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7月26日僕のお別れパーティーの第二弾。人数は昨日よりも少なくなったけど、またホストファミリーの親戚が集まってくれました。特に、僕になついていたジョン(9歳)が悲しそうだったのと、高校生のニックが名残惜しそうにしてくれた事が、とても印象的でした。7月27日とうとう出発の日。ホストファミリーとペンシルバニア州立大学の近くのState College空港へ。車内や空港で写真を取ったり、一緒に話したりしている内に、あっという間に出発の時間になってしまいました。ホスト母ヘレンは涙を流していたし、ホスト長男イアンも今にも泣き出しそうで、僕も何だか胸が詰まってしまいました。素晴らしい時間を僕に与えてくれたホストファミリーには、本当に感謝の気持ちで一杯です。そして、惜別の思いを振り切るようにして出発。12時14分の飛行機でデトロイトに行って、そこで乗り換え。デトロイトの空港は2年前にも利用した事があり、その頃を懐かしく思って空港を歩き回りました。デトロイトからは成田まで直行。アメリカ東海岸の3時半に出発、日本時間の17時20分の予定。フライト中は、ずっとヘッセの『車輪の下』と三浦綾子さんの『銃口』を読んでいました。『銃口』は1000ページ近くある大作で、ちょうど読み終わった頃に成田に到着。去年帰国していた事もあって、帰国の際の感慨は一切なし。成田についた後も、アメリカでの思い出ばかり考えていました。これで僕のアメリカ留学は一応終了。秋からはカナダで大学院の学業を続けていく予定で、日本とカナダでの日記はこちらで書いていこうと思います。今までこのページを読んで下さった皆さん、有難うございました。
July 27, 2005
今月の初めに引っ越したOさん夫妻の家に、新しい家族が移住して来ました。彼らは彼らの家の前の立派な木が2本邪魔だったらしく、今日、業者の人がきて、それらを切り倒してしまいました。ダンプカーが来て何やら作業をしていたのは知っていましたが、まさか木を切り倒しているとは思っていなかったので、外に出てみてビックリ。彼らがあの家と土地を購入したのだから、僕が云々言う事では全くないですが、まだ生きている大木だったので、切り倒すのは勿体無いと思っていまいます。SHIP SMARTという小さい引越し専門の業者が、今日、僕の荷物を運び出す予定だったのですが、彼らが何時に来るかを訊く為に電話をしてみたところ、「今日は行けなくなった」を言われ、荷物の運び出しは明日になりました。お世話になったOさん夫妻の引越しの際も、業者が指定日通りに来なかった事があり、こういう事は想定して出発の2日前に運び出しを手配しておいたので、明日になっても特に不都合はありません。それはいいのですが、僕が電話するまで連絡がないとは、ちょっと「何だかなぁ」って感じです。だんだん、本当に明日来てくれるかも不安になってきました。さて、日中は子供達とWhiffle Ballをしていて、夜はホストファミリーが僕のお別れパーティーを主催してくれて、お世話になった彼らの親戚一同と近所の人達が大集合。あまりの規模の大きさにビックリしました。パーティーの最中には、僕がアメリカから出られないように、「大統領に電話をして空港を閉鎖してもらう」、「全米中の空港で写真付で指名手配してもらう」、「スーツケースに麻薬を忍ばせて出国できないようにする」などと物騒な話も冗談で出ていましたが、楽しい時間を過ごす事ができ、思い出に残る夜になりました。パーティーの終わり頃からは、ホスト長男イアン(9歳)、イアンの従姉カイリー(11歳)、ジョン(9歳)、高校生ニック(15歳)と一緒に、最近の恒例になっているWhiffle Ball。遊び終わった後、子供達から悲しそうに「You can’t leave, Yasu….」、「Why do you have to leave…. That’s not fair! 」、「I don’t want you to go….」と言われた時や、お世話になったホスト母ヘレンの両親や姉妹達に別れ際に抱きしめられた時には、さすがに涙が出そうになりましたが、ホスト父ケビンの言うように「別れも人生の一部」で、時に避けられないものです。思い出は大切に取っておいて、また新しい世界で精一杯生きていきたいと思います。アメリカから帰国までの日記はここに掲載しますが、日本とカナダでの日記はこちらで継続していきます。よろしければ、引き続きご覧下さい。
July 25, 2005
21日ロック音楽好きのホスト長男イアンに、僕のお気に入りの曲を集めたCDをプレゼント。彼の両親がCDを持っている初期のビートルズ、QUEEN、Styx、Aerosmith等は抜かした上で、彼の好きそうな曲で、且つ、僕がCDを持っているものの中から選びました。本当は大のお気に入りのI Just Called To Say I Love You (Stevie Wonder)、Place In The Sun (Stevie Wonder)、Moon River、She (Elvis Costello)、Stairway To Heaven (Led Zeppelin)等も入れたかったのですが、僕がCDを持っていなかった為、入れる事ができず、ちょっと残念。以下はCDの曲目。Detroit Rock City (KISS)Rock’n Roll All Nite (KISS)To Be With You (MR.BIG)Wild World (MR.BIG)Change The World (Eric Clapton)Tears In Heaven (Eric Clapton)Layla (Cream)Knockin’ On Heaven’s Door (Eric Clapton)Englishman In New York (Police)Desperado (Eagles)Hotel California (Eagles)Piano Man (Billy Joel)Honesty (Billy Joel)Stand By MeCountry RoadNew York New York (Franc Sinatra)Hey Jude (The Beatles)OB-LA-DI OB-LA-DA (The Beatles)Let It Be (The Beatles)Imagine (John Lennon)Happy Christmas (John Lennon)Top Of The World (The Carpenters)I Need To Be Loved (The Carpenters)Yesterday Once More (The Carpenters)The Sound Of Silence (Simon & Garfunkel )Scarborough Fair (Simon & Garfunkel )Mrs. Robinson (Simon & Garfunkel )The Boxer (Simon & Garfunkel )Bridge Over Troubled Water (Simon & Garfunkel )Blowin’ In the Wind (Bob Dylan)Mr. Tambourine Man (Bob Dylan)Your Song (Elton John)Candle In The Wind (Elton John)22日-23日この二日間はホストファミリーとその親戚のYard Sale(日本語訳が分かりません)。ホスト両親がYard Saleで忙しいのもあって、朝起きてから夜寝るまでホストの子供達の相手をしていました。ホスト次男のニックは自転車の乗り方を学んでいる段階で、僕は最近毎日の様に彼の練習を手伝っているのですが、最近になって、彼は自分一人で自転車に乗れるようになり、ちょっと感動。ホスト長男イアン(9歳)とその友達(ジョン、ピーター、コーディー)とは、ここ数週間で良く一緒に自転車に乗ったり、Whiffle Ball(プラスティックのバットとボールでする野球)をしています。近所に住むコーディーとは最近知り合ったのですが、豪快な性格のホストファミリーの子供達とは違い、控えめな性格をしています。「もっと早くから知り合えていれば良かったなあ」と思わずにはいられないくらい感じの良い子です。24日ホストファミリーが通っているカトリック教会に一緒に行った後、大学でフランス人の友人と高校生ニックとビリヤード。喋ったりご飯を食べたりしている内に5時間も大学で過ごしてしまいました。フランス人の友人は、春学期が終わった5月から今までリサーチをする為に大学の近くに住んでいたのですが、明日の朝早くにこの町を出てフランスに帰るので、この日でお別れです。彼とは僕が卒業する前から一緒にサッカーをしたりビリヤードをしたりしていたので、彼の出発は寂しいですが、これからもEメイルを通して連絡を取り合っていこうと思います。その後は、ホスト長男のイアン(9歳)とWhiffle Ballをする約束があったので、急いで帰宅。ホスト次男ニック(6歳)の自転車乗りの練習に付き合った後、イアン、ニック、ジョン(9歳。隣の家の子で元ルームメイトの弟)、コーディー(12歳。近所の子)と暗くなるまでWhiffle Ballをしていました。子供相手なので普段は外野まで飛ばないように打っている僕も、この日は「一度だけ思いっきり打ってもいい」という事だったので、一度だけコーディーが投げた球を「ヒデキ マツイー!!」と叫びながら思い切りバットで振り抜いたら、特大ホームランになった上に、ボールが真っ二つに割れて、皆でビックリ。何だか、こうやって書いていると、僕は子供相手に思いっきり大人げない事をしている様ですが、打たれたコーディーをはじめ、皆でかなり盛り上がったので、あれはあれで良かった気がします。ちなみにホスト長男イアンはボストン・レッドソックスのファンで、当然の事ながらライバルチームのNYヤンキースは嫌いです。彼は、今シーズン大活躍している松井選手が気に入らないらしく「Matsui sucks!俺は松井が嫌いだ」などと言っていました。まあ、その割には、彼の部屋には松井選手のポスターが張ってあるのですが。
July 24, 2005
ペンシルバニア州立大学のあるState Collegeという所まで、ホストファミリーとJourneyというバンドのコンサートを観に行きました。知らないバンドだったし、夜の8時から11時までという事で、「ちょっと長いなあ」なんて思っていたのですが、実際にコンサートは、そんなことを考える間もないくらい素晴らしく、大満足。楽曲の良さだけでなく、円熟したメンバーの演奏力にも魅せられてしまいました。ホストファミリーによると、Journeyは80年代にアメリカを中心に大人気だったバンドだそうで、今も世界中で人気があるそうです。僕はバンドの事は何も知らなかったのですが、コンサートでは『Anyway You Want It』,『Separate Ways』など何曲か知ってる曲もあり、彼らの曲はTVなどでも使われていて耳にしていたのかもしれません。
July 19, 2005
僕は日本が出発地、目的地の場合は、いつもAMNETという日本の旅行会社を通して航空券を買っていて、今回もState College(ペンシルバニア)-成田空港の航空券はAMNETを通して買いました。日本が出発地、目的地の場合は、priceline.com、hotwire.com、flights.comなどの大手よりも大抵はAMNETが安く、アメリカ滞在中の日本人の方々にはAMNETはお勧めです。今回も、AMNETのおかげで、他の大手の価格が$600(税込み)前後だったのを、$409(税込み)で済ませる事ができました。この多客時期にしては、かなり安い値段です。ちなみに、去年の6月にLA-成田間を往復した時も、大体$500(税込み)でした。引越し会社、航空券、東京から北海道までのフェリーの予約、パッキング、東京や北海道で会う友達との予定調整など、全てが一段落してホッとしています。ホッとした勢いで、ここ最近は、知り合いの高校生や夏の間も大学に残っている大学の友達とビリヤードやサッカーをしたり、残り少ないホストファミリーとの時間過ごしたりしているのですが、段々、ここを出て行くんだという実感が沸いてきました。後9日間、充実した毎日にしたいと思います。
