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昨日、GW初日。朝は海での“子供たこ上げ大会”へ。よく上がると評判の手作り凧を配布されたのに、事もあろうかダンナが「糸のバランスが合ってない」と勝手にほどいて結び直してくれました。全然上がらないじゃん!!41歳にして“初”凧上げというダンナだったのでした。。。子供は凧より砂遊びに興じ始めちゃうし、私からは大ブーイング。その後、スタッフに一生懸命直していただいて、残り15分頃よーやく上がったよ。41歳にして初めて、凧には凧の、糸の微妙なバランスがあると知ったダンナ。その後は子供そっちのけで一心不乱に風を捕まえていました。がんばれ、とーちゃん!夕方は、子供をダンナに託して東京のパレスホテルへ。漫画家の西原理恵子の夫で写真家の鴨志田穣さんがガンで亡くなり、そのお別れの会があったのです。私の現役最後の仕事は紀行本の編集で、その時の写真は鴨志田さん、挿絵はサイバラさん。鴨志田さんはその昔、イラクで銃撃されて亡くなった橋田さんのアシスタントだったのだけど、こんなに若くして橋田さんの元へ行くとは橋田さんも思ってないよね。西原さんはとても気丈に挨拶してました。会場にはファンも入れて1000人もが集まり、あまりの混雑ぶりに知り合いをひとりも見つけられず。スピーチする勝谷さんの声が聞こえたくらいで。せめて(ゲッツ)板谷さんとは会いたかったな。帰りにオープンしたての新丸の内ビルへ。夕食時だしお腹もペコペコ。一人でだってちゃんと食べて飲みたいと思いながらも、どこも高かったり2名以上からで、フラフラさまよい歩いてると、そこに沖縄料理店が。値段も手頃。入ると、残念ながらカウンターは満席だけどテーブルで相席ならあると。相手は沖縄からのお客さんで話が面白いよーと言うので相席してみました。座ってたのは、父親ぐらいのおじさんが2人。片方は沖縄で泡盛のことならこの人に聞け!っていう、卸問屋の社長さん。もう一人は、全国に手広くお酒のショップを手がける会社の会長さん。話しているうちに、この会長さんと私の実家同士がすぐ近く、その上高校大学は由比ガ浜の親戚宅から通ってたと。そこが今の我が家と目と鼻の先!そして我がダンナはその方の後輩!!私の叔父とも会った事あるかも、みたいな話まで。何だかもう、話すほどに色々つながるので怖かった。(私はこういう偶然がすごく多い人生だけど)で、時々泡盛社長さんが三線を弾きながら一緒に安里屋ユンタなどを唱ったり、お酒もおつまみも一緒くたにして大いに盛り上がった上に全部おごってくれました♪沖縄行ったら連絡して、と名刺もしっかりいただいてきたよ。この、隣に座ったらお友達なカンジは沖縄ならでは!同じく相席になった若い女の子2人連れもいたんだけど、その子達はいくら話しかけても全く乗って来なかった。もったいないよね、人との出会いってどう展開するか分からないのにね。その後、そのお店の本店(那覇)は、私が初めて那覇へ行った時にダンナと入った店だったと判明しました。縁ってフシギ。
2007.04.29
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今日4月22日はアースデイ。。。。ということをFMヨコハマで特集していて知りました。だからといって、何か地球にいいことしたわけでもないんだけど、エコなこと、私は何をしてるかなあと考えました。私がやってるエコなこと○ペットボトルはめったに買わない○移動は基本的に自転車か徒歩(に乗るのは遠くへ行くか暴風雨の時だけ)○合成洗剤、合成シャンプー類は使わず石鹸系を選ぶ○買い物はなるべくマイバッグ♪○リビングにエアコンを取り付けない○お皿を洗う前にヘラで汚れ落とし、軽い汚れはアクリルたわしで○使い捨ての商品はできるだけ選ばない○庭の草木に農薬を使わない○子供のおもちゃや服はお下がり中心(ありがたい!!)他にもあると思うけど、今思いつくのはザッとこんな感じ。みんなやってるよね、この程度はではでは、地球環境のために良くないのにやっちゃうことは?●電気、水道、ガスの無駄遣い(この辺の節約が全くダメダメ)●ゴミの分別をちゃんとしないことがある。スミマセン。。。●必要ない物を買ってしまう●夜更かしパソコン●デリバリーを頼む(ゴミがいっぱい出る!)よく考えればもっともっと出てきそう。ごめんな、地球。これから心がけたいな、と思う事○マイ箸を持ち歩く○ゴミを減らす○持ちものを今の半分以下にする○リサイクルよりリユース○物は直しながら長く大切に使う○ソーラーなどでエネルギーを生産する生活みなさんはどんなことしてますか?Fヨコの特集に投書してる中で、こんないい事を言ってる人がいた。「自分達が生活をして地球を汚してしまったから、今度は自分達が生活をして地球を奇麗にしようと思います」この辺は海や山など自然が近いせいか、エコ意識の高い人が結構多いなと感じます。砂浜がどんどん減ってることなど、ダイレクトに変化を実感するしね。次世代、さらに次世代へ美しい地球をつなげていくために、もう少し頑張ろう。そんなことを考えた今日1日。とりあえず、5月5日のビーチクリーンに参加するぞっ!
