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7月26日僕のお別れパーティーの第二弾。人数は昨日よりも少なくなったけど、またホストファミリーの親戚が集まってくれました。特に、僕になついていたジョン(9歳)が悲しそうだったのと、高校生のニックが名残惜しそうにしてくれた事が、とても印象的でした。7月27日とうとう出発の日。ホストファミリーとペンシルバニア州立大学の近くのState College空港へ。車内や空港で写真を取ったり、一緒に話したりしている内に、あっという間に出発の時間になってしまいました。ホスト母ヘレンは涙を流していたし、ホスト長男イアンも今にも泣き出しそうで、僕も何だか胸が詰まってしまいました。素晴らしい時間を僕に与えてくれたホストファミリーには、本当に感謝の気持ちで一杯です。そして、惜別の思いを振り切るようにして出発。12時14分の飛行機でデトロイトに行って、そこで乗り換え。デトロイトの空港は2年前にも利用した事があり、その頃を懐かしく思って空港を歩き回りました。デトロイトからは成田まで直行。アメリカ東海岸の3時半に出発、日本時間の17時20分の予定。フライト中は、ずっとヘッセの『車輪の下』と三浦綾子さんの『銃口』を読んでいました。『銃口』は1000ページ近くある大作で、ちょうど読み終わった頃に成田に到着。去年帰国していた事もあって、帰国の際の感慨は一切なし。成田についた後も、アメリカでの思い出ばかり考えていました。これで僕のアメリカ留学は一応終了。秋からはカナダで大学院の学業を続けていく予定で、日本とカナダでの日記はこちらで書いていこうと思います。今までこのページを読んで下さった皆さん、有難うございました。
July 27, 2005
今月の初めに引っ越したOさん夫妻の家に、新しい家族が移住して来ました。彼らは彼らの家の前の立派な木が2本邪魔だったらしく、今日、業者の人がきて、それらを切り倒してしまいました。ダンプカーが来て何やら作業をしていたのは知っていましたが、まさか木を切り倒しているとは思っていなかったので、外に出てみてビックリ。彼らがあの家と土地を購入したのだから、僕が云々言う事では全くないですが、まだ生きている大木だったので、切り倒すのは勿体無いと思っていまいます。SHIP SMARTという小さい引越し専門の業者が、今日、僕の荷物を運び出す予定だったのですが、彼らが何時に来るかを訊く為に電話をしてみたところ、「今日は行けなくなった」を言われ、荷物の運び出しは明日になりました。お世話になったOさん夫妻の引越しの際も、業者が指定日通りに来なかった事があり、こういう事は想定して出発の2日前に運び出しを手配しておいたので、明日になっても特に不都合はありません。それはいいのですが、僕が電話するまで連絡がないとは、ちょっと「何だかなぁ」って感じです。だんだん、本当に明日来てくれるかも不安になってきました。さて、日中は子供達とWhiffle Ballをしていて、夜はホストファミリーが僕のお別れパーティーを主催してくれて、お世話になった彼らの親戚一同と近所の人達が大集合。あまりの規模の大きさにビックリしました。パーティーの最中には、僕がアメリカから出られないように、「大統領に電話をして空港を閉鎖してもらう」、「全米中の空港で写真付で指名手配してもらう」、「スーツケースに麻薬を忍ばせて出国できないようにする」などと物騒な話も冗談で出ていましたが、楽しい時間を過ごす事ができ、思い出に残る夜になりました。パーティーの終わり頃からは、ホスト長男イアン(9歳)、イアンの従姉カイリー(11歳)、ジョン(9歳)、高校生ニック(15歳)と一緒に、最近の恒例になっているWhiffle Ball。遊び終わった後、子供達から悲しそうに「You can’t leave, Yasu….」、「Why do you have to leave…. That’s not fair! 」、「I don’t want you to go….」と言われた時や、お世話になったホスト母ヘレンの両親や姉妹達に別れ際に抱きしめられた時には、さすがに涙が出そうになりましたが、ホスト父ケビンの言うように「別れも人生の一部」で、時に避けられないものです。思い出は大切に取っておいて、また新しい世界で精一杯生きていきたいと思います。アメリカから帰国までの日記はここに掲載しますが、日本とカナダでの日記はこちらで継続していきます。よろしければ、引き続きご覧下さい。
