釣りの始まりは、いつ頃なのか。魚を獲るという行為は人類誕生の頃まで遡らないといけないが、日本で遊びとしての釣りが始まったのは安土桃山時代。釣りが文化になったのは江戸時代になってからだという。
美濃で生まれた白い焼き物「志野」も、桃山時代に生まれている。釣りは江戸時代に細分化されるわけだけど、この志野は江戸時代初めに途絶えてしまった。今日は、美濃陶器を代表する志野と、美濃出身の茶人・古田織部の好みだった「織部」に触れる日帰りバスツアーに乗り込みます。
案内は、練込鮫小紋の横田掌楽氏。何でも最近は海外での評価がうなぎ登りで、世界各地のイベントにひっぱりだこになっているとか。陶芸家だとは知らずにいっしょに飲んだのが最初の出会いだったから、大きな声では言えないが、今でも「ひょうきんなおとっつぁん」だと思ってる。今日のバスツアーは、この横田氏の後援会が企画。埼玉在住の友人B君を誘っての参加です。

次々と運ばれてくる缶ビールを飲みながら、ベテランのバスガイドさんの古典的なお話を聞きながらの旅路。こういう環境に身を投じてみるのも結構楽しい。昼前に、目的地の岐阜県土岐市に到着し、いきなり昼食。ここでもビールや熱燗を過分にいただいてご機嫌になる。危うく、何のバスツアーか見失うところでした。

美濃陶磁歴史館。学芸員のNさんの理路整然としたご説明を受ける。Nさんは屋外移動時には日傘をさしている。お肌に変な焼き物を作ってはいけない。学芸員らしい処方だ。

国指定史跡にもなっている元屋敷窯は、全長24mの巨大スケール。結構な傾斜の登窯に後ずさりしてしまう。年配の参加者からは「ここで焼いてもらって骨になりたいわ」という投げやりとも思える刺激的なコメントが相次いだ。

これが代表的な志野の作品。乳白色の肌の所々に、火色があらわれている。どこかで見たと思い記憶をたどる。砂糖をたっぷりとまぶした白雪せんべいにたどり着く。茶人はこのスタイルに侘びの世界を追求した。結構な大きさだけに、洗面器としての使用も可能か。欲しい。

美濃焼伝統産業会館で見た織部作品の中でお気に入りの一品。織部は器の変形や色調の多彩なところが特徴。この大鉢は酒の回し飲み、ジャンボお好み焼きといった乱暴な使用にも気品を与えてくれそう。7万円也。
竿を持たない日曜日も久しぶりで、こういう一日の使い方もいいな、と今日一日を噛み締める。肝臓ともども満足した帰りの車内。いきなり「釣りバカ日誌」のビデオ上映が始まる。切っても切れない釣り糸で結ばれている縁を痛感する。
「美濃焼きの向こうに見える焼き魚」