2007.04.22
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家の建築現場の海側に、数本の木が生えているのですが、工事の邪魔になるものを伐採することになりました。ホントは、風よけの役割を1年くらい見てから、切るかどうか決めようと思ってたのですが、建った後に切るのは大変な位置に生えていることや、シロアリにやられている木もあり、結局切る必要がある木のみ伐採ということに。これで景色は一気に抜けます。切るのは、5mくらいのシュロ2本と、枯れ木(細い)2本、シロアリにやられた椿2本(細い)で、今日見積もりが届いたんだけどー6本伐採小運搬込みで60000円+消費税3000円。我が家の場合階段を140段も上がる高台なので、小運搬も普通より上乗せになるのですが、これって高いの?安いの?大木じゃないし、思わず自分で切っちゃおうかな…。木には神が宿っているもの。と信じて、塩をお酒をかけながら、「今までここを守ってくれてありがとう」と清めました。でももう10日以上たってるけどいいのか…基礎工事が始まりました。星形のような変形土地の我が家の基礎、三角形です!
2007.04.21
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昨日、アメリカからKevinが遊びにやって来た。Kevinというのは5年前、長男がお腹にいる時に家にホームステイした人。相当のエリート君なんだけど、日本人よりも腰が低くて、私達のアメリカ人イメージをいい意味でブチ壊してくれました。我々もその時が初めてのホストファミリー体験だったので手厚くもてなしたところ、気に入ったのか翌年は彼女が出来たと連れて来て、今回は彼女(ワイフになった♪)と妹と来てくれた。半日程度しかいられないということで、初来日の妹さんのために、大仏、長谷寺を案内して、それから長谷駅裏にこっそりある、お気に入りの古民家カフェでお茶、それからサンセットを狙って新築工事現場へ。着いたのは夕日がちょうど富士山の後ろに落ちた頃。眼下に広がるのは、江ノ島に重なるようにくっきりと浮かび上がる富士山。夕暮れの海は、ピンクとも紫ともつかない何とも言えず美しい色。その向こうには大島のシルエット。私達も久々に見る見事な夕景でした。富士山に感無量のKevin's sisterKevinが「この辺はHawaiiに似ている」と。同じ事を、去年NYから遊びに来たダンナの弟も言ってました。緑の山や岩肌の表れた崖のワイルド感や、家並みが整然とせず点在している感じと、ビーチのコントラストが似ているのかな。私はマウイしか行った事ないけど。息子二人は、日本語の通じないお客さん達を前に大興奮。でも何だか気恥ずかしいらしく(珍しい!)、ずっと体だけ動かし続けてた。Kevin達はそのエネルギー量に驚いてました。もう一人、ダンナの会社の英語ペラペラの女の子が、通訳も兼ねて遊びに来てくれたのだけど、その子が長男に一眼レフのデジカメを使わせてくれていたら、何と………レンズを割りました。ヒーーーーッ!!!ごっ、ごごごめんなさいっ!!!!!!!!!もちろん弁償させていただくことに¥¥¥¥¥¥最後は居酒屋へ連れて行き、我が夫婦でハマッているアメリカのドラマ『The OC』の話でかなり盛り上がり、外国人が喜ぶスタンダードコース終了、お開き。それにしても、年をおうごとに英語ができなくなっていく私…。今や、中学生よりも喋れないレベルへと墜落。英会話をやり直そうと真剣に思った貴重な昨日でした。そろそろまた、ホストファミリーもしたいしね。次はいつ会えるかな~。
2007.04.15
