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落ちたところが上り坂 その5わたくし、髭を切りました~♪!!Komomoさん御心配ありがとうございます。ハマのコモモちゃんさん コメント実は、最終面接の時ヒゲと髪が少々話題になりました。ヒゲは小生のトレードマーク。長男が生まれる前から生やしているので、今更そる気にはなりません。でも、顎の部分は剃っても良いかな?と思ったのでその旨は雇用者側には伝えました。また、失業中はイメチェンを狙って髪の毛も大分長めに整えていたので、これはあっさりと切る事に。でも、Cityの大きなホテルではなし、ホテルマンカットにはしないでリゾートホテルとして"ふさわしい"髪型になりようにしました(笑)。ヒゲについては、友人からも「お前の髭は濃いからな!」と言われていたし、同じ日本人からみると、背も高いくて髭も濃いと威圧感があるのかも知れませんね。でも、お客の大半が欧米人ですから、髭があっても別におかしくは無いのだけれど...。クマのように顔中髭だらけというわけではなかったのですがね?一寸悩みましたが、思い切ってさっぱりと下半分を剃ってしまいました。でも鼻の下だけ残っています。髭は結構手入れが大変です。髪の毛と一緒で直ぐに伸びるし、みすぼらしくならないように長さを揃えたり、梳いたり絶えず手入れが必要です。唇のまわりとか、余計な所に生えた髭は毛抜きで抜きます。これが結構痛いんです!髪の毛には不思議と一本の白髪も無いのに、なぜか髭には白髪が結構あります。本当は両方ロマンスグレーが憧れですが、この分だと髭だけ先にロマンスグレーになりそうです(笑)。引越しの準備は9割方終わりました。後はチョコチョコした物を箱に詰めるのみ。予定通り行きそうです。でも来週直ぐに出張でオークランドに戻って来そうです。予定はもう仕事モードです。では。ではWBBlogランキング<<オセアニア>>**PR**
July 27, 2005
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落ちたところが上り坂 その4契約後2週間で現地に赴任の事。これが今回の一番大きな条件でした。理由は、現在ホテルが改装中であり、そちらの監督も合わせてやって欲しいとの事。既に、自宅を二回改築しているWBにとっては左程難しい事では無いのですが、問題は工期。のんびりしたNZの事。 かなりネジを巻かないと夏のオープンには間に合いません。二週間での赴任について、「はい、判りました。」とは言ったものの、頭の中で引越しを想像して暗澹たる物がありました。前回の引越しと違い、今回は本当に一人です。出来るかなぁ~?猫の手でも借りたいくらいだけれど、スミの前足では全く役にたちません。それどころか、メシ・散歩と何時ものペースを崩すを文句を言います(笑)。で、とりあえず月曜日から初めて、今の状態がこうです。家の中は真っ直ぐ歩けません。でも初めてみると、以外と荷物が少なく一寸拍子抜け。前回の引越しの時に相当棄てた様です(もうすっかり忘れている! 笑)。クライストチャーチに居る小熊の荷物は、Ex-wifeの所に置く事にしました。彼は、ずっとオークランド育ちなので友達も全て此方。だから、大学の休みも殆どオークランドで過す事になりそうです。今回も大分荷物を棄てました。ソファーの類はタダで「差し上げます」と広告したら、即引き取り手が現れました。もっと家具を処分したかったのですが、買い手が見つからず持って行くことに。一人暮らしだし、向こうで気に入った家具だけをまた買うつもりです。ただ、アウトドアの家具だけは持って行きます。一時は、売りに出そうかと迷ったのですが、Hawks Bayに就職がきまったので持って行くことにしました。冬でも雨が少なく暖かいHawks Bayで、このセットはあちらでオークランド以上に活躍しそうです。明日から週末ですが、パッキングは休みなし。ガレージの中が結構散らかっているので、明日がガレージの中の整理かな?ではWBBlogランキング<<オセアニア>>PR
July 22, 2005
