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保坂耕司がオススメする80年代邦楽バンドのご紹介です。本日のご紹介は「TOM★CAT」です。大きなサングラス姿がまた印象深いお方でした。一時期は大変な人気だったのですが、活動期間が短かった事もあって現代までは語られる事が少ないですね。活動期間は1984年に結成しメジャーデビューは1985年〜1987年です。解散後は「The Mother」というバンドのボーカルでしたが活動期間の詳細は不明です。もともと東京造形大学だった事もあり、音楽活動後は鉄工所で家具職人になられたりと変わった履歴の持ち主ですね。今回紹介するTOM★CATの楽曲「ふられ気分でロックンロール」はやけに耳に残るんですよね。売れたのがわかりますね。歌唱力がすごいわけではないんですが、声質とややテクノポップな感じがハマってて最高です。YouTube by ishi1438ブロトピ:今日のブログ更新ブロトピ:ブログ更新!記事内容更新!はこちらへ!
2021.11.13

こんばんは。日曜の夜いかがお過ごしでしょうか?緊急事態宣言が解除され、人が増えてまいりました。はしゃいでおります。私はそんなにはしゃいではおりません。しっかりと地に足をつけて仕事と散歩に邁進しております。土曜夜の世田谷区三軒茶屋は結構人がいらっしゃいました。日曜の夜はどうなのでしょうか。あとで散歩がてらに街中をチェックしてみたいと思っています。さて、本日ご紹介するのは先日歩いた世田谷区太子堂の住宅街を散歩した時の話です。淡島通りから三軒茶屋方面へと路地を曲がり住宅街から世田谷ハウスを抜けて歩いていく様子。夜の住宅街はほとんど人がおらず、緊急事態宣言時と同様な空気感。自分の足音と遠くから聞こえる車が走り抜ける音。自分が若い頃の神奈川県は暴走族の走る音がうるさくて大変でしたが、今は時代も変わりバイクが爆音で走る音や光景を都内でみることはほとんどありません。たまに東名高速道路を走る音が聞こえてきますが、本当に数台のようで数十代が一気に走る時代は終わったのだとしみじみ思います。田舎の静けさはとても心地よいのですが、都内の住宅街の静けさはなんだか不気味に感じてしまいます。世田谷区の一戸建てはお金持ちの家も多いのですが、せまい土地にぎゅうぎゅうに詰まっている為、基本家の前の道は狭いことが多くなっています。アメリカのように広い道路にうまく住宅を並べる設計ができなかったものでしょうか。そんなことを思いながら太子堂の住宅街を歩いていると、なんだか悲しい気持ちにもなってきます。太子堂の散歩はあまり好きじゃない。何故だかそう思いました。空気というか、第六感的にそう感じます。都内の住宅街をたくさん歩いてきましたが、その土地特有の空気というのがあるんですね。立ち並ぶ家や建屋がその空気を作っているのかもしれませんし、自分でもよくわかりません。太子堂に流る「気」のようなものがあまり気持ちよく感じませんでした。次は別の太子堂エリアを歩いてみたいと思います。三丁目付近はいくことはあるかもしれませんが、好んで散歩しない場所だと思いました。ブロトピ:今日のブログ更新ブロトピ:今日のブログ更新
2021.11.07

※Photo by www.last.fm/保坂耕司がお勧めする邦楽パンクロックのご紹介です。ご紹介バンドは「THE WILLARD」というバンドですが、彼らはパンクロックの歴史に大きく貢献したバンドです。ラフィンノーズと有頂天とTHE WILLARDでインディーズ御三家と題される事も多い。ちなみに1997年に脱退したKYOYAは、ラフィンノーズへその後加入する事になります。個人的な勝手な感想ですが、ラフィンの方が好きです。THE WILLARDは1982年に結成し、プライベートレーベルで活動していました。インディーズの先駆け的な存在感があったようです。1983年に遠藤ミチロウのザ・スターリンに在籍した事もあるようですが、あまりハマってはいなかったように思います。個人的には時代的に早すぎたヴィジュアル系ロックバンドの印象です。独特の世界観や衣装が独創的で際立っているバンド。今回紹介するMVもコミカルで面白いですね。1985年10月5日発売のメジャーでの1stアルバム「GOOD EVENING WONDERFUL FIEND」の評価が高いようです。個人的には1986年9月29日発売の2ndアルバム「WHO SINGS A GLORIA?」が良いと思っています。本日紹介する楽曲は「LIGHTNING SCARLET」です。このMVが好きなんですよねw※YouTube by iloveguitar68Officialサイトブロトピ:今日のブログ更新ブロトピ:目指せ!ホットエントリー!!みんなの記事
2021.11.04

※Img:www.hada-kenshi.net保坂耕司です。このロックバンド「NOVELA」は他のバンドとは毛色が違う異色を放つバンドだったと思います。漫画「愛してナイト」のビーハイヴのモデルになったバンドという事も要因なのだろうか、女性ファンも多いバンドだった。プログレロックバンドでは珍しい。NOVELAは1980年に結成されたバンドだ。もともとは1977年頃に「SHEHERAZADE」というバンドがあったがメンバーの脱退、新規加入を行いNOVELAは結成されている。ヘビメタブームが到来していた事もあり、メンバー同士で方向性の違いを感じた高橋氏と山根氏が秋田氏が脱退しハードロックバンド「アクション」を結成するなど慌ただしい。そのため、初期メンバーからずっといたのは、リーダーの平山照継氏(Gt)と五十嵐久勝(Vo)となっている。フロントマンとソングライターの2人なのでなんとかなったとも言えるのかもしれない。当時はプログレというジャンル自体がハッキリと確率されていなかった事はバンドにとって一つの壁だったのかもしれない。求める音楽性とはバンドである以上、全員一致である事は難しいポイントだと思う。これは音楽に限らず普通の仕事であっても会社に合わなければ職種は好きでも転職するだろう。しかしそんな彼らも紆余曲折しながら40年以上経つ今でも活動し続けているのはすごい事だ。デビューアルバム魅惑劇に収録された楽曲「イリュージョン」を貴重な映像と共にお楽しみ下さい。※YouTube by higashiedogawaブロトピ:今日のブログ更新
2021.11.03

