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よく、「体調はいかがですか?」ときかれることがあります。私の答えはいつも決まっています。「まあまあ。。。です。」絶好調という訳ではなく、痛みも痺れもあるし。でも、なんとか絵も描けてるし、パソコンもやってる。ご飯もなんとか自分で食べられてる。手術前に比べれば良い感じ。足が動いてることに感謝、感謝。だけど・・・そう。まあまあ・・・です。なんだか・・・「儲かりまっか?」「ぼちぼちでんな。」・・・大阪の商売人みたいですね。
October 29, 2006
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優しい時間動かないことが辛いんじゃない動かなくなっていくのを認めることがくやしいんだ動けない自分を受け容れるのがつらいんだだから 必死でもがいているけどどんなにくやしがっていてもどんなになげいていてもきっと あたりまえに夜がきて、あたりまえに朝がくるいつも時間は知らないふりして いつも優しくすぎてゆく さだまさしさんの小説に「解夏」という作品があります。 解夏という言葉は仏教用語で、昔、印度では僧侶たちは雨期の間、托鉢の足を止め、庵にこもり、座禅の修行に入ります。 この行の入りの日を結夏(けっか)、そして行の終わる日を解夏(げげ)といいます。 この小説の主人公はある難病に冒され、やがて視力を失うことを告知されます。 発病から徐々に進行していくなかで、失望や不安に襲われます。運命を受け容れようとする一方で、その過酷な運命を呪ってしまう。揺れ動き、葛藤しつづけます。 そして、彼にとっての「解夏」は完全に視力を無くした時に訪れます。その事実を受け容れたときに。彼にとってそれは暗闇ではなく、乳白色の穏やかな世界でした。 視力を失うという現実を受け容れたとき、それまでの不安や、失望感からは解き放たれる事が出来たのかもしれません。 私にとって、身体が動かなくなっていくという現実を受け容れるまでが、生きていくことの「行」であり、苦しみや不安、焦燥感と葛藤しながら日々を生きています。そんな苦しみや不安から解き放してくれるのは、やさしい時間の流れかも知れません。 私にもいつか解夏の時はくるでしょう。そのとき、私にはいったいどんな光が見えるのでしょうか。
October 26, 2006
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