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落ちたところが上り坂 その3さて、友人の有り難い忠告を受けて、紹介状もCVも作り直したWBは徐々に、面接まで進むチャンスが増えて来ました。そしてある日偶然見つけたのが今回の仕事。以前にもご紹介した、ワインの産地Hawks Bayの高級リゾートロッジ(ホテル)の総支配人の職でした。主に欧米人の顧客に人気のあるホテルで、一泊$800/人(食事付き)と値段も超一流です。先週、最終面接も終わり、英語力と自営と商社での経験を買われて正式採用となりました。仕事の内容もよく判るので、簡単では無いとは思いますが、とてもやりがいのある仕事だと思っています。冬場の雨も少なく、また年間日照時間が長くカラッとした気候のHawks Bay。Hawks Bayは私がずっと住んで見たいと思っていた土地の一つだし、なによりワインに目が無い私ですから、美味しいワインに囲まれて生活できるなんて最高の環境と言えるでしょう。今は引越しの荷造りの真っ最中。今月29日には現地に入っていなければいけません。でも、未だに向こうでの家が決まっていないのです!そうです、問題は愛娘(犬)スミです。賃貸物件はたくさんありますが、殆どがNo dog!の家ばかり。とりあえず荷物は倉庫に入れておいて、暫くは勤め先のホテルの一室に仮住まいさせてもらう事にしました。幸いオフシーズンお客さんもいないので、こんな事も許してもらえました。向こうへ着いたら、仕事をしながら家探しが待っています。でもスミが果樹園に居る羊とか、庭を走り回る野生のウサギとかを追いかけないかと心配です。友人から17年間住んだオークランドを離れるは辛くないか? と聞かれましたが別段感傷はありません。そもそもNZに移民したのも、子供達と一緒にもっと静でよい環境の暮らしたいと思ったからです。移住した当時はオークランドもとても静でした。 でも今は違います。便利になった反面、我々が失ったものも多くあります。今回のHawks bay行きは、そんな自分達が失ったものを再度取り戻せるチャンスだと思っています。人生の折返し地点を過ぎて、これから心機一転第二の人生を自分の好きな場所で始めてみたいと思っています。ではWBBlogランキング<<オセアニア>>PR
July 21, 2005
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落ちたところが上り坂 その2これではとてもじゃないが生活出来ない!そしてWBは直ぐに就職活動を始めました。まずCVの作成。CVを作って早速インターネットと新聞で職探しを始めたのですが、どういう訳か全く色よい返事を貰えません。自分の経歴には自信があったのでWhy? と考えても判らず、ただ、ただ???の毎日が2週間ほど続きました。当時は全く気がつきませんでしたが、実はこれには理由があったのです。友人達にも失業している事を告げて紹介をたのみました。これは後で判ったことですが、この知人の紹介による就職というのはNZでは結構多いのです。紹介する側も、信頼の置ける人を紹介するし、受ける側はキチンとした紹介者が居るので安心してその人を採用する事が出来る。こう言った点で、決まる確立が非常に高いそうです。あるパーティーに招待されていった時、最近就職がきまった若い友人がいました。どのようにして決まったのか色々話を聞いているうちに、自分の件も相談してどうしてだろう?と聞いた所なんと彼女曰く、まずCVに添える自己紹介状の書き方が違うとの事。正しい書き方は、募集広告にちりばめられて居るKey wordを紹介状の中にしっかりと取り込んだ、文章を作るべしとの事。NZでもかなりの数の就職斡旋代理店があります。そしてそれら全部がインターネット上にサイトを持ち、募集広告を掲げています。彼ら一人一人の元に毎日送られてくるCVの数は50-60通にも及びます。それらに目を通し、人物を判断するのは殆ど不可能で、いきおいコンピューターの登場となります。代理店では一回目のスクリーニングは、CVに添付する自己紹介状で行います。この紹介状の文書の中に、しっかりと募集広告にあるKeyワードを入れておくと、スクリーニングで引っ掛かり次の段階に進める確立が大きくなります。この次の段階に行って始めてCVを読んでもらえるのです。NZでは、日本と違い一つの会社に長く居る人間は、高く評価されません。NZの会社は、職業を替わって色々な経験を積んだ人を取る傾向にあります。また職掌についても、日本では当たり前の事ですが、事務系は基本的にはマルチタスクで動く事が多く、一つの事しか知らない、或いは出来ない人は"使えない"とみなされてしまいます。経験者を求めるのも特色です。日本でも経験がある事に越した事はないのですが、どちらかというと日本の会社は人を育てようとする傾向があります。NZでは働いている人の会社への忠誠心が強くないため、他に適当な職があると割りと簡単に転職してしまいます。よって、会社側は人を育てる事より、勢い即戦力になる社員を取る事になります。勿論技術系のところは事情がちがいますが。何年か前の事ですが、大学を出てNZの一流企業に就職した男の子が居ました。でも彼はある日突然、「欧州を一年間放浪して来る!」