保坂耕司です。最近の渋谷はハロウィンの騒ぎを終えて静かになっているのでしょうか。株式会社PLUSも以前は渋谷区に事務所をかまえておりましたが、10月25日に緊急事態宣言が解除され、飲食店には自粛要請。お酒の提供を9時までにお願いしている。しかしそれに対する金銭的な補助無しでの要請なのだそうです。強制力もなければ補助する事もない。それでは守る訳がない。というか守る意味がない。社会的な意義を店舗へ求めるのはナンセンスとしか言いようがない。背に腹は変えられない。感染対策の徹底の認証の店舗と認証なしの店舗を分けて考えているが、認証なしの店舗へは協力を呼びかけるに留まっている。しかもワクチン接種済みである事の認証をも求めるといったふざけた対応策。ワクチンを任意にしているにも関わらず理解ができない。というか、いまだに協力金を受け取る事ができていない店舗だらけだというから驚きである。接種したかどうかは「TOKYOワクション」とかいうセンスの悪いアプリを拡げようとしている。そんなセンスの悪い東京の繁華街がある渋谷はハロウィンを見る限り、国や都の要請なんておかまいなしのお祭り騒ぎだった。日本人よそろそろコロナの悪趣味な対応と真実に嫌気がさしての爆発である事だろう。完全解除前の10月19日の渋谷109前の様子ブロトピ:今日のブログ更新ブロトピ:自由にブログ更新報告
2021.11.01

保坂耕司です。本日も株式会社PLUSの世田谷ハウスからお送りしていきます。デビューは当時原宿の「竹の子族」だったそうで、そこでスカウトされ芸能界入りを果たします。1981年アイドル歌手としてデビューしますが、当時は「竹 宏治」という芸名だったそうです。1984年に「ビリー・ジョエルは似合わない」で第13回東京音楽祭国内新人大会でグランプリを受賞します。1985年デビューから4年目で中村トオルとのW主演を飾った「ビー・バップ・ハイスクール」で俳優としても花を咲かせます。保坂学も一緒によくみた映画ですね〜。株式会社PLUSのスタッフも世代かもしれませんね。テレビドラマなどにも数多く出演していますが、不良のイメージが強くついてしまった事からVシネ系のオファーが多かったそうで、街でもよく喧嘩を売られるようになったというエピソードがあります。本人はもともと不良という訳ではなかったようですねw本日紹介する「Love Balladeは歌えない」のライヴ映像は格好いいですね。タイトルは歌えないという事ですが、別の楽曲で「おまえにONE WAY!」を歌っていますねw清水宏次朗のインスタグラムで現在のお姿も拝見する事ができます。Twitterもやられていますが、やはりビーバップのイメージを自分でも引っ張ってますねwYouTube by Tourisugarino Nanashiにほんブログ村ブロトピ:今日のブログ更新ブロトピ:ブログ更新通知をどうぞ!
2021.10.30

保坂耕司です。自分は会社でデザインの仕事もしています。その業務は数多い訳ではありませんし、内部で運用する事がなく外注を受ける事は少数です。年に数本あるかどうか。本当はもっとデザインワークを増やしていきたいと思っていますが、こうした状況から実績が少なく外部受注を多く受ける程ではありません。わたくし保坂耕司が思うデザインとは、新たに描くというよりどの要素をどう組み合わせるかといった「選択力」だと思っています。この世の中には「デザインというデザインは全て出尽くした」と言っても過言ではない程、デザイン性豊かになっているのではないでしょうか。あえて昭和感があるデザインを好む場合もあれば、先進的なデザインを選択するケースもありますよね。デザインとは具体的な題材、物に大してイメージを誰にどう与えるか。どういった客層、年齢層に向けるのかターゲットを明確にしてデザインする事が重要です。そして、私が怒ってしまった理由をお話ししていきます。こうした悪魔になってやろうかとも思いましたよ。とある会社から久しぶりにデザイン業務を請負ました。自分はデザイン性にそれなりの自信はありますので、価格以上の満足度を与えたいと思って仕事に取り組んでいます。これはデザイン業務だけではなく全ての仕事に対する、自分で持つ理念のようなものです。とある家具メーカーの謳い文句みたいな。お値段以上です。しかし、そこはさすがにお値段以上とはいえ限界があるんですよね。こちらに依頼してきた会社は毎月継続的な案件になるとの事で相談がきておりました。毎月成果物がある状況はありがたい。そのため、通常時でもかなり安いはずなのですが、さらに値引きした見積もりを出してあげました。月に3つのポスター制作(オフィス家具や家電など)で製品のセールスポスターでした。月額3万で請け負いました。もちろん年間契約が条件です。契約締結し順調に進むはずでしたが・・成果物も2つ納品しましたが、突然支払いはできないと突然の連絡。契約も破棄してほしいとの回答でした。さすがにそれはないですよ?との話になり、年間契約だから安くしましたし、単発であるなら見積もりを出し直すしかない。そもそも契約書では36万円を一括で支払う内容。ならば、10万円で終わりにしましょう。と妥協案を持ちかけました。10万円を支払っても良いと思えるデザイン性だったと思います。(担当者も大満足していましたし。)しかし、担当者は申し訳なさそうなのですが、上司が出てきてから話が拗れるしかなり強気。誤ったら負け。と思っている会社員って多いじゃないですか?だから一切謝ろうとしない。じゃあ裁判ですね。なんて平気で言ってくる始末。担当者の顔に免じて、裁判しても良いがいくらなら納得できるんですか?と逆に妥協案を提示するよう伝えると、「2万円」と言ってきました。お金の亡者って感じでした。もう争うだけ時間の無駄だしわかりましたと2万円の請求で終わってしまいました。1日の自分の価値より低いですよ。他の仕事をしていた方がよっぽど仕事にりました。
2021.10.29

保坂耕司と学でお送りする邦楽ロックをお届けします。株式会社PLUSの世田谷ハウスより発信していきます。80年代は本当に色々なロックシーンだけではありませんが、邦楽が盛り上がっている時代だと思います。その中でも勢いあるパンクロックバンドの一つがアナーキー の簡単な歴史/生い立ち「アナーキー (ANARCHY) 」結成は1978年埼玉県和光市の団地育ちのメンバーで構成されています。こうしたハングリーな環境はHIOHOPなどでも精通するものがありますよね。バンドが注目を浴び始めたのは1979年のアマチュアバンドコンテスト「EastWest」優秀バンド賞、最優秀ボーカル賞を受賞した事が大きな転機となります。翌1980年にシングル「ノット・サティスファイド」、そしてアルバム「アナーキー 」がVictorよりデビューリリースされていきます。BOØWYやTHE ROOSTERSとも親交が厚く、ギターのシンイチは氷室京介と「裸の24時間」という映画で共演している。彼らの生き様はまさに不良少年達の代弁者的のように扱われている側面もあった。ザ・クラッシュに影響されていた事もあり、模範的な楽曲が多いとの批判の意見もあった。やはり出る杭というのは、良い意味でも悪い意味でも敵と味方を作ってしまうのだろう。ザ・スターリン (THE STALIN)が挑発するような発言をし、「爆裂都市」の映画出演を巡っても喧嘩となり、新宿ロフトの打ち上げに殴り込みにまで発展する騒ぎを起こしている。最終的には泉谷しげるの仲裁によって落ち着いたとされている。順調に活動を続けていたアナーキー だが、ギターのマリが1986年に元妻(PERSONZのJILL)を刺し逮捕されてしまう。バンド活動は休止するが、「THE ROCK BAND」とバンド名を改名する。しかし、ソロ活動が増えていき数年で再度活動休止を余儀なくされる事となります。1994年と1996年にオリジナルメンバーで一夜限りの再結成ライブを敢行している。恐らくそれが再燃させる事となり、1996年に新メンバーのドラム「名越藤丸」を加入し再結成し、アルバムをリリースするも2001年に活動休止となります。2008年には太田達也監督がドキュメンタリー映画化をし全国各地で公開され話題となりました。そこから活動はあまりなく、オリジナルメンバーとしてイベントへ数回出演する。それから時を経て18年ぶりとなる2018年にアルバム「パンクロックの奴隷」をオリジナルメンバーでリリースを果たします。さらに歴史を深掘りされる方はWikipediaをご参照ください。アナーキー LIVE映像紹介本日ご紹介するライブ動画は1980.04.18 O.AされたTVK TV [Fighting 80's] #3@日本電子工学院ホールの貴重なLIVE(ライブ帝国 アナーキー)をお届け致します。演奏曲ノットサティスファイド季節の外で団地のオバサンジョニー・B・グッドホワイト・ライオット※YouTube by アナーキー・マニアックスにほんブログ村ブロトピ:今日のブログ更新ブロトピ:ブログ更新!記事内容更新!はこちらへ!
2021.10.27

保坂耕司オススメの邦楽70sセレクション。あの山下達郎が組んでいたバンド「シュガー・ベイブ」のご紹介です。山下達郎で好きなのは「LAST STEP」。ほかにもいろいろ好きですが。兄の保坂学も山下達郎が好きで、保坂兄弟のオススメバンドとしてのご紹介になります。知らない人も多い中で、株式会社PLUSのスタッフももちろん好きなバンドです。このバンドを知っているのはスタッフの皆も音楽好きな証拠ですよね。このアルバム「Songs」がまた良いんです。こちらのSongsは1975年4月25日にリリースされています。バンド自体は1973年に結成し、1976年に解散。3年ほどの活動しかしていないのですが、メンバーがこれまたすごいメンツなんです。山下達郎、大貫妙子、松村邦夫は初期から変わらずのメンバーですが、1975年から入れ替わりがおきてきます。ベースの鰐川己久男氏、ドラムの野口明彦氏から新しく、1975年4月に伊藤銀次(ギター)、寺尾次郎(ベース)、上原裕(ドラム)が加盟します。1975年6月にギターの伊藤銀次氏が脱退されているようですね。ですが、1976年にナイアガラ・トライアングル(山下達郎、伊藤銀次、大滝詠一) というすごいメンバーで「NIAGARA TRIANGLE Vol.1」をリリースしていますので、もちろん仲違いという事ではないようです。当時、エレックレコード (ELEC RECORDS) からインディーズレーベルの先駆けとなっていましたが、倒産し日本コロムビアと契約されているので、その流れが原因かもしれませんね。憶測ですが。1stシングル「DOWN TOWNへくり出そう」が1975年4月25日にリリース。今回ご紹介する楽曲は「今日はなんだか」これは1stアルバム「Songs」に収録されています。ブロトピ:今日のブログ更新ブロトピ:ブログ更新!記事内容更新!はこちらへ!
2021.10.25

