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金融には長い歴史のなかで形成された制度が残り、さらに現代的な問題が幾層にも積み重なっています。
金銀という一時代前の地金、中央銀行の変化、変動する為替市場、金融技術の進展といった問題が複雑に絡み合っています。
”金融史がわかれば世界がわかる-「金融力」とは何か”(2017年10月 筑摩書房刊 倉都 康行著)を読みました。
リーマン危機、ユーロ債務危機、新興国不安などさまざまな金融事件が起こり、日本でも未曽有の金融緩和など大きな変化に見舞われました。
その後の世界の金融像について、網羅的かつ歴史的にとらえ世界の金融取引の発展を観察しようとしています。
本書は、貿易決済取引や資本取引など、世界の金融取引がどのように発展してきたかを観察し、今後の国際金融の変貌について実務的に考えています。
倉都康行さんは1955年鳥取県生まれ、1979年に東京大学経済学部卒業後、東京銀行入行。東京、香港、ロンドンで国際資本市場業務に携わりました。
その後、バンカース・トラストに移籍、チェースマンハッタン銀行のマネージング・ディレクターとして資本市場部門の東京代表、チェース証券会社東京支店長などを務めました。
2001年に金融シンクタンクRPテック株式会社を設立し、代表取締役に就任しました。
産業ファンド投資法人執行役員、セントラル短資FX株式会社監査役、産業技術大学院大学グローバル資本システム研究所長、山陰合同銀行社外取締役などを兼務しています。
国際的な資本市場の実務に精通し、金融工学や金融史、内外市場リスクなど幅広い分析を行い、日経ビジネスオンライン、日経ヴェリタスなどに定期的にコラムを寄稿しています。
国際金融いう場には、金や銀という一時代前の地金の問題や、中央銀行の役割の問題もあれば、変動する為替市場や、金融技術、資本市場といった現代的な問題もあります。
これを網羅的に歴史的に捉えることは、とても難しいです。
そこで、敢えて”金融力”という言葉で、そうした金融に関連する事象を一括りにしてみたそうです。
現代世界の金融力とは、
金融政策への信頼性、民間金融機関の経営力の強さ、市場構造の効率性、金融理論の浸透度、新技術や新商品の開発力、会計や税制などのインフラの強さ、お金の運用力、金融情報提供・分析力など、
さまざまに組み合わされる構成要素が、総合的な眼で評価されるものだと考えることができます。
したがって、GDPの絶対額が巨大であって、経済力があったとしても、金融力が高く評価されるとは限りません。
本書では、第1章では英国の興亡を振り返ってみます。
英国も、先行する欧州諸国への挑戦者の立場でした。
植民地政策をベースとする貿易政策で徐々に富を蓄積し、いち早く産業革命を成し遂げ、金本位制を導入しました。
世界の金融覇権を築いた英国は、まさに現代的な金融力を備えた国として栄えましたが、二度にわたる世界大戦を契機に国力は疲弊し、経済力も衰えていきました。
ですが、現代においても英国の金融機能は世界の最先端を走り続けており、ニューヨークと並ぶ国際金融市場の要の地位を保っています。
第2章では、その英国への挑戦者として台頭する米国を眺めてみます。
米国は、欧州の植民地から世界の工業地帯へ変身を遂げたのち、金融において驚くべき発展を遂げました。
欧州を舞台とした第一次・第二次世界大戦という、米国にとってはある意味で幸運な事件を経て、経済力が蓄積されたという背景もあります。
その機を捉えてドルを基軸通貨とした国家戦略の妙は、21世紀の現在も連綿と続いています。
この2つの章はイントロダクションであり、英国の登場、そして英国から米国へと移りゆく金融力の覇権の流れを読み取るのが目的です。
第3章以降は、世界の金融構造が大きく変化する1970年代から今日までの風景を、
為替市場の変動や金融技術と資本市場の拡大、金融機関の暴走による世界的な危機の発生、中央銀行の非伝統的な政策投入、中国金融の台頭
といったトピックスを交えながら、それらが現代の金融像に与える影響や将来像に及ぼすイメージを概観していきます。
第3章では、変動相場制という未知の世界に踏み込んだ為替市場をメインのトピックスにおき、金の役割を再考しつつ、さらに欧州の通貨戦略の芽生えを取り上げます。
金とは一体どういう存在だったのかという問題意識を念頭に置きながら、
ポンドから主役の座を奪ったはずのドルはなぜ金との脈絡を断たねばならなかったのか、欧州はそのドルに対して何を考えたのか、
といったドルが胚胎する不安要素に焦点を当てます。
第4章では、金融技術の発展が示した光と影の部分に焦点を当てながら、
中央銀行の役剖がどう変化していったか、通貨切り下げ戦争がどんな展開を生んだのか、マイナス金利という異様な金融政策が金融機関にどんな影響を与えたのか、
といった現代が抱え込んだ金融問題を、金融力との関連を意識しながら述べています。
第5章では、共通通貨ユーロの構造問題、中国経済の問題を凝縮して抱え込んだ人民元の将来性、ノンバンクの存在感の台頭といった課題を採り上げています。
日本の金融像を客観的な視点から整理し、フィンテックという新しい金融と技術の融合がどんな意味合いを持つのか、
に思いを巡らせています。
各国が金本位制から離脱して、金や銀という地金を通貨の信頼尺度とする制度から国家や中央銀行の信用力に依存する制度へ移行したことは、金融上の大きな変革でした。
1973年の通貨間のレートを市場変動に任せる、という選択もまた未知との遭遇でした。
その過程で、価格変動リスクと直面した金融市場はデリバティブズなどの金融技術を開発します。
また、従来は貿易取引に付随していた各国間の資金移動が、急速な富の蓄積や規制の撤廃・自由化を通じて、時に実体経済と大幅に乖離しがちな資本取引に圧倒されていきます。
株価や金利、為替など変動する価格への対応の必要性と拡大する資本市場の活用は、1980年代の金融機関の巨大なビジネス機会となりました。
それは金融技術の高度化を促すとともに、ヘッジファンドなどの新しい金融プレーヤーを生み出すことになります。
ですが、こうした金融の急発展は社会から遊離した投機的な賭博化であり、経済を混乱させて貧富の差を拡大した、との批判も増えました。
2008年にはりリーマン・ブラザーズの破綻を契機に世界経済が急縮小し、大恐慌再来かといった恐怖感のなかで各国の株式市場が大暴落したことはまだ記憶に新しいです。
金融技術は、レバレッジを使って巨額の資本移動を生みますが、それは資本主義が内包する基本原理でもあります。
過激な相場変動を生むこともありますが、価格変動自体は柔軟なシステム維持のための必要悪でもあります。
金融は為替変動や株価変動などに対処する手段を企業や投資家に提供すると同時に、市場の暴走を生む土壌にもなり得るという、相反する側面を持っています。
それを上手くバランスさせるパワーこそが、望ましい金融力といっても良いかもしれません。
我々が盲目的に馴染んできた米国一極主義の世界から、多様化、多極化し始めた世界に移行するなかで、
金融力がどういう意味を持つのか、あるいはどういう金融力を指向すべきか、
といった問題意識を持つことの重要性は、金融関係者だけに狭く止まるものではないでしょう。
それには、本書で示したような過去150年程度の歴史の概観が役立つこともあるのではないでしょうか。
第1章 英国金融の興亡/第2章 米国の金融覇権/第3章 為替変動システムの選択/第4章 変化する資本市場/第5章 課題に直面する現代の金融力