July 25, 2005
21日ロック音楽好きのホスト長男イアンに、僕のお気に入りの曲を集めたCDをプレゼント。彼の両親がCDを持っている初期のビートルズ、QUEEN、Styx、Aerosmith等は抜かした上で、彼の好きそうな曲で、且つ、僕がCDを持っているものの中から選びました。本当は大のお気に入りのI Just Called To Say I Love You (Stevie Wonder)、Place In The Sun (Stevie Wonder)、Moon River、She (Elvis Costello)、Stairway To Heaven (Led Zeppelin)等も入れたかったのですが、僕がCDを持っていなかった為、入れる事ができず、ちょっと残念。以下はCDの曲目。Detroit Rock City (KISS)Rock’n Roll All Nite (KISS)To Be With You (MR.BIG)Wild World (MR.BIG)Change The World (Eric Clapton)Tears In Heaven (Eric Clapton)Layla (Cream)Knockin’ On Heaven’s Door (Eric Clapton)Englishman In New York (Police)Desperado (Eagles)Hotel California (Eagles)Piano Man (Billy Joel)Honesty (Billy Joel)Stand By MeCountry RoadNew York New York (Franc Sinatra)Hey Jude (The Beatles)OB-LA-DI OB-LA-DA (The Beatles)Let It Be (The Beatles)Imagine (John Lennon)Happy Christmas (John Lennon)Top Of The World (The Carpenters)I Need To Be Loved (The Carpenters)Yesterday Once More (The Carpenters)The Sound Of Silence (Simon & Garfunkel )Scarborough Fair (Simon & Garfunkel )Mrs. Robinson (Simon & Garfunkel )The Boxer (Simon & Garfunkel )Bridge Over Troubled Water (Simon & Garfunkel )Blowin’ In the Wind (Bob Dylan)Mr. Tambourine Man (Bob Dylan)Your Song (Elton John)Candle In The Wind (Elton John)22日-23日この二日間はホストファミリーとその親戚のYard Sale(日本語訳が分かりません)。ホスト両親がYard Saleで忙しいのもあって、朝起きてから夜寝るまでホストの子供達の相手をしていました。ホスト次男のニックは自転車の乗り方を学んでいる段階で、僕は最近毎日の様に彼の練習を手伝っているのですが、最近になって、彼は自分一人で自転車に乗れるようになり、ちょっと感動。ホスト長男イアン(9歳)とその友達(ジョン、ピーター、コーディー)とは、ここ数週間で良く一緒に自転車に乗ったり、Whiffle Ball(プラスティックのバットとボールでする野球)をしています。