流行語大賞に「神ってる」だそうだ。
どうも最近の日本人は神を粗末に扱いすぎる(怒)。
箱根駅伝で坂を早く登ると「山の神」と呼ばれる。
「海賊と呼ばれた男」と「山の神と呼ばれる男」を比較すれば、人間的に優れているのは「海賊と呼ばれた男」に違いない。(まだ読んでもないけど)
それでも「人間的に・・・」なのだ。
「神懸る」ことをいうのなら、そう言えばいいのだ。「かみがかってる」と。
「神が懸かる」のであって、本人が神では決してない。「神が勝ってる」のであるから。
神業も神風も神懸かってるのであって、そのものや本人が神では絶対にない。
文殊菩薩から名付けた高速増殖炉「もんじゅ」の顛末を見るがいい。
普賢菩薩からとった原子力船「ふげん」を見ればいい。
どちらも悲惨な結果ではないか!?
菩薩でさえそうなのだし、如来はその上をいくが、さらにその上の神だなんて・・・!
特に若者を神になぞらえてはいけない。山登り名人くらいで上等なのだ。
神を紙のように薄っぺらく扱ってはいけないし、そのことで本人の将来が心配にさえなってしまう。
常識が通用しない時代だから、ちょっと気が利いてるだけで「神対応」だなんて、実におこがましいのである。
マスコミやアナウンサーまでが、これらの言葉で若者の芽を摘むことになってはならないだろう。
神以外を神と呼んではいけないと思うこのごろである。