関西の吹奏楽を聴く

関西の吹奏楽を聴く

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

マーチフレンズ25

マーチフレンズ25

お気に入りブログ

まだ登録されていません

コメント新着

ふぇむ@ Re:エーゲ海の祭典(09/02) 「エーゲ海の祭典」で検索してこちらにた…
王様@ 潮 吹 きジェットw サチにバ イ ブ突っ込んだ状態でジェット…
お猿@ やっちまったなぁ! http://feti.findeath.net/wx4-gjc/ ちょ…
チリチリ@ 次は庭で全裸予定w http://kuri.backblack.net/jyibzir/ ち○…
まさーしー@ なんぞコレなんぞぉ!! ぬオォォーーー!! w(゜д゜;w(゜д゜)w…

フリーページ

2007年06月06日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
 古関裕而作品リストに、大阪タイガースの歌は記されていません。というのも、このリストはレコードになって発売されたものに限られるからです。この歌が作られたのは昭和11年。レコードは作られたのですが、一般発売はなく、関係者に配る分だけの限定制作だったのです。
 「おはようパーソナリティ中村鋭一です」という画期的なラジオ番組が始まったのは1971年。ぼくが高校に入学した年のことです。1年生の時は電車通学をしていたので7寺20分頃には家を出ていて、ほとんど聞けていなかったのですが、2年生からは自転車通学に切り替えたので、30分くらいは聞けるようになった。そこで初めて聞いたのが、阪神タイガースの歌、でした。甲子園球場ではこの歌をずっと流していたらしい。スタジアムに通うファンにはよく知られていた歌だった、でもそれ以外の場所で歌われたり、流されたりすることはほとんどなかったから、ごく限られたファン以外の人にはその存在すら知られていなかったのだ。球場では若山彰が歌うレコードが流されていたというけれど、そのレコードが売り出されていた記録もないから、曲を流そうにも、歌詞を覚えようにも、できなかったのかもしれない。この歌が関西の虎ファンの間に浸透していくのにさほど時間を必要とはしなかった。73年には中村鋭一歌唱によるレコードが発売、40万枚の驚異的なヒットを飛ばす。中村氏は参議院選挙に出馬のため77年に番組を降板したのですが、その後を引き継いだ道上洋三という人は中村氏に負けないほどの虎ファン、そして歌うパーソナリティで、この歌が廃れることはなかった。それに、選挙に落選した中村氏は昼間の番組に復帰して、ここでも、阪神が勝った翌日には必ず歌ったので、露出は2倍になった。80年には立川清登、83年=植草貞夫、85年=道上洋三、93年=唐渡吉則、94年=オマリー、など以後もさまざま歌手、グループによってレコード化され続けている。優勝セール、残念セールの頃には、あらゆる商店街、スーパー、デパートでこの曲が鳴り続けている。淀川工高は定期演奏会で必ずこの歌を演奏する。近頃では、関東でも「六甲おろし」を知らない人がほとんどいないのではないかと思えるほどになった。古関裕而が作った曲の中で、現在もっとも聴く機会の多い曲になっていることは間違いない。作られて70年以上になるのに毎日のように(最近は負けが込んでいるのでかなり減ってはいるけれど)ラジオから流れ来る曲など、ほかには考えられない。作曲者としてこれほど嬉しいことはないのではないかと想像していたのですが、本人はむしろ不快に思っていたというのです。
 「大阪」を無断で「阪神」に変えられてしまった。「おおさか」につけたメロディであって「はんしん」につけたメロディではない、と言うのです。実際この部分のメロディは歌いにくくて、作曲家のキダタロー氏によれば、楽譜どおりに歌っているのは立川清登氏だけだといいます。作品リストには77年の「津和野慕情」までが記されているのですが、73年の中村鋭一歌唱による「阪神タイガースの歌」は載っていません。自分は「大阪タイガースの歌」は作曲したが、「阪神タイガースの歌」は作曲した覚えはない、という作曲家自身の強い意志によるものだったのかもしれません。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2007年06月08日 07時08分49秒
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: