20日の琵琶湖

「旅と歴史」と・・・

昨日は、この琵琶湖岸を通り、彦根城・醒ヶ井・伊吹山・金華山(岐阜城)など

眺めつつ岐阜へ・・・

彦根城などに関しては、こちらアメブロ

http://ameblo.jp/asahinob/entry-11112403250.html

古来、若狭から京都、奈良への交通手段は舟でこの琵琶湖のルートでした。

以下にあるように、琵琶湖は滋賀県の6分の1です。(地図を見ていると3分の1位に感じますけど・・・)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%B5%E7%90%B6%E6%B9%96

琵琶湖(びわこ)は、滋賀県にある湖。日本で最大の面積と貯水量を誇る[1]。

湖沼水質保全特別措置法指定湖沼。ラムサール条約登録湿地。

河川法上は一級水系「淀川水系」に属する一級河川であり、同法上の名称は「一級河川琵琶湖」である。

滋賀県の面積の6分の1を占め、流れ出る水は瀬田川・宇治川・淀川と名前を変えて、大阪湾(瀬戸内海)へ至る。

また、湖水は淀川流域の上水道として利用され、京都市は琵琶湖疏水から取水している。最狭部に架かる琵琶湖大橋を挟んだ北側部分を北湖(太湖)、南側部分を南湖と呼び、水質や水の流れ、水深などが異なる。

琵琶湖を取り巻く各自治体は、大きく湖南・湖東・湖北・湖西に分けられる。

縄文時代や弥生時代から交通路としても利用され、丸木舟なども出土している。

古代には、都から近い淡水の海として近淡海(ちかつあわうみ、単に淡海とも。

古事記では「淡海の湖」(あふみのうみ)と記載)と呼ばれた。

近淡海に対し、都から遠い淡水の海として浜名湖が遠淡海(とおつあわうみ)と呼ばれ、それぞれが「近江国(おうみのくに、現在の滋賀県)」と遠江国(とおとうみのくに、現在の静岡県西部)の語源になった。

別名の鳰海(におのうみ)は、近江国の歌枕である。この鳰は、カイツブリの事を表す。

天智天皇により、一時は琵琶湖西岸に大津宮が置かれた。測量技術が発達し湖の形が琵琶に似ていることが判った江戸時代中期以降、琵琶湖という名称が定着した。

琵琶湖は、若狭湾沿岸からの年貢の輸送路としても利用されており、湖上で賊に襲撃された記録なども残されている。

湖西には、大津から若狭国へ向かう西近江路や若狭街道、京都から琵琶湖などを経て今庄から北陸道につながる[5]北国街道などの各種交通路が整備された。湖上交通による荷物の輸送も行われており、大津や堅田などは港湾都市として発達した。

安土桃山時代には、豊臣秀吉は大津の船持に大津百艘船を整備し、観音寺の船奉行の支配下に置かれ、特権を与えられて保護された。近世になると、大津は松原や米原など他の港と対立し、江戸時代には松原・米原・長浜が「彦根三湊」として井伊氏の保護を受けた。






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最終更新日  2011.12.21 08:48:13


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