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インナーに着ていたTシャツが後ろ前逆だった。どうも首周りがうるさいなあと思っていて、覗いたら、目の前にタグがあった。「うるさいはずだよ」と思った。業務終了後、甥が遊びにきた。これは甥を笑わせよう、と思いたち「ヒロ、見て!みいみのTシャツ、逆なの!」と目の前にあるタグをペロリと見せたら「ぎゃぼー。サイテー」甥(7)にサイテーと言われて傷つくミッソジーニ。いや、突っ込むべきはそこじゃないでしょう。ハイ。先日中野区モテナイブラザーズ次男繰り上げ長男に昇格した(来月次男に降格予定。T師匠、おいでませ、ブラザーズワールドに。)某Y下氏と久しぶりに飲む。久しぶりに爆笑。そういえば、Y下さんとつるんで7年になるのねー。でも、毎回Y下さんの意外な若さに驚くのよねー。仕事の話、結構真面目な経営の話、本当に参考になります。でも、ぱんちぱーまの方に向かって「アフロがいるよ!」と叫んだ甥っこさんのはなしに勝るものはない。
2007年01月21日
あしたのおはよう日本に知人が出ます★6時30分からという地獄のような時間ですけど起きてみますよー「団塊世代の人脈作り」がタイトル。どきどきしますー。
2007年01月19日
言い方一つなんだと思う。例えば、高いなあと思う商品を手にとって「これ高い!!」と決め付けてしまえばその商品との縁はなく、他の見方をすることで幅も広がったりする。例えば、一つの作業でも、言い方一つで人の心を動かせたりもするんだと思う。「そんな言い方しなくてもいいのに」と思うことが、その人と話す気を失わせたりすることはよくある。私もしてしまいそうなので、極力気をつけるようにはしているが、多分しているだろう。まあ、それは仕方ない。(いいのか?)さて、今年の目標の一つは、女力を上げることである。女力が上がるという意味はよく解らないけど、1)あまり理屈っぽく言わない・詰め将棋しない2)少し人を頼る3)ネタを作ろうとする気持ちを減らす4)変な顔しない5)所作・ふるまいを女性らしくって感じだろうと思っている。「今年は女力をあげるよ!」と友達にメールをしたら「期待薄ですね。期待しないで期待してます」というメールが来た。「たまにしか女力はでないから、今度の飲むときには女力は見せられるかっ。」とメールをしたら「やっぱり無理じゃないですかね」むっすう。今年のバレンタインは去年よりネタにしてやる。(去年はたこやき機、その前は鳩サブレ)同じ事を、年下のM君に言ってみた。「今年は女力上げるよ!」「まるきちさんは向上心がいつも強いですね」それもどうかと思ったがやっぱりものは言い方。お互い、気持ちよくなれるよう、言葉には気をつけたいものですね。以上、こんなことしてるならさっさと帰ろうよ、と言う感じの残業中にお届けいたしましたっ(閉幕)
2007年01月16日
深層意識の中で、私は23歳くらいから年を取っていない。なので、友達が「もう30だよ~」というと「うっわー、年取ったねえ」と思わず驚愕してしまうのだが、実は、同い年なのである。年齢のハナシは一粒で二度おいしい。第一に友達が老けていた(もしくは意外と若い)ことに驚く第二に自分が年をとっていたことに驚く一つの話題でもう数年も2回驚けるんだから、非常にROIが高い。Tさんから1年ぶりに電話。「まるきちさーんおひさりぶりー。」しばし、話してたら突然「まるきちさんって、いくつになったんだっけ」「・・・Tさんこそ名乗ってください。」「ぼく?34歳。」若い!Tさんは老け顔なので、39歳くらいのイメージだったが、そうかー、34歳かぁ。Tさんとは5年ぐらいの付き合いなので、「そうかー、Tさん、出会った当時は20歳代だったんだー。意外と若いっすよね。ほら、見た目とのギャップが。」どんどん墓穴を掘って行くわたし。「で、まるきちさんは?」「77年生まれ。」「えー。ぎりぎり20歳代なんだ。」なんか、むっとした。「それがなにか。」というと「いや別に。」なんか、さらにむっとした。電話を切ったあと、そのやり取りををうちの若いスタッフに言ったら「Tさんって、そのくらいの年じゃないですかね」そうか、自分を軸に考えると、すごい老けているように見えて、なのに実は年が近いので驚いているんだ。多分Tさんも、私が意外と若いのに驚いたんだろう。あれ?年の話はとりあえず、晦日を越すまでタブーかな。
