全10件 (10件中 1-10件目)
1
日曜日、友人と会った、40間近のおっさん2人で14時から22時まで喫茶店とファミレスに居座りながら、しゃべりっぱなし、、、。異様だな、、、。更に、家に帰ってかみさんとその内容に関して結局朝の5時までしゃべりっぱなし。子供とお金から始まって、自分とお金との関係、親、パートナーとの関係、などなど、、、。さすがにのどがガラガラだー、、、。子供とお金はまだつづく。子供にしている行為のもとが、自分と親の関係から来ている場合、そのまま積極的に継承するのか、断ち切って新しいパターンをつくるのか、説明して消極的に継承させて次の世代での問題の解決を期待するのか、、、。いろいろあるんだなー。友人は子供に、「自分はお金が減っていく事にとても怖さを感じるから、無制限にやらせることはできないよ。」と、いうらしい。
2006.01.30
コメント(0)
書きながら妻と話して、書き換えたり足したりで、最後のは3時近い。ねむい、、、
2006.01.25
コメント(0)
今後どうするかという話では、聞く事、伝えること、考える事、話し合うこと。子供がどうしたいのか、本当に欲しいのか聞く。(否定から入るのではなく、共感から。)その時感じた自分の感情を素直に子供にでも伝える。「ガチャガチャをたくさんやらせてあげると、どこにいっても全部やりたいといってお金がいっぱいかかったり、時間がたくさんかかって買い物ができなかったりするようになるのがお父さん心配なんだけど、、、」とか。「いっぱいあると、大事にしないんじゃないかと思っているんだけど、、、」とか。「お父さんも子供のころ、たくさんできなくて悲しかったけど、そのぶん買えたときはすごくうれしさが大きくなったよ。」とか?妻とも話し合い、方向性を考える。「どんどん買ってあげたら、あまり欲しがる事がなくなるんじゃない?」「買えないという悔しさから、考えたり大事にしたりすることもあるんじゃない?」「悲しい思いとか、引き継がせたくないんだけど、、、」「なんでも買ってくれて当たり前のわがままになっても困るし、、、」「我慢することをおぼえるのは大切だと思うし、、、」等など、、、。無制限に買いあたえるか、小遣いにするか、そのときの親の判断にするか、まったく買わないか、結局それは「どうしたいのか?」を考え選ぶしかないのだと思うが、考える時に「本当に?」と問いかけてみる事が大事なのではないかと思う。今回も、「無駄使いをさせないように、、、」「それって本当に無駄遣いですか?子供さんにとっては、どうなんでしょう?親がそう思っているだけなんじゃないですか?」とか。「買えなくて悲しい思いをさせないという選択肢もありますよね。」とか。「どうしてガチャガチャをいっぱいやってはいけないと思っているんですか?」とか。質問や疑問自体に「本当か?」と問いかける。自分が前提として考えているものが、すでに選択後の結果だったり、枠がはまっていたりすることを気づいていない事が多くて、質問されてはじめて気づく事がけっこうあったから。つづく
2006.01.25
コメント(0)
小僧はガチャガチャをいっぱいやりたい。しかし、なんとなく無制限にはやらせたくない。あんまり簡単に買うと、ありがたみがなくなる?がまんもおぼえなければ。無駄遣いはよくない?今日はおもちゃを買う約束はしてきていないが、買わないよ、と事前に話もしなかった。あんまり買ってやったこともないしな、たまにはいいか、、、明確にダメな理由も思いつかない。親はこんな時こういってたな、、、いや、ここで甘い顔をみせては、、、等などいろいろ考えました。そこで、「じゃあ特別に一回だけね。」という妥協案をだし、話して了解をとりその場はそれで終了。後日、夫婦で決めた基準を小僧に話して、合意できそうなら約束ということにしようと思ったのです。そんな話をしている時、逆に質問されました。「なんで、やらせてあげないんですか?意外とすぐ飽きるかもしれませんよ?」「へっ?」「どうして、制限なしにやらせてあげられないんでしょうね?」「、、、?なんででしょう?」そこから、少し話をして、そのなかで、「復讐(嫉妬)」「自己(親)の肯定(無難)」「本当に?」「コミニケーション」という言葉が頭残りました。「復讐(嫉妬)」はそのままです。自分の、子供のころの想いがかくれていたようです。つまり無意識に、(俺の子供のころは、ガチャガチャは自由にやらせてもらえなかった、どうしてお前にやらせてやらなければならないんだ。)という感情が入っていたかもしれないよとのこと。そんなことは考えてもみなかったので、びっくりしたが、子供の自分なら嫉妬したのかもしれないな、となんとなく理解できました。「自己(親)の肯定(無難)」もそのままです。現在の自分は親のおかげで、まがりなりにもちゃんと大人になっている。ということは、親が自分にしたことは間違いではない。ならばそのまま継承しよう。と、いうことらしい。今後どうするかという話では、、、つづく
2006.01.23
コメント(0)