保坂耕司がお勧めする忘れたく無い邦楽セレクションをお届け致します。森田童子(もりたどうじ)さんは切ないフォークソング調でも独特な感性が滲み出ていますよね。保坂学が好きな曲調ではないと思います。デビューは1975年ポリドールから出しています。ポリドールは現ユニバーサルミュージックですね。活動期間は1984年なので、約9年間となっています。その間にリリースしたアルバムは7枚、シングル4枚となっています。彼女はヘアースタイルがまたいいですよね。どんな素顔をしていたのでしょうか。ヘアスタイルでサングラスをしていなかったとしてもバレてしまいそうです。そして私ごとですが、デビューあたりの森田童子の外見は結構タイプですw彼女は2018年4月24日、心不全で66歳の若さでご自宅でお亡くなりになられています。2017年頃から入退院を繰り返していたそうです。「さよなら ぼくのともだち」1975年こちらは貴重な1975年のデビュー当時の映像です。もう一曲紹介します。ドラマ高校教師で一躍有名になった「僕たちの失敗」。時を経ても尚衰えない。完成度は歳と共に高まっている事を感じさせる。Live映像は2014年のようです。※YouTube by 「asahi1107」楽曲的には毎日聴く事は正直ないのですが、たまに彼女の声を聴きたくなります。そんな方も多いのではないでしょうか。にほんブログ村ブロトピ:今日のブログ更新
2021.10.23

保坂耕司が掘り起こす70年代のジャズミュージック!本日ご紹介する「峰厚介」氏をご存知でしょうか。JAZZ好きな方はもちろん知っておられると思います。古くから活動されている大御所の一人です。兄の保坂学も大絶賛でした。一番最初は、ブラスバンド部でクラリネットをされていたそうです。クラリネット→アルトサックス→ソプラノサックス→テナーサックスといった順序で扱う楽器が変わっていきます。高校2年生(1960年)の時にはキャバレーでの演奏活動をされ、17歳でバンドグループへ初参加されています。69年〜73年まで菊池雅章氏のグループで活躍します。解散後ニューヨークへと渡り、2年間音楽に明け暮れるんです。すべて独学というのもまた凄みを感じますよね。ジャズフュージョンな雰囲気になったのは1978年にアメリカから帰国後に「ネイティブ・サン」を結成してからでしょう。峰クィンテットというグループも結成していますが、そのメンバーもまたすごいです。秋山一将、大口純一郎、古澤良治郎、岡田勉です。その後もずっと音楽家として活動を続けています。2019年には「Bamboo grove」をリリースされています。もっと詳しく知りたい方は「ARBAN」のサイトよりご参照頂けます。峰厚介のWikipediaより詳しくインタビュー形式で記載されていますね。ブログ村ポチっと応援お願いしますにほんブログ村ブロトピ:今日のブログ更新ブロトピ:ブログ更新しました
2021.10.22

本日の保坂耕司お勧め70sロックのご紹介です。「ブルース・クリエイション」このバンドは1969年〜1972年活動したのですが、その後1972年からは「クリエイション」とメンバーもバンド名も変わりました。クリエイションは1978年まで活動しています。保坂学も好きなスタイルだと思います。ブルースクリエイションについて話した事はありませんが、多分好きだと思います。1971年にはあのカルメンマキと日本コロムビアより「カルメン・マキ&ブルース・クリエイション」をリリースしています。下記のTouTube紹介動画は1969年にポリドールから出しているデビューアルバムになります。カルメンマキも格好良いですよね。フォークソングからロック調に変わって好きになりました。名前がブルースと入っていますが、ロック調ですね。けど本当に格好良くて、当時好きだった若者も多かったと思います。当時は生まれてないのでわかりませんがw恐らく。メンバー構成竹田和夫(ギター)洪栄龍(ギター)野地義行(ベース)田代信一(ドラムス)1971年に大沢博美(ボーカル)が加入し、樋口晶之(ドラムス)に編成しています。彼らの音楽性が日本のひとつのハードロックシーンの基盤になったと言っても過言ではないでしょう。チャンネル「emBLICko」さんより。にほんブログ村ブロトピ:今日のブログ更新
2021.10.20

保坂耕司のお勧めミュージックをお届け。最近の音楽よりもまずは昔の歴史を辿るように60s〜70sを中心にご紹介していきまして、その後に徐々に別記事で現代に近づいていきたいと思います。ですが、1993年の「GREENFIELDS」が好きでこちらを紹介wメインは邦楽をと思っていますが、もしかしたらどうしても伝えたい洋楽があれば合わせてお届けしていきます。本日は「矢野顕子」をご紹介です。曲は「GREENFIELDS」。ちなみにアメリカの60年代に人気だったBrothers Fourの曲とは違います。何かインスパイアされているのかもしれませんが。彼女は1955年生まれ、東京生まれですが青森へ父親が医者で開業するとのことで移住しています。青森でピアノを習い、既に中学生の頃から即興で演奏されていたという天才。軽音部への憧れから青山学院高等部へ入学したそうですが、軽音部は当時ロックばかりでジャズがない。しかしそれをきっかけにレストランでピアノ演奏をすることができ、今後の矢野顕子の礎になったともいえるでしょう。その後、父親から紹介された阿部譲二の家へと居候することになり、安倍氏が経営するジャズクラブ「青山ブロイ」で演奏することに。ここから音楽業界の目にとまっていくのです。これが1971年のこと。1973年にはファーストアルバムに臨むため、細野晴臣やキャラメル・ママと共にスタジオ録音などを開始していきます。初シングルは1974年、当時18歳。その後も妊娠、結婚と波乱の人生ですが、アルバム「JAPANESE GIRL」を発売(1976年)。小坂忠や細野晴臣などなど数々のビッグアーティスト達と絡みに絡んでいきます。1977年に大きな変化を迎えています。坂本龍一、ジェフ・ボヴァ、レイ・ハラカミらと出会い、電子系の音楽性を取り入れていくことになります。YMOとの絡みも出てくるんですね。といった流れからまさかの1982年に坂本龍一とご結婚。その後も忌野清志郎と共演したり、色々と活動をしていきます。1990年には一家揃ってアメリカはニューヨークへとお引っ越し。それからも音楽活動は止まず、アルバムを発表していきます。1997年にはジェフ・ボヴァとユニット結成「THE HAMMONDS」まさかの日米アルバムを発表に至ります。スタジオジブリの「ホーホケキョとなりの山田くん」の音楽担当ですね。個人的には好きな映画ではありませんがwちょっと活動が長くなりすぎるのでこの辺りで止めますw彼女を語るにはあまりにも業績が多すぎて大変なんですwさらに詳しく知りたい方は矢野顕子wikiをご覧くださいまし。にほんブログ村ブロトピ:今日のブログ更新
2021.10.19