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忘れないうちに書き留めよう。家づくりに興味ない方はスルーしてください。訳あって延びに延びていた我が家の家づくりですが、突如、基礎工事を始められることとなり。ということは、工事前に地鎮祭をしなくちゃ!えーー、もう1週間ないじゃん!!!そんな短期間でバタバタと準備。地鎮祭は長男の幼稚園に通う子のパパ(お寺のお坊さん)に「その際はよろしく」とお願いしていたので、慌ててスケジュール調整していただき、無事当日を迎えられることに。地鎮祭は神式が多いのですが、私達は仏式を選びました。「仏式はじっくり拝んでもらえていいよ~」との友人アドバイスに従って。仏式地鎮祭の流れはこんな感じでした。予定時間の30分前頃から、施工業者さんが笹竹を立てしめ縄を張り、台を置いて、真ん中に1尺5寸の穴を掘った後にお坊さんが到着。まず全員でしめ縄に白い紙を結びつけ、バケツの砂を逆さに出して榊を差し込みました。次に祭壇に供物を供えて準備完了。向こう側に水平線、見えるかな? 工事前に木を切るので完成するともっと開けるよ五穀や魚を盛る皿を用意しとくんだった…。袋ごとのせる大胆さは湘南ならでは??お坊さんが、榊を立てた砂山と、土地の四隅に火のついた線香を立てて、いよいよ祈祷開始。お経を上げながら、法衣のたもとから次々出てくる鳴りもの。これが雰囲気を盛り上げたっ!!!エンターテインメントとしても感動的。DNAに染み込んだ日本人特有のリズムが共鳴する感じだったよ。中盤で、施主と建築家と工務店さんとで、中央に掘った穴と四隅に、米と塩と酒を撒きました。それからまたお経があり、今度は土地をぐるりと、米と塩と酒を撒きながら歩きました。最後はお坊さんが、お経をあげながら穴の中におふだと供物の一部を入れ、「残りの供物は任意ですが、どうなさいますか?お魚は持ち帰ってお刺身で食べてもいいですよ」と。これはもう、名古屋人の見栄の張りどころ。迷う事なく「全部入れちゃって下さい」と返事する施主のダンナ。で、大ぶりの鯛もメロンも、余す事なく穴の中へドサドサッと。私は心の中で、「あっ、あぁ~~あ……」そしてしめ縄も榊も穴へ入れて、施主が砂をかけて埋めて終了。神さまお土地さま、おいしゅうございますかぁ~正味1時間弱。神聖で、日本を感じ、大地を愛おしむ、かなり心洗われる時間でした。怪しかった天気もどうにか持ち、終わったと同時に雨がポツポツしたけどそれも一瞬。何より、雨より心配だった風が弱くてホッ。風によってはフッ飛んでしまうからね、祭壇ごと。それと、この辺の名物トンビ。むき出しの鯛やら野菜やらを狙って頭上を旋回してましたが、しめ縄が邪魔だったようでこちらも大丈夫でした(笑)あ、でも終了後にカラスが五穀をつまみに。何でも見えるのね、天空からは。地鎮祭のために準備したもの。施工業者にお願いしたこと・祭壇づくり(やったことないと言ってましたがさすがプロ、簡単な台を作って来てくれました)・笹竹3メートル位を4本・しめ縄・バケツ1杯の砂・スコップ施主が用意した物・米一升(1500g)・塩一升(1800g)・酒一升・五穀(アワ、キビ、大豆、小豆、麦を各コップ1杯ずつ)・鮮魚一匹(1kg前後の鯛を魚屋に注文。そこまで大きくなくてもよかったかも)・野菜5種(旬のもの。今回は筍、菜の花、人参、大根、新玉葱にしました)・果物3種(りんご、バナナ、メロンにしました)・三合のお供え餅(米屋に注文)・榊5本※準備の内容は、宗派によってかなり違うようです。祭壇は全てお寺や神社側が用意する所もあれば、笹竹は縁起を担いで棟梁が切ってくるという所もあり。「地鎮祭は、代々住み着いた土地の霊を鎮めることと、神様の物である土地に住まわせていただく感謝をする儀式」と、お坊さんより。ずっと賃貸暮らしで、そこに住まわせていただいてるなんて気持ち、持った事なかった。すっかり意識改革されました。最近は地鎮祭や上棟式を省く施主も多いらしいけど、脈々と受け継がれる伝統の儀式には必ず意味があるし、そういう文化を絶やさないためにも、施主になるならやったほうがいいよ。八百万の神を肌で感じ、施主としての責任感も芽生える貴重な体験です。できることなら子供達も実家に預けず体験させたかった。まあどう考えても持たなかったと思うけどね。お願いしたお寺の宗派は日蓮宗。日蓮ゆかりの土地鎌倉で、偶然日蓮宗にお願いしたことにも何かの縁かな。檀家でもない私達のために忙しい時間を割いていただいて、本当にありがたい思いです。ところで、地鎮祭の謝礼は2~3万が相場とのこと。仏式では紅白の祝儀袋ではなく、御布施と書かれた金封に入れました。(文房具店に売ってました)そんなこと知らなかったので、友人から教えられなければ失礼があったかも(汗;)これからよろしくとの思いを込めて、建築家と工務店にも美味しい日本酒をプレゼント!車の運転する人ばかりなので、その場で祝杯あげられないからね。これでひとつ、たのんまっせ~。土地を決めてすでに1年、ファーストプランが出てからももうすぐ1年。やっとやっと、やーっと動き出した、我が家の家づくりです。