July 17, 2005
帰国した際に、東京でお世話になった先生に挨拶をしようと思ったのですが、先生からは、研究休暇中で7月はじめから1年間はドイツにいる、というメイルが返ってきました。僕のアカデミックな能力は、この先生のもとで訓練を受けた事で遥かに向上したと思っているし、先生は個人的に僕の事を非常に買ってくれて気にかけてくれた人で、今回は、是非ともお会いしたかったので、先生がドイツに行ってしまっていた事は残念です。でもまあ、その先生には会えませんが、東京や札幌や登別で会う人が結構いて、今から帰国が楽しみです。マカオから来た中国人で東京に一時滞在している友人や去年会えなかった友達にも会う予定です。ただ、帰国して久し振りに皆に会える事は楽しみなのですが、やはり、これからホストファミリーや地域の人達、子供達と日常生活をしていく事ができないのは、言葉にならないくらい寂しく感じます。帰国自体は楽しみですが、ここを出るのは悲しいという、複雑な気持ちです。こうやって思える事は、とても幸せな事です。辛くて苦しい事も沢山ありましたが、「恵まれた人生だな」と改めて思います。
July 13, 2005
この日は、いつも行っている教会の牧師さん夫妻がいなかったので、これを機会に、行った事のないルター派の教会へ。この教会の建物は去年の夏に火事で焼けてしまったので、礼拝自体は焼け落ちた教会の隣の建物で行われました。多くの人は8時半からの礼拝に行くそうですが、僕は10時45分の礼拝に参加した為、人もそれ程多くはなく(とは言っても50人位はいましたが)、こじんまりとした雰囲気。何だか気に入ってしまった為、来週もここに来るかもしれません。礼拝の後、友達とビリヤードとサッカーをする為に大学へ向かっていたら、違う教会の入り口でDerekに会いましたDerekはまだ10歳の小学生で、腎臓が悪く、今は腎臓移植を待っている状態の為、入退院を繰り返しています(彼の事は以前の日記で書いた気がします)。今日も病院から出てきたばかりだったそうで、「これからまた、ピッツバーグの病院にいくんだ」と言っていました。彼は、僕に会う度に「やずーー!!!!」と叫んで抱きついてくるほど元気な子で、最初は全く腎臓移植を待っている子供に見えませんでいた。うまくドナーが見つかって、移植手術も成功してくれればいいのですが。さて、「去年帰国したばかりからなぁ」と思って帰国しない方向で考えていたのですが、カナダの学生ビザの都合、それとマカオから東京に来ている友人や家族に会う為に、7月27日にState College(ペンシルバニア州立大学がある所)の空港を出発し、日本に一時帰国する事にしました。とりあえず、7月28日から8月3日までは東京に滞在して、その後はフェリーで実家のある北海道へ行く予定です。それから、8月の末に東京にフェリーで戻り、9月1日にはバンクーバーへ、という旅程を想定していますが、確定ではないので何とも言えない状態です。色々、アメリカの旅行計画もたてていたのですが、それらは次の機会に利用する事になりそうです
July 10, 2005
ホスト次男のニック(6歳)が、毎学年末に発行される学校のアルバムを見せてくれて、二人で話していました。「ニック、そう言えば、お前、ガールフレンドがいるんだってなー(笑)。どれだよー」と言ったら、ちょっと嬉しそうに、「これだよ」と言って、写真を指で指して教えてくれました。「お父さんやお母さんやイアン(ニックの兄)には言わないで」とは言っていましたが、実は、3人とも既に知っています。そもそも、僕がニックのガールフレンドの事を聞いたのはイアンからで、彼は誰であるかまでハッキリ知っていました。そんな事を僕に教えてくれたイアンにも、2003年度(2003年8月~2004年5月)にはメーガンというガールフレンドがいて、僕は、この事を彼自身と彼の母親の両方から聞きました。イアンも、ニックと同様、「誰にも言わないで」と言っていましたが(日本語であれば、ここでの掲載はいいそうです)、彼の母親は彼の通う小学校の先生で、去年はイアンとメーガンの担任の先生でもあったので、そんな事は既にお見通しです。2004年度には、イアンとメーガンは違うクラスになってしまった上に、「メーガンの態度が変わってしまった」という事で、彼曰く、「今はメーガンは元ガールフレンド」なんだそうですが。イアンは「彼女は俺が嫌いなんだ」と子供に有りがちな極論を根拠も無しに信じ込んでいますが、考えてみると色々な可能性があるので、彼女がイアンを嫌いになったとは、当然の事ながら、一概に言う事はできません。ここに来てから、イアンとはメーガンの話をする事も多く、彼には「昼休みには、数人の女子に毎回追い掛け回されている程の人気者のイアンなんだから、彼女がちょっと良い気分にならなかったかもしれないし、二人の関係は結構知られていたんだから、彼女が友達にイアンの事で冷やかされたか何かしたかもしれない。気づかない所でお前が何かよくない言動を取ったのかもしれないし、他にも色々な可能性がある。少なくとも、このままで良くないのなら、まず、彼女と話してみるべきだ」みたいな事をはじめ、僕も色々と言ったのですが、何だか、イアンは自信がなさそうです。イアンとメーガンは、幸運な事に8月からまた同じクラスになるので、次に僕がここに来る時には良い知らせを聞く事ができるといいのですが。
July 9, 2005
ホスト次男ニック(6歳)の友達パトリックと従姉妹のジャスミン(9歳)が遊びにきました。ニックとパトリックは仲が良いのですが、ニックは少しでも自分の思い通りに行かない所があると暴れ出すので、二人はしょっちゅう喧嘩になります。この日も、いつものように、ニックが我侭を言い出し、パトリックの耳元で叫び出したので、英語で話して止めさせるのに一苦労でした。もう慣れたと言えば慣れたのですが、それでも、毎回このような事が起きるので、その度にちょっと胃が痛くなってきます。注意しても、次に彼の友達が来ると、ニックは同じ事を繰り返すので、その度に、以前、僕が言った事を彼に思い出させているのですが、最近は、どこまで効果があるか心許なくなって来ました。それにしても、親でも先生でもない僕が、他人の子供を注意するのは、何だか神経を使います。以前、日本の教会学校でバザーの手伝いをしていて、ヨーヨーの列に割り込んできた女の子がいたので、「後ろの人に迷惑がかかるから、後から来た人は一番後ろに並んでくれると嬉しいなー」と言ったら、近くにいたその女の子のお母さんに「他の人もしていたでしょ。うちの子に余計な事を言わないで!」と怒られた事があります。それ以来、他人の子供に何かを言う時には、ちょっと神経質になってしまっています。まあ、ホストファミリーは、子供達に「やすがin chargeなんだから、彼の言う事を聞きなさい」と言ってくれているし、自分の周りで起こった個人的な経験で言うと、日本よりはアメリカの方が、はるかに他人の子供を注意しやすい環境であると思うのですが、それでも、どこまで厳しく言っていいものか悩んでしまいます。これからも、試行錯誤が続きそうです。
July 8, 2005
7月4日近くにあるAltoonaという町までホストファミリーと地下室や裏庭の改造の為の材料を買いに行き、帰ってからは、すぐに作業の手伝い。工事現場にあるような大型のブルドーザーまで借りてきて、裏庭の方はかなり本格的な改造です。役所から許可も必要だったそうで、納屋の壁には許可証も貼ってありました。大型のブルドーザーを借りて、自分で庭を改造するなんて、さすがに日本では、まず有り得ません。こういった事を通して、いい経験ができているし、学ぶ事も多いです。夜は、前日に引き続き、ホスト母ヘレンの母親の家で花火。独立記念日という事で、皆、「Happy Birthday America!」と言ってお祝いしていました。愛国者の軍人が、「アメリカの誕生日を中国製の花火で祝う。変な話だな」と言っていましたが、まあ、こういった面が出てくるのは避けられないでしょう。7月5日知り合いの高校生ニック、ジェフ、デヴィンと大学の施設を使ってビリヤード。ニックは、去年、僕が大学で友人とサッカーをしていた時に、近くをやる事がなさそうに自転車でうろついていて、その時に僕が「おーい、お前も俺達と一緒にサッカーやるかー!?」と声を掛け、それをきっかけに彼とは仲良くなりました。ニック以外の二人とは、最近ニックを通して仲良くなって、何故か、僕は、よく彼らに遊びに誘われます。前から何度か誘われていたのですが、この日はじめて都合が付きました。僕はビリヤードがあまり上手くないのですが、高校生達の実力も僕と似たようなものだったので、白熱したゲームに。あまり上手くはないといっても、昨年のほんの一時期だけ、週に2,3度のペースでビリヤードをしていた事がある上に、相手が3人とも高校生という事で、僕は「はっはー、お前らごときに俺様を倒せるかなー(笑)!?」などと、冗談で彼らをからかっていたのですが、僕は初戦で8番ボールを落としてしまい、あっけなく敗退。彼らに大爆笑されました。そして、その直後のゲームでも、再び8番ボールを落として、またまた敗退(恥)。またまた爆笑の渦。その後は、3連勝したので、全体の成績はまあまあですが、インパクトの強い負け方を連発してしまいました。動物好きのホスト母へレンが、猫をもらって来ました。ホストファミリーの猫エリオットは去年亡くなってしまって、ヘレンと子供達はずっと新しい猫を飼う事を考えていたのですが、僕も子供達も、この日、彼女が猫をもらって来るなんて事は知りませんでした。猫の名前はルーイにしたそうで、生後10週間だそうです。もらって来たばかりの上に、小さくて可愛い猫なので、ホストの子供達や遊びに来ていた彼らの従姉妹は、代わる代わる猫を抱いていて、その内に猫はどこかへ行ってしまいました。最後に猫がいたのは僕の部屋なので、僕の部屋を中心に、夜に皆で猫を探したのですが、見つかりません。結局、「お腹が空けば、ルーイも姿を見せるだろう」と思って、明日まで待つ事になりました。7月6日朝から、猫探し。家の外に逃げた可能性は低いので、地下室を含めて家の中を探しました。それでも結局見つからず、猫が自分から姿を現すのを、もう少し待ってみる事に。そして、そのまま午後は、ホスト父ケビンのパイプ工事や車庫建設の手伝いをしていました。最近は、毎日のように、この二つのプロジェクトと地下室改造を手伝っていて、こういった工事の仕方を学ぶ事もできています。数週間後になるであろう引越しに備えて、引越し会社をいくつか候補に入れておいて、それらの会社に、だいたいの見積もりを電話やインターネットでお願いしているのですが、引越しの値段の高さにびっくりです。今日は、一つの引越し会社から受け取ったメールに「1300ドルくらい」と書かれていました。日本からアメリカに荷物を送るより高くなっています。まあ、日本からアメリカに荷物を送った時は、運搬方法が船だったせいで安かったというのもありますが。7月7日朝5時半に、僕の部屋の中で猫の泣き声がしました。家の中か外か確かではないのですが、近くから聞こえます。「いなくなった猫か?」と思って、起きて暫く部屋の中を探していました。探している最中に洋服ダンスの方で音がしたので、その周辺も隈なく探したのですが、見当たりません。何だか気が抜けて「やっぱりここじゃないのか」と思ったその時に、「もしかして」と思い立って、タンスの引き出しを開けたら、僕の下着が入っている引き出しの中に、探していた猫ルーイがうずくまっていました。まさか、こんな所に入り込んでいるとは思わなかったので、昨日は、ここを開いても見ませんでした。何にしても、見つかって一安心です。ルーイが見つかった事自体は良かったのですが、「いやー、よかったよかった」と思っていたその日の夜、シャワーを浴びる時に、猫がいたタンスを開けて下着を取り出したら、僕の下着が濡れていました。どうやら、猫は、僕の下着の上で、小用をたしてしまったようです。ちょっと凹みました。
July 8, 2005