保坂耕司がお勧めする70sの邦楽です。保坂学も音楽が好きで現代からかなり昔の音楽まで幅広いです。保坂兄弟はどちらも音楽好きだし、株式会社PLUSのスタッフもみな音楽好きが多いです。海外からも評価を受けているのがこのバンドは凄かった事がわかりますね。1972年デビューのSadistic Mika Band。ロック好きだけではなく、ファンク好きにも届きそうな感じ。ジョン・レノンが結成していた「プラスティック・オノ・バンド」のバンド名から影響を受けたそうです。更に詳しく知りたい方はサディスティックミカバンドのWikipediaでご確認ください。ブロトピ:今日のブログ更新にほんブログ村
2021.10.17

保坂学と歩く銀座編。わたくし弟の保坂耕司と共にお送り致します。おかげさまで保坂兄弟列伝を応援してくださる方が増えて参りました。まだまだ精進して参りたいと思っております。さて、新橋でラーメンを食した保坂兄弟ですが、本日は食後散歩とでも言いましょうか。美味しいラーメンを食した後、お腹いっぱいの為ゆっくりと散歩を始めた。学はまさかの大盛りを平らげた。ゆっくりとした足取りで目的地を定めずに歩いていった。しばらく歩いていくと高架下に提灯やら賑わう横丁が現れた。道路の反対側にいたが、ついUターンして信号を渡り横丁へと足を踏みれた。もう17時を回り18時近かったと思うが、まだ仕事を終えていない会社員が大半なのだろうか。人通りは少ないように思えた。日比谷駅と有楽町駅の間くらいに位置する「有楽町産直横丁」だ。やはり横丁の雰囲気は良い。しかし古き良きとは違い、新しく作られた通りのようだ。このコロナ渦はわからないがなんと24時間営業だという。日本各地の郷土料理や食材を扱った店舗がコンセプトになっているようだ。肉や魚などをメインに扱っている店舗もある。これは何度も行きたいと思える良いコンセプトだ。まだ人も少なかったこともあり撮影しながら歩くことができた。また時間がある時、御飯時にはここにきてみたいと思う。にほんブログ村ブロトピ:今日のブログ更新ブロトピ:ブログ更新通知をどうぞ!
2021.10.15

保坂耕司です。本日は新橋から銀座付近をお散歩した時のお話です。いやぁ〜この日は本当に良く歩きました。筋肉がピクピクしました。歳ですかねw筋肉と相談しながら保坂兄弟は銀座から新橋へと歩いていく。東京の中心地の人々の顔色は海老名市の人たちよりも活気がないように思う。息苦しいと感じている保坂耕司もまた同じような顔つきになっていないか不安になる。兄の学はいつもどおりのようだった。人間的強さを感じた。そういうところも尊敬できるポイントなのかもとその時思った。保坂耕司は言った。「お昼食べてないし、何か食べない?」保坂学は言った。「そうだな。俺も腹減ってきた。」お腹の減り具合とタイミングは兄弟を感じさせる。兄の学も昼食を食べておらずペコペコだったようだ。2人は何を食べようかと相談しながらも足を止める事はない。保坂学は言った。「耕司、ラーメン食べたい」キラキラと目を輝かせまるで子供のようだった。本当はラーメンじゃないのが良かったが、その瞳をみたら断る事などできない。そこは兄弟とはいえその日の好みは違ったようだった。ふと新橋の雰囲気ある路地裏へと進むと2軒のラーメン屋さんが隣り合わせにあった。どちらも店構えも良く美味しそうだ。一つは鶏白湯。そしてもう一つは酒粕とのこと。酒粕?珍しい。鶏白湯は大好きだが、酒粕ラーメンに惹かれていた。そこは兄弟一緒の意見だ♪その路地裏はこんなところ。ラーメン屋さんの雰囲気はこんな感じ。どんなラーメン?こんなラーメン!御拝読ありがとうございます。よかったらポチっと↓お願いします( ^ω^ )にほんブログ村ブロトピ:今日のブログ更新
2021.10.14

保坂耕司です。本日は海老名ビナウォーク付近を散歩した時のお話しです。保坂兄弟の兄、保坂学と共にお届けしていきます。2人の散歩はついに都内を抜け、神奈川へと進出する。小田急線で海老名駅に到着した。日曜という事もあったのだろうか。たくさんの人がいる。子供連れのファミリーも多い。駅周辺は少しいくと田畑が多く田舎道だ。またファミリー向けの住宅も多く海老名駅はターミナル駅となっている為交通の弁も良い。高校や中学校が近隣にいくつかある為、学生も多い。20年前はただバスターミナルがあるだけだった。海老名市は町づくりに成功していると思います。ファミリーと中学生が楽しめる街といった印象です。ゴミもなく優しげな笑顔達。幸せな空気感に包まれて。ghettoなstreetなど、アンダーグラウンドな雰囲気は一切ありません。しかし、例えば原宿のようにもっと面白味のあるアクセサリーやセレクトショップが多くなれば20代も楽しめるようになる気がしました。さらにビナウォークエリアの拡大、またはビナウォークに吸い寄せられるように多種多様な店舗が増えてくる事に期待しましょう。ポチっとお願いします
2021.10.13
保坂耕司です。兄の保坂学と共に保坂兄弟が世界へ向けて発信する。保坂学の交友関係は世界中である。株式会社PLUSの仕事に追われていた耕司は海外経験は乏しい。しかし学は様々なビジネスの中で世界を渡り歩いてきている。中東はアブダビやドバイのUAEとの繋がりも強い。知り合うビジネス仲間達にはロイヤルファミリーなど実力者達も少なくない。これまで培ってきたその経験値が花開こうとしている。地道に重ねてきた仕事。華やかな世界でも結局は同じ地道さを必要としている。地味な仕事の多くを弟である保坂耕司もこなしてきている。2人が合わせるとさらに大きな力となると実感している。保坂兄弟が共に歩んできた道は決して平坦な楽な道のりではなかったが、苦労し支え合いここまでこれた。もちろんスタッフや関係各位の協力があってだ。多くの人の力を借りる事で今がある。これからも人間関係を大切にしていく事が何より重要だ。最近は大変な困難に打ち砕かれそうになる。その度に2人で、そして周りの人達の助けあって乗り越えてきた。今目の前にある仕事を全力で必死にこなす他に道はなし。与えられた困難が大きい程、やってくる喜びは大きい。国内を飛び出し世界の競争の中に身を委ねようとしている。感覚の違い、歴史の違い、環境の違い、様々な弊害があるが、真っ直ぐ人と付き合っていく事は世界共通だと信じている。
2021.10.11