2007.04.09
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この週末、土曜日は地鎮祭で日曜日は結婚記念日というイベント2days。地鎮祭は後日きちんと報告するとして、4/1の結婚記念日について。丁度私が実家にいるので、子供を預けて六本木で映画を見ようとなっていました。まさか、直前に東京ミッドタウンちゅうもんができるとは知らなくて。で、ダンナは『ドリームガールズ』希望だったけど、六本木で見るなら『バブルへGO!!!!!』以外考えられないでしょ、ホイチョイってのもバブルっぽいし(カノッサの屈辱とか思い出しませんか?)という私の鶴の一声で決定。すごく面白かったです。現場で観てるっていう相乗効果もあって。バブル時代に女子大生→まだ青い社会人だった私には、くすぐりどころ満載。そーだよね、そーだよね、六本木スクエアって全フロアディスコだった時あったよね、ディスコにV.I.Pルームあったよね、そーだよね、そーだよね、待ち合わせの時は詳しく場所決めてたよね、「渋谷のハチ公に乗ってて」とかね、そーだよね、そーだよね、飲み屋もディスコもエレベーターはいつもギュウギュウ詰めだったよね、そーだよね、そーだよね、深夜タクシーつかまんなくて、つかまえ方あったよね、そーだよね、そーだよね、誰かしらタク券持ってたよね、そーだよね、そーだよね、男も女も口調が軽かったよね、、、、、てな具合に、そーだったよね、なシーンがてんこ盛りで、1歳差のダンナとは盛り上がったよ。広末涼子がまたよかった。初めて、いい役者になってきたなあと思いました。でも、あんまり懐かしいなあ~と思わなかった。何でかなと思ったら、私、バブルの真っ最中にド貧乏な生活を送ってたのでした。大学は実験&レポートに追われてバイトもたいして出来ない上に仕送りはすずめの涙。女子大だったので周囲にはワンレンボディコン、ブランドバッグ、DCブランド服、チェーンジャラジャラのベルト、くるんと上がった前髪etcが普通にいたけど、私はお金がない上に他人と同じを激しく嫌がる性格も重なってどれも避けてたし。社会人1年生は当時には珍しいマクロビオティックレストラン勤務で驚きの薄給。何せ、初めてのボーナスは9000円で“寸志”って書いてあった。私はこれからの食分野だと思ってたけど、親は怒ってました。国家資格まで取って何やってんだと。でもね、社名だけで就職試験受けることは出来なかったんだよね、私には。そんな私でもディスコや合コン、クルーザーのパーティなどの思い出があるんだからさ、どっぷり浸かってた人なんてスゴかったんだろうなあ。そういえば学生時代、おうちの車はシーマ(日産)っていうのがステイタスになってたけど、そんなおうちは今どうなっているんだろうか。気になります。個人的には、バブル崩壊頃に出版社に転職して羽振りがよくなるという、時代と逆行した人生となってるので、それも映画に自分が重ならない一因かも。でも何だかね、生活もファッションも異常なんだけど、人間は今よりまともだったな。。。と回顧しましたよ、私は。観終わって映画館(シネマート六本木)を出ると、そこには広末が劇団ひとりに追われて駆け下りる階段や、何度も登場する瀬里奈の看板があって、まさに今観た場所に自分がいるのには笑えました。バブル期に青春時代を送った人は、ぜひ観てみてください。もうすぐ終わっちゃうよ!その後、東京ミッドタウンや六本木ヒルズでしっかりおのぼりさんしてきました。マップ片手に歩くなんて、恥ずかしくて死んでもできなかった事をしたよ。オバサンになるって怖いわ~。どちらも、人が多すぎて感想なし。また落ち着いたら行ってみようと思います。で、テレ朝で世界水泳の公開生放送してて、ナマ松岡&ゴロちゃん見た。ここは見物人がそんなにいなくて、逆に不思議でした。
2007.04.02
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