松木幸夫 ギタリスト的思考

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choco.yukio @ Re:曲の性格(11/27) remain-iihamaさん。 素晴らしいコメント…
remain-iihama@ 曲の性格  いつも楽しく読ませていただき  示唆…
choco.yukio @ Re:音楽(とギター)の見え方(10/30) remain-iihamaさん。 > ただ、最近の課…
remain-iihama@ 音楽(とギター)の見え方  私も全く同感です。  自身もかつては…
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choco.yukio @ Re[1]:息が合わないと云うこと(09/15) あやさん。 コメントありがとうございま…

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Dec 3, 2009
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カテゴリ: 音楽
 最近フラメンコギターを聴く機会が多い。機会と云ってもそれは演奏会に足を運んで楽しんでいると云うことではなく ~それは札幌に住んでいるとあまりフラメンコの演奏会に恵まれないためか、僕がそのような情報に疎いためかのいずれかの事情によるものであるだろうが ~CDやDVDを通して鑑賞すると云うような楽しみ方をしているのである。

 僕は、例えばレコード店などでさえあちこちの棚を見て回ると云うことがあまりない。それは見知らぬ分野の棚に置かれているCDの見慣れないデザインのジャケットや、それを熱心に眺める人の全体的雰囲気に気圧されているためかもしれないし、それ以上に自分の欲しいものを手に入れた途端にその店に興味がなくなると云うような薄情的な気性によるものが多いのかもしれない。

 そのため僕が聴くフラメンコギターの音源は図書館から借りてきたものが主体となるのである。だから僕が聴くのはニーニョリカルドやメルチョールデマルチェーナと云うような舌を噛みそうな名前の往年の名手の演奏ばかりである。故に新しい演奏家に関しては全く無知のままである。

 往年の名手の演奏だから上手いとか拙いなどと一言で言い切ることができないのは云うまでもないし、勿論そのように言い切る必要のないことである。細かい音符が多少もつれながら弾かれているけれど、それ以上に熱のこもった演奏や、とても速いテンポで弾くんだけれど音の切れが今ひとつ悪いように思えるものなど、個人により、演奏曲目によりさまざまな印象を与えられるからである。

 ただ上手い人は、別にフラメンコギターに限らず、どのような種類の音楽でも、さらにはどのような表現媒体を用いたとしても、自分の思いを出し切っていると云うことが云えるものである。さらにまた、ただ自分の思いだけを出すことが表現だと云う思い込みだけでなく、全体的なバランスにも気を配ることができていると云う共通点がありそうであるなんてことは、今更云うまでもないことである。

 否、ただ上手なだけの人と云うのも世の中にはたくさんいるようだから、上の文章から「上手い人」と云う言葉を取り外さなければならないかもしれないが。

 そう、本当の意味で上手い人と云うのは、例えば歌で云えばレチタティーヴォのようなリズムやテンポに縛られず、自由に歌うような部分でも、きちんとリズムが取れているように聴こえるものである。

 そうでない人は、ただテンポとリズムを無視しているようにしか聴こえない場合が往々にしてあるものである。

 例えば絵を見てもリズム感を感じる人と、そうでない人に分かれるから。



 時計は、午前5時39分を示している。

 冬の夜明けは、遅い。





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Last updated  Dec 3, 2009 02:22:35 PM


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