と言ってその会社を2年で辞めてしまいました。この一流企業も彼にとっては欧州旅行の費用を作るためだけに働いていたようなものです。しかしNZの社会では、このような欧州旅行あるいは世界一周など、広く世間を見てくる事は非常に有意義であると考えられていて、むしろこれらの経験を歓迎する傾向にあります。前述の彼なども、旅行から帰ってからの方が、もっと別な企業に良い条件で就職できるチャンスがあると言っていました。勿論これらの、旅行はケチケチ旅行で泊まりはユースかバックパッカー。アルバイトしながら世界を見てくる、そんな旅行です。でもそれらの経験が非常に役に立つと考えられているのです。小さな島国に住むKiwiにとっては、自分の視野を広げてくれるこれらの旅行は大切なものかもしれません。話は一寸横道にそれてしまいましたが、もう一つの傾向としてやはり、KiwiはKiwi同士、"同じ言葉で通じる"相手を採用する傾向にあります。この"同じ言葉で通じる"という表現文字通りの意味ではなく、同じ文化を共有すると約した方が良いかも知れません。よって、移民の国でありながら、けっして就職への道が広く移民には開放されていないと言って良いでしょう。この事ははっきりと就職斡旋の代理店も認めています。誠に残念な事ですが、これは事実です。移民の中にはなぜこんな事が起こるのか理解できないと憤る人もいますが、お役所仕事の御多分にもれず、移民局、労働局は縦割り行政で殆ど言ってよいくらいお互いに情報の交換がありません。だから、自分の経歴を認められて永住権がとれたのに、仕事がない と言うような事が起るのです。....................明日へつづくBlogランキング<<オセアニア>>WBPR
July 20, 2005
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落ちたところが上り坂皆さん 大変御無沙汰してしまいました。WB(ホワイトベア―)です。前回の日記のアップが4月18日ですから、丸3ヶ月ぶりのシロクマ日記となります。一体シロクマに何が起こったのか?色々が疑問をお持ちになった事と思います。実は4月からシロクマは失業しておりました。自営ですから失業と言っても、仕事が無いだけだろう? と思われるかもしれませんが、 自営にとって仕事が無いことは非常に深刻な事態を意味します。勿論仕事が戻ってくれば問題ないわけですが、仕事が戻ってこなかった!とりあえずこうなる前に3ヶ月程我慢しましたが、どうにもならず遂にバンザイ!そしてNZに来て以来初めて失業手当(Unemployment benefit)なるものを申請しました。しかし、此処で問題発生!自営の人は今持っている会社を全て一旦閉鎖しないと駄目だとの事。理由は判りますよね?失業手当を会社の運営に回さないように 注意している訳です。当然といえば当然ですが。その他失業保険を貰う為にそろえた書類は一抱えもありました(笑)。申請して待つこと2週間。やっと手当が降りましたが、その金額の少なさにビックリ!!もらえる限りいろいろな手当(補助)を合算しても、なんと家賃にも満たないのです!!これには参りました。 これじゃ穴篭り(冬眠)するしかないじゃないか!!労働党政権なのにどうして?17年間税金を払い続けてきて、たったのこれだけ?思わず目が点になってしまいました。....................明日へつづくBlogランキング<<オセアニア>>WB<PR> <<最近のNZ関連報道>>郵便局が消えた… 行革先進国ニュージーランドの惨劇 7/6 報道ステーション核兵器廃絶:「高校生1万人署名活動」メンバー2人、ブラジルとNZで活動へ/長崎 7/7 毎日新聞NZでモスクの窓壊される/ロンドン同時テロの報復か 7/10 四国新聞ハ・ジウォンがニュージーランド語学研修で、現地ファンに囲まれる 7/11innolife.netアルカイダ英学生テロリスト募集 7/11 スポーツニッポンハ・ジウォン ニュージーランドでの出来事 7/12 K-PLAZA.com
July 19, 2005