2007年01月16日
自分をだめだ・・・と思う瞬間恋愛ソングにイチイチツッコミをいれながら聞いてる自分を発見したとき。まだ30歳じゃないですよーん。(ご丁寧に色々な方から30歳の正月、というメールを頂きました。)しかし、30歳を目前にして、テンションが上がり気味です。バカ指数が上がっている気がしてならない。はぅ。
2007年01月11日
別に読めなくったって書けるもん。以前、ホームパーティのお誘いをいただいて「ミシュク」に車で行った。「246をミシュクで曲がるんだ!」という指示に、山手通りから渋谷と反対方面にミシュクを目指すも見つからない。気づいたら用賀だった。用賀ナイいや、しょうがない、いや、用賀ではない。「ふぃーん、用賀だよぅ」と電話をすると、酔っ払った・お優しいm氏(本人しか解らないだろう)「ばか、まるきち、吉野家のところを右だよ!」と今まで聞いた中で世界一解らないナビをしてくれた。できないUターンを頑張って、ミシュクに向かうがやはり着いたら渋谷だった。「ミシュクなんてないよぉ」「さっき通った信号は?」「サンシュク・・・あ、あれ、ミシュクって読むんだ・・・」「ナニジン?」「・・・・ニンジン。」生後1ヶ月で東京に越して、それから東京に住むこと2十数年、自慢じゃないが、私は東京を知らない。地元と、池袋と新宿と渋谷のちょっとしか知らない。だってそれで用が足りてるんだもん。そして今日。知人にカメラマンを紹介してくれと言われ、友達のY君にメッセンジャー。「で、場所どこよ」というYクンに「トトリキ。あ、漢字変換でないじゃん。」「???」「等々力。トウトウリキじゃなくちゃ私のパソコン変換できない。バカだね。」「・・・・それ、トドロキって読むんだけど」「!!!!!!!!」「今のギャグ?素?」「素・・・・・・。」トドロキって轟だと思っていた。そうか、等々力はトドロキって読むんだ。って、誰が決めたんだ、いや、もう。バカさらしてばかり。そんなんで「ミシュク」のハナシも思い出してしまった。バカバカ自分。(他にももいっこバカしてるけどそれはナイショ)漢字って難しいなあ。資格受けるってスタッフSが漢字検定準1級のテキスト見せてくれたけどほとんど読めんわ・・・漢字得意のはずが・・・あたまが緩くなっとる・・・。しょぼん。勉強しようーっと。
2007年01月09日
昨日の話。M先生は長らく当教室にお通いくださっているお医者様である。御年は75も超えたところだろうか、非常に紳士で素敵なお茶目な先生。必要な時だけ、個別に書類作成などのお手伝いをさせていただいている。久しぶりに先生がいらした。帰り際、先生に元旦に載った新聞をお見せした。「ああ、まるきちさん、新聞に載ってるよ、すごいねえ。」と喜んでくださる先生。「僕、この先生に習ってるんだって家族に自慢したいからコピーして頂戴。まるきちさん、これじゃあ縁談が引きをきらないでしょ」と先生が笑顔でこちらを向く。先生に新聞のコピーを渡す。「いえいえ、先生、まったくそんなの無いですよ。あ、そうだ、先生、そのコピー差し上げたからには縁談を持ってきてくださいよ。先生のノルマ3つですよ。宜しくお願いいたしますね。40歳くらいまででお願いしますね。うんうん」突然慌て始める先生「あ、でもさ、こういうのに載ると高嶺の花だって誰も近寄らなくなるんじゃないの?」・・・・・・・・先生、さっきと仰っていることが120%逆ですよ!!ということで、先生の縁談ノルマは3つです。・・・これで3つネタが出来たと喜んでなんてないもんっ。
2007年01月08日