保坂耕司です。兄の保坂学と共に向かうお散歩のお話。大好評となっている保坂兄弟の散歩シリーズ。今回は世田谷区は下馬を舞台にお届けいたします。いつものように仕事を終え、お散歩への期待が高まっている。世田谷区下馬にはどんなお散歩ロードが待ち受けているのだろうか。特に下馬周辺を歩こうと決めた訳ではなかった。夜の街灯が照らすアスファルト。太陽熱で照り返されたのではなく、この2人の熱によって熱を帯びているかのようだった。2人の強い踏み込みは地球温暖化に影響を少なからず与えているに違いない。それでも学も耕司もお散歩をやめる事はできなかった。歩き始めて30分を過ぎた頃だろうか。三軒茶屋から休憩なく歩き続けた。そうすると2人の目の前に突然姿を現した。とてつもなく大きかった。まるで悪魔のように突然やってきた。すべてを飲み込んでしまうように。とても大きかった。その異様な光景に2人は目を見張った。こんなにも大きな電柱がこんな住宅街にあるのかと。電磁波の影響などあるのだろうか。大きな電柱を目の当たりにし保坂耕司は怖くなった。勇気が持てなかった。しかし保坂学は違った。こんなにも大きな電柱の脇をすり抜けようとしているのである。もし電柱が倒れてきたらひとたまりもない。恐る恐る学の後をついていく耕司もなんとか巨大電柱をすり抜ける事ができた。そう、思ったよりも大した事がない。見た目ではない。相手を大きくみてはいけない。本質を見抜く力を兄から学んだ。
2021.10.09

保坂兄弟がいくお散歩は下北沢へと向かっている。先日から保坂兄弟列伝は下北沢編をお送りしており本日もまた続編をご紹介していきます。保坂学も保坂耕司も様々な場所へとお散歩へ繰り出す。アナタの街にも行くかもしれない。すべての道は繋がっているのだから。先日ご紹介した下北沢reloadを経て、帰り道の代沢三叉路へと向かう途中。そこにお散歩ドラマが生まれていた。reloadのすぐ目の前にある商店街「あずま通り商店街」だ。目の前には交番がある。交番には警察が2人いるのがみえた。しかし。その向かい側にあるお店に目を向け2人は驚きを隠せなかった。reloadを背にして左手に交番、右側にその注目すべき事態が確認された。緊急事態宣言解除後の下北沢駅周辺はこれまでお伝えしてきた通り、深夜になるとお店もやっていないし、楽しめる場所がない為人もいない。カラオケ店とガールズバー、そしてコンビニが空いている程度だった。しかしそこには、たくさんの人が道側まで溢れていた。お店の中が暑かったから外側に出ているだけかもしれない。しかし5名ほどの客がお酒を片手にワイワイと賑やかだったのだ。お散歩で伝えてきた下北沢とは違ういつも通りの下北沢の賑わいを感じた。一緒に参加して一杯やりたくなるような雰囲気だ。しかし保坂兄弟はお散歩中だ。遊んでいる暇はない。期待に胸を躍らせながらあずま通り商店街へと足を踏み入れた。学も耕司も落胆の表情を隠せない。やっていた店舗はその一軒だけだったのだ。店舗から聞こえる笑い声が遠ざかっていくと、また先ほどまでと同様に静けさを取り戻す下北沢。喜んだのも束の間だった。いつまでこんな生活が続くのだろうか。人々の遊びへの欲求は高まるばかりだ。政治家に期待してもろくな答えは出さないだろう。大好きな下北沢の街並みを目に焼き付けた。悲しさと虚しさから溢れ出る涙がこぼれないように、学は空を見上げていた。
2021.10.08
保坂耕司です。本日もシリーズ化したお散歩列伝をお送りしていきます。毎日毎日飽きもせずにどこまでお散歩を続けるつもりなのだろうか。こんなお散歩生活もう耐えられない!!普通の人ならそう思うかもしれない。だか、保坂学も保坂耕司もそんな事はただの一度も考えた事がなかった。ただの一度もだ。そんな2人に大きな口を開けて待ち受けていた猛獣のように、一つの交差点が現れた。一体この緊張感はいつ以来だろうか。耕司は思った。代沢三叉路という交差点の名前なのに道は4つに分かれていると。つけ間違えたのだろうか。数え間違えたのだろうか。それとも長い歴史を経て姿形を変えたのだろうか。一瞬そんな疑問が頭をよぎった。そんな耕司の動揺をよそに学はまっすぐ見据えていた。そして学は叫んだ!「お散歩王にオレはなるっ!」そうだった。そうなのである。耕司はどちらへ曲がるかなんて小さな事がどうでも良く思えてきた。お散歩王になるには「ひと繋ぎのONE LOAD」を目標にしているからだ。道はどこまでも日本中つながっている事を思い出した。学は耕司に何も言わずに左へと曲がり商店街をまっすぐ目指した。交差点で交差したのは学と耕司のお散歩への熱き想いだったのだ。タクシーの運転手ですらそんな2人の異様な雰囲気を感じ取りこちらを見ていた。「脇見運転は良くない。」そう学は独りごちた。世田谷区の闇夜に響く保坂兄弟の足音が交差点の静寂を破った。人生は交差点の連続なんだと気付かされる夜でもあった。
2021.10.06

