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2006年06月01日
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テーマ: 命(66)
カテゴリ: 子育て
 2005年の日本における出生率1.25。この報道で感じたことがいくつかあるがまず、国益に執着してるなということ。もう次元は「日本は」というより世界全体もいよいよ「ダメ」という見方が正当な感じがするのだが。

 日本の出生率の低さとは裏腹に世界の人口増加率は異常と思えるものでこのまま行っても二酸化炭素排出増加による地球温暖化で地上は人間の住めないところとなることは必至。

 どこをどうとっても、明るい見通しはない。

 人間の支配力・統治力・組織力そのすべてにおいて実質何の力もないことが明らかとなった今、人間はどうすべきなのだろうか。

 根本・人類の始まりがどこにあるのか、よくよく考えてみなくちゃならんのじゃないだろうか。

 まず、人間の造りを考えてみることや自然界の高度なシステムにみられる地球維持機能…

 数え上げればきりがない多くの法則。

 これらが意味するものをよく考えてみてはどうだろうか。

 そして、この今の時代悪はいよいよ悪に進み地球そのものを破滅へと追いやり、人間としての道徳観も麻痺してしまったかのような事件、人間の手による起きなくてもよかったような事故など。



 もう気づいてもいいころじゃないかと思うのだが。

 宗教も人間を崇めるような荒唐無稽なもので溢れかえっている。

 霊的なものを見出そうとしないかぎり、個人としても人間としても人類としても立ち行くことはできないような気がする。

 昔からなにも変わっていない、人間はやがて死に次の世代へとつながってゆくと考える人たちにとってはどうでもいいことなのかもしれないが・・・

 少なくとも、愛する人々の幸せを願うことは間違いではないと思うし、永続する幸せが約束されているのならその音信を伝えたいと思うことも決して非難されるものではないと思う。

 盲信であるのなら非難も受けようが自分で見て調べて確かめ、世界情勢過去における預言の数々の信憑性を考えたとき真理はやはりひとつという結論に達する。

 人の命がかかっている事柄。とにかく、この世知辛い世の中でこれらの事を真剣に調べることはある人々にとっては奇妙であり、あざけりの対象にもなるだろう。

 どのような人であろうとも温和で柔和な人たちの住む世界で永続する幸せを享受してもらいたいと思うのは間違ったことなのだろうか。

 近視眼的なものの見方だけはしたくない。他の人の福祉を気遣うそんな人たちで人類が構成されることを願ってやまない。





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最終更新日  2006年06月01日 23時59分40秒
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