いや、抱負だってば。来年の正月は20歳代ではない。来年の正月には切捨てしても20歳にならない。来年の賀状には三十路の文字が飛び交うだろう。そういう感傷の2007年。さて、最近お世話になっているふるた氏にご招待を受けて、業界の方が主催されるホームパーティに参加。電車に乗っているとメールが入る。「みんなで書初めしてるから、何か考えてきてね」なんと。そんな軽く言われても。「どういうのをかいているんですか?一句とかですか?ネタですか?」こっちの必死の質問に、返事は来ない。坂の上の雲を読みながら、頭は半分書初めのこと。字がお世辞にも上手とはいえないので、画数が少ない方がいいだろう。ああ、1日でもペン習字やっておけばよかった。で、選んだ言葉は 一陽来復幸せが、来るように、そんな言葉を考えて、現地到着。なんと、現地13F.私は高所恐怖症だということを伝えるのを忘れていた。エレベーターが開くと(目をつぶっていても解る)スーパー景色のよさ。マイノリティながら、世の中はもう少し高所恐怖症に優しくても良いのではないかと思う。飛行機は大丈夫なのですが、足元が見えるのはダメ。っていうか、風が足元に来ると、気を失いたくなる。私の高所恐怖症の悲劇は、私の悲劇の惨状を見た人にしか解らない。妹は「お姉ちゃんちょうウザイ」と切り捨てるし、先日のシンガポールでもオリエンタルホテルで足が立たなくなり妹に抱えられてようやく歩くといった感じだ。前は飲んでないのに「おお、まるきち酔っ払い?」と聞かれるほどこれまた腰が抜けてしまいひきずられてエレベーターに乗り、エレベータの中で発狂するという算段。酔っ払いより達が悪い。つり橋効果とは相手に殺気を持つ効果と認識している。つり橋を歩く自分を思うだけで気持ち悪くなる。昔よりだいぶ良くなったが、やはり、普通ではない。が、師匠の前で気を失うわけには行かない。(あれは精一杯)動かない膝をふるいたたせて、前へ進む。(でも夜だからまだ良かった・・・)ということで着いたらすでにヘロヘロ。そして、気になる書初めは、既に書いた人の物が壁に貼ってあり、それが結構まともだ。さらに、初対面だ。あまりあほすぎず、かといって、堅すぎず。一陽来復なんて書ける雰囲気ではない。画数が少なくて・・・というのを頭の中で探す。CPU全開。頭の中はどうしてもネタに走りたがる。で、ネタでもなく、堅くもなく、私が抱負として選んだのが「三十路道」ところが、路を書くのに失敗し、あろうことに足偏の足が長くなってしまった。冷や汗が出る。ああ、なくなってしまえ。この瞬間。さらに、あまり受けないし。そりゃそうだ。そういうときの頭の回転のよさを今年は欲しいな、磨こうと決心。色々決心してますが、来年はどうなっていることやら。
2007年01月07日
伏字じゃなくて、資格の変換ミスですってば。かわいいかわいいA君から年賀状が届いた。かわいいだけじゃなく、文字の美しさにスタッフ一同感激。妹などコピーしてなぞりだす始末。「こういう字が書けるようになるといいよね」「皆でペン習字でもやろうか」という何気ない一言が、「あ、書写検定あるよ」「どうせやるなら目標があったほうがいいよね、今年は皆で検定とろうか」「パソコン検定とかそういうのダメよ(すぐ取れちゃうしつまらないから)」「じゃあ、とっても実務に役に立たない検定を皆で受けようよ」ということで候補に挙がったのが以下。漢検、数検、アロマテラピー検定、書写検定、スペイン語検定、色彩検定。とはいえ、数検、楽勝だろうと参考書を見たら私の嫌いな三角関数が。さらに2次関数とか忘れてるし・・・。スペ語は頑張れば出来るかなあ、、、色彩検定は2級まで独学で取れるらしい(かわいいかわいいA君曰く)とりあえず、ボールペン習字をはじめることにした。さあ、何日持つだろう?今年はなにか取るぞー。おー。取りに行く時間がなくても(試験日が日曜日しかないのは辛い)勉強するぞー。(久しぶりに簿記でも受けてみようかな。)
2007年01月06日
ようやく会社らしく・・・なるために?健康診断を実施。うちのスタッフたちは既に終了、私が最終ランナー。ところで、私は健康診断なるものを社会に出てから受けたことがない。花粉症などで血液検査はしたことがあるが、健康診断は初。大学の時に健康診断をして、視力検査で「では1から順番に(あいている方を)読み上げてください」という指示に「1,2,3」と読み上げて以来である。まずは聴診器。先生「はい、軽く深呼吸」・・・・軽く、深呼吸?それって深呼吸の意味がないのでは?と思った瞬間むせる。