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2004年01月04日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 たまたまテレビで森山良子のことを取り上げている番組を見た。「涙そうそう」は、涙がぽろぽろあふれるという意味であることを初めて知った。詞を作ることになって送られてきた曲のタイトルは「涙そうそう」だった。その意味を聞いた時、森山は一つ年上だった兄が亡くなった時のことを思い出したという。

 交通事故で息子さんを亡くした友人が、せめて後一度でいいから一緒に食事をしたいといっていた。

 ある人に何人きょうだいかとたずねたら、「一人っ子です、でも…最近、一人っ子になったといったほうがいいかもしれません」という答えが返ってきて困惑したことがあったことも思い出した。最近二歳年上の兄を亡くしたこと、あまりに辛かったので大学を辞めようとまで思ったという。

 どんな別れであれ、人と別れるということは、「後一度」という思いを残すことなのかもしれない。いつもこれが最後になるかもしれないと覚悟をして生きなければ。いつもそう思っていたのだが。

会いたくて会いたくて君への想い涙そうそう

 森山は、この時代に恋や愛ばかり歌ってばかりいてはいけないという母の言葉を聞いて、「さとうきび畑」をコンサートで迷うことなく歌うようになったとも語っていた。戦争や平和の問題と愛の問題は深く結びついていると思うのだが、政治的なメッセージを含んだ歌を歌うこと、そういう発言をすることはたしかに勇気がいる。「さとうきび畑」は十分を超える曲だが、歌を聴いた人の心を動かせるとしたら僕のように本を書くよりはるかに影響力があるといえる。しかしこれとて比較するようなことではないだろう。





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最終更新日  2004年01月05日 00時02分17秒
コメント(10) | コメントを書く


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Re:涙そうそう(1/4)  
まるちゃん さん
父はコーマになって一年、母の献身的な介護で脳が機能を取り戻してきた部分があり私が話しかけるとすこし口を動かす時があります。黒目も、すこし真ん中に動くときもあります。(一昨年の年末、意識が若干有ったような最後の一夜、ICUに泊まらなかったことを時々思い出しては今まで後悔していました。「あの数時間を共に過ごすべきだった」と。)でも父がまた戻ってきたような気がしています。でも以前の父なのかどうか分かりません。物質→生命→心→魂→「精神」が不可逆的に下位を超越し包括するのだとすると、今の私の父に「精神」はありますか? (2004年01月05日 22時22分09秒)

Re:Re:涙そうそう(1/4)  
Ichiro_Kishimi  さん
まるちゃんさん
 戻ってこられたように思われたのならきっとそうなのですよ。僕は母が亡くなった時、精神が身体から解き放たれたと思いました。その後も母は僕の近くにいつづけました。今は過去形で語るのはなかなか辛いものがありますが。 (2004年01月05日 23時58分03秒)

Re:涙そうそう(1/4)  
まるちゃん さん
Ichiro_Kishimiさん
>戻ってこられたように思われたのならきっとそうなのですよ。

そうかと思ったのですが、お正月に母と、父が達筆だったことを語り合ったので、つい読みかけの本に書いてあった、魂とか精神とかいう記述に目を奪われてしまいました。

>僕は母が亡くなった時、精神が身体から解き放たれたと思いました。その後も母は僕の近くにいつづけました。今は過去形で語るのはなかなか辛いものがありますが。

辛いことを語らせてしまいまして、ごめんなさい。父の変化は”母の献身的介護により”と書きましたが実は最近まではさほど変わりがなかったのです。年末に何度か耳から血を流したので、胃へチューブで流す食事の中にそれを止める薬品が追加されたのです。(今までにも色々な薬がなにかある度に投与されてはいるのですが)そうしたら、その後にはじめて会った一昨日と昨日、少し雰囲気が違っていて。父の脳底動脈はアンギオで針の穴程の狭さの通り道しかないということが分かっていますから、以前の医療技術しかなかったとしたら4年ぐらい前に亡くなっているはずなのです。岸見先生のお母様も今の時代にご病気になられていたら、違う結果だったのではと思います。
私は、近くにいなくなっても、なくなりはしない。と思っています。 (2004年01月06日 18時38分09秒)

Re:Re:涙そうそう(1/4)  
Ichiro_Kishimi  さん
まるちゃんさん
 きっとそうでしょうね。同じ病気になってもいつの時代にどの場所でそうなるかによってずいぶん結果は違ってくるかもしれません。病院や医師によっても違ってくるでしょう。母は入院してからも少しも死ぬことになるとは思っていませんでした。
>私は、近くにいなくなっても、なくなりはしない。と思っています。
 母が近くにはいなくなったと感じるまでにはそんなに時間はかかりませんでした。夢に出てくる母はギリシアの壷絵に描かれた死者のように、ここにあってもあらぬ方を見つめていました。もう本当にこの世の人でないと納得するまでにずいぶん長くかかりました。十年くらい経ってようやく夢に見なくなりました。 (2004年01月07日 09時56分40秒)

