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次の目的は鞭崎八幡宮の膳所城南大手門を移したという表門。南草津駅まで戻ってバス。イオンに行くバスは本数が多くまた矢橋地区はバス停も多いので便利。
八幡宮の前に郵便局前まで行って降り、地図で近くにあった重文 石津寺(せきしんじ)本堂に。最澄の建立した寺で天台宗だったが今は真言宗らしい。足利2代将軍義詮の再建と伝えられてる。
民家や保育園に囲まれ、塀もあって案内板が建ってる正面にも近づけない。重文リストの所有者は別のお寺の名前になってる。見るからに立派だからもったいない。
矢橋八幡宮だったが、源頼朝が神社の森を鞭の崎でもって神の名を尋ねたことから鞭崎となったとの由来を持つ神社。お祭りのようで氏子が集まり御輿が出て拝殿にも近づけない。なお今は鞭崎神社というらしい。
そのまま表門を出て参道を歩いた先が、梅川終焉の地の十王堂跡。梅川は近松の「冥途の飛脚」の梅川。事件の後50年以上生きたという。
お墓は歩いて数分の清浄寺にある。浄土宗のお寺。
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