7月1日朝から夕方までホスト長男イアンのフットボール練習の相手。アメリカに来るまで、フットボールの事は何も知らなかったのですが、この2年でルールもボールの投げ方も随分覚えることができました。夕方からは、ホスト父ケビンの手伝い。数週間前に、ケビンは、大雨がくると地下室が浸水する事から、「雨水を排水するパイプが、何だかおかしいんじゃないか」という推測に至り、この日は、その確認の為に、地中に埋まっているパイプを掘り返して調べてみる事に。「何事もなければいいなあ」と思っていたのですが、残念な事に、ケビンの推測が的中。パイプのほぼ全てに泥と土がこれ以上ない位詰まっていて、パイプがパイプの役割を果たしていなかった上に、なんと、パイプが途中で途切れていました。両端にそれぞれ6本のパイプがあるのですが、その両端のパイプを繋ぐ筈の真ん中のパイプがありません。パイプが繋がっていないのなら、排水などできる筈がありません。泥が詰まるのは仕方がないとしても、さすがにパイプが途中で途切れていたのには、ケビンと二人で言葉を失ってしまいました。明らかに欠陥工事です。「地中だからバレないだろう」などという意図的なものでなければいいのですが。ホストファミリーは、4年前に今住んでいる家を購入したそうで、これから排水の事で問い合わせをするようです。7月2日朝から夕方まで子供たちの相手。途中からホスト次男ニックの友達パトリックも参加して、何だか嵐のような一日。元気の有り余っている子供達が集まると、すぐに争いが起こるので、それを静めるだけで神経を遣います。今日は、一日中子供達といたので、肉体的にも精神的にもグッタリきました。夜は、ホストファミリーの家でホストファミリーとOさん夫妻と一緒に夕食。夫妻は、昨日、引越しのトラックが来て荷物を運び出すはずだったのですが、当日にいきなり「今日はいけない」という電話がきて、荷物の運び出しは3日になってしまったんだそうです。3日には夫妻はここを出発するので、当日に荷物の運び出しという事になり、なんだか慌ただしくなりそうです。7月3日独立記念日前夜という事で、夜は町の花火を見にホスト母の姉の家へ。そこにホストファミリーの親戚一同で打ち上げ花火を見物した後は、皆で自分達が用意した花火を楽しみました。考えてみれば、去年は花火をしていないので、花火は2年ぶりでした。さて、この日は、Oさん夫妻の引越しの日。トラックは朝の6時に来る筈だったのが、結局、来たのは9時だったそうです。教会に行った後、昼に夫妻の家にお邪魔して、ちょっと引越しの様子を夫妻と話しながら見ていたのですが、引越し会社は結構いい加減です。決められた日にちに来なかった事、来る筈の時間を3時間もオーバーした事だけでなく、梱包の仕方が大雑把過ぎます。Steinwayのピアノでさえ、適当に毛布とテープで巻いていた上に、危なっかしい運び方をしていて、僕までハラハラしました。何でも日本の良い所と比べてしまうのもどうかと思いますが、「日本だったら、こういう事ってあるかな」なんて考えてしまいました。夫妻は、今日、Amtrakでここを経って、7月6日にはバンクーバーに到着するそうです。2ヵ月後には、またバンクーバーで彼らに再会するので、それ程感傷的にはならなかったのですが、何だか、僕のここでの生活の大事な部分がなくなってしまったようで、彼らが出発した後は、心の一部にポッカリと穴のあいた気分がしました。考えてみれば、2003年の秋に教会で彼らに会ってから、僕は彼らにずっとお世話になりっぱなしでした。何度もコンサートや食事に連れて下さった事、彼らの家に何度も招待されて夜遅くまで話した事、出会った最初の日に「いい人に出会った」と言って下さった事、「もう本当の息子のよう」と言って下さった事、将来の話をしている時に「君なら大丈夫だ」と言って下さった事等、彼らとの間には忘れられない事が沢山あります。夫妻は、僕のここでの生活の幅を広げてくれただけでなく、精神的に不安定なところのある僕のよい支えになっていた事を改めて実感します。「あなたの将来が楽しみ」とまで言って下さった夫妻の期待を裏切らない為にも、これからも、自分を向上させる事を怠らないで生きていきたいと思います。
July 3, 2005
真夏日だったので、庭で子供達と水鉄砲を使って水遊び。子供の従姉妹のジャスミンやホスト次男の友達パトリックも来て、ずいぶんと賑やかになりました。夜は、向かいに住むOさん夫妻とホストファミリーで一緒に夕食。夫妻は、7月3日にはここを出て、バンクーバーに向かわれるそうで、僕がバンクーバーの大学院寮に移動するまでの間、短い間ですがお別れです。そう言えば、かなり前の話になりますが、進学先をVancouver School of Theology(VST)に決めました。所属するプログラムは、Master of Arts in Religious Educationです。最後まで候補に残ったのは、トロント大学付属の神学校Emmanuel CollegeとLiberal Educationの総本山シカゴ大学教育学研究科で、悩みに悩みましたが、結局、興味の合う2人の教授がいる事(これが一番大きい)、プログラムの充実度、施設、費用を考えて、バンクーバーにしました。アメリカ東海岸の田舎からカナダ西海岸の大都市への移動という事で、環境が大きく変わりそうです。こことは違い、大量の日本人にも会うでしょう。VSTは、ブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)内にあり、大学院のみで、学部課程は基本的にありません。ちなみに博士課程は、修士号を取った後、UBCとの提携で行われるそうです。神学校の博士課程を提携の大学と共同で、というのは、トロント神学大学院がトロント大学と、NYのユニオン神学大学がコロンビア大学と共同で行う博士課程を持っているのと同様で、こういった形は北米には多いようです。神学大学院に行くと言っても、僕は、牧師や神父になる訳でも、神学や聖書学の先生になる訳でもありません。卒業後は、教育学博士号を取った後で、自分の理論、経験を実践の場で生かす為に教育機関で働くか、または、大学で教えるか、という二つの選択肢を考えていますが、どの様な道が開かれるか分からないので、今の所ははっきりしません。上記の二つの選択肢を目指して最大限に努力した上で、後は、「神のみぞ知る」といった所です。いつもの事ながら、新しい旅立ちは、非常に楽しみです。今は、どうやって荷物を寮まで送るか、バンクーバーにはどのような旅順で行くかの二点を決めている最中ですが、このような事をしているだけでワクワクします。何だか、札幌から東京に移住した時の気持ちと同じです。東京で、多くの出会い、経験に恵まれたように、バンクーバーでの生活も充実したものになるように、全力で生きていきたいと思います。
June 29, 2005
最近は、ちょくちょくと引越しの準備と、西海岸までの旅行の計画をたてています。引越しは、小さな引越し専門の引越し会社を数社に絞ったので、ある程度一段落したのですが、旅行は未だ何も決まっていない状態です。Student Advantage Card(←アメリカにいる学生で、休み中にアメリカを旅行する事が多いのなら、絶対に持っていて損はありません)、Flights、Hotwire、Priceline(左の3つを調べれば、大抵、最安の航空券が見つかります)、Jetblue(アメリカにいる人ならお馴染みの国内格安航空会社)、Amtrak、Greyhound等、全てを駆使して、旅行計画をたてているのですが、未だにあまり進んでいません。諸々の事情が重なってしまい、「日本に帰るのは冬にしようかな」と思っているので、もしかしたら、フィラデルフィア、ニューヨーク、ボストンをAmtrakで廻り、ボストンからオークランドまで飛行機で飛んで、そこを基点にサンフランシスコとモントレーを見て、そして、大学院のあるバンクーバーへバスで行くかもしれません。このようにすると、去年と同様、何度かは、空港の中で寝泊りする事になりそうですが、まあ、それももう慣れているので、何とかなるでしょう。
June 28, 2005
リンク先にもあるゆきさんから、BOOK BATONの依頼が来ました。サッカー、ギターと並ぶくらい読書が好きな僕なので、こういったものに答えるのは何だか面白いです。回答する際には、日本語の本で、且つ、日本でも多くの人に親しまれている本を選びました。1.持っている本の冊数東京からアメリカに引っ越した時に数えたら、700冊弱でした。半分近くをアメリカにも持ってきています。2.今読みかけの本 or 読もうと思っている本○『倫理の探求』(関根清三)日本を代表する旧約聖書学者の講演集。この人の本は、どれをとっても面白い。○『愛と死の書』(芹沢光治良)自分の好きな哲学者が薦めていた本。たまたま、向かいに住むOさん夫妻がこの本 を持っていて、彼らの引越しの整理の際に頂いた。○『カイン-自分の弱さに悩む君へ』(中島義道)中島さんほど人間の醜い面を観察し尽くした日本人は、そうはいない。彼の著作が感受性の強い登校拒否の子供達に受け入れられる理由がよくわかる。○『誰の為に愛するか』(曽野綾子)大好きな曽野綾子さんのエッセイで、向かいに住むOさんから頂いて読み始めたところ。○『愛することは許されること』(渡辺和子)曽野綾子さんと並んで大好きな渡辺和子さんのエッセイ。「許すこと」ではない事に注目。3.最後に買った本○『潮騒』(三島由紀夫)『金閣寺』や『仮面の告白』から三島由紀夫を読み始めた人なら戸惑いを感じるくらい彼の作品にしては異色の作品。これを読んで、彼の新たな才能を見せられた気がする。4.特別な思い入れのある本、心に残っている本5冊(まで)これは、沢山ありすぎて迷いますが、聖書、論語などの定番や専門書等を抜かせば以下の5冊でしょうか。全部、外国の著者のものになってしまいましたが。○『813』(M・ルブラン)小学校の時に読破したアルセーヌ・ルパン全集の中の最高傑作の一つ。全集の中では、『虎の牙』や『カリオストロ伯爵夫人』も大好きだけど、一つだけ選ぶとしたら『813』。○『飛ぶ教室』(E・ケストナー)何度読んでも最後のシーンで涙が浮かんでくる。『エーミールと探偵たち』、『エーミールと三人のふたご』、『二人のロッテ』の著者でもあるケストナーの傑作。○『果てしない物語』(M・エンデ)小学校の時は何だかよく分からなかったけど、高校の時に再読して、エンデの意図がよく分かった。エンデが受けたシュタイナー教育の影響が垣間見える。○『15少年漂流記』(J・ベルヌ)小学生時代から何回読んだか分からないくらい読み返した。最後に読んだのは、20歳を過ぎた時だったけど、小学校時代以上に胸を打たれた。こういう冒険ものは小学校低学年の時から大好き。○『カラマーゾフの兄弟』(F・ドストエフスキー)東京のアパートで読んで、読後に言葉が出なくなったくらいの作品。ドストエフスキーは、『地下室の手記』、『罪と罰』など、他にもいい作品を沢山残しているけど、個人的には、これが最高傑作だと思う。
June 27, 2005
6月24日朝からホストファミリーと一緒にガレージの整理。結局、夕方までかかりました。その後は、みんなでNicole Kidman主演の『Bewitched』を観に映画館へ。正直、この映画には、そこまで期待はしていなかったけど、実際はかなり面白く、大満足。ちなみに、Nicole Kidmanが10代の頃の映画を数週間前に観たのですが、今のKidmanとは顔が全然違って、最初は、Kidmanだと気が付きませんでした。単に大人になったからなのか、それとも・・・。そういえば、映画館では、偶々プレゼンテーションで知り合った高校生Nicoleが働いていて、彼女は売店での仕事中にもかかわらず、「やすー!!」と話しかけてくれました。彼女が話しかける時は、いつもやたらと嬉しそうで、こっちまで嬉しくなります。映画が始まる前は、彼女は勤務中であまり話す事はできなかったのですが、映画が終わってからは、ゆっくりと話す事ができました。この辺り一帯の人の多くがそうであるように、彼女も日本人を見たのは初めてだったそうですが、日本に対してかなり良いイメージを持ってくれた様で、最高に嬉しいです。6月15日朝からOさん夫妻の家の引越しの手伝いをしていたら、彼らの家の地下室の奥の段ボール箱から「大観」という横山大観の署名が入った絵を見つけました。その絵は、画家でもあったOさんのお母さんのコレクションの中にあり、何となく、本物である可能性が高い気がします。捨てる箱の中に入っていたのを偶然僕が見つけたので、もしも本物だったら、日頃お世話になっている夫妻に、ちょっと恩返しができた気分になります。リトグラフさえ、軽く10万円以上する大観の絵なので、もしも本物だったら、ものすごい額になりそうです。まあ、夫妻の性格から考えて、本物だった場合には、絵は美術館に寄付するか、絵を売ってそのお金を寄付するかのどちらかになる気がしますが。夜は、ホスト長男イアンの最後の野球の試合へ。最終日ということでイアンは気合が入っていたのですが、彼は3打数0安打3三振と振るわなかった上に、試合にも惜しくも負けてしまいました。この結果、彼のチーム、レッドソックスは、9勝11敗の最下位タイでシーズンを終えました。最下位と入っても、1位タイのチームも11勝9敗という成績なので、どのチームも実力が均衡していた事になります。6月26日昼から夕方まで、たまに僕と一緒にスポーツをする高校生Nickを連れて、彼と大学の友人数人と一緒にバスケット、バレー、サッカーをする。外は暑かったけど、「夏は暑いものだ」と割り切っている僕にはそれほど気にならず、楽しい時間を過ごしました。夜は、ホスト次男ニックに頼まれて、ジャッキーチェン主演の『Around the World in 80 Days』を観る。この映画では、中国のシーンで何故か大量の忍者が出てきて、「おいおい、忍者って日本だけじゃなかったっけ?」と気になりましたが、映画自体は中々の出来でした。あと、同じく中国のシーンで、お酒を飲む際に、中国人が「かんぱい」と言っていたのですが、中国語でも乾杯は「かんぱい」に近い発音なのでしょうか。