Re:涙そうそう(1/4)  
まるちゃん さん
Ichiro_Kishimiさん
岸見先生がお母様が亡くなるとき看取られたというお話を読ませて頂くとき思うことに三つのことがあって
一つは、一般的に、愛する人が病気の間、一生懸命につききりで看病していた人の方が、そう出来なかった人よりも悲しみから立ち直るのが早いということ・・・それから二つ目にその体験をされたために、他の人の悲しみを感じる能力が高くていらっしゃるということ。それから三つ目に、愛する人を失う苦しみを避けるには二つの方法しかなくて、1つは若いうちに、つまり愛する人が死ぬ前に先に死ぬことで、もう1つは誰も愛さずに人生を通り過ぎること(でも後者を選んだ人は自分の最期に‘後悔’でもがき苦しむそうで)だそうですが・・・それほどまでにお母様を愛することが出来た、ということ。。。(一つ目と三つ目は『おだやかな死』(エリザベス・S・カラーリ著)にも書いてあり。。。)
一つ目の「一般的に」のことは、「一般的」な話なので、岸見先生にとってお母様は「大切な仲間だった(『不幸の・・』P130)」のであてはまらない・・ということであるのかもしれません
現代・・・・最新の情報を手に入れやすくなって来たちょうどそのとき・・(遺された人たちがおきたことを受け入れるには「その死が避けられないものだった」ということが必要なのだとすれば)親しい人を亡くしたばかりの人たちは(今、闘病していらっしゃる人も)選んだ病院や医師について、たくさんのことを思うかもしれませんねー。
>母が近くにはいなくなったと感じるまでにはそんなに時間はかかりませんでした。
10年前に読んだ『チベットの死者の書』には「すべてのひとは死後三日半を過ぎて覚醒する。そしてそれからの四十九日間に次の生にと再生する。」とありましたが、その後にいろんなたくさんの本を読んだので、そのことがいったいどうなのか、今の自分には確固としたものはなく・・・でも10年間、夢にみられた、ということは感慨深いです。 (2004年01月08日 12時28分18秒)

Re:Re:涙そうそう(1/4)  
Ichiro_Kishimi  さん
まるちゃん
 母の側にずっといたので毎日毎日母が少しずつ死に近づいていくのがわかりました。僕はその事実をけんめいに否定しようとしたのですが。突然、逝った人の死を受け入れるのは難しいと思います。でも長く看病したからといって悲しみが癒えるのが早いかというと必ずしもそうではないようにも思います。むずかしいところです。
 最新の医療技術があっても実際問題としてははたして瀕死の時に治療を受けられる可能性はあまりないように思います。間に合わなかったということはあるでしょうし、近くにある病院で最善の治療を受けられるとは限らないからです。そんな時、こんな治療を受けていればよかったということがわかったらよけいに後で悔やむことになるかもしれません。
 僕は人を愛さないよりは愛することを選ぶでしょう。そのことが苦しみをうむことになることはわかっていてもです。対人関係はリアルタイムに変わっていきますから今日愛しあっていても次の日どうなるかはわかりません。死別も辛いですが、生別(という言葉が適切なのかわかりませんが)も辛いものがあります。愛しあっていても別れるということもありますから。 (2004年01月08日 16時31分05秒)

Re:涙そうそう(1/4)  
まるちゃん さん
Ichiro_Kishimiさん
先生のご本を“レビューを書かせていただこうと思って”ではなく、“読みたいから”再読させていただいています。そしたらP71まで読んだところで私の投稿の間違いに気がつきました。随分失礼なことを書いていたようにも思え申し訳なく感じました。ごめんなさい。

>それから二つ目にその体験をされたために、他の人の悲しみを感じる能力が高くていらっしゃるということ。

岸見先生は、お母様が亡くなったために他の人の悲しみを感じる能力が高いのではなく、もっとずーっと前から・・・あるいは遅くとも高校の時蒲池先生に出会われてから、ひとりひとりの人を尊敬するということをされてきてそれでなのかもしれません。それから、やっぱり3ヶ月の闘病の時間というのは「長く看病した」という時間と一言では言えない。と思いました。学生さんとして失った時間としては、あまりにも長く、また別れを覚悟するにはあまりにも短かったのではという印象を受けました。私の父は75歳ですし闘病生活も3年も4年もあり、様々な本人と家族がそのことを受け入れる様々な紆余曲折を体験しています。お母様の49歳という年齢を思ってそこを読むたびにこころが痛みます。 (2004年01月09日 21時36分54秒)

Re:Re:涙そうそう(1/4)  
まるちゃんんん さん
あらら・・配偶者の帰宅が秒読みなので投稿を急ぎ、変なところに「様々な」が。・・・消し忘れております。「本人と家族がそのことを・・」の前です。失礼いたしました。m(__)m (2004年01月09日 21時41分25秒)

Re:涙そうそう(1/4)  
まるちゃん さん
いえ・・決定的に間違えてしまいました。下に書いたことは「原因論」でした。やはりオンラインで投稿すると失敗します。レビューも誰かに読んでもらってから投稿しよう。。とハンセイいたしました。m(_メ_)mゴメンナサイ・・ (2004年01月09日 22時09分53秒)

Re:Re:涙そうそう(1/4)  
Ichiro_Kishimi  さん
まるちゃんさん
 いつもありがとうございます。
 家族や恋人を亡くす人のケースはほんとうに様々なので比べることはできないだろう、と思っています。カウンセリングをしていますから、別れの話はよく聞きます。自分のことを重ねて聞くと辛い話が多いのですが、それでも、なんとか立ち直ってほしい、と思います。 (2004年01月09日 23時09分24秒)

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