ごほっごほっ先生「お、お、落ち着いて」次いでレントゲン先生「はーい、息を吸って」すぅぅぅぅぅ先生「楽にして」はああああああ先生「あ、息吐いちゃダメ・・・そのまま、そのまま楽に」楽にしてというのは息を吐いていいということではないのか?日本語って難しい。そして心電図緊張のあまり電流が流れた瞬間笑い出してしまう。「うーん、きれいな心電図を取るためにもう一度やりましょうか」私は断じてネタを作りに来ているわけではない。最後に血液検査私「先生、私血管が細いので子供用の針でお願いします。」これを言わないと大変なことになるのだ。前は某病院で血管を出すために多大なる努力をした挙句、私の嫌いな注射を刺した先生が一言。「あ、血管つぶしちゃった♪」ということがあったからだ。先生「大丈夫よ~。ちょっと見せて・・・・あ、ほんと血管、ない。」私「ふふふ、血も涙もないのです。てへっ」暖かいおしぼりで腕を温め、血管を浮き立たせる努力をする。先生「あっ、ごめんなさい、おしぼりで肌が赤くなっちゃった」初めて右腕から血を採る。今回は騒がなかった。偉い。大体私は注射なるものが嫌いだ。なぜ体内に針を刺さねばならぬ。嫌いトラウマの原因は小学校の頃に遡るが、理科の先生が人を殺めるには注射器に空気を入れておくとよいという話をして以来、そして手芸の先生が「針の先が折れて体内で血管を流れて心臓に突き刺さる」という話をして以来、私は針が体内に入るのが苦手なのだ。この世の終わりのような顔をして診断が終わる。ふらふらだ。自ら言い出したこととはいえ、辛い・・・。嬉しかったことと言えば、身長が伸びてたこと(3ミリ)、体重が軽くなっていたこと、眼鏡視力が意外とよかったことである。この健康診断の結果を受け止めて、私は今年、少し繊細かつたおやかになろうと全然関係ない事を考えていた。以上。
2007年01月04日
#思い出し書き成田の帰り、甥とその保護者が近くの駅におせちを届けてくれた。「みぃみーげんきっかーい」とやたらとテンションの高い半ズボンの甥。(ふんっ、肌すべすべだってあと何年もつのやらっ)と毒づく私。しかし、笑顔で「ひろぉお土産だよぉ」とお土産を渡すと「やったーやったー!」と駅中を走り回る甥。オイオイって感じだ。こっちは少し疲れている。その瞬間とある事件が勃発したので甥を手懐けてその場を離れようとするものの、空気の読めない甥は「ぼくやだよ~ん」と相変わらずテンションが高く言いなりにならない。これが女の子だったら(たぶん)こっちに来るのに。そうか、餌があればいいのか、と思いつき、近くの売店へ。すぐさま甥っ子が寄ってくる。「みいみ、何買うの?」「新聞買おうかなと思って」「ふーん、新聞なんて買うんだ」目当ての新聞は売り切れていて、目の前にあるのはお菓子だけ。甥っ子の目が輝く。キラリーン。私は私で目の前にあるヨーグレットに目が引かれていた。ああ、食べたいな。食べるの何年ぶり、っていうか、中学生以来かも。「ヒロ、ヨーグレット買ってあげようか」「えー、ヨーグレット?僕、ハイレモンの方がいいなあ」「ヨーグレット、食べたいよね?」「・・・・」このような詰め方をすれば、たいていの場合「うん、ヨーグレットが食べたい」と言うはずである。「じゃあさ、みいみがヨーグレットかいなよ、(おおっと、甥っ子が提案してきた!)僕、ハイレモン・・・買ってもらうから」・・・・結局買うのはどちらも私かい。そうか、財布が痛まない(まあ、安価だが)人はこういう提案の仕方ができるのねと新たな交渉術を学んでみた。結局ヨーグレットを買わずにハイレモンを買い、一粒分けてもらおうと思った瞬間「ママー、僕、みいみに買ってもらっちゃった♪やったー♪」とヤツは駈け出して行った。「ヒロ、ひとつぶ・・・」と言おうとすると「明日のおやつだもんね!」とはしゃいでいる甥っ子を目の当たりにしてしまい、結局私の口には一粒も入ることがなかった。くすん。計算不足。今年はこれもクリアせねば。
2007年01月03日
今話題の掃除力。とはいえ、流行に乗るわけではなく、今日は本の整理をしようと突然思い立った。思い立ったらするしかない。途中で本の誘惑に負けながらも、久しぶりに本を大量に捨てた。・・・・・・・・。同じ本が何冊も出てきたよ・・・。あー、バーコードリーダーをもっと活用せねば・・・新年早々反省中。いいんだもん、もじが大きくなった本を買ってるんだもん。