June 26, 2005
サッカーの日本代表の試合やワールドカップサッカー以外では、僕はスポーツをテレビ観戦するという習慣が全くないのですが、ホストファミリーの家の長男がMLB(Major League Baseball)の試合を良く観るようになったので、僕も誘われて彼に付き合って観ている内に、段々、MLBに詳しくなってきました。小学校の頃から、「野球はするのは好きだけど、テレビで観るのは嫌い」とずっと思っていたのですが(今思うと、選手に文句を言って機嫌が悪くなる人達に対して、嫌気が差していただけですが)、意外にも、MLBは観ていて結構面白いです。観ていて面白い理由の一つは、やはり日本人選手がアメリカで活躍している為で、日本人選手の所属するチームは、いつも無意識に応援してしまいます。日本人選手の活躍の為、アメリカでは日本の野球も見直されているようで、Little League Magazine 2005に出ていた「野球のワールドカップをしたら、どこが優勝するか」という趣旨の記事には、Albert Pujol、Vladimir Guerrero、David Ortiz、Manny Ramirez等のオールスターメンバーの出身国ドミニカ共和国等と並んで、「年間安打記録を塗り替えたイチロー、ヤンキースのSlugger松井だけでなく、野茂や長谷川のような良いピッチャーもいる。アメリカも日本を破るのは難しいだろう」と、日本も有力候補として挙げられていました。ちなみに、リトルリーグのワールドカップは、現在もアメリカのペンシルバニア州で行われているそうで、2,3年前には日本が優勝したそうです。
June 22, 2005
昨日、今日と二日連続で朝から晩まで子供達の相手をしていたので、ちょっと疲れ気味です。途中で頭が痛くなり、ちょっと休もうと思ったのですが、子供達が僕を呼び続けるので休む訳にもいかず、結局、日中はずっとホストファミリーの子供達やその従姉妹とバスケ、サッカー、野球をして、夜には『Batman Begins』を観に行ったり、ホスト長男イアンのリトルリーグ野球の試合を観に行ったりしていました。自分で言うのもなんですが、僕との練習のせいか、イアンは見違えるように野球が上手くなってきていて、前回の試合では守備で、今日の試合では打撃で素晴らしい活躍をしていました。ちなみに、彼のチームの成績は8勝10敗ですが、1位のチームも10勝8敗と拮抗しているので、まだ逆転優勝の望みはありそうです。そういえば、スーパーで買い物をしていたら、レジのアメリカ人高校生に、いきなり中国語で話しかけられました。彼は町の中華料理店でも働いているらしく、そこで覚えた中国語を試してみたかったのでしょう。彼は、僕と一緒にいたホスト母ヘレンの元生徒だったので、ヘレンが「Noooo!He is Japaneeeeese!」と突っ込んだら、とても申し訳なさそうな顔をしていました。日本人には、何となく、中国人と日本人の顔は区別できるけれども、外国人には全く同じように見えるので、「東アジア系の顔=中国人」みたいな所があるのでしょう。
June 20, 2005
最近、日本の音楽を聴いていると、所々で微妙な英語を使っている曲が結構あり、そういうのを聴くと、何だか聴いていて恥ずかしくなってきます。高校の時は抵抗がなかったのですが、今聴いてみると、どうも不自然さが耳につきます。アメリカ人にも、日本の歌謡曲に英語が入っているのが不思議なようで、アメリカ人に日本の歌謡曲を聴かせたら、「えっ!これって英語なの!?」、「何で日本の歌は、変な英語を合間に入れるの?」などと言われてしまいました。まあ、「このようなアメリカと日本の混合が日本のスタイルだ」と言われれば、そんな気もするし、全然、悪い事ではないのですが、何だか、日本人の変な英語信奉を垣間見られた様で、恥ずかしいです。ちなみに、合間に日本語を使ったアメリカの歌もあります。「ドウモアリガト、ミスターロボット」とか何とか言っているアメリカの歌があったのですが、この曲はかなり有名らしく、僕が日本人という事もあって、アメリカに来てから、至る所でこの歌の話をされました。そこまで新しい歌ではないようですが、アメリカの中高生でも知っている人が結構います。また、「ゲイシャ、ハラキリ」とか何とか言っているアメリカの歌もあるそうですが、こちらはまだ直接聴いた事がないので、何とも言えません。それにしても、「ゲイシャ、ハラキリ」って・・・。
June 18, 2005
僕は、日本では有り得ない位に人工的な色をしたアメリカのケーキやお菓子を食べるのに抵抗があります。体に害がある訳ではない事は分かっているのですが、どうも見た目で食欲が激減します。アメリカのスーパーで売っているケーキのクリームの色は、黒や緑や紫など色々と着色されているものが多いのですが、さすがに、クレヨンで描いた様な色のクリームが乗っかっているケーキは、あまり食べる気が起きません。でも、その割りには、Gatoradeという思いっきり人工着色されたスポーツ飲料があるのですが、何故か、これは抵抗なく飲む事ができます。今日は、サッカーの後、青いGatoradeを飲んでいて、日本人の友達に「よく飲めるなー。色がやば過ぎるよ、それ」と言われました。言われてみれば、Gatoradeの色も不自然過ぎで、冷静に見てみると、ちょっと不気味です。ケーキのクリームの色の不気味さと大差はありません。やはり、こういうのは理屈ではありません。青いクリームのケーキは食べる気が起きなくても、同様に青い飲み物は何の抵抗もなく飲めるのです。
June 17, 2005
何とか都合を付けて、隣の家にジョン(9歳)のベビーシッターへ。普段は彼が僕のいる所へ来るのですが、何故か、今回は彼の家。お母さんの都合らしいです。この家は、元ルームメイトの家でもあるのですが、ゆっくり中を見たのは初めてだったので、ジョンが色々と家の中を見せてくれました。以前に何度か来た時は、一部しか見ていなくて気付かなかったのですが、改めて家全体を見てみると、部屋が20くらいある巨大な家で、ビックリしました。家には、プールや綺麗なテラスまで付いている上に、家の中には、ピアノ、ヴァイオリン、ギターなどが結構あります。また、ギリシャ正教を信じるギリシャ移民の子孫という事で、家の中には至る所に聖人達のイコンが飾ってありました。さて、ベビーシッター。ホスト長男のイアンを除けば、ジョンほど僕になついている子供はいなく、二人で楽しい時間を過ごしました。途中で、Juniorというクイズ形式のゲームをしたのですが、答えが分かっていても、英語でなんと言っていいのかが分からなくて苦労しました。イースト菌、魚のエラ、恐竜や植物の名前が英語でどうしても出てこなかった上に、アメリカの子供テレビ番組を観ていないと答えられないような問題が結構あって、本気でやっているにも関わらず、9歳児相手に大苦戦。その上、「アメリカで一番小さい州は?」という問題に、大統領選挙人の数が一番少ないからという理由で、「それは知ってるぜぇー。ワイオミング!」とアホな答えを堂々と答えてしまい、かなり恥ずかしい思いをしました。ワイオミングは、人口は少ないのですが広大な州で、妙な答えを出してしまって、9歳児の前で大学卒がかた無し。言った後すぐに、「あっ、やべっ。領土の話をしてるんだったっけ。だったら、えーと、うーん・・・」と言いましたが、すでに遅く、不正解の判定が。正解を言われて、「あー、そうだった。聞いた事がある」と思い出しましたが、一番大きい州(アラスカ)は有名でも、一番小さい州(ロードアイランド)は、どの位の人が知っているものなのでしょうか。今度、試しに誰かに訊いてみようと思います。↓US States (plus Washington D.C.) Area and Ranking↓http://www.enchantedlearning.com/usa/states/area.shtml
June 16, 2005
隣の家の子供ジョンが帰ってきたらしく、いきなり今日、家を訪ねて来ました。彼の友達で、ホストファミリーの長男であるイアンに会いに来たんだと思って、「イアンはいないよ。今は、家族みんなでウェストヴァージニアの親戚の家に行ってるんだ」と彼に言うと、「知ってるよ。今日は、やすと遊びに来たんだ」と言われました。9歳児に遊び相手として訪ねられるのはとても嬉しい反面、自分の歳を考えると、ちょっと複雑な気もします。僕は、去年の12月にホストファミリーの家に移ってきてから、小学生達と遊ぶ事が非常に多いのですが、たまに「ん?俺は一体何をやってんだ?」と思う事もあります。ちなみに、ジョンの誕生日パーティーには、小学生の集団に混ざって何故か僕も呼ばれ、招待を受けた中では、僕はずば抜けた最年長でした。「えっ?イアンじゃなくて俺か?」と思いつつも、折角、僕に会いに来てくれたので、リサーチを切り上げて、彼とBattleshipをして遊んだり、話したりしていました。帰り際には、ジョンの母親が訪ねて来て、木曜日のベビーシッターを頼まれましたが、木曜は都合が付くかどうか分かりません。日頃お世話になっている人からの依頼なので、何とか都合をつけたいものですが。
June 14, 2005
ホストファミリーが留守という事で、今は主に家や図書館にいるのですが、家にいると、電話がやたらとかかってきます。1日に20件位きてるんじゃないかという勢いです。困った事に、用件は聞き取れるのですが、毎回、苗字が聞き取れません。Given Nameは、何となく日本人でも予想できるようなもの(ジョンとかクリスとか)が多いので、言われたらすぐに分かる場合が多いのですが、苗字はやたらと聞きなれないものが多いので困ります。アメリカは移民国家の為、様々な国の苗字があり、それが電話でいつも僕を混乱させます。一度、「パッパサノサイカス」さんから電話がかかって来たのですが、あの時は、何度苗字を聞いても、頭の中は「???」でした。さて、ベビーシッターの予定が、今週も入ってきました。子供達の学校が夏休みなので仕事が増えるかと思っていたのですが、逆に仕事は減っている気がします。夏休みという事で、小さい子供達の兄弟姉妹も休みになった為、中高生の兄弟姉妹が彼らの面倒を見る事ができるようになったからでしょうか。まあ、今は色々と片付けておかなければならない事があり、あまり忙しくなってしまうと困る時期なので、このような状況は好ましいのですが、収入は寂しい状態になってきました。そう言えば、メールを下さった方々、メールは返信したのですが、何かの手違いで届いていない場合は連絡を下さい。すぐに、送りなおします。
June 13, 2005