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月下美人 咲く 花言葉: はかない美・はかない恋・繊細・快楽我が家の月下美人が今年も花を咲かせてくれました。香りは家中を漂い、優雅な気分にさせてくれます。一晩だけのステージ、5羽のフラミンゴたちが日頃の愛情に、感謝をするかの様に、精一杯、答えてくれています。<画像はクリックすると拡大します。>雅に一夜の儚い美しさと人を惑わせる、香りの競演です。参考までに、月下美人はサボテンの仲間です。月下美人のふるさとは、メキシコ・グアテマラ・ベネズエラ・ブラジルですが、これらの自生地でもあまり見られないそうです。 月下美人は、簡単には実を結びません。さし木して3年くらい、日本の小学生3年生程度の高さまで。成長しないと花は咲きません。 気長に待ったかいは必ず、育てた人を魅了する優雅さと香りのハーモニーを奏でてくれます。 日本全国の月下美人は、昔どこかでつくられていたたった一つの株から、さし木で増やされたと云われています。ですから、日本の月下美人は、環境による誤差はあれど、ほぼ同日同時刻に開花すると云う事です。同じ遺伝子を持つ雅にクローンというに成ります。今、2時を回りソロソロ終演の時の様です。花びらが次第に閉じていきます。LB40月下美人を育ててみたいなと思った貴方株式会社山植 月下美人(6号)
July 14, 2005
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プロレス 橋本選手の悲報に思う事・・・・・彼に初めてお逢いできたのは、去年の暮れも近い、ある日のこと事でした。私の行きつけの 隠れ処 藤という、横浜市内の小料理屋さん彼も時々は足を運んでいたようですが、お目にかかるのは初めての事でした。女性の方と二人で座敷の席におられましたが、テレビで拝見する姿とは違い、どこか風格はあれど、穏やかな表情で楽しそうに食事をされていた様子を憶えています。私も楽天のお仲間である"TONO9784さん"と待ち合せておりましたので、まずの話題が橋本さんの事で、ソフト格闘ファンである私は、ミーハーで”ひそひそ”盛り上ったことを記憶しています。彼の帰り際、マスターに紹介を頼み、あの大きな手と握手を交わし、ほんの短い時間でしたがご挨拶が出来ました。あれから半年の月日が経ち彼の悲報を聞くとは、本当に驚きました。報道では、彼のお母様も同じ原因により、若くして年代で他界されており、彼もまたそのことに不安をもち、「多分自分も同じ様に、やられるかも知れない」と話していたとしりました。しかし、考えるに、体質の遺伝というのはDNA上持ち合わせているという事は事実あるにしても、それは一つの危険情報でしかありません。お母様が最後に死を持って警鐘を鳴らして逝かれた、彼もまたそれに気付き不安を持っていたのであれば、食生活、生活習慣の見直しを良い方向へシフトする事で、彼が経験したであろう、悲劇の舞台を彼自身が踏む事も、無かったように思へ残念で成りません。あの時の彼の素敵な笑顔とあの力強い握手は、二度と逢う事が出来ない無念私の一生の良き思い出となってしまいました。素顔の彼のファンとして慎んで、御冥福をお祈りします。LB40
July 12, 2005
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今、日本人として見直す時 2父方の祖母や祖父の記憶をたどって見ました。よくお茶(日本茶)を飲む朝起きて一杯10時ごろ、昼食時、3時 夕食時人が来ればお茶を勧め、急須と茶筒、茶碗は何時も卓袱台の上のお盆の上にありました。一日何杯飲んでいたのでしょう?今いわれているカテキンの効能なんて、知っていたのでしょうか?コーヒーも紅茶もありましたが、滅多に口にしている光景は記憶にありません。でも、頑固だった訳ではなくそれが自分の体に会っている事を解っていたのでしょう。地の物を食べる。野菜とか、卵なんかは、近くの農家の人が届けてくれたりご近所の農家まで野菜を買いに行きがてら、お茶を飲みお喋りをしてくる。思い起こせば、お米も近所に田んぼあって、沢山作っていました。私が子供の頃、夏場、近かった祖母の家に従兄弟を訪ね、遊びに行くと、決まっておやつは、井戸の水で冷やしたトマトやキュウリ、勿論、スイカも冷えていましたよ。そして卓袱台(ちやぶだい)の上には、蒸かした、サツマイモやジャガイモ、そして、夏の定番はトウモロコシ勿論近くの農家で取れた取れたて、時々、サトイモもありましたね。ハエの寄らぬよう大きな笊が被せてありました。その笊を開けるのが楽しみでした。大人達は、沢庵、梅干、祖母の大事にしていた糠どこで漬けた糠漬け、お茶請けにして、縁側でお喋りしてました。そういえばそういう時、冷たい日本茶なんて飲まなかったな。熱い時でも、熱いお茶を飲む、暑気払いの意味もあったのですね。早々、夏の夕方は行水でした。祖母が庭に盥桶を出してお湯を張って、勿論お風呂もありましたが当時のシャワー代わりでしょうか?でも、今考えると半身浴なですね。これってみんな、今いわれている、体に良い事ばかりです。祖父は79歳、祖母は84歳、老衰で亡なりましたが、確かに病気で寝込んだ様子は記憶にありません。まだまだ、記憶をたどれば沢山、出てきます。つづきは次回にでは、LB40人気blogランキング応援宜しくお願いします!私が地元水道から、昔の井戸水のように美味しく、体に合うなと思う、お気に入りのお水は!お茶の味も、ご飯の風味も断然違います。ブリタの浄水器