小僧にガチャガチャを思いっきりやらせることはできる。飽きるまでやらせても、たかがしれている。100回やったって2万くらいのもんだ。店中のものをやったって、明日からの生活に困る事はない。小僧も親がお金をもっているのは、知っているだろう。100以上数えるのがあやしい小僧にすれば、100円玉にしたら数え切れないぐらいの価値があるものが財布に入っているということになる。親にとっては無駄づかいに見えても、本人にとっては真剣に欲しいものであることもよくわかる。今、彼の興味の中心、生活の中心はヒーローものである。朝から晩まで「えいっ、とうっ!」とまねをして、日々戦いのなかに生きている。そのヒーローに関係するものは、なんでも欲しいだろう。そんな本気の小僧を前に、明確な答えを持っていないと、うろたえてしまう。そこで、でてきたのが自分の記憶である。自分が親に言われた事を思い出す。「そんなに、いっぱいはできないんだよ。」「たくさんあっても、置く場所ないでしょう?」「おんなじようなのもってなかったかな?」「今日、おもちゃ買うって言ってなかったよね。」「みんなが持っているわけじゃないでしょ?」「おもちゃ買うと、ご飯買うお金なくなって、食べられなくなっちゃうよ。」等など、、、しかし、親になってみると、どうもしっくりこない。うそついたり騙しているような気がする。なんとなく、嫌な感情がわきあがる。結局、1回だけという約束でやらせて、その場の小僧は満足した。しかし、今後しっかりした基準がないと対応に困るし、妻ともあわせなくてはならない。そしてなぜそんな感情が、うかんだのか、、、?今後の「なぜ?」にどうしようか?そんなこんなを、ヒロさんにぶつけてみた。そこでいろいろ質問して答えてもらったり逆に質問されたりで、自分が印象深かったのは、、、「復讐(嫉妬)」「自己(親)の肯定(無難)」「コミニケーション」「本当に?」といったキーワードでした。ここから先は、自分のうけとった解釈なので、ヒロさんの言いたかったことと異なるかもしれませんが、、、続く
2006.01.22
コメント(0)
最近小僧(5才)が ガチャガチャ をおぼえた。200円(昔は20円とかだった。)とかいれて、ハンドル回すとおもちゃが出てくるやつだ。これまでやらせなかったのだが、お年玉(500円)もらったし、旅行にいったときに一回やらせたら、ガチャガチャを見かけるたびにチェックするようになった。「いっぱいできたらいいのになー。どうしていっぱいやっちゃいけないの?とってもほしいんだけど。」さてなんと答えようか、困ってしまった。
2006.01.19
コメント(1)
本田さんのセミナーも素晴らしかったのですが、自分的には昼休みにヒロさんと話していたことの方が印象に残っています。まあ個人的な質問なので、あたりまえかもしれませんが。「最近、小僧がガチャガチャをやりたいと言うのを、どうすればいいのか?」「妻との金銭感覚のギャップをどうしたらいいのか?」この2つを聞いてみました。なぜ本田さん本人への質問ではないかと言うと、、、好きな人ですし尊敬していますが、じつは同時に苦手だったりします。よくみられたいという欲が出て、うまく話せないんですねこれが。緊張するんです、自意識過剰で。それと、ヒロさんと話していくと、いろいろ自分でもわからなかったことが、整理されてよくわかるんです。できれば、一家にひとりほしいくらいです。まあ、それはおいといて、、、つづく
2006.01.18
コメント(2)
本田健さんのセミナーにいってきました。2日間のセミナーのうちの2日めだけでしたが、いってよかった。スタッフの方と昼休み話をさせていただいて、しばらくたまっていた問題をたくさんぶつけさせてもらい、たくさんヒントをもらいました。目からうろこもたくさん落ちた。ヒロさんありがとう!あっという間に終わってしまった時間でしたが、思いっきり楽しめました。誘ってくださったヨフィさんありがとう。
2006.01.16
コメント(2)
今日は大宮の氷川神社にいってきました。なかなかの混雑でさい銭箱の前ではけっこう押されたりしました。人混みのなかで、自分が早くやりたいのかなんなのか押す人がかなり多かったのが気になりました。強く押された時、ムカッときて、「他人を押しのけるような根性でお参りにくる奴の願いが、かなうと思うなよ!」と思いながら、押された方を振り返ると子供を抱いたお父さんがさらに後ろから押されて困っている様子。なんというか、このとき少し反省しました。「押した奴=悪い奴」という構図が頭の中でできていたので、多少怒りながら振り向いたのですが、そこにいたのはまったく怒るべきではない相手。こんな調子で勘違いや思い込みで怒ったり、嫌な気分になったりする事も多いのだろうな、、、今日の事も、「押された」というだけなのに善悪の色をつけて、よけいな怒りを背負い込んでしまった。気をつけようと思いました。そこで、すぐそばの赤ちゃんを抱いていた人が押されていたので、スペースを確保するために、手を伸ばして空間を確保したのですが、やはり髭面に坊主は人相がよくないのでしょうか、、、お母さんの表情が思いっきり警戒してこわばっていたので、小僧を抱っこして、「怪しいものではありませんよー」とアピールしながら、そそくさとその場を脱出しました。(TT)しくしく。「サラとソロモン」を、読み直そうっと、、、。
2006.01.03
コメント(0)
あけまして おめでとうございます。今年の抱負は、「ちょっと負荷をかけてみる。」です。「まあ、いいか。」で済ませてきたものを、「もうちょいやるか。」ぐらいの軽いものですが。
2006.01.01
コメント(0)
全10件 (10件中 1-10件目)
1


![]()