松木幸夫 ギタリスト的思考

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choco.yukio @ Re:曲の性格(11/27) remain-iihamaさん。 素晴らしいコメント…
remain-iihama@ 曲の性格  いつも楽しく読ませていただき  示唆…
choco.yukio @ Re:音楽(とギター)の見え方(10/30) remain-iihamaさん。 > ただ、最近の課…
remain-iihama@ 音楽(とギター)の見え方  私も全く同感です。  自身もかつては…
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choco.yukio @ Re[1]:息が合わないと云うこと(09/15) あやさん。 コメントありがとうございま…

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Jan 29, 2010
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カテゴリ: 音楽
 ごく稀にソルフェージュのレッスンを頼まれることがある。

 勿論、本格的にソルフェージュを学びたい人は、声楽や作曲を教えるような本格的な先生の所へ習いに行くのだろうが、本格的に習うほどではないが基礎的な発声や音程や初歩の音楽之基礎を学びたいと云う人が、僕の所にやってくるのである。

 そして、その彼らの多くは自らを音痴と自認するような人が多いと云うことも僕の教室の特徴である。

 音痴と云うのは、ある程度差別的な響きを含む言葉で使われることがあるけれど、医学的な意味での音痴と云う症状を持つ人がどれだけいるのか分からない。

 けれど自虐的に自分を音痴と云う人の殆どは、生まれながらに、或いはあるきっかけによって歌うことが苦手になったために、歌を歌うと云うことをしなかったために、頭に思い描いた音を声として発することができない、つまり練習不足によって音程を正しく取ることができないと云う人だろうと云うのが、僕の漠然としたイメージである。

 だから出そうと思う音を発したときに、その音が上ずったり下がったりするのは、音程をコントロールする器官が不慣れだからに過ぎない。ならば繰り返して練習すればよろしいのである。

 また、そのような人は、音の高さをある程度の時間記憶に留めておくことができない場合がある。

 それは英語に不慣れな僕が、耳慣れない単語を聞いてもすぐに忘れるのと同じ症状である。これもまた辛抱強く繰り返して練習するより方法がないだろう。

 だからそのようなレッスンで、彼らはしばらくの間、当然のように音を外しっぱなしで歌うことになり、僕が笑い出す前に彼らが吹き出してしまうのである。



 すると彼らは、嬉しさのあまりレッスン以外の時間に突然難しい旋律を歌ったりするのである。

 ところが彼らには難しい旋律を歌えるだけの音程感覚が身に付いていないものだから正しく歌えるはずがなく、それを身にしみた彼らは一様に戦慄するのであり、落ち込んだ顔でレッスン室にやってくることになるのである。

 こうして、彼らは次第に打たれ強くなり、いろいろな知識や技能を身につけることができるのである。

 まあ、それには長い道のりを歩き通すだけの根気が必要なのだけれども。





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Last updated  Jan 29, 2010 05:14:33 PM


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