保坂耕司です。先日に続き2人の伝説シリーズが本日もまた始まる。本日お送りする伝説は下北沢南口商店街に続き、更なる奥地へと足を踏み入れた保坂兄弟。新たなストーリーが展開する。保坂兄弟列伝保坂学と保坂耕司は株式会社PLUSの仕事を終えた。2人はまた散歩の準備を始めていた。心の準備から始まる。身体の準備はストレッチから始まるが、心の準備は違った。重要になるのは精神統一だった。兄弟2人で呼吸を合わせる必要がある。言葉にするのは難しい。もちろん文章にするのもだ。リビングに座っていた保坂耕司は立ちすくむ兄の学を見上げた。どうしたら良いのか。何やらお悩みのご様子だ。学は共に歩き出す事を決意したようだ。ご飯もろくに食べずに散歩の準備をし始め、無言の圧力を感じた。耕司もお散歩の用意を黙って始めた。2人の間に流れる空気が重たく感じた。しかしどうした事だろうか。ドアを開け夜空を見上げた瞬間だ。都内の明るい場所からうっすたと見える星々を眺めながら学は言った。「さあ耕司、お散歩へ行こうか」勢いよく歩き出す2人。先ほどの重たい空気を感じさせない。三軒茶屋の茶沢通りを昨日と同じように下北沢へ向けて歩き出した。2人は何故だか気分がよく20分ほどで下北沢までたどり着いた。南口を抜け商店街を歩き更に進んでいくと突然二人の前に整備された綺麗な道が出現する。「reload」と名付けられていたもショッピングモールだった。道は長くないがライトアップされキラキラとしたお洒落な通りになっていた。東北沢駅まで続く道だった。二人はまた昼間に来たいと思うほどのお洒落な店構え。下北沢はドヤ街に近い雰囲気があったりと様々な顔をみせる。東北沢駅に辿り着いた二人はベンチに座った。自動販売機に缶コーヒーを買って座った。タバコに火をつけたが、禁煙の看板が目に飛び込んできた。二人は黙って火を消し飲み終えた缶の中に吸い殻を押し込んだ。空を見上げた。散歩によって精神が研ぎ澄まされたせいかさっきよりも星が綺麗に輝いてみえた。
2021.10.05

保坂耕司です。保坂学と共にお送りしている保坂兄弟列伝。本日は下北沢南口の今をお伝え致します。保坂兄弟列伝「下北沢南口商店街編」2人であゆむお散歩はどこまで行けるのか。緊急事態宣言を終えた夜の街が気になり歩き出す。少し肌寒いように感じたが歩き出してすぐに汗が吹き出してくる。なんだか嫌な予感がする。保坂兄弟が感じた違和感とは裏腹に世田谷の夜は人がいつも程度見受けられた。いつも通り。あまり意識し過ぎると足元をすくわれる。お散歩を舐めてはいけない。茶沢通りから下北沢方面と歩いていく。すると2人の歩幅と呼吸が一糸乱れず合わさっていくのを感じた。これは以前に感じた「お散歩ゾーンに入った」感覚に近いものがあった。しかし、前回のような高揚感はなく、ただただ黙々と歩き続けているだけだった。そうこうしている内に下北沢駅が近づいてくる。先ほど感じていた嫌な予感が的中する。人が下北沢に近づくにつれて少なくなっているのだ。タクシーが走っている。タクシーがいるという事は人がいるのでは?そんな些細な事に期待せずにはいられなかった。しかし下北沢南口商店街に辿り着くとそこには一見誰も見えなかったのである。恐る恐る商店街の入り口まで歩を進めた。何人かの人影がみえて安心したが、どの人も家路に着こうとしており営業中の店舗は見受けられない。ガールズバーの前に人気があった。スタッフの女の子が暇そうにこちらをみている。目が合うのを待っているようで、不自然に空を見上げながら過ぎ去る事しかできなかった。しかし学はガン見していて耕司は兄の大きさに気がつくのだ。ほとんどの店舗は緊急事態宣言中さながらに営業をしていない。時間は深夜1時半頃。下北沢駅南口には保坂兄弟の2人の影がタクシーの明かりに照らされていた。
2021.10.04

保坂耕司です。保坂学とお送りしている保坂兄弟列伝。伝説のお散歩が本日もまた幕を開けます。今回刻まれる新たな伝説に目が離せません。「保坂兄弟列伝 - 路地裏ウォーク・奥の細道」保坂耕司と学は世田谷の高級住宅街の裏側へと潜入する。閑静な住宅街に突如と現れる裏道。2人は吸い込まれるように裏露地へと歩を進めた。耕司も学も何を言う訳でもなく吸い込まれるように。裏露地は都内にしては暗く怖ささえ感じさせる。恐怖心に後ろ髪を引かれながらも学は歩き続ける。湿った嫌な空気に耕司は少し後退りしたが、学に離されないよう足早に歩いた。この裏道の目的は一体。2人の頭をかすめた疑問は歩く度に大きくなる。考えながら歩くと自分が今どこにいるかもわからなくなる。まるで迷路のように。しかし道は一本道で脇道はない。でも迷ってしまいそうな感覚なのだ。これは学も同じようで、しきりに辺りを見回している。しかし、2人の心は熱くも頭は冴えている。保坂兄弟は路地裏で「ゾーン」に突入していた。一流のアスリートや格闘家が集中が研ぎ澄まされた時にくるあの感覚だ。この戦い(このお散歩)もらった。耕司はそう思った。一歩一歩世田谷の大地を踏み締めるこの感覚は無敵に思えたのだ。そうこうしている間に突然T字にぶつかり、2人は足を止めた。この奥の細道で得た感覚はなんだったのだろうか。路地裏ゾーン。これだけの不思議体験はそうそうあるものではない。また汗が冷えないように2人は歩き出した。
2021.10.03

