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インプットとアウトプットとスループット
明確な意思を持ったインプットがあったとして、
そうではない無意識に状況や情報、その背景にあるコンテクストを読み込むこと、
これを”スループット”と把握してみる。
そうするといくつかのことが理解できる。
森山大道の写真を眺めながら、時代を羽織るというか、まとうことができることは、
社会にメインストリームを作る大きな1つの要素になるのではないかと感じる。
多くの場合は、それは天才によって無意識的に行われており、かえりみられることは少ない。
(僕は残念ながら、引きこもっていた時期に天才ではないと悟ってしまっている)
天才はスループットを常にできていて、それを表現に昇華できる。
例外無くそうだと思う ただ、常人にできることができない。
このスループットの方向性を恣意的に操作することができないか。
そのためには、無意識の欲求のもう一段下に潜り込む必要がある。
人間に可能なのか。
宗教的な極限への到達でなく、
もっと科学的な真理へ積み重ねで、何かが見えるのではないかと思う。
脳の働きとか、自己言及的な科学の結晶が、
あるとき自我の解明方法を編み出して、無意識への操作方法を編み出して、次を提示していく。
体内の無意識下の運動を続ける臓腑が、精神の影響を受けるように、
脳みそもその精神の影響を受ける。
社会全体が脳によって作られ、社会全体が脳に影響をしていることを考えると、
そこが見えることで社会の方向性がもう1つ進化するように思う。
頭の速度にムラがある。
同時進行でいくつもすごい速度で進むときと、
動きが感じられないくらい遅々として進まないとき。
進むのは顔が火照って、指先がさめている時か。
思想や、アートや、宗教、社会全体の在り様と人という大きな方向のこと。
そんなことを考えるときに、頭の回転が始まる。
情のこと、金勘定、そういったことを考えるときの僕はアホだ。
はっきり言ってぎりぎり及第点の能力しか無い。
記憶力に至っては障碍レベルだと思う。
だから、仕組み化していく。
だから、いろんな人と一緒にやる。
どちらも最大限できていくようになったら良いよね。