近所に住むコーディーとは最近知り合ったのですが、豪快な性格のホストファミリーの子供達とは違い、控えめな性格をしています。「もっと早くから知り合えていれば良かったなあ」と思わずにはいられないくらい感じの良い子です。24日ホストファミリーが通っているカトリック教会に一緒に行った後、大学でフランス人の友人と高校生ニックとビリヤード。喋ったりご飯を食べたりしている内に5時間も大学で過ごしてしまいました。フランス人の友人は、春学期が終わった5月から今までリサーチをする為に大学の近くに住んでいたのですが、明日の朝早くにこの町を出てフランスに帰るので、この日でお別れです。彼とは僕が卒業する前から一緒にサッカーをしたりビリヤードをしたりしていたので、彼の出発は寂しいですが、これからもEメイルを通して連絡を取り合っていこうと思います。その後は、ホスト長男のイアン(9歳)とWhiffle Ballをする約束があったので、急いで帰宅。ホスト次男ニック(6歳)の自転車乗りの練習に付き合った後、イアン、ニック、ジョン(9歳。隣の家の子で元ルームメイトの弟)、コーディー(12歳。近所の子)と暗くなるまでWhiffle Ballをしていました。子供相手なので普段は外野まで飛ばないように打っている僕も、この日は「一度だけ思いっきり打ってもいい」という事だったので、一度だけコーディーが投げた球を「ヒデキ マツイー!!」と叫びながら思い切りバットで振り抜いたら、特大ホームランになった上に、ボールが真っ二つに割れて、皆でビックリ。何だか、こうやって書いていると、僕は子供相手に思いっきり大人げない事をしている様ですが、打たれたコーディーをはじめ、皆でかなり盛り上がったので、あれはあれで良かった気がします。ちなみにホスト長男イアンはボストン・レッドソックスのファンで、当然の事ながらライバルチームのNYヤンキースは嫌いです。彼は、今シーズン大活躍している松井選手が気に入らないらしく「Matsui sucks!俺は松井が嫌いだ」などと言っていました。まあ、その割には、彼の部屋には松井選手のポスターが張ってあるのですが。
July 24, 2005
ペンシルバニア州立大学のあるState Collegeという所まで、ホストファミリーとJourneyというバンドのコンサートを観に行きました。知らないバンドだったし、夜の8時から11時までという事で、「ちょっと長いなあ」なんて思っていたのですが、実際にコンサートは、そんなことを考える間もないくらい素晴らしく、大満足。楽曲の良さだけでなく、円熟したメンバーの演奏力にも魅せられてしまいました。ホストファミリーによると、Journeyは80年代にアメリカを中心に大人気だったバンドだそうで、今も世界中で人気があるそうです。僕はバンドの事は何も知らなかったのですが、コンサートでは『Anyway You Want It』,『Separate Ways』など何曲か知ってる曲もあり、彼らの曲はTVなどでも使われていて耳にしていたのかもしれません。
July 19, 2005
僕は日本が出発地、目的地の場合は、いつもAMNETという日本の旅行会社を通して航空券を買っていて、今回もState College(ペンシルバニア)-成田空港の航空券はAMNETを通して買いました。日本が出発地、目的地の場合は、priceline.com、hotwire.com、flights.comなどの大手よりも大抵はAMNETが安く、アメリカ滞在中の日本人の方々にはAMNETはお勧めです。今回も、AMNETのおかげで、他の大手の価格が$600(税込み)前後だったのを、$409(税込み)で済ませる事ができました。この多客時期にしては、かなり安い値段です。ちなみに、去年の6月にLA-成田間を往復した時も、大体$500(税込み)でした。引越し会社、航空券、東京から北海道までのフェリーの予約、パッキング、東京や北海道で会う友達との予定調整など、全てが一段落してホッとしています。ホッとした勢いで、ここ最近は、知り合いの高校生や夏の間も大学に残っている大学の友達とビリヤードやサッカーをしたり、残り少ないホストファミリーとの時間過ごしたりしているのですが、段々、ここを出て行くんだという実感が沸いてきました。後9日間、充実した毎日にしたいと思います。
