41歳ニートと俺とおかんと親父の話

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2025.11.20
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カテゴリ: 日常

まいど、俺や

この前、古いラジオが壊れてもうてな。

どうせ無理やろと思いながら、町の修理屋に持っていったんや。

ほこりまみれのカウンター越しに出てきたおっちゃん、

一言目が「これ、直るかもしれんな」やった。

その瞬間、なんか胸の奥がジーンとした。

最近、「壊れた=買い替え」って空気が当たり前やけど、

“直す”って行為そのものに、ものすごい美学があると感じたんや。

「壊れたもの」を前にする覚悟

修理屋のおっちゃんは、

「これ直る?」やなくて「どうしたら直るか」を考える。

その姿勢がもう職人の哲学や。

壊れたラジオのネジを一本ずつ外すときの静けさ。

あの時間には、“誠意”が流れとる。

世の中のほとんどの人が「効率」だけ追いかけてる今、

この“丁寧な無駄”こそ、ほんまの贅沢やと思う。

新品信仰の時代に抗う人たち

Amazonも家電量販店も、「新しい=正しい」世界を作ってもうた。

でも修理屋は、“古いけど、まだいける”に賭ける人らや。

壊れたもんを見捨てない。

直る保証なんかないのに、

諦めへん心だけで向き合う。

まるで、“人間関係の修理”にも通じるもんがあるな。

壊れた関係をすぐ切るんやなく、

「なんとか直せるかもしれん」と思えるかどうか。

無職の俺が見た“直す人”のかっこよさ

働いてるときは、

「壊れたら新品に変えたらええ」って思ってた。

でも無職になってから、

“古いものを生かす知恵”の尊さに気づいた。

あの修理屋のおっちゃん、

ハンダごて握りながら「部品もう作ってへんねんけどな」って笑ってた。

その笑顔が、“時間を超えて生きてる人”の顔やった。

修理とは、思い出を未来に送る作業

直すって行為は、

単にモノを復活させるんやなくて、

思い出を未来に引き継ぐ行為やと思う。

ラジオが鳴った瞬間、

昔の音、家族の声、若いころの空気がふっと戻ってくる。

修理って、タイムマシンなんやな。

親父の名言

防大卒の親父が言うてた。

「壊れたものを直せるやつは、壊れる前に気づけるやつや。」

たぶん、モノにも人にも通じる言葉や。

修理って、観察力と愛情の結果なんや。

おかんの現実主義

おかんは言う。

「修理って、結局“諦めへん心”やろ。」

ほんまやな。

たぶん、おかんが壊れたフライパンを10年使ってる理由も、

それなんやと思う。

無職の結論

無職になって気づいた。

直す人って、世界の“優しさ担当”なんや。

捨てる社会に逆らうように、

手を汚しながら、誰かの思い出を守ってる。

それって、かっこええやん。







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最終更新日  2025.11.20 09:00:13
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