2007年01月03日
よく、「どうなりたいんですか?」と聞かれる。会社としても、個人としても。個人としては簡単だ。孫が「ああいうおばあちゃんになりたい」というような、憧れのぶっとんだばーちゃんになること。記録に残るより記憶に残るばーさんになりたい。まあ、その前提として子どもを産んで孫も産んでもらわなくちゃいけないのだが、相当遠回りをしているので、甥をかわいがっているのかもしれない。(笑)今の環境を活かして周りをいろいろチェックしながら理想のおばあちゃんになる。それが個人的な最終目標。会社としても簡単だ。「一人でも多くの人に幸せを瞬間的に感じてもらう事。」幸せは外から与えられるものではなく、自ら捕るものであるからして、幸せを捕るためのモードを作り上げる環境を提供するのが私の仕事だ。与えられた幸せは1瞬で終わり、次を求めるが、自ら求めた幸せは根本的な幸せを作り出せる。去年までは幸せを与えることが目標だったが、今年からは幸せを自分で作り出してもらう事を目標としよう。とはいえ、多くの「企業人」は納得しない。(と同時に、ほんの数名ではあるが、納得・共感してくださる人もいるけど)「売上?」「利益率?」「上場?」そんな話ばかりだ。たぶん、それしか引き出しがないのだろう。仕方ない。そのモノサシが一番簡単だ。売上大切、利益率大切、上場興味なし、でも、それって「空気とお水どっちが大事?」というくらい、あって当たり前で、そしてあることに感謝して、なくちゃ生きていけないけど、なんか、それを数値で目標にしたくない。「よぉし、パパ、今月は先月より20%増で家族円満にしちゃうぞ♪」っていうのも気持ち悪いし、昨年の私みたいに「20%増の色気アップで悩殺しちゃうぞ♪」といいながら、%の根本となる数値の定義が解らずにしゅぅぅと消えてしまう事もある。2006年、数値目標としてはそれなりに達成できたし、今年も数値目標はささやかだけど持つ。でも、敢えてそれを大きな声で目標として掲げるのではなく、やはり「はぁぁぁぁ?」という目で見られても、私は、当社のミッションを目標として掲げ続けていきたいなあ。だって、上場するわけでなし、銀行に説明するわけでもなし。売れてます、には興味があるけど「売上No.1です」と言われると「だから?」と感じてしまうのは私だけではないはず。消費者が必要なことは、うちの売り上げがいくらかどうか、というよりは、私を幸せにしてくれるか・幸せのきっかけを掴めるかどうかだと思う。(もしくは途中でなくならないかどうか)ということで、目標。幸せを掴めるために努力できる環境を提供します。(幸せは与えるものではなく、つかむものです。これは去年から少し変わりました。) そのために。幸せを提供できる場所を増やします。幸せインフラを提供して下さる企業様のお手伝いをします。それがあっての数値目標ですがな。町医者として徹底的に現場にいようと思う。そしてやりたいこと、やっぱり将来的にはきちんと学べる学校を作りたいわねー。そう、今はその準備期間なもし。#ところで、幸せの定義ですが、瞬間的に感じる微分的な幸福感を「幸せ」と定義し、作られたものであれば体験的/人工的幸福感、得られたものであれば内証的満足感とでもいった方がよいのだろうか。まあ、いいや。この辺は。
2007年01月03日
今までお世話になった皆様へ。2007年、たくさんお世話になる皆様へ、そして今年新しく出会うであろうたくさんの皆様へ本年もよろしくお願いいたします。ところで、幾人かの方に申し上げてました掲載の件ですが、本紙ではなく、MJでした。抜けるところも多いですが、今年もよろしくお付き合いくださいませ。今年はネタ力にさらに磨きをかけ、そして、皆さんに「わくわく」を提供できるように研鑽してまいります。性格的に大きな目標と言うよりは地道な目標を立て、より豊かな未来を次の世代に提供できるように頑張ってまいります。新しいことへの挑戦、子どもがあこがれる大人社会を作るべく、新企画を立て続けてまいります。宜しくお願いいたします~。
2007年01月02日
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