ホストファミリーが金曜日まで留守で、両隣の家の子供達もいないので、非常に周りが静かです。その上、今週はベビーシッターの予定もなく、夜は家に一人です。このような環境では、色々と忘れた方がいいような過去の出来事を考えてしてしまい、どうも精神的に良くありません。今までどれほど子供達、ホストファミリーといることで、こういう事を考えずに済んだかを実感します。日本では、心理学者の河合隼雄が「物語る」という言葉を使って言い表しているように、人は、極度に悲しい事、苦しい事を経験すると、それを人生全体の絵の中に位置付ける作業を行います。この過程は、決してすっきりと行われる訳ではなく、人生の中でその出来事を振り返った時に、何度も何度も違った文脈で、違った意味で人生全体の絵の上に位置付けられていきます。このような、自分の「物語」を人生全体の中に位置付ける過程を経て、人は当時の自分を、ある程度、距離を置いて見つめ直すことができるようになり、そして、その出来事によって受けた心の傷から癒されていく。ある意味、自己防衛の機能とも言えるかもしれません。もちろん、すっきりと癒されるかと言えば、そんな事はなく、所詮、“ある程度”に過ぎませんが。どんなに酷い事を経験しても、どんなに取り返しのつかない事をして後悔しても、このような過程を、意識的にしろ無意識にしろ経る事ができるのであれば、人間には、また、前を向いて生きていく力が自分の奥底から湧いてくるのでしょう。Viktor Franklの著作を読んで、ちょっと考え込んでしまいました。って、何だか色々と考え事をしてしまいましたが、目先の事として、まず、西海岸までの旅行計画を立てなければなりません。お勧めの場所があったら、是非、教えてください。
June 12, 2005
昨日、今日と雷を伴った強い雨が降り、その影響で地下室に雨が染みてきました。床は結構水浸しになり、子供達の玩具や絨毯を移動し、床の水を取り除くので大忙し。この辺りには地下室のある家が多いのですが、その多くは古い家で、他の家でも地下室に浸水している事が予想されます。明日から金曜日まで、ホストファミリーがホスト父の軍の仕事と親戚に会いにヴァージニアとニュージャージーへ行って来るので、僕は金曜日まで、この家に一人です。この間を利用して、カナダの学生ビザ申請をしたり、自分のリサーチを進めたりしていかなければなりません。また、ここを出てから貯めたお金で少し旅行をしようと考えているのですが、その計画もそろそろ具体的に考えた方が良さそうです。西海岸までアムトラックで行く予定なので、途中でどこに立ち寄ろうか考えていますが、今の所、立ち寄り先として、シカゴしか決めていません。去年の夏は、ここからシカゴ経由でLAまでアムトラックでいき、LAから東京に飛び、そこで数日過ごした後、フェリーで北海道に帰ったのですが、今回も似たような事をしようと考えています。Student Advantage Cardを持っているので、西海岸までアムトラックで行って、そこから日本に飛んでも、ペンシルバニアから飛行機に乗るのと値段は殆ど変わりません。前回はLAから日本に飛んだので、今度はサンフランシスコ、シアトル辺りから日本に帰ろうと考えています。
June 11, 2005
ホストの子供達の友達ザッカリー(9歳)とアンドリュー(6歳)が泊まりに来ました。ザッカリーは、ホスト長男イアンの親友で、イアンの話では、ザッカリーの父とイアンの母の妹が付き合っているらしく、もしかしたら彼は、イアンのstep-cousinになるかもしれないそうです。アンドリューは、小学校の先生の子供で、今年になってから、急に僕と仲良くなりました。去年の12月には、彼は僕の言う事を全く聞かず、暴れ放題だったのですが、最近は非常にいい感じです。これは小学生と言うよりも、中高生の場合に当てはまると思うのですが、やはり、政治思想を学んでいると、子供に「何故そういう事をしてはいけないか」を説明する時に、非常に助かります。正義、自由、平等、権利、公共性、民主主義などを、状況に応じて、簡単な英語と概念で子供達に説明する事は、ダメダメ英語の僕には、かなり大変な事ですが、以前に、かなり真剣に政治思想の諸概念を突き詰めて考えていた経験が、今、思わぬ状況で役に立っています。僕は、子供が発する規則、権威などに対する疑問から逃げる教師をこれ以上増やさない為にも、半分本気で「全ての教師は、政治思想で扱われるような代表的な概念(少なくとも正義、自由、平等、権利、公共性、民主主義の6つ)に対して、ある程度まで考える事ができるように、適切なトレーニングを受けるべきだ」と思っていますが、まあ、そんな事が実現する見込みは、今の所あまりなさそうです。哲学者の中島義道さんが言う様に、感情や感覚ではない言論で意見を突き詰める土壌が育っていない日本では、特にそういう事は実現し難いでしょう。とは言っても、僕の大好きな日本が、アメリカのような言論による自己主張大国になってしまったら、それはそれで好ましくないのですが。
June 8, 2005

ヘビがでました。ゴミを捨てに行こうと外に出たら、僕の足元にヘビの頭が見えて、ビビリまくり。一瞬、置き物かと思ったのですが、わずかに頭が動いていた為、本物だと気づき、思わず、後ずさりしました。黒いヘビで毒は無さそうですが、結構な大きさで、噛まれたら、笑えないくらい痛そうです。「子供達が遊ぶ庭に、こんな大きさのヘビがいてはマズイ」と思って、捕まえてすぐ近くの森に連れて行こうとしたのですが、あえなく捕獲失敗。ヘビは、素早く逃げ去ってしまいました。この辺りでは、卒業時に、高校生の成績優秀者が地元の新聞に写真付で大きく載ります。新聞には、僕の知っている高校生も結構出ていて、その内の一人、クリスは高校を主席で卒業して、大学から奨学金も用意されているとか。ギター好きの彼とは、僕のプレゼンが終わった後、一緒にジミー・ペイジ(俗に言う、世界3大ギタリストの一人)の真似をして騒いだ事があります(後日、先生が以下の写真を送ってくれました)。かなりクレイジーな奴だったけど、まさか、そんなに成績のいい奴だったとは・・・。
June 7, 2005
今日で小学校、中学校、高校の授業は全て終わり、明日の終業式が終われば、子供達は約2ヶ月の夏休みです。ここでは、日本と違い、終業式の日がMove Upの日だそうで、終業式には新しい学年に移るんだそうです。そして、移ったその日から、子供達は新しい学年になるんだとか。日本であれば、3月の学年末の終業式までは元の学年のままで、4月1日に新しい学年になる、というのが一般的だと思うのですが、ここでは6月の学年末の終業式には、子供達は既に新しい学年と見なされるようです。また、今日気づいたのですが、この辺りの人達は、幼稚園も小学校の一部だと考えるようです。1年生から5年生までが小学生(5年間)、6年生から8年生までが中学生(3年間)、9年生から12年生までが高校生(4年間)の為、日本と比較して「日本は6-3-3制だけど、この地域は5-3-4制なんだな」と言ったら、「いや、6-3-4制だよ」と言われました。「それは幼稚園を入れてって事だろ」と言ったら、「この辺りでは、大抵、小学校に幼稚園を含めて数える」んだそうです。へぇー。知らんかった。後、今まで勘違いしていたのですが、僕がコーチをしていたサッカーチームの子供達は、5年生と6年生、つまり、小学生と中学生が混ざっていたそうで、チームの中心選手イアンも中学生だったようです。まあ、日本式に言えば、6年生も小学生になるのですが。
June 6, 2005
昼から夜までずっとサッカーの審判。4試合の予定が5時からの1試合がキャンセルで、結局3試合。運が良いのか悪いのか、今日は今年一番の真夏日(32℃以上)で、外にいるだけでクラクラする位でした。そんな中、ずっと外にいた為、すさまじい日焼けをしてしまい、今も首筋や腕がヒリヒリします。さて、サッカー。一試合目は、高校生男子チーム。体の大きい高校生と言っても、この辺りのチームは、僕が育った地域の高校サッカー部ほどチームとして洗練されていなくて、レベル的には僕がいた中学校のサッカー部くらい。試合をした高校生の中には、去年一緒にサッカーをしたり、審判をしたりしたデーヴィッド、マイクや、一緒に子供にサッカーを教えたチェイソンの姿も。彼らの所属するHuntingdon(僕がいる町)チームとベッドフォードチームの試合だったのですが、チェイソンの見事なアシストもあって、2-0でHuntingdonチームの勝ち。よくやった、デーヴィッド、マイク、チェイソン。二試合目は、高校生女子チーム。思った以上にレベルが高く、何人かの女子選手は、高校生男子に混ざっても全く遜色がない位。PKで先制されるも、結局、7-2でHuntingdonチームの勝ち。男子に続き、これでHuntingdonの2連勝。地域に愛着のある僕には、ちょっと嬉しい。次の中学生の試合はキャンセルだった為、地域サッカーの責任者の一人シークレストさんと一緒に、次の試合時間まで、あまりに暑いフィールドから脱出。近くのレストランにシェーキを飲みに行って、そのまま彼の家へ。ドラム、キーボード、ギターなど、沢山の楽器を持っている音楽好きな彼と一緒に、しばらく二人でアコースティックギターを弾く。ビートルズ、サイモン&ガーファンクルの曲をはじめ、『サボテンの花』、『Stairway to Heaven』、『Lagrima』、『Boure』、『Tears in Heaven』、『禁じられた遊び』などを、彼の立派なアンプに通して弾きまくる。ギターに夢中になって遅れそうになりつつも、シークレストさんと最後の試合へ。これは、僕がコーチをしているHuntingdon小学生チームの試合。膠着した試合だったけど、Huntingdonチームの中心選手イアン(彼は中学生に混ざっても全く見劣りしない位に上手。ホスト長男のイアンとは別人)のロングパスから、俊足のブレンドン、AJのFW陣が見事に1点を決める。審判という立場上、すました顔で試合を続けさせたけど、心の中では激しくガッツポーズ。結局、これが決勝点となって、1-0でHuntingdon小学生チームの勝ち。最高にうれしい☆何だかんだ心配した割りには、僕の判定にあまりクレームはつかず、全てが比較的平和な試合。よかった、よかった。
June 5, 2005
6月3日野球の練習をしていたら、ホスト長男イアンの目の上にボールが当たり、ぶつかった箇所が内出血でゴルフボール大に腫れ上がりました。漫画の様な凄い腫れ方で、本当にビックリ。あまりの腫れの大きさに血の気が引き、急いで家に戻り、ホスト母に頼んで彼を病院に連れて行ってもらいました。彼の目の上には、今もかなりの腫れが残っていますが、見た目ほど大した症状ではないようで、医者は明日のリトルリーグの試合も大丈夫だといっていたそうです。とは言っても、右打者のイアンの左目が腫れているので、投手の投げる球が見難く、打撃は特に困難のはず。明日の試合が心配です。6月4日一夜明けたら腫れはひきましたが、イアンはどうも右目が殆ど見えない状況のようです。二人で「試合後のロッキーみたいだな」と言って笑っていましたが、写真を見ると、結構な重傷に見えます。まあ、眼球が傷付いた訳ではないので、時間が経てば治る上に、全く痛みは感じないようですが。リトルリーグの試合も、彼は1打数無安打(デッドボールと三振)とエラー0で切り抜け、運良く、そこまで影響は出なかったようです。リトルリーグの試合観戦後は、前日に終わらせられなかったホストファミリーの家とOさん夫妻の家の芝刈り。芝は思ったより伸びるのが早く、この辺りでは1週間に一度位のペースで芝を刈っているそうです。この辺りの人は、広大な土地を持っていて、それぞれが立派な芝刈り機を所有しています。小学校のグラウンド位の広さの土地を持っている人も稀ではなく、あの広さを1週間に1度のペースで刈るのは、さすがに大変そうです。中高生のアルバイトに芝刈りが一般的な訳も頷けます。夜は、子供達が二人とも友達の家に泊まりに行っていたので、その間を利用して地下室のペンキ塗り。ホスト父ケビンは軍の仕事でヴァージニアにいるので、今日は一人作業です。聴いていたエリック・クラプトンの曲に乗せられて、夜中の1時近くまでやっていました。アメリカ(特に田舎)では、家を自分で改造するのは極めて一般的だ、という大前研一さんが書いた記事を何年も前に読んだ事がありますが、今まで見た家からのみ判断する限り、確かにその通りで、この辺りの人は、自分の家に自ら手を加える事が多い気がします。日本であれば、自分で家を改造しようという発想自体が、そんなに出てこないでしょう。
June 4, 2005