July 17, 2005
帰国した際に、東京でお世話になった先生に挨拶をしようと思ったのですが、先生からは、研究休暇中で7月はじめから1年間はドイツにいる、というメイルが返ってきました。僕のアカデミックな能力は、この先生のもとで訓練を受けた事で遥かに向上したと思っているし、先生は個人的に僕の事を非常に買ってくれて気にかけてくれた人で、今回は、是非ともお会いしたかったので、先生がドイツに行ってしまっていた事は残念です。でもまあ、その先生には会えませんが、東京や札幌や登別で会う人が結構いて、今から帰国が楽しみです。マカオから来た中国人で東京に一時滞在している友人や去年会えなかった友達にも会う予定です。ただ、帰国して久し振りに皆に会える事は楽しみなのですが、やはり、これからホストファミリーや地域の人達、子供達と日常生活をしていく事ができないのは、言葉にならないくらい寂しく感じます。帰国自体は楽しみですが、ここを出るのは悲しいという、複雑な気持ちです。こうやって思える事は、とても幸せな事です。辛くて苦しい事も沢山ありましたが、「恵まれた人生だな」と改めて思います。
July 13, 2005
この日は、いつも行っている教会の牧師さん夫妻がいなかったので、これを機会に、行った事のないルター派の教会へ。この教会の建物は去年の夏に火事で焼けてしまったので、礼拝自体は焼け落ちた教会の隣の建物で行われました。多くの人は8時半からの礼拝に行くそうですが、僕は10時45分の礼拝に参加した為、人もそれ程多くはなく(とは言っても50人位はいましたが)、こじんまりとした雰囲気。何だか気に入ってしまった為、来週もここに来るかもしれません。礼拝の後、友達とビリヤードとサッカーをする為に大学へ向かっていたら、違う教会の入り口でDerekに会いましたDerekはまだ10歳の小学生で、腎臓が悪く、今は腎臓移植を待っている状態の為、入退院を繰り返しています(彼の事は以前の日記で書いた気がします)。今日も病院から出てきたばかりだったそうで、「これからまた、ピッツバーグの病院にいくんだ」と言っていました。彼は、僕に会う度に「やずーー!!!!」と叫んで抱きついてくるほど元気な子で、最初は全く腎臓移植を待っている子供に見えませんでいた。うまくドナーが見つかって、移植手術も成功してくれればいいのですが。さて、「去年帰国したばかりからなぁ」と思って帰国しない方向で考えていたのですが、カナダの学生ビザの都合、それとマカオから東京に来ている友人や家族に会う為に、7月27日にState College(ペンシルバニア州立大学がある所)の空港を出発し、日本に一時帰国する事にしました。とりあえず、7月28日から8月3日までは東京に滞在して、その後はフェリーで実家のある北海道へ行く予定です。それから、8月の末に東京にフェリーで戻り、9月1日にはバンクーバーへ、という旅程を想定していますが、確定ではないので何とも言えない状態です。色々、アメリカの旅行計画もたてていたのですが、それらは次の機会に利用する事になりそうです
July 10, 2005
ホスト次男のニック(6歳)が、毎学年末に発行される学校のアルバムを見せてくれて、二人で話していました。「ニック、そう言えば、お前、ガールフレンドがいるんだってなー(笑)。どれだよー」と言ったら、ちょっと嬉しそうに、「これだよ」と言って、写真を指で指して教えてくれました。「お父さんやお母さんやイアン(ニックの兄)には言わないで」とは言っていましたが、実は、3人とも既に知っています。そもそも、僕がニックのガールフレンドの事を聞いたのはイアンからで、彼は誰であるかまでハッキリ知っていました。そんな事を僕に教えてくれたイアンにも、2003年度(2003年8月~2004年5月)にはメーガンというガールフレンドがいて、僕は、この事を彼自身と彼の母親の両方から聞きました。