保坂耕司です。保坂学といく保坂兄弟列伝シリーズも第3弾を迎える事ができました。この伝説はまだ始まったばかり。「保坂兄弟列伝 お散歩シリーズ 〜蛇崩川緑道編〜」2人のいく末に立ちはだかる疑問。この問題を解決する事はできるのか。謎が謎を呼ぶ。保坂兄弟列伝始まって以来の不可思議なこと。蛇崩川というのに、ほとんど川が見えない。保坂兄弟は感じた。「完全に川を見失ったと」「蛇崩川」というワードに踊らされていると。川沿いを緑道化しているのではないのか!?その方がもっと素敵な緑道になっている気がする。そして調べてみた。蛇崩川は世田谷区弦巻の水源から目黒川へと合流する。ほとんどの部分は地下を通って地上から見る事ができない。暗渠部分が多いようだ。にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村
2021.10.02

保坂耕司です。電化製品好きで知られる保坂兄弟です。ちなみに世田谷ハウスの一部の知る人ぞ知る。ですがw今日ご紹介するおすすめ製品は保坂学も絶賛するオーブンレンジのご紹介です。電子レンジ系の商品は世に数多く出ています。たくさんのメーカーが競争している業界です。そのため、どの製品が優れているかは求めている性能によっても異なると思います。保坂兄弟が着目したのはデザイン性と性能のバランスの良さといえます。性能重視の方にとってはもっと良い製品があるかもしれません。今回紹介するオーブンレンジ「BALMUDA」の「The Range」という商品です!BALMUDAさんの商品はとにかく洗煉されたデザイン。スタイリッシュかつ高級感がある。キッチン用品のみならず家電製品メーカーとして大好きなブランドです。40度の低温調理で発酵させる事ができるため、パン作りなども可能です。直感的に全て操作できるため、説明書を見た事はありません。とにかくキッチンが映えます!決して価格は安くありませんが、長く使うレンジなのでテンションが上がる映え流オーブンレンジが絶対におすすめです!
2021.10.01

保坂耕司です。こんばんは。皆様いかがお過ごしでしょうか。今宵もやつらがやってくる。本日シリーズ化した夜散歩列伝パート2を大公開!保坂学と耕司の伝説を刻み込む世田谷の夜。先日第注目を浴びた夜散歩シリーズですが、PV数も爆上げの20PVくらいでしたw知る人ぞ知る。知る人が知れば良い。てか、知らなくてもよかった。そんな誰も注目していないのにシリーズ化している伝説を肌で感じ、鳥肌が立つ程のどうでも良さ。むしろ清々しくもあるのではないでしょうか。さて、保坂兄弟の伝説は始まったばかりだ。
2021.09.30

保坂耕司です。各部屋なども含めると複数の空気清浄機を使っています。保坂学も含めると保坂兄弟はこれまで生きてきた中で何台使ってきたことだろう。なぜか空気清浄機ってまだ使えるのに買い換えてしまっていませんか?汚れたり、時代と共にデザイン性が古くなってきたりと。しかし今回ご紹介する空気清浄機は時代を問わずスタイリッシュな外観。ずっと使えそうです。その空気清浄機は「cado LEAF」です。cadoの製品はどれも見た目が格好いい!!部屋を彩る空気清浄機は性能と合わせてデザイン性も重要視したいところ。cadoの家電製品はこのデザインがどの商品も素晴らしい!部屋の空気がきれいになっているかは見えないし実感が少ないのですが、商品説明をみている限り、他社比較しても非常に優秀である事がわかります。空気清浄機LEAFは円柱型で前面が機能しています。さらに協力なスクリュー効果によって部屋の空気を循環させます。新型コロナウイルスの影響で空気清浄機を選ぶ方も増えていると思います。ウィルス対策としての製品ではないので注意しましょう。
2021.09.29

保坂耕司です。保坂学を誰も止める事はできない。保坂兄弟が突き進む東京の夜。闇夜を切り裂くその勢いは伝説と化すだろう。いま始まるその伝説はシリーズ化される。「夜散歩列伝」が幕を開けるのだから。東京の夜を震撼させる。この伝説はまったく人気がないのにシリーズ化するという伝説なのかもしれない。
2021.09.28
保坂耕司です。コーヒーをこよなく愛する保坂学もオススメするコーヒーメーカーのご紹介です。その名も「siroca」前回紹介した「Nespresso(ネスプレッソ)」との良さの違いがあります。一概にどちらが良いとは言い切れませんね。個人的な感想ではネスプレッソの方が美味しいと思います。しかし!sirocaの良さはいくつかあります。ネスプレッソはメーカーが出しているコーヒーカプセルをセットするだけ。簡単ですし、どのフレーバーも大変美味です。sirocaの良さはとは好きなコーヒー豆選び豆挽きから抽出まで全自動簡単なお手入れ自分好みのアレンジ30分の保温機能タイマーセット中でも4番の自分好みのオリジナルアレンジです。コーヒー豆選びも楽しみのひとつです。寝起きにすぐ飲みたい方はタイマーセットも重宝すると思います。
2021.09.28
コーヒーメーカーがたくさんあり、どれが良いのかわからない方も多いと思います。もちろんコーヒーの味ではそれぞれの好みがあると思いますので、一概にはいえませんが、一番コーヒーの味を楽しめる個人的感想は「Nespresso」のコーヒーメーカー!カプセルのフレーバーが各種あり、定期購入もできます。保坂学と耕司の一押しマシーンです!季節によって限定品もでるので飽きる事なく色々と味わう事ができます。お悩みの方はおすすめのネスプレッソをお楽しみくださいね!
2021.09.27
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