シーズン最後のサッカーの練習。今日は、たまたま来ていた地域サッカーの責任者の一人から、日曜日に行われる小中学生サッカーの試合の審判を頼まれました。このままでは、どうやら一日に4試合も審判をしなければならないようですが、まあ、例えそうだとしても、体力はあるので、その点は何とかなるでしょう。また、今回試合をするチームのコーチの方々全員とは知り合いなので、色々とサポートしてもらえそうです。ただ、シーズン最後の試合という事で、選手のお母さん達がいつも以上に白熱しそうな予感がするのが気がかりです。集団で審判に文句を言う彼女達ほど強いものはないんじゃないかとさえ思う程、自分の子供を応援するアメリカのお母さん達の迫力は凄いです。当然の事ながら、僕のような訳の分からない若造には、特に文句を言い易いようで、僕が観客席から見て際どい判定をすると、それを快く思わない人達から怒鳴り声が容赦なく飛んできます。観客席から見て際どくても、ボールがよく見える位置にいる主審には判定は明らかなのですが、一部のお母さん達には、そんな事はお構いなしで、試合中は、何だか、僕が八つ当たりの対象になっている気さえします。その上、英語の発音を笑われたりもして、最初の頃は試合後に胃が痛くなったものです。日曜日の試合は平穏にいきますように。
June 2, 2005
小学校2年生のクラスで面白いものを発見。質問に答える時、レポートを書く時の「BATTS ルール」というもので、BATTSは以下の注意点の頭文字だとか。Borrow from the questionAnswer the questionTell why- becauseTell the text connectionSo what?- why this is important- how it connects to themesTell why- because、So what?などを考えて質問に答える習慣をつける事は、人間がコミュニケーションをとる上で非常に重要な点で、こういう訓練を小学校の頃から受けられるのはちょっと魅力的です。「こんな習慣をつける教育が日本でも広まればいいのに」と改めて思いました。3ヶ月振りに髪を切る。時間がなくて、かなり急いで切ったのですが、前回よりも上手くいきました。あまり髪型にこだわらない僕は、2年前から髪は自分で切る事にしているのですが、いちいち床屋に行かなくて済むし、お金はかからないしで、今の所は良い事だらけです。たぶん、一生続けてしまいそうな気がします。
June 1, 2005

5月29日ホスト兄弟の従姉妹ジャスミンが泊まりにくる。以下はその写真。5月30日この日はメモリアルデーという、国の為に亡くなった戦死者達を憶える日で休日。ホストファミリーの親戚一同は、メモリアルデーにはホスト母の長姉ローラの所に集まってピクニックをする事が恒例なんだそうで、今日はそのピクニックへ。僕は、去年に引き続き二年連続の参加。いつもの事ながら凄い人数で、また「大家族っていいかも」ってちょっと思いました。その後は、ピクニックに来ていた子供達とダウンタウンの屋外プールで水遊び。何故か、プールにいた他の小学生や高校生とも知り合って、小学生を追い掛け回したり、高校生と水中レスリング(?)をしていました。何故か、僕は子供とはすぐに仲良くなる傾向があるようです。ちなみに、一人の高校生が休みなく僕に襲い掛かってきたので、友人のエリックに教わった拳法の技で彼の腕をひねったり、ロックしていたら、彼は「彼はアジア人だ!やっぱりミステリアスな技を使う!」と言っていました。アジア人→ミステリアスな技って、ジャッキーチェンとかカンフーの影響でしょうか。プールから帰ってからは、ホスト長男イアンの野球の練習に付き合う。途中で、厳しかった僕の野球部練習の話をしたら、彼は「やすのスピーチが俺をやる気にさせた」といって、その後は何だか見違えた様に、ボールに飛び込んでいく様になり、彼にはかなりの進歩が見えました。気持ちの問題は大きいと実感。ちなみに写真は、今日届いた彼のリトルリーグのチーム、レッドソックスのTシャツ。僕も、「Ian’s Bro」と入ったシャツを貰いました。そして夜は、ホスト兄弟の従姉妹のカイリー、マイカ達とスターウォーズを観に行く。僕は前日にホストファミリーと観ていたので、二日連続の二回目。彼女達も二回目だそうですが、カイリーは映画の途中で寝てしまった為、最後まで観なかったとか。さすがに二回は、前日に聞き取れなかった部分も聞き取れて、この映画への理解が深まった気がしました。ピクニック、プール、野球、映画と目まぐるしい一日でしたが、僕はこういう一日が大好きです。
May 30, 2005
スーパーで買い物をしていたら、プレゼンテーションに行った高校の生徒達に会いました。彼女たちは、興奮していたのか、最初、いきなりメチャクチャ早口で、「$%#&$=¥&*+スペイン語のクラスに来た¥*#$%&@!?」と話し掛けてきました。唐突だったし、あまりに早すぎて「スペイン語のクラスに来た」しか聞き取れなかったのですが、彼女達の顔に見覚えがあったので、ピンときました。わざわざ向こうから話し掛けてきてくれて嬉しいのですが、「日本人は英語の聞き取りが苦手な人が多いから、そういう人にはゆっくり話せってクラスで言っただろーが」と言ったら、二人とも「そう言えばそうだっけ?」。こら、お前ら・・・。外国人を見た事がなくて、英語を話せるのが当たり前だと思っているアメリカ人学生に、そういう点を理解してもらう為に、結構、そういう点も強調したプレゼンの筈だったですが。帰りには、家の前で前ルームメイトのマイクにばったり。僕のホストファミリーの家がOさん夫妻の家の真ん前だという事を忘れていた彼は、いきなり僕が現れてビックリしていました。大学院に進学予定の彼は、韓国人ですがグリーンカードを持っているので、今State College(ここから車で25分の結構大きな町。ペンシルバニア州立大学がある)のWal Martで働いているとか。Oさんに進路相談に来たらしいですが、Oさんは世界中からピアニストが集まる大規模なピアノコンクールを聴きに、今はTexas Christian Universityに行っています。その旨を告げると、OさんをMentorとして慕うマイクは、寂しそうに去っていきました。鬱病だった彼は、まだまだ精神状態が良くないようで心配です。写真は、先日のPlay Dayの写真「Smile like a man!!」。
May 27, 2005
朝からホスト母ヘレンの勤める学校へ。今日は小学校がPlay Dayという事で、お祭りのような事になっているので、それの手伝いとして参加してきました。ヘレンが担任を務める小学校2年生の手伝いをする筈が、急遽、午前中だけホスト次男ニックのクラスに行く事になり、ずっと幼稚園児達の相手をしていました(幼稚園は小学校の中)。ニックのクラスには先日の彼の誕生会で会った子供達が結構いて、「ニックの誕生会に来てた人だー!」と、また6歳児の集団に襲いかかられそうになりました(笑)。外で幼稚園児達とポップコーンやかき氷を食べたり、顔ペイントをしたり、シャボン玉や二人三脚をした後、今度は2年生のクラスが集まっている所へ。ヘレンがクラスの子供達に僕を連れて来るように言っていたようで、いきなり、見知らぬ子供達が集団で僕を目がけて走ってきたのでビックリ。僕はクラスの子供を知らなかったけど、僕の事を知っている子供が何人かいました。何故か僕の名前を知ってる子もいたし、「体操のショウで見たよ」とも言われました。ずっと外で何かをやっていたので、サッカーのコーチの時間には疲れてしまいましたが、楽しい一日でした。
May 26, 2005
ホストファミリーに贈る写真の編集をしている間、だいぶ前に日本人の友達に焼いてもらった日本の歌のCDを聴いていました。事情があって、このCDは貰ってから初めて聴きましたが、友達は、僕が頼んでおいた尾崎豊とチェッカーズ以外にも、気を利かせて色々と懐かしい曲を入れてくれていました。まあ、半分は冗談で入れたようですが。以下は、その一部。ここ数年は、洋楽やクラシック音楽ばかり聴いていたので新鮮でした。○松山千春の『大空と大地の下で』たまらん。マジたまらん。名曲だ。今の高校生、大学生は是非聴いてほしい。○KANの『愛は勝つ』聴いててドキドキした。自分が音楽を聴き始めた時に流行ってた曲。「ど~んなに困難で~挫けそうでも~信じるこ~と~さ~♪必ず最後に愛は勝つ~♪」。いいですねえ。○イルカの『なごり雪』。日本的で大好き。歌詞を聴きながら情景を思い浮かべると最高。○ルパン三世のテーマ3年前に日米学生交流に関わっていた時に、合宿で友達と歌いまくった曲(←迷惑)。「男には~自分の~世界が~ある♪例えるなら~空を翔ける一筋の流れぼし~♪」。分かるような分からないような・・・。○キャプテン翼のテーマ小学校の思い出の曲。イントロのギターが、ちょっとかっこいい。でも、歌詞が意味不明。特に二番。「つみだねサンバ♪ジグザグサンバ♪あいつに夢中なスズメも三羽~♪」。なんじゃそりゃ。○山口百恵の『プレイバックパートII』高校の学校祭の打ち上げを思い出しました。友達とこの歌を歌って盛り上げた記憶があります。○大事MANブラザーズバンドの『それが大事』当時よく聴いていたラジオ「ベストテン北海道」と「カウントダウン50」を思い出しました(北海道の人にしか通じないかもしれませんが)。この曲は有名になる前に聴いて「ああ、きっと1位になるな」と思った曲。○エルビス・コステロの『She』ジュリア・ロバーツとヒュー・グラント主演の『ノッティングヒルの恋人』のラストシーンで流れています。映画の中の曲では、『Moon River』と並んで最も好きな曲。メロディも歌詞も最高☆今度は、『待つわ』、『神田川』、『妹』、『ロード』なんかを焼いてもらおうと思います。音楽って最高です。写真は、散らかってしまった机の上。
May 25, 2005
図書館からの帰りに元ルームメイトのピート(上の写真は、僕と仲がいい彼の弟ジョン)に会い、家まで来るまで送ってもらう。彼の双子の弟を待っている間、車の中で久し振りにゆっくり話す事ができました。彼は、サマーコースを取っているようなので、夏は暫くここにいるんだそうです。子供に付き合って、『Remember the Titans (タイタンズを忘れない)』という映画を観ました。人種差別の激しかった1971年のヴァージニアの高校生フットボールチームの話だったのですが、去年の夏に『Life As A House (海辺の家)』、『Tuesdays with Morrie (モリー先生との火曜日)』を観て以来の感動的な映画で、ラストシーンに近づくにつれて涙が出てきました。絆、友情、勇気、強さなどが前面に出た単純と言えば単純な映画ですが、心に真っ直ぐに訴えかける力があります。黒人学生達と白人学生達が合宿を経て堅い絆で結ばれていく過程、チームとして一体になっていく過程の描写は最高。今現在関わっている、また、これから関わるであろう多くの子供達に観て欲しい映画だと思いました。
May 24, 2005
ホスト長男イアン(上の写真)と話していて、僕が夏の間ここにいるかどうかの話になり、「多分、夏の途中でカナダに行くと思うよ」と言ったら、イアンの目に見る見るうちに涙が溜まってきて、「Look!涙が出てきた!」と冗談ぽく言いつつも泣き出してしまいました。「俺はいなくなってもまた戻ってくるんだし、俺がいなくなった後も、まだHやCはこの町に残るんだから」と言っても、彼の涙は止まりません。正直、ここまで思ってくれているものとは予測していなかったので、胸がジーンときました。夜はOさんの家に招かれて夕食へ。またまた、二人で6時から夜中の1時半まで話し込む。近況報告の他にも、僕の大学院の話、Oさんの両親の話、日本からカナダやアメリカに移住してきた当初の話などをしている内に、あっという間に時間が過ぎてしまいました。明日からOさんは、今日からテキサスで行われるピアノコンクールを聴きにいって、6月6日に帰って来るそうで、7月1日にはバンクーバーへ出発と言っていたので、ここでこんなにお話ができる期間はあと3週間程度。何だか寂しくなって来ました。
May 23, 2005
