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リルとリルラは幼なじみで、大人になったら結婚することを約束していた。 リルとリルラにはそれぞれ夢があった。絵を描くのが大好きなリルは学校の美術の先生に、繁殖期の凶暴な月の輪熊をも仕留めたことのある勇敢な祖父と同じマタギになるのがリルラの夢だった。リルとリルラは成長し、やがてそれぞれの夢を叶えた。 銀色に輝く月のある晩、リルとリルラは地元の山酒を酌み交わしながら近況を語り合った。その日リルラは二メートル近い体長のエゾ鹿を一発で仕留めていて、ちょっと興奮気味だった。「なあリルよ、俺は芸術なんて難しいことは苦手だから、おまえの描く絵がうまいのか下手なのかも分からないんだが、今日山の中であの巨大なエゾ鹿を、狙った急所を寸分違わず撃ち抜いて殺したとき、これもちょっとした芸術じゃないかって思ったんだ、そうは思わないか?」「ええ、そうね」「そうか、リルもそう思うか、やっぱり俺たち二人はどこかで繋がってるんだな、・・・それはそうとリルよ、もうそろそろ俺たち結婚しないか?」「ええ、そうね、・・・でもねリルラ、あたしも教員になったばかりだし、いろいろと勉強したいこともあるし、もう少し待って欲しいの」「そうか、おまえがそう言うのならもう少し待つか、まあ、結婚するのは決まっていて、あとは時期の問題だからな、焦ることはないな」 猟銃を肩で支え、汗の匂いを放ちながら、リルラはそう言って度の強い山酒を生で飲むのだった。 山を降りて町の学校に勤め始めるまで、リルは男というのはリルラのような汗臭い山男ばかりだと思っていた。無骨な男が嫌いというのではない。ただ、ずっと山に住む男たちとしか接したことがなかったから、香水をつけ、まるで女のような綺麗な手をした町の男たちにカルチャーショックを覚えたのだった。 教員になってすぐ、町の美術館で開かれた研修会で、リルはリルリルという画家と出会った。リルリルの描く絵はピカソのように抽象的だったが、説明のつかない魅力がリルの心をつかんで離さなかった。「世紀末」と題されたリルリルの絵の前で、リルが動くことが出来ずにいると、作者であるリルリルがやってきて声をかけた。絵を褒めると子供のように喜ぶリルリルに、リルは人としても魅力を感じた。 リルとリルリルは男と女として、急速に接近していった。 厚い雲に月の覆われたある晩、リルとリルリルは、町にあるリルリルの自宅のベッドに入って話していた。「ねえリル、リルはこの世の中でもっとも美しいものは何だと思う? もちろん君は除いてだけどね」「さあ、何かしら、あなたの描く絵じゃなくて?」「僕の絵なんてちっとも美しくないよ、いいかいリル、僕が思う、この世の中でもっとも美しいものというのは、ちょっと物騒だけど、人間の死体なんだよ、それも、どこも傷ついていない綺麗な死体なんだ」「やめてよリルリル、何だか怖いわ」 隠れるように抱きついてくるリルの髪をなでながら、リルリルは笑ってこう続けるのだった。「ちっとも怖くなんかないよ、だって考えてごらん、その死体はどこも傷ついてないから、傍目には眠っているみたいだろ? だけど本当は死んでいるから、もう絶対に歳を取らないんだ。それってすごく神秘的でぞくぞくしないか?」「もうやめてリルリル、そんな話するなんて、今夜のあなたはちょっと変よ」 そのとき突然、ピシンッ、という乾いた音が寝室に響いた。「ねえリルリル、今の何の音? ガラスの割れるような音に似ていたわ」 リルが枕もとの明かりを灯すと、ベランダに通じるガラス戸に一箇所、小さな丸い穴が、まるで掘ったように綺麗に空いているのが見つかった。「ねえリルリル見てあの丸い穴、あんなのさっきまでなかったわ、・・・ねえリルリル、聞いてるの?」 だが、リルリルは目を閉じたまま黙って答えないのだった。顔を覗き込んだリルは、リルリルが眠ってしまったのだと思った。リルは話しかけるのをやめて、リルリルに寄り添うようにしてベッドに潜り込んだ。リルリルの首に手を回したとき、リルの指先がべっとりと濡れた。 月のない闇の夜では、リルがそれを血だと気づくのにしばらく時間が掛かった。
2007.03.17
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何だか無性にイライラしてきてタバコに手を伸ばした。マッチで火をつけ、天井に向かって最初の煙を吐き出す。人魂のような形の紫煙が、天井に吸い込まれるように霧散して消えていく。ふとその現象が寂しく思え、私は消えゆく煙を留めようと、空気をつかむように手を宙にさまよわせていた。 そんな私を、あなたは黙って見詰めていた。酔って少し充血したその眼差しが、哀れみをたたえているように見え、私は思わずカッとなった。「羞恥心がないのかよ、いい歳こいて女子高生の格好してAVなんかに出やがって」「やっと本音が出たな、でも逆にすっきりしたわ」 ガハハ、とあなたは豪快に笑ったが、カッとなった私の言葉に、酔ったあなたの顔色が変わったのを私は見逃さなかった。 自宅に例の写真とビデオテープを送りつけてきたのは、あなたが勤める病院の看護師達だった。どこからかあなたの過去の経歴が同僚のナースらに漏れ、それでなくても嫌われていたあなたをいじめる格好の材料になったというわけだ。そのことを知った私は烈火のごとく怒り、病院に乗り込んで話をつけると息巻いた。「話をつけるって?」 とあなたは冷静に切り返してきた。誰と何をどう話をつけるの。「主犯の女を割り出して、張り手の一発でもお見舞いして、二度とこんな卑怯な真似すんなって話をするんだよ」 あなたは笑った。そんなことしても無駄だよと。「何でだよ?」「だからあなたはいつまで経っても子供なのよ、もういい加減俳優なんて諦めてちゃんと働きなさい、社会に出て生きていくことの厳しさを知るの」 あなたが初めて私の夢を否定した。 翌朝、日勤で病院に出掛けたあなたは夜になっても戻ってこなかった。深夜、病院から連絡があり、霊安室であなたが首を吊って死んでいると告げられた。 それから数週間は、あなたの死んだあとの処理に追われた。警察やら役所やらを回って、ややこしい様々な手続きをさせられた。 あなたの死を通して、私はちょっとだけ社会の煩雑さを知った。 私は今、街の外れの小さなアパートを借りて一人で住んでいる。新しく始めた、ひたすら石材を運ぶハードなアルバイトにも最近ようやく慣れてきた。 時々あなたが夢に出てきて私に忠告する。「もうそろそろ就職してまっとうに働けよ」 その度私はとぼけた振りしてハイハイ、と適当に相槌を打つ。あなたは笑って、嘘つけよ、とげんこつで私の肩を小突く。 私の住むアパートの部屋の窓からは、あなたとの生活の名残で一晩中明かりが漏れている。 相変らず私は、あなたが暗闇を怖がる理由を知らない。
2007.03.04
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