July 11, 2005
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今、日本人として見直す時”ナンバ走り”と言う言葉が2003陸上競技100メートルの末次選手の活躍でスポーツ界の流行語と成りました。実際、彼のコーチである高野 進氏曰くは、相撲の鉄砲や田植えの動作、飛脚の走りなど取り入れてた走法と語っています。このナンバという動作とは、学校や会社の面接試験の時などに極度に緊張し意識しすぎるあまり、ギクシャクしてしまう、そう、右足と右手、左足と左手が同時に出てしまう。経験のある方も有るかも知れません。しかし、その昔の日本人に身についていた歩き方だったと言うのです。西洋文化の到来と共に格好の良い歩き方や走り方の既成概念が生まれ、何時しか、変化していったと云われています。いま、多くのアスリート達がこのナンバ的動作を古武術の世界より学びとり、多くの成果を上げ始めています。しかし、このことは、スポーツの分野の一例ですが、我々の日々の生活習慣にも、日本人として今一度、振り返る事柄は多くあるような気がします。私は、亡き、祖母、祖父の生活習慣を思い出し、今の自分と比べ見直そうと考えています。そして、見習うべきは、NZの人々もまた、新世界を築いて来た過程においても、受け継がれた文化、習慣を忘れず、生かしながら、上手に生活を楽しんでいます。では また!☆ナンバに興味がある方は、甲野善紀さんの「身体から革命を起こす」を読んで見ては如何でしょうか?映画ラストサムライが我々日本人に伝えようとしたメッセージが、少し理解できるかも知れません。LB40人気blogランキング応援宜しくお願いします!PS:NZのWBよりコメントが届いております。突然何の説明もなく、日記をアップしなくなってから大分時間が経ちます。生活面で変化があり、自分で期するところがあって現在日記をおやすみさせて貰っています。日記をアップしなくなってから実に色々な事が起りました。詳しくは近いうちに再開する日記の中で追々触れて行きたいと思っています。でも、今は未だその時期ではないので、もう少しお待ち下さい。きっと再開します。I shall return!!White Bear
July 10, 2005
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人生どこまで遠くへ行くつもりですか?WBの存在を気にとめて頂いている方もいらっしゃる事と思いますが、今はそっとして置きましょう。美味しいワインが熟成をするように、昏々とその時を待っているのかも知れません。私も彼も今人生の折り返し地点に立ち、その折り返し地点をまだ、模索している次期なのかも知れません。過去の人生の成果は、子供達の成長と共に一つの節目を迎え、懸命に無我夢中に生きてきて、自分の存在を今、何んとなく満足とし、責務は果たした!?さてどうするか?生きている為の証、家族を守る事?自分の砦を守る事、愛する人を守る事、その為に理不尽でも、納得がいかぬとも、兎も角、戦いを継続してきたという自分に今、賞賛を送っているのかも知れません。ただ、その栄光に浸り、その事を克てとして生きていくには余りにも長いこれからの半生を何か満足ができる生き方が有るとすれば、それは恩返し、人の尊厳として優しさ与えること惜しみなく出せてこそ、人生に終止符を打てるような、そんな生意気な事をふと考えています。自分に何ができるのか? 四半世紀生きたその証として、この先どう生きるのか?臨終のとこで後悔しない自分を今から少しづつ、満足の出来る人生へとシフトしていかなければ..........!?生きるステージを選ぶには、まだまだ、読み漁らねばならない事柄が多すぎますが、もうそろそろ、ヤンチャはやめて素敵な大人になろうでは有りませんか。最近、横浜とオークランドを何下無く比べている自分がいます。それは彼との今のステージの比較かも知れませんが?同じ港町!日本は、町の景観を大事にしていないんだな!幾何学模様とイルミネーションの嵐は、奴と俺の故郷、横浜、何処かこの町の思い出を頬無理去ったようなそんな気がします。フラッシュのショートムービーで、オークランドみなさんは、どちらの光景が素敵だと感じられますか!?つづく LB40
July 4, 2005
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