5月20日ホスト母ヘレンの妹パティの誕生会。いつもの事ながら、大家族なので凄い人の数でした。その後は、誕生会に参加していたホスト長男の従姉のカイリー(上の写真)が家に泊まりに。彼女は10歳にしてはかなり背も高く、見た目は中学生に見えるような子で、小学生ながら、既に友達とバンドを結成しています。バンドでは、ボーカルを担当していて、「曲は自分で作る」と言っていました。バンドを始めたのは、ドラムが上手い彼女のお父さんの影響のようです。彼女のお母さん曰く、去年の彼女の誕生日で一緒にトランポリンで遊んで以来、僕は結構彼女に気に入られているようで、確かに、彼女はよく僕に話し掛けてくれます。今日も、ギターを弾いていた僕を、しきりに彼女のバンドの練習を見にくるように誘ってくれていたので、折角だから、今度練習を見に行ってこようと思います。ちなみに彼女のお父さんは、やたらと若い人で、はじめは彼女のお兄さんかと思っていました。お母さんの再婚相手らしく、彼女はお父さんを「デービッド」と名前で呼びます。「これがアメリカだ」と言われればそうなのかもしれませんが、お父さんをファーストネームで呼ぶ事にはちょっと驚きました。5月21日ホスト長男イアンのリトルリーグ野球の試合へ。対戦相手は、前回、前々回に最終回に大量点を取って逆転勝ちした相手のアストロズ。アストロズのピッチャーのお父さんは、昔スポーツができる事で有名だった人らしく、息子にも自分の様になるように色々なスポーツを教え込んでいるとか。聞く所によると、厳しいお父さんで、息子は、過度の期待を背負っている為か、レスリングや野球で負けたりすると、荒れたり泣き出したりするそうです。前回、レッドソックス戦で打ち込まれていた彼は、試合中に「何なんだ、あの審判は!!あいつらのピッチャーにはストライクにする球も、俺の時はボールにばかりする!!フェアじゃない!!」とマウンドで泣きながら叫んでいたそうです。イアンの話では、試合後もお父さんに何か言われて泣いていたらしい。さて、試合。最終回で、アストロズが4点差でレッドソックスをリード。しかし、アストロズのピッチャーはプレッシャーに弱いのか、今日も最終回に崩れだし、いきなり満塁の危機。勿論、イアンのチームであるレッドソックスに勝ってもらいたいとは思ったのですが、これでまたアストロズのピッチャーが大量得点を奪われて負けてしまうと、アストロズはレッドソックス戦では三試合連続の最終回逆転負けになってしまい、厳しいお父さんを持つピッチャーがちょっと気の毒に思ったので、胸中が複雑です。結局、走塁ミスからレッドソックスは崩れ、何とか最終回を乗り切ったアストロズが勝ったのですが、イアンには申し訳ないけど、これで良かったと言えば良かった気がしなくもありません。とは言っても、今度は走塁ミスをしたレッドソックスの子が泣いていたので、またちょっと複雑な気持ちがしましたが。僕も、野球部だった小学生の時に、一度自分のエラーで試合に負けて泣きそうになった事があり、何となくミスをした子の気持ちが分かります。その子の事を考えると、何だか切ない気持ちになりました。試合後は、ホストファミリーの子供達とカイリーに引っ張られて、一緒に自転車に乗ったり野球をしたりして過ごす。やはり週末は、起きている時間の殆どを子供と過ごしています。まあ、こんな事は今後あるかどうか分からないので、すごく良い経験なのですが。
May 22, 2005
カメラが修理されて返ってきました。思ったより修理代が高くなったけど、まあ、それはしょうがない。これでまた、ここでの生活を写真に収める事ができるんだから。早速、サッカーの練習にカメラを持っていって、チームの子供達を撮ろうと思ったのですが、今日は早めに練習が始まった為、写真を撮っている時間はなし。まあ、天気もよくなかったし、また今度にしよう。アメリカに来るまでスターウォーズシリーズを観た事がなかったのですが、ホストファミリーの家で今までのシリーズ全部を観てから、スターウォーズのにわかファンになりました。「単純な宇宙戦争の話かな」なんて思っていて、今まで興味を示さなかったのですが、ジョージ・ルーカス曰く、「Darth Vaderの悲劇」を描いているらしく、実際に観てみると思った以上に面白い。Ewan McGregor、Hayden Christensen、Natalie Portmanという僕の好きな役者が揃っているのも、気に入っている点のひとつ。時間が許せば、週末に最新作である『Star Wars:Revenge of the Seth』を観に行く予定です。
May 19, 2005
5月17日僕がコーチをしている小学生男子のサッカーチームと中学生女子サッカーチームの練習試合がありました。中学生女子といっても日本とは違いアメリカでは女子サッカーが盛んで、僕が大学や高校で見た限りでは、女子チームの実力はかなりのもの。特に、コーチがしっかり教えている為か、仲間をサポートする動きは本当にうまい。ボールを持っていない時に仲間をサポートする動きというのは決定的に重要で、これができるかどうかで、チームの実力は大きく変わります。いくら個々人にボール扱いの技術があったって、これができないとチームはまともに機能しません。いい例として、去年、日本人(子供に「Yao」と呼ばれてた友達と僕)対南米人(クラブチームに所属していたエクアドル人とメキシコ人)で、2対2の10点先取ミニサッカーをやったのですが、日本人チームが10-1、10-6で勝ち、違う日に行った3ラウンド目も、日本人チームが5-0でリードしていました(時間切れで中断)。技術、スピードは互角、もしくは向こうが上だったけど、やはり差はボールを持っていない時のサポートの動き。この差が、そのまま点数の差になりました。さて、練習試合。中学生女子チームはサポートの動きが上手い上に、体が大きく、小学生達は力負けする部分もありました。その上、興奮しすぎたのか、小学生男子チームには、接触プレイを受けて怒り出す子、オフサイドを取られて「オフサイドじゃない!!」と言って泣き出す子、仲間のミスを責める子などがいて(それをちゃんと諌める子もいたのは嬉しいですが)、ちょっと個々人の精神面に問題が見えました。それもあってか、前回の試合では3-2で小学生男子が勝ったらしいけど、今日は2-0で中学生女子の勝ち。でもまあ、今日は、いいサッカーをしていた中学生女子チームを褒めるべきでしょう。そして、そのチームを相手に闘う姿勢を見せた小学生男子達にも拍手☆5月18日Oさん夫妻の家と自分のホストファミリーの家の芝刈り。二つとも庭の広い家なので、落ちている枝拾いも含めて、かなり時間がかかりました。その後は、隣のジョンとピーターに誘われ、彼らに暫くサッカーを教える事に。結局、午後9時近くまで教えていました。最近読んでいる本のひとつに、『知の探求は原理的に可能か』という本があります。ICU一般教育シリーズの一つで、「哲学の世界」という授業の参考書として書かれたものらしく、著者はICUの田中敦哲学教授。この本は以前によく読んでいて、今回は久し振りの再読になるのですが、改めて「これほど良い初学者用の哲学の本はない」と感じました。何故か「哲学史」の形での「哲学」入門の本が定着し、「思想」や「人生論」が「哲学」として認知されている日本では、数少ない本当の意味での哲学の入門書だと思います。間違ってもベストセラーになる類の本ではありませんが、特に諸々の学問を学ぶ多くの大学生に読まれるべき本だと思いました。「諸々の学問は、原理あるいは基準を別に持っていて、それに基づく対象を研究する。その意味で、諸学は存在者に関する関する学問と言う事ができる。これに対して、哲学は原理的なもの、基準そのものを探求するのであるので、今の場合、つまり存在と存在者を考える場合、存在を問題にするのが哲学であると言えるのである」(『知の探求は原理的に可能か』、p10)
May 18, 2005
子供達と外で遊んでいて、隣に住むピーターのゴムボールを破壊してしまった。ピーターの従妹のモーガンに「思いっきり投げて」と言われて、その通りにボールを投げたら、なんと木の枝にボールが突き刺さった。もちろん、ボールは空気が抜けて使えない状態に。穴にテープを張って直そうとしたけど、うまくいかなかった。子供のものを壊してしまい、最悪の気分。あーあ・・・。その後は家の中へ。子供達に付き合って、ジャッキーチェンの映画を観ていたら、途中でちょっとしたホラーシーンがあった。半分冗談みたいなシーンだったけど、ちょっとだけキョンシーが出ていたので、「あれは、中国で有名なホラー映画のキャラクターなんだ。小学生3、4年生の時には、キョンシーの映画をよく観てたんだけど、あれは怖かったなー」と言いつつ、キョンシーの真似をしていたら、笑いながらも子供達には本当にキョンシーが怖かったようで、僕が立ち上がる度に、「Where are you goin’? Don’t leave us!」、「I’m scared….」と言って、僕が行く所にずっとついて来ていた。軍隊やプロレスなどのマッチョ系が好きな男の子達だけど、「やっぱり子供なんだなあ」と実感。
May 16, 2005
卒業して大学を出て行く友達に会いに、教会の後に学校へ。この日は僕の拳法の先生で、一緒の寮で色んな事を議論しあったエリックが、マサチューセッツの実家に帰る日。物事を深く考える上に頭の回転が速い彼には、いい意味で色々と刺激を受けた。僕をいろんな人達に会わせてくれて、交流の幅を広げてくれたのも彼。「本当にありがとう」って言いたい。生物学で博士号を取る為に進学すると言っていたので、お互いに、これからも学生生活が続きそうだ。その他にも、偶々、スロバキア人の友人と会って、暫く話してた。彼女の父親は大学の先生で、両親ともこの町に住んでいるんだけど、夏は家族でここを出てスロバキアで親戚に会ってくるとか。「一ヵ月後に帰って来る」って言ってたんで、その時に会う約束をしてお別れ。アメリカでは、初夏は言わば「別れの季節」。僕は、秋からトロントかバンクーバーに行く事がほぼ決定して、もうすぐ新天地で新しい生活が始まる事になるから、僕自身の別れの季節ももうすぐだ。別れの時期になると、必ず思い出す言葉。小学校時代からの親友ミヤの手紙の言葉。「(中略)俺は、小学校の時から桑(僕)の努力や人間性をずっと見てきた。お前だったら、どこに行っても大丈夫だと思います。苦しい事だってあるかもしれないけど、負けんなよー。そして、帰ってきたくなったら、いつでも北海道に帰って来いよー。俺たちは、いつまでも友達だかんなぁ。仲間だからなぁ。」金銭的に切羽詰ってた上に、父や兄とのトラブルや私生活で最悪の精神状態にあった僕が、北海道を出て東京に行く前日に貰った手紙。こうやって自分の事を考えてくれる人がいると思うだけで、すごく励みになる。自分が壊れないで生きていけるのも、こういう人がいるからこそ。別れの季節には、今まで自分がどれだけ他人に精神的に支えられていたかを実感する。感謝。さぁて、ここでの生活もあと少し。今日もがんばるかー。
May 15, 2005
この日は僕の卒業式。去年の12月に卒業した人達も、卒業式は5月だったので、僕の卒業式もこの日。・・・だったんだけど、隣に住むジョン(9歳)の誕生会に呼ばれていたので、そっちを優先して、結局は自分の卒業式を欠席しました。自分の卒業式より子供の誕生会を優先するのは、大多数の人から見ればおかしな事かもしれないけど、式なんて出なくても卒業できるんだし、自分にはまだ先(大学院)があるんだし、せっかくジョンの誕生会に呼ばれてるんだし、と思って迷わず卒業式は欠席。次の日に、教会に行ったら、Oさん夫妻や牧師さんたちに「卒業式で名前呼ばれてたわよ」と言われて、何だかちょっと恥ずかしかったですが。さて、ジョンの誕生会。ホスト次男イアンの誕生会と同じ、Altoonaにあるファミリーファンセンターというアスレティックセンターへ。当然の事ながらジョンの両親もきていて、眼科医で僕の目を無料で診察してくれたジョンの父親にもゆっくりと会ってお礼を言うことができました。誕生会に来ていたのは僕が知っている子供達ばかりで、彼らに引っ張り込まれるように、一緒に迷路みたいなトンネルやトランポリンで遊んでいて、物凄く楽しむことができたので「今日は、卒業式すっ飛ばして正解だったなぁ」と思いました。まあ、式に参加したらしたで、別の感慨があったのでしょうけど。前日が僕の誕生日だったという事もあって、帰ってからはホストファミリーが僕の誕生日をお祝いしてくれました。DVD(『Meet the Fockers』)、CD(Jim Croceのベスト盤)、シャツなどを貰ってしまい、かなり恐縮しました。本格的にここを離れたくなってきている自分がいますが、夏にはここを離れなければなりません。どこに行くにしても、充実した毎日を送れる場所を自分でつくっていきたいものです。