イアンも、ニックと同様、「誰にも言わないで」と言っていましたが(日本語であれば、ここでの掲載はいいそうです)、彼の母親は彼の通う小学校の先生で、去年はイアンとメーガンの担任の先生でもあったので、そんな事は既にお見通しです。2004年度には、イアンとメーガンは違うクラスになってしまった上に、「メーガンの態度が変わってしまった」という事で、彼曰く、「今はメーガンは元ガールフレンド」なんだそうですが。イアンは「彼女は俺が嫌いなんだ」と子供に有りがちな極論を根拠も無しに信じ込んでいますが、考えてみると色々な可能性があるので、彼女がイアンを嫌いになったとは、当然の事ながら、一概に言う事はできません。ここに来てから、イアンとはメーガンの話をする事も多く、彼には「昼休みには、数人の女子に毎回追い掛け回されている程の人気者のイアンなんだから、彼女がちょっと良い気分にならなかったかもしれないし、二人の関係は結構知られていたんだから、彼女が友達にイアンの事で冷やかされたか何かしたかもしれない。気づかない所でお前が何かよくない言動を取ったのかもしれないし、他にも色々な可能性がある。少なくとも、このままで良くないのなら、まず、彼女と話してみるべきだ」みたいな事をはじめ、僕も色々と言ったのですが、何だか、イアンは自信がなさそうです。イアンとメーガンは、幸運な事に8月からまた同じクラスになるので、次に僕がここに来る時には良い知らせを聞く事ができるといいのですが。
July 9, 2005
ホスト次男ニック(6歳)の友達パトリックと従姉妹のジャスミン(9歳)が遊びにきました。ニックとパトリックは仲が良いのですが、ニックは少しでも自分の思い通りに行かない所があると暴れ出すので、二人はしょっちゅう喧嘩になります。この日も、いつものように、ニックが我侭を言い出し、パトリックの耳元で叫び出したので、英語で話して止めさせるのに一苦労でした。もう慣れたと言えば慣れたのですが、それでも、毎回このような事が起きるので、その度にちょっと胃が痛くなってきます。注意しても、次に彼の友達が来ると、ニックは同じ事を繰り返すので、その度に、以前、僕が言った事を彼に思い出させているのですが、最近は、どこまで効果があるか心許なくなって来ました。それにしても、親でも先生でもない僕が、他人の子供を注意するのは、何だか神経を使います。以前、日本の教会学校でバザーの手伝いをしていて、ヨーヨーの列に割り込んできた女の子がいたので、「後ろの人に迷惑がかかるから、後から来た人は一番後ろに並んでくれると嬉しいなー」と言ったら、近くにいたその女の子のお母さんに「他の人もしていたでしょ。うちの子に余計な事を言わないで!」と怒られた事があります。それ以来、他人の子供に何かを言う時には、ちょっと神経質になってしまっています。まあ、ホストファミリーは、子供達に「やすがin chargeなんだから、彼の言う事を聞きなさい」と言ってくれているし、自分の周りで起こった個人的な経験で言うと、日本よりはアメリカの方が、はるかに他人の子供を注意しやすい環境であると思うのですが、それでも、どこまで厳しく言っていいものか悩んでしまいます。これからも、試行錯誤が続きそうです。
July 8, 2005
7月4日近くにあるAltoonaという町までホストファミリーと地下室や裏庭の改造の為の材料を買いに行き、帰ってからは、すぐに作業の手伝い。工事現場にあるような大型のブルドーザーまで借りてきて、裏庭の方はかなり本格的な改造です。役所から許可も必要だったそうで、納屋の壁には許可証も貼ってありました。大型のブルドーザーを借りて、自分で庭を改造するなんて、さすがに日本では、まず有り得ません。こういった事を通して、いい経験ができているし、学ぶ事も多いです。夜は、前日に引き続き、ホスト母ヘレンの母親の家で花火。独立記念日という事で、皆、「Happy Birthday America!」と言ってお祝いしていました。愛国者の軍人が、「アメリカの誕生日を中国製の花火で祝う。変な話だな」と言っていましたが、まあ、こういった面が出てくるのは避けられないでしょう。7月5日知り合いの高校生ニック、ジェフ、デヴィンと大学の施設を使ってビリヤード。ニックは、去年、僕が大学で友人とサッカーをしていた時に、近くをやる事がなさそうに自転車でうろついていて、その時に僕が「おーい、お前も俺達と一緒にサッカーやるかー!?」と声を掛け、それをきっかけに彼とは仲良くなりました。ニック以外の二人とは、最近ニックを通して仲良くなって、何故か、僕は、よく彼らに遊びに誘われます。前から何度か誘われていたのですが、この日はじめて都合が付きました。僕はビリヤードがあまり上手くないのですが、高校生達の実力も僕と似たようなものだったので、白熱したゲームに。あまり上手くはないといっても、昨年のほんの一時期だけ、週に2,3度のペースでビリヤードをしていた事がある上に、相手が3人とも高校生という事で、僕は「はっはー、お前らごときに俺様を倒せるかなー(笑)!?」などと、冗談で彼らをからかっていたのですが、僕は初戦で8番ボールを落としてしまい、あっけなく敗退。彼らに大爆笑されました。そして、その直後のゲームでも、再び8番ボールを落として、またまた敗退(恥)。またまた爆笑の渦。その後は、3連勝したので、全体の成績はまあまあですが、インパクトの強い負け方を連発してしまいました。動物好きのホスト母へレンが、猫をもらって来ました。ホストファミリーの猫エリオットは去年亡くなってしまって、ヘレンと子供達はずっと新しい猫を飼う事を考えていたのですが、僕も子供達も、この日、彼女が猫をもらって来るなんて事は知りませんでした。猫の名前はルーイにしたそうで、生後10週間だそうです。もらって来たばかりの上に、小さくて可愛い猫なので、ホストの子供達や遊びに来ていた彼らの従姉妹は、代わる代わる猫を抱いていて、その内に猫はどこかへ行ってしまいました。最後に猫がいたのは僕の部屋なので、僕の部屋を中心に、夜に皆で猫を探したのですが、見つかりません。結局、「お腹が空けば、ルーイも姿を見せるだろう」と思って、明日まで待つ事になりました。7月6日朝から、猫探し。家の外に逃げた可能性は低いので、地下室を含めて家の中を探しました。それでも結局見つからず、猫が自分から姿を現すのを、もう少し待ってみる事に。そして、そのまま午後は、ホスト父ケビンのパイプ工事や車庫建設の手伝いをしていました。最近は、毎日のように、この二つのプロジェクトと地下室改造を手伝っていて、こういった工事の仕方を学ぶ事もできています。数週間後になるであろう引越しに備えて、引越し会社をいくつか候補に入れておいて、それらの会社に、だいたいの見積もりを電話やインターネットでお願いしているのですが、引越しの値段の高さにびっくりです。今日は、一つの引越し会社から受け取ったメールに「1300ドルくらい」と書かれていました。日本からアメリカに荷物を送るより高くなっています。まあ、日本からアメリカに荷物を送った時は、運搬方法が船だったせいで安かったというのもありますが。7月7日朝5時半に、僕の部屋の中で猫の泣き声がしました。家の中か外か確かではないのですが、近くから聞こえます。「いなくなった猫か?」と思って、起きて暫く部屋の中を探していました。探している最中に洋服ダンスの方で音がしたので、その周辺も隈なく探したのですが、見当たりません。何だか気が抜けて「やっぱりここじゃないのか」と思ったその時に、「もしかして」と思い立って、タンスの引き出しを開けたら、僕の下着が入っている引き出しの中に、探していた猫ルーイがうずくまっていました。まさか、こんな所に入り込んでいるとは思わなかったので、昨日は、ここを開いても見ませんでした。何にしても、見つかって一安心です。ルーイが見つかった事自体は良かったのですが、「いやー、よかったよかった」と思っていたその日の夜、シャワーを浴びる時に、猫がいたタンスを開けて下着を取り出したら、僕の下着が濡れていました。どうやら、猫は、僕の下着の上で、小用をたしてしまったようです。ちょっと凹みました。
July 8, 2005
7月1日朝から夕方までホスト長男イアンのフットボール練習の相手。アメリカに来るまで、フットボールの事は何も知らなかったのですが、この2年でルールもボールの投げ方も随分覚えることができました。夕方からは、ホスト父ケビンの手伝い。数週間前に、ケビンは、大雨がくると地下室が浸水する事から、「雨水を排水するパイプが、何だかおかしいんじゃないか」という推測に至り、この日は、その確認の為に、地中に埋まっているパイプを掘り返して調べてみる事に。「何事もなければいいなあ」と思っていたのですが、残念な事に、ケビンの推測が的中。パイプのほぼ全てに泥と土がこれ以上ない位詰まっていて、パイプがパイプの役割を果たしていなかった上に、なんと、パイプが途中で途切れていました。両端にそれぞれ6本のパイプがあるのですが、その両端のパイプを繋ぐ筈の真ん中のパイプがありません。パイプが繋がっていないのなら、排水などできる筈がありません。泥が詰まるのは仕方がないとしても、さすがにパイプが途中で途切れていたのには、ケビンと二人で言葉を失ってしまいました。明らかに欠陥工事です。「地中だからバレないだろう」などという意図的なものでなければいいのですが。ホストファミリーは、4年前に今住んでいる家を購入したそうで、これから排水の事で問い合わせをするようです。7月2日朝から夕方まで子供たちの相手。途中からホスト次男ニックの友達パトリックも参加して、何だか嵐のような一日。元気の有り余っている子供達が集まると、すぐに争いが起こるので、それを静めるだけで神経を遣います。今日は、一日中子供達といたので、肉体的にも精神的にもグッタリきました。夜は、ホストファミリーの家でホストファミリーとOさん夫妻と一緒に夕食。夫妻は、昨日、引越しのトラックが来て荷物を運び出すはずだったのですが、当日にいきなり「今日はいけない」という電話がきて、荷物の運び出しは3日になってしまったんだそうです。3日には夫妻はここを出発するので、当日に荷物の運び出しという事になり、なんだか慌ただしくなりそうです。7月3日独立記念日前夜という事で、夜は町の花火を見にホスト母の姉の家へ。そこにホストファミリーの親戚一同で打ち上げ花火を見物した後は、皆で自分達が用意した花火を楽しみました。考えてみれば、去年は花火をしていないので、花火は2年ぶりでした。さて、この日は、Oさん夫妻の引越しの日。トラックは朝の6時に来る筈だったのが、結局、来たのは9時だったそうです。教会に行った後、昼に夫妻の家にお邪魔して、ちょっと引越しの様子を夫妻と話しながら見ていたのですが、引越し会社は結構いい加減です。決められた日にちに来なかった事、来る筈の時間を3時間もオーバーした事だけでなく、梱包の仕方が大雑把過ぎます。Steinwayのピアノでさえ、適当に毛布とテープで巻いていた上に、危なっかしい運び方をしていて、僕までハラハラしました。何でも日本の良い所と比べてしまうのもどうかと思いますが、「日本だったら、こういう事ってあるかな」なんて考えてしまいました。夫妻は、今日、Amtrakでここを経って、7月6日にはバンクーバーに到着するそうです。2ヵ月後には、またバンクーバーで彼らに再会するので、それ程感傷的にはならなかったのですが、何だか、僕のここでの生活の大事な部分がなくなってしまったようで、彼らが出発した後は、心の一部にポッカリと穴のあいた気分がしました。考えてみれば、2003年の秋に教会で彼らに会ってから、僕は彼らにずっとお世話になりっぱなしでした。何度もコンサートや食事に連れて下さった事、彼らの家に何度も招待されて夜遅くまで話した事、出会った最初の日に「いい人に出会った」と言って下さった事、「もう本当の息子のよう」と言って下さった事、将来の話をしている時に「君なら大丈夫だ」と言って下さった事等、彼らとの間には忘れられない事が沢山あります。夫妻は、僕のここでの生活の幅を広げてくれただけでなく、精神的に不安定なところのある僕のよい支えになっていた事を改めて実感します。「あなたの将来が楽しみ」とまで言って下さった夫妻の期待を裏切らない為にも、これからも、自分を向上させる事を怠らないで生きていきたいと思います。
July 3, 2005
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