May 14, 2005
サッカーのコーチに日本人の友達を連れて行ったら、背の高い彼の事を子供達は「Yao」と呼んでいました。Yaoというのは、NBAで活躍している中国人で、めちゃくちゃ背が高い選手です。今年のNBAのオールスターで彼を初めて見ましたが、彼はデカ過ぎです。大柄なNBA選手の中でも際立って見えました。ちなみに、子供達の間では、Yaoはジャッキーチェンと並んで最も有名なアジア人のようで、プレゼンテーションに行く度に、彼の名前が挙がっていました。それにしても、子供達に、ボールを持っていない時の動きを教えるのが大変です。この日は、コーチの息子の高校生も来ていたので、ボールに群がりがちな子供たちに、日本人の友人も含めて、3人で動き方の模範を見せていたのですが、子供達には、その後もあまり改善の余地が見られませんでした。コーチ達は、毎回、サイドのスペースを使う事、ボールを持った仲間をサポートする事を子供達に意識させようとしているのですが、道のりは長そうです。まあ、一人の子が「言っている事はわかるんだけど、疲れていて、そこまで走る余裕がない」と言っていたので、単なる体力の問題もあるとは思いますが。ホスト父母がいなかった為、前日に、ホスト長男イアンの宿題(サイエンス プロジェクト)を手伝っていました。彼のグループは、容器の中の圧力変化を利用して、容器の口においてあるゆで卵を中に吸い込ませるという典型的な実験で、学校では火を使えない為、お湯と冷水を使って容器内部の圧力を変える計画です。前日に試した時は、使う予定だったガラスのビンの口が小さすぎて卵が上手く吸い込まれなかった為、急遽、サイズの合うプラスチックの容器を使ったのですが、これ以上ないくらい巧く卵が容器に吸い込まれていきました。そして当日の今日。「容器がプラスチックだから熱すぎる湯は使わない事、そして容器を温めて注ぎ口に卵を乗せた後は、容器内の圧力を急激に変化させる為に、容器を冷水で冷やす事」の2点を前日の最後に繰り返し言っておいたのですが、今日の本番では、彼は、沸騰した湯を使って容器を溶かして、それ以上使えなくしてしまった上に、冷水を使わなかったので、容器内部の圧力があまり変わらず、容器の口に置いてある卵が上手く吸い込まれなかったようです。う~ん、9歳児・・・。特に、熱湯を使わない事は何度も言ったはずなんだけどなぁ・・・。
May 12, 2005
何だか、自分で日々を忙しくしています。やらなければならない事はないのですが、やりたい事が多すぎる為、一日が24時間では足りません。まあ、「時間管理がしっかりしていない」という面もあるのかもしれませんが。ろくに時間管理もせずに「忙しい」などとは言っていたくないので、何とかしなきゃ。それにしても、ここは田舎の為か、非常に長閑です。ストレスも少ないし、楽しいのですが、最近、「やはり、自分は田舎暮らしは合わないかなあ」、とも思います。僕は、アルコールも好きではないし、物欲があまりないので買い物をしたいとも思わないので、そういう点で「都会がいい」とは全く思わないのですが。この日は、アイスクリームビジネスを始めた友人から、子供達と一緒にアイスクリームを買ったのですが、彼は、お釣りの計算でやたらと時間がかかっていました。まだ、本格的には始動していない状態で、この日は試運転のような感じだったので、これから何か工夫するとは言っていましたが、客が増えてきた場合の事を考えると、ちょっと心配です。また、彼は、いろいろとビジネスについて話してくれたのですが、夜もずっとクーラーボックスの電源を入れておかなければならない為、電気代が大変そうで、それに、アイスを業者から大量に入荷するわけではないので、「値段が高くなってしまうのが避けられない」と言っていました。
May 11, 2005
今日のサッカーの練習は、自分達の練習時間を間違えた二人の高校生が特別に参加しました。ものすごく上手な二人だったのですが、ゲームに参加した時に小学生にも思いっきり当たっていたので、ちょっと小学生達が心配になりました。おかげで、ゲーム中の展開のスピードが上がったのは良かったのですが。その後は、素早くシャワーを浴びて、向かいの家に住むOさん夫妻の家へ。Oさん夫妻は、毎年、大学の日本人学生を招き、年度末にデザートパーティーのような事をしていて、今日はそれに招かれて行ってきました。久しぶりに日本人の学生と話した上に、久しぶりに日本語を沢山話した事もあってか、ちょっと違和感がありましたが、なかなか楽しかった夜でした。結局、帰ったのは午前1時で、またOさん夫妻宅に長居をしてしまいましたが。
May 10, 2005
前日にホスト次男の誕生会をしていましたが、実はこの日が本当の誕生日だったようで、母の日のパーティーも兼ねて、今度は親戚だけで集まって裏庭でピクニックパーティーをしました。ホスト父ケビンは兄弟姉妹が一人(兄)しかいないのですが、ホスト母ヘレンは姉妹が6人、弟が2人という大家族に育っているので、この日も、沢山の親戚が集まりました。僕は生まれてから従兄弟に会った事がないくらい、親戚つながりの薄い家庭に育ったのですが、それが当たり前のように思っていたので、別に「大家族っていいなあ」なんて思った事がありませんでした。でも、最近は、「ああ、こういう大家族もいいなあ」なんてちょっと思います。パーティーは夕方だったので、日中は子供達に引っ張られて、サッカーやジャックポットをしていました。僕がコーチをしているサッカーチームの中心選手ピーターが隣に住んでいて、今日は彼も一緒にいました。僕は誕生会の準備で、土曜日、日曜日のサッカーの試合には行けなかったのですが、ピーターの話では、土曜日は7-1で勝ち、日曜日は1-7で負けたとか。ワーストチームとベストチームに二日連続で当たったので、こんな結果になったそうです。それにしても、ピーターは、僕によく話し掛けてくるようになりました。去年は、あんまり話し掛けてこなかったのに。これも、サッカーのコーチを始めたおかげかもしれません。前日は、彼が一人でサッカーボールを蹴っていたので、声をかけて一緒にパス練習をしていたのですが、ボールを蹴りながら、彼はよく僕にスポーツの話をしていました。やはり、スポーツができると子供との交流はしやすくなるなあって思います。「いやー、やす、『芸は身を助ける』だよ」って僕に熱く語っていた芸達者の友人の気持ちがちょっと分かります。現在はカメラを修理に出しているのですが、2週間くらい前にNikonから通知がきて、カメラの修理に102ドル(送料込み)かかる、と言われました。「この値段で修理していい」というApprovalを出せば、そのまま修理してくれるのですが、修理の値段が思ったより高い為、しばらくインターネットで安くて新しいデジカメも探していました。が、結局、直せばまだ使えるんだし、「使い捨て文化に流されてはいかん」と思って、Approvalを出す事にしました。それにしても、「修理って高くつくなあ」と思います。ありきたりの言い方ですが、修理代がこんなに高くては、みんな壊れたら修理しないで新しいものを買ってしまう為、悪しき使い捨て文化を助長する事になってしまいます。直せば使えるものも、直さないで新しいのを買ってしまうのは、資源の無駄遣いを促進しているようなものです。まあ、会社としては新しい製品を買ってくれた方が有難いので、これもマーケティングの戦略といえば戦略なのですが、それでも環境問題を考えると「何とかならないもんかなぁ」って考えてしまいます。商品の値段に修理代の一部を予め上乗せする訳にはいかないんでしょうか。
May 8, 2005
ホスト次男ニックの誕生日でした。両親共に先生をやっている為か、毎年、彼の誕生日には沢山の子供達が集まってきます。僕は、去年の彼の誕生会にも参加していて、去年も、今年と同じように裏庭でピクニック形式の誕生会だったのですが、去年は集まった子供達をおもちゃの車に乗せて、後ろから押しまくっていました。流石に何度も押し過ぎて、最後の方は疲れてあまり動けなくなってしまっていたのですが、子供達は列を作って僕を待っています。「もうダメだ。次で最後にしないと」なんて思っていたのですが、子供達の可愛い目で訴えるように「やしゅ、will you push me, please…?」なんて言われたら、もう押すしかありません。「いや、疲れてるから」なんて、間違っても言えません。そんな訳で、結局、足がつって本当に動けなくなるまで押し続けた事があります。今年も裏庭でのピクニック形式で、似たようなものだったのですが、今年は裏庭にバウンシングハウスを設置していた為、子供達は、おもちゃの車より主にそっちで遊んでいました。バウンシングハウスというのは、空気を入れて膨らませる大きな家で、丈夫なゴム素材でできている為、中ではトランポリンのように跳ねて遊ぶ事ができます。子供達に呼ばれてバウンシングハウスの中に入ったら、子供達がみんな僕にしがみ付いてきたので、ひとりひとり、空中でフリップさせたり、軽くバックドロップをかけたりしていたのですが、どうも子供達にはそれが面白かったらしく、みんな僕を追いかけてきて「Do it to me!!」と言ってきます。最初は、僕が子供達に捕まらないように逃げていたのですが、一人一人を捕まえてフリップさせて投げ飛ばしている内に、いつの間にか、逃げる方と追う方が逆転し、僕が追いかける方になり、子供達は逃げる方になりました。しかし、みんな「Ya-su-! I’m escaaaapiiiing!!」とか言いながら、逃げないで僕が起き上がるのを待っています。明らかに、捕まえて欲しそうです(笑)。11歳、9歳、8人の6歳児達を代わる代わる持ち上げて、いろいろな事をしている内に、やり過ぎて腕と足が痙攣し、まともに動けない位疲れましたが、楽しかったし、子供達が全員天使に見えました(笑)。やはり、子供はかわいいです。誕生会の後は、ホスト長男イアンの野球の試合へ。前日の試合は、ホスト次男の子守りで見られなかった為、この日の試合を楽しみにしていたのですが、球場に着いた時は、2回の裏を終わってレッドソックス(イアンのチーム)は0-7でリードを許している状態でした。その後も、継続的に点をとられ、結局、6-14のまま最終回の裏に突入。しかし、「こりゃあ、厳しいなあ」と誰もが思った最終回に、レッドソックス打線が大爆発。四球と長短打のヒットに加え、盗塁の連続で、なんと最終回に9点を加え、15-14で逆転勝ち。ホスト長男イアンも得点圏にランナーを置いた大事な場面で2ヒットと活躍していたし、久しぶりに、スポーツを観て興奮しました。ちなみに、前日の試合は14-13で勝ったんだそうで、この日の試合を入れて、二日連続で接戦をモノにした事になります。夜は、ヘレンの妹の娘カイリーが泊まりにきて、みんなで一緒に『National Treasure』を観ました。前から観たいと思っていた映画で、期待通りの面白さでした。カイリーは、次の日に具合が悪くなったそうなので、ちょっと心配です。
May 7, 2005
ここの家には電話が頻繁にかかってくるので、家族が留守の時には僕がでる事もあるのですが、毎回、メモをする時に相手の名前のスペルが分からなくて困ります。毎回スペルを聞くのですが、めちゃくちゃ早く言う人が多いので、いつも混乱します。たまにそんな僕に苛立つ人もいるので、ちょっと電話に出るのが面倒になってきました。電話が苦手だという留学生の気持ちが何となく分かります。
May 6, 2005
今の内に将来書くであろう論文のテーマを集めて、時間を見つけては、それらについて調べ物をしています。ちょうど一年前に、50年以上前にシカゴ大学で行われた大学のLiberal Education改革について興味を持って、それに関して少しずつ調べているのですが、その改革の中心になった当時のシカゴ大学学長ロバート・メイナード・ハッチンズという人は、調べれば調べるほど興味深い人です。シカゴ大学と言えば、アメリカにおけるLiberal Educationの総本山のような大学で、日本では、アドラー、シュトラウス、ナスバウムなどが有名ですが、彼等の思想もハッチンズに負うところが大きいようで、また、ICUのリベラルアーツ理念も、明らかに彼の思想の影響が見られます。さて、これからどんな論文に